天正元年(1573)9月1日、近江、小谷城は陥落。
浅井長政は自害。
その妻であり織田信長の妹であるお市は、
三人の娘と共に信長のもとに送られた事、
これは有名である。
だがこの時、長政の嫡男である万福丸は別に密かに逃がされ、
敦賀の木村貞之介と言う者に預けられた。
万福丸の行方がわからぬことに気づいた信長は焦り、
お市がその行方を知っていると考えた。
そして信長は、お市の元に行くと、こう、打ち明けた。
「万福丸の行方をお前は知っているであろう。
どうか、それを教えて欲しい。
お前は、行方を教えればわしが万福丸を殺すと思っているのであろうが、
それは違う。
わしは長政のことを恨んではおらぬ。
むしろ、わしとよくあそこまで戦ったと尊敬しておる。
そしてその子の万福丸は、我が甥でもあるではないか。
わしはこの甥を手元におき、長政に劣らぬ立派な武将として育てたいのだ。」
お市はこれを信じ、信長に居場所を教えた。
万福丸は捕縛され、信長はすぐさま処刑を命じた。
当然ながら万福丸を許す気など、最初からないのだ。
10月17日、万福丸は関ヶ原で串刺しの刑に処される。
享年、10歳。
信長、禍根を絶つため妹をも謀る。と言うお話。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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