台湾鉄路環遊之旅(2003年)台北~花蓮 | 鉄道で行く旅

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2003年4月に初めて台湾を旅したときの画像です。この後年の台湾高鉄(台湾新幹線)開業後にも台湾を再訪問していますが、この初訪問のときと現在では台湾の鉄道も大きく変わっています。かなり昔の話という点に、ご注意をお願いします。

また、今回の「台湾鉄路環遊之旅」の表題は、先に考えていた中国語直訳案『環遊台湾鉄路』とはせずに、中国語と日本語の中間ぐらいのものにしています。

画像は2003年4月の台北駅です。東京駅の横須賀線・総武線ホームのような感じでした。

 

今回は、台北駅(台北車站)からスタートします。

これは1989年に完成した4代目の駅舎で、その完成のときにプラットホームが地下に移転しています。

 

地上にある駅舎の中にある巨大な吹き抜け部分です。この中央に自動券売機や有人出札口(日本のJRのみどりの窓口と同じ)が並んでいました。切符の購入は、この初訪問のときは有人窓口で筆談により購入しましたが、2回目の台湾訪問では指定席も自動券売機で購入しました。

 

この年はSARSコロナウイルスが流行した年でしたので、当日でも台北から花蓮行の自強号(特急列車)の指定席を取ることができましたが、台北~花蓮間は列車本数が少ないため、事前に指定席が売り切れになっていることが多いようでした。

また、この西暦の下2桁のように見える92年というのは中華民国年ですので「民国92年+1911」で西暦変換したら西暦2003年になります。

日本人が知人から台湾土産をもらったときに、それが2桁だった時代の民国99年までは賞味期限切れだと思われることがよくありました。西暦下2桁の'03年が民国92年なので、「賞味期限が約10年前に切れている!」みたいに見えていたのです。

西暦2020年は中華民国年で109年ですので、民国100年を超えてからは鉄道の切符や賞味期限なども109年などと書いてあるはずです。

 

台北駅の駅コンビニエンスストアです。中華人民共和国でも台湾(中華民国)と同じことでしたが、日本茶のようなペットボトルのお茶製品(台湾でも売っている日本流の「おーいお茶」などの無糖茶製品を除く)が、ことごとく強烈に甘いので、日本人は要注意です。決して現地の家庭のお茶は甘くありませんので、これはペットボトルコーヒーの代用としての甘味有料飲料水なので「お茶でも甘くしないと売れない」からだということのようです。お茶に関しては日本人の味覚と大きく違っています。

(追記)読者情報によりますと、現在の台湾ではラベルに「無糖」と書いてある緑茶や烏龍茶も売っているそうです。「無糖」の文字入りの商品を買ってくださいとのことです。

それから、このときでも、コンビニエンスストアのレジ袋が有料でした。他の商品は買わずに、レジ袋1枚だけを買って帰る不思議なおじさんにも遭遇しました。

 

それよりも衝撃的だったのは、コンビニエンスストアの「おでん」でした。一説によると、関西では古くからある味噌田楽と区別するために、煮る「おでん」を関東煮(関西では「かんとだき」という人が多数派。「かんとだき」でも許容)と呼ぶことが多いのですが、台湾でも関東煮と書いてあったのです。なぜ、台湾で「おでん」を「関東煮(クワントンチュー)」と呼ぶのかは、はっきりしませんが、戦前の日本からの移住者の出身地が西日本寄りだったっからではないかなどと言われているようです。また、台湾では日本の「さつま揚げ」のような「黒輪」を「オーレン(「おでん」に似ています)」と呼ぶそうです。

 

台北駅の構内で見た鉄道グッズ並びに弁当屋(右手前)です。こういった弁当屋も、今はコンビニのような小奇麗な店になっているはずです。

 

台北から循環線の北部と宜蘭線・北迴線経由で花蓮まで行く、当時のディーゼルカー(日立製作所製のDR3000形気動車)による自強号です。

このときは北迴線が未電化でした。現在は北迴線と、その先の台東線も電化されていますので、新型電車の「普悠瑪(プユマ)自強号列車」に置き換わっています。

 

ディーゼルカーの自強号の車窓です。宜蘭線から見えた亀山島です。頭城駅の北側あたりだと思います。

 

花蓮駅に着きました。

 

これは宿泊場所だった当時の中信花蓮大飯店の部屋から見た風景です。

中信花蓮大飯店は現在は「花蓮シャトー・デ・シンホテル」という名に変わっているようです。

 

花蓮のホテルに泊まった翌朝です。

花蓮駅の駅舎内です。昔の日本の国鉄の在来線の特急停車駅のような懐かしい雰囲気でした。

 

花蓮駅で見た「キョ光号(急行列車)」の未電化区間の牽引機であるR100形ディーゼル機関車です。

 

これも「キョ光号(急行列車)」の未電化区間用の電源荷物車です。しかもデザインが新しいタイプでしたので、昔の日本のブルートレインの「カニ」を連想するような好ましい車両でございました。(普通の旅行者は、この車両を見たところで、全く興味を示さないかもしれません)

 

花連発高雄行の自強号です。当時としては新型であるDR3100形気動車(日本車輛製)でした。

この列車で台湾鉄道の南部側の路線をぐるっと回ります。

 

花蓮駅から台東線・南迴線・屏東線を通って高雄駅に向かうディーゼルカーの自強号です。

拙ブログでは、無意識に書いてしまっているものを除き、原則として政治的なことは一切書かないことにしていますが、列車名の「自強号(ツーチャンハオ)」の意味は、1971年に台湾(中華民国)の国民政府が国際連合を離脱したときの国家スローガン(邦文に訳すと「恭しく自らを強め、状況の変化に驚くことなかれ」)から引用したものです。

(つづく)