織田信長が若かりし頃の事、尾張統一を果たした1559年、
彼は80人の側近を連れて室町将軍・足利義輝との謁見のため上洛する事になった。
その情報を得た隣国の斎藤義龍は、
好機到来と信長を暗殺するための刺客を選抜して、信長一行の後を追わせた。
背後より刺客が迫り来ているとは知らず、
京を目指す信長一行であったがこの時美濃からの刺客とは別に、
尾張から信長一行を追う者があった。
男色でも知られる那古野弥五郎の配下で、丹羽兵蔵と言う侍である。
丹羽と美濃の刺客らは偶然にも琵琶湖を渡る舟の上で鉢合わせ、
互いに身の上話をする事になったが、
相手の美濃衆を怪しいと感じた丹羽は、三河者を装い巧みに情報を聞き出すと、
何と彼らは信長への刺客であると判明。
丹羽は素知らぬフリで京における彼ら刺客連中の宿舎を見定めると、
そこに目印(柱を削ったとか)を付け信長一行が逗留する宿舎へ急行。
赤母衣衆の金森長近と蜂屋頼隆に報告。
金森と蜂屋が信長にこれを報告した所、
信長は美濃の出である金森長近に対し顔見知りも居るだろうから、
彼ら美濃衆に対し信長の元へ「挨拶」に来る様、伝達する旨を命じた。
金森は丹羽に案内され、刺客らの宿舎に向かうと彼らに面会し、
暗殺計画が既にバレている事を告げると、
今なら穏便に済ますから信長の元へ「挨拶」に来る様伝え、
刺客らの宿舎を後にした。
刺客らは翌日、今日の町を見物中の、信長と対面。
信長は彼ら美濃衆に対し京の町衆の面前で、
「この信長を殺しにわざわざ美濃より参った事、祝着至極である。
だが、そなたらごときがワシに歯向かうのは蟷螂の斧が如しである。
それでもやるかね!?」
と、啖呵を切った為刺客の者達は信長に対して詫びを入れると、
はうはうの体で美濃へと逃げ帰ったと言う。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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