上杉謙信という人は、人を斬ることをなんとも思っていなかった。
謙信の家臣に元尾州牢人・深渕金太夫と言う者が居た。
彼は10年前から謙信に仕えて覚えめでたく、
軍功の数々も重なり次第に扶持の高多くなった。
謙信取り立ての近習の一人だったのである。
そんな金太夫がある時、謙信御座所の次の間で、
何事かあって仙可という若者と口論になり、
怒りのあまり仙可を取り押さえ殴りつけようとした。
この物音に謙信は襖を開いて出てくると、帯びていた貞宗の脇差を抜くやいなや、
物も云わず片手討ちに、金太夫と仙可の二人を斬り捨てた。
この状況を近くで目撃した仙可の父、内記は怒りのあまり声を震わせ叫んだ
「殿! 先に乱暴をしようとした金太夫は、公儀を恐れぬ狼藉者、
御成敗は道理だと思います。
しかし咎無き倅を同罪に遊ばしたのは、近頃にない無慈悲の御沙汰と心得ます。
これはいかなることか!
ご返答によっては、殿とて決して仮借いたしませぬぞ!」
そして小刀の柄に手を掛ける。
しかし謙信は全く動ずる色もなく、静に脇差を鞘に収めて、
自分の部屋に帰ろうとした。
この謙信の態度に、内記は激怒。
「ご返答がないというのは、弁解の道に窮したためだと心得ました! ならば、御免!」
内記は脇差を抜くや謙信に斬りかかる。
謙信、その切っ先を巧みにあしらいながら、
二太刀目に彼の右手首を切り落とした。
その時、謙信の小姓、上村伊勢松がこの騒動に気が付き馳せ来る。
内記が脇差を左手で持ち直そうとする隙に、
彼の太腿を突いて討ち伏せ、ついに止めを刺した。
これを見て謙信はすこぶる機嫌よく、伊勢松に向かい、
「ハハハ。今日は妙なところで、
お前と相打ち(一人の敵を二人または数人で討つことの意)したな。」
そう言って大笑したのだという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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