兵法戸田流の達人・林田左門は、黒田長政に仕えて西国で剣名が高かった。
林田は黒田家の若侍を集めて武術論を交わすのが日課だったが、
ある日、大力が自慢の若者が言った。
「兵法など習わなくても、心さえ臆していなければ、功名は出来るでしょう?」
林田は答えた。
「それも道理だが、心身を鍛え、さらに兵法に優れていれば鬼に金棒ではないかな?」
若者は納得しない。
「いや、心さえ動じなければ、そう負けますまい。試しに、仕合を致したきものです。」
「それは良い心掛け、しからば、すぐに参ろう。」
庭先に出た二人は木刀を持って向かい合い、若者は上段に構えて一歩踏み込んだ。
その瞬間、二人は交差し、若者は林田に額を打たれていた。
「いかがかな?」
「……拙者が一本取られたようですな。」
「納得がいかぬなら、もう一手参ろうか?」
「い、いや!とても拙者の及ぶ所ではござらん。」
「ならば、今後は我を折るようになされた方が良い。」
「う、承った。」
観戦していた一同は、このやり取りにどっと笑い、
若者は恥辱に消え入らんばかりになった。
この話、当日のうちに主君の耳に達し、その夜、長政は若者を呼び出した。
「そのほう、林田に仕合を仕掛け敗れたとは、まことか?」
「…仰せの通りにございます。」
「家中一の使い手に挑むとは、見上げた志である。
若いうちは、その位の血気がなくては、物の用に立たぬ。
林田は世に聞こえた名人、若い素人が負けるは当然じゃ。
わしも若い頃は、柳生但馬守や疋田文五郎に、我流で挑んで打たれたものだ。
戦場では確かに兵法の上手が勝つというものではなく、
下手でも功名は立てられる。
が、だからと言って兵法を修行せぬのは、事に備える武士道に背く。
そのほうも、これから林田の弟子となり、兵法に励むが良かろう。」
長政の教えに涙を流して感謝した若者は、
その足で林田のもとに行って弟子となり、
のちに家中有数の使い手になったという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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