永禄十二年四月。
徳川家康は駿河に出陣し、北条氏政と対陣していた武田信玄の背後を脅かして、
甲州に撤退させた。その帰路の事。
この前年、遠州の国人、大沢左衛門尉は、家康に降伏し、服属していたが、
家康に害意を持ち続け、浜松城に帰城するこの機会に討ち取ろうと、
仲間と語らい道の周りに密かに兵を伏せさせた。
しばらく待っていると、先ず、七騎ほどが走って来た。
「あれは先鋒の旗本であろう。かまうことはない、素通りさせよ。」
もうしばらくすると、いよいよ本隊がやってきた。
「あれだ。」
よいか、狙うは家康の首一つぞ!そう言って、本隊を率いる大将を探した。
いた!
が、「あれは石川伯耆守数正?まさか!」
そう、家康は先の七騎の中におり、既にここを突破していたのだ。
「七騎の武者など簡単に皆殺しに出来たのに!」大沢は地団駄を踏んで悔しがったが、
後の祭りである。
この後、謀反の露見した大沢とその一味は落ちのびようとしたが、
途中で家康の軍により全滅させられたと言う。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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