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国鉄五新線(未成線のまま開業を断念)の続きです。

紀の川水系の吉野川〈紀の川の上流)の堤防に向かいました。

この高架橋は1941年(昭和16年)に工事が終了していました。

 

アーチと彼岸花

 

高架橋のアーチとリバーサイドホテルです。

 

紀の川水系の吉野川の手前です。ここで、この高架橋部分は終わっています。この他の箇所でも工事が進んでいたのですが、今回の五新線訪問はここまでです。

 

地元の説明版です。「五新鉄道」とありますが、私の世代の記憶では「国鉄五新線」です。

 

紀の川水系の吉野川の堤防側から撮影した五新線の高架橋です。

 

紀の川水系の吉野川の流れです。

 

ここで意外な記念碑(写真碑)がありました。

児童または生徒たちが川で泳いでいます。水泳大会のような感じです。

 

戦前の吉野川水泳大会(その後の紀和水泳大会)の記念碑のようなものでした。おそらく街道筋の五條の新町の裕福な商店主たちにスポンサーになってもらって開催していた水泳大会のようです。

ただし、隣接する和歌山県の選手諸君のほうが奈良県勢よりも圧倒的に強く、その和歌山県勢の選手の中に、1936年のベルリンオリンピックでゴールドメダリストになる前畑(兵頭)秀子さんもいたそうです。

 

ベルリン・オリンピアシュタディオンと1936年のベルリンオリンピックの聖火台(2015年9月撮影)

 

ベルリン・オリンピアシュタディオンの横にあるオリンピックプールです。

 

ベルリン・オリンピアシュタディオンの石板に記されている1936年のベルリンオリンピックのゴールドメダリスト名です。前畑(結婚後は兵頭)秀子さんは、和歌山の橋本の尋常小学校から名古屋の椙山女学校(現・椙山女学園)に進学しています。

石板の前畑さんの名前の部分を明るく加工しています。

 

ベルリンのトラムです。

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五条駅から「五條市商栄会通り」という商店街を通って和歌山方面に向かいました。

五條市の「商栄会通り」は今は活気がないようですが、昔はかなり繫盛していたのではないかと思いました。

 

JR和歌山線の橋梁です。

 

銘板には明治31年(1899年)4月の竣工年月が記されていました。

 

さらに和歌山方面に進むと、レールの左側(南側)に不自然に左にカーブする道に行き当たりました。

おそらく旧国鉄の五新線(未成のまま開業を断念した路線)の跡地だと思います。

 

その道路を道に沿って進んで行くと、ちょっと怪しげな空地と小さな林がありました。

 

林の手前の下り坂の道を進むと、五新線の高架橋が見えてきました。

 

やっぱり、見た目が感動的なコンクリート製のアーチ橋です。

 

コンクリートアーチの高架橋の目の高さの側面に、このようなプレートが取り付けられていました。

これは境界を示す杭の代わりになっているものです。「工」は旧・工部省以来の国鉄~JRのシンボルマークの一つです。寝台列車の浴衣のマークも昔は「工」のマークでした。(工のマークをJRマークに変えた会社もありましたが、JR九州は寝台特急の廃止まで「工」マークの浴衣を使っていました。いい会社ですねえ)

青函連絡船の煙突のマークも、小林旭が「渡り鳥」だった頃は、JRでもJNRでもなく「工」のマークが使われていたのです。

 

土木用語で構築物の一番上を法頭(のりがしら)と言い、構築物が地面と接している裾の部分を法尻(のりじり)と言います。この「のり尻」が境界である場合は、境界外の地面に境界杭を打ち込むことができないため、コンクリートの側面に「のり尻までの土地の所有権が国鉄にあること」を示す標識を取り付けることにより土地所有権の境界を示しているわけです。

 

土地の場合の旧国鉄の境界杭です。(尼崎の金楽寺駅跡)

 

夏草や ・・ つわものもなく?

 

五新線の高架橋のビュースポットとして一部のファンに知られている五條のリバーサイドホテルです。

♪ホテルはリバーサイド ・・・

 

しかし、リバーサイドホテルには入らず、リバーサイドホテルの駐車場から五新線の高架橋を撮影しました。

 

ここまで歩いてきた方向を振り返りました。道路の向こうの高架橋の上の奥に先ほどの林が見えています。ここで昼食休憩のために、コメダ珈琲店奈良五條店に入りました。

つづく

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奈良県五條市まで出かけたときの画像です。

王寺駅まで乗車した211系の大和路快速です。

 

王寺駅折り返しの和歌山行の105系に乗り換えました。

 

そのホームの大阪方(JR難波方)です。見た目は激変していますが、何となく記憶が蘇ってきました。

 

おそらく少年時代に王寺駅で和歌山線のC57を撮ったホームだと思います。(1971年1月)

和歌山線の客車列車は、通常はC58が牽引機だったそうですが、画像のような正月などの繁忙期に限りC57が入線していたようです。

このC5756は京都府の木津川市立加茂小学校の近く(関西本線の隣接地)に保存されています。

 

高田駅で王寺行の105系を見ました。しかも(短編成用の105系なのに)堂々の4両編成です。105系はJR西日本の旧国鉄車でありながら戸袋窓が残っている車両もあり、意外にいい感じです。運転台側の霜取りパンタグラフは冬季以外は降ろされています。(列車の後方窓からの撮影です。以下同じ)

 

掖上駅(わきがみえき)の上り遠方信号機と彼岸花です。

 

右側は、北宇智駅のスイッチバック施設跡の一部です。

 

客車列車時代の長いプラットホームを今に残している五条駅の全景です。

 

五条駅の駅舎です。この駅の周辺を探索してみたいと思います。

西吉野地区は義叔母の故郷(たしか尾野真千子さんと同郷)ではあるのですが、義叔母の実家を訪ねたこともなく、五条駅での下車も初めてです。

つづく

 

 

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