黒田長政には、日頃秘蔵の刀があった。
誰の作かわからぬが、『命なりけり』と名付けていた。
「小夜の中山」という意味を込めているのであろうか。
(西行法師の歌『年たけて また越ゆべしと思ひきや 命なりけり小夜の中山』)
ある時のことである、長政が江戸城に登城した折。
供の者がこの刀を持って供部屋に控えていたのであるが、
どうしたことかこれを打ち倒し、切っ先の部分を少し折ってしまった。
長政の秘蔵第一の刀であったので、もはや運の尽きと覚悟し、
家老の栗山大膳(利章)まで訴え、
「私は切腹してお詫び仕ります。」
と言上した。
大膳はこれを聞くと、
「勿論の事である。追って沙汰するまで控えていよ。」
と命じて直ぐに長政の前に出、斯様斯様の不調法仕り候と報告すると、
長政は大いに機嫌を損じたが、何とも言わず、奥に入っていった。
そこで大膳は、急いで江戸に出てきていた研師の本阿弥を呼んで言った。
「この切っ先を直して、今夜中に仕上げるように。帽子(刀の先端部分)が少し長過ぎる。」
本阿弥は、「ご尤もです。」と、
その夜一晩かかって帽子を直し翌日持参すると、大膳は長政の前に、
本阿弥を招いた。
本阿弥はここで、
「御刀の先が少々折れたのは、むしろ目出度き事です。
私はこの刀が前から、帽子が少し尖りすぎて、形が少々醜いと思っていましたが、
昨夜直した所、天下一の御道具と相成りました。」
そう申し上げると、長政も大いに喜んで機嫌も治った。
そこで大膳は、「本阿弥に遣わす謝礼金は、不調法を仕った者に差し出させましょうか?」
とお伺いを立てると、
「それには及ばぬ。道具が良くなった以上、
むしろその男に加増をしてやるのが至当である。」
そう言って、本阿弥には金三枚、不調法をした侍には二百石が加増された。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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