豊臣秀吉が、秀次に関白職を譲った頃の事。
秀吉が御伽衆たちと徒然の話をしている時に、ふと、
「わしが死んだ後、誰が天下を取ると思うか?」
と聞いてきた。
皆返答に困ったが、
「かまわぬ戯言じゃ。思った事を言うがよい。」
と重ねてお尋ねになるので、人々、前田利家か、徳川家康か、
あるいは蒲生氏郷、毛利輝元、上杉景勝…と、
思い思いの名を上げていった。
これに秀吉、
「いずれも悪しき見立てである。その中には勿論、
天下を取るだけの器量の有る者もおる。
が、それらより先に天下を取ってしまう者がいる事を知らぬのか?」
御伽衆一様に、
「この他に天下を取れそうな人物は思いつきませんが…。
殿下御意中の方は、どなたでありましょうか?」
「あの跛(ちんば)じゃよ。」
「黒田官兵衛殿!?仰せではありますが、
黒田殿はようやく十万石という身代、
長いものには巻かれ、太き物には呑まれる、と申します。
とても天下を狙えるとは思えませんが?」
御伽衆の者ども、秀吉の言う事が、さも理解不能であるといった風情。
ちなみに、このようにわざと逆らって、
秀吉に口を開かせ気分良く説明させるのが、
御伽衆たちのテクニックだったそうだ。
「おぬし達がそう思うのも無理はなかろう。
が、わしは播磨であの男に出会って以来、
幾度も息の詰まるような判断を迫られた事があった。
が、あいつはいつも、わしが散々思案して出した結論と全く同じものを、
軽々と出してくるのだ。
場合によってはあいつの判断のほうが勝っていた。
その上精神も屈強で、人を動かす事も上手い。
とにかく、只者ではないのだ。
それなのに一旦天下静謐となれば、武功を求めるような事をせず、
分別顔で静まり返っておる。
あの者の知恵ならば、日本国など取るに足らないさ。
わしが存命のうちにでも、天下を取ろうと決心をしたなら容易くやって見せようと、
今もその工夫を考えているような男だよ。
それから、小身だから天下が取れないなどとは、愚かな考えだ。
そう言う時は、大名のうちたわけたものを見立てて、
それにいかにも親しく取り入り、その家を動かす重臣たちとも親しくし、
その家中にまで影響力を握ったところで手を合わせ乱を起こし、
その大名に散々骨を折らせて、さてその成果が得られると言うときに、
その者には取らせず自分が全部呑みこみ、
すべての取り分を得てしまえばいいのさ。
そういう、人が取った天下を、ひっくり返して自分の物にしかねないのが、
あの跛なのだよ。
だいたい小身で天下を取ったのは、いくらでも例のあることだ。
小身で天下を取れないのなら、はてさて、猿めは如何に?」
そう言って皆を笑わせた。
さて、その場にいた者のうち、官兵衛と親しい男が、
座を立って官兵衛の屋敷へとやってきて、
「このような事があり、
太閤殿下は官兵衛殿を非常に高く評価していることがわかった。
余りに目出度いので直ぐに知らせようと思ってやってきたのです。
いやはや、殿下にあそこまで言わせるとは、
貴方はなんと言う手柄者でしょうか?」
と、興奮気味に語った。
官兵衛はそれに大喜びし、なんとも嬉しそうにこの男をもてなした。
が、その内心
『…南無三!黒田の家は滅亡か!
これこそわしの頸が斬られ、獄門にかけられる前兆だ。
我が家を存続させ、子孫に伝えるためには、どうするべきか…。』
黒田官兵衛、秀吉がどれほど自分を危険視しているかを、正確に理解した。
そしてすぐさま秀吉に、自身の隠居を願い出た、とのことである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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