ナンシーのゴムタイヤトラムと世界遺産の広場 | 鉄道で行く旅

鉄道で行く旅

鉄道旅行を中心としたブログ記事を投稿しています。

フランスの旅の4日目です。この日の午前の目的地はナンシーでした。

パリ東駅からナンシーまでinOui(イヌイ)というブランド名にリニューアルされたTGVに乗車しました。パリ東駅からナンシーまでの所要時間は1時間38分でした。inOui(イヌイ)といっても、車両は昔からあるTGV車両で、塗装変更とWi-Fi設備の設置と座席のリニューアルをした程度です。

 

これまでにも何度か歩いたことがあるパリ北駅からパリ東駅の途中にある階段です。

この日の朝食はパリ東駅のカフェで「エスプレッソとクロワッサン」のセットをいただきました。

 

ナンシー到着後です。

ナンシー駅の北側の出口を出たところ、予定では街歩きの帰りに撮影しようと思っていた、1911年創業のブラッスリー「エクセルシオール」の建物が目の前にありました。これはナンシーに数多く残っているアールヌーボーの建築物の中でも特に名建築といわれている建物です。

 

ナンシーでの主な目的はボンバルディア・トランスポーテーションが開発した珍トラムであるTVRに乗車することです。

見た目はトロリーバスですが路線の大部分は案内軌条の上を走るトラムになっています。ところが、何カ所かで案内軌条がなくなり、トロリーバスに変身するのです。ナンシーには坂道があるために普通の電車方式のトラムを採用できなかったことから、メーカーの売り込みもあって、やや実験的な「ゲテモノ」トラムが採用されたというのが実態のようです。導入後の不具合多発により、この方式のトラムの評判はよくないようです。

 

ナンシー駅前のトラムの停留場は画像のフランス国鉄ナンシー駅をトラムの軌道がオーバークロスする手前にあるため、停留場と国鉄駅の間に8~9段ほどの階段があります。

そのトラムの電停にある自動券売機でトラムの1日乗車券を買おうとしていたところ、見知らぬマダムから声をかけられました。

よく見ると、すぐ近くにベビーカーがありました。マダムの言葉はフランス語なので言葉の意味は不明でしたが「このベビーカーを階段の下まで降ろしてくださらないかしら?」と言っているのだろうということが即座に理解できました。

そこは、デヴィッド・スーシェの名探偵ポワロをよく見ていた私のことですから、「ウイ マム」と答えたところ、マダムは「破顔一笑」とはこういう顔なのだろうという笑顔を示されました。

その作業は簡単に終わりましたが、4年前にパリのオルセー美術館前でも、これとほぼ同じ形でマダムを助けてあげたことがあり、こういうときの、文化人たるフランス人マダムの感謝の言葉が、おそろしく丁寧な口上(やたらと長いセリフ ・・・ 例:ご親切にありがとうございます どんなに感謝しているかというと ×××× △△△△ ・・・・ という感じ)であることを、そのときに知ったのです。

そこで、今回はマダムのお礼の言葉の途中で、「お気になさらないでください!」と強目に言うと、マダムは感謝の言葉を打ち切って「ありがとう さようなら」という言葉に切り替えて下さったのでございました。

 

ナンシーのトラムは「stan(stanway)」という名前です。一日乗車券を購入したあと、1回目の乗車のときに刻印機でチケットへの入鋏(刻印)を行いました。

画像のように、トラムとはいいながらトロリーバスでもありますのでナンシーの都市コードである54番のコードが入ったユーロナンバープレートが車両の前後に取りつけられています。

ユーロナンバープレートと案内軌条区間から無軌条区間への変わり目の軌道部分です。

ナンバープレートの左端がユーロバンドという青帯です。右端の青帯の下部の54という番号がナンシーの都市コードです。

 

当然のことですが、同じフランスの国内都市のトラムでも普通のトラム(路面電車)にはナンバープレートなどありません。(ストラスブール 2018年10月)

 

案内軌条に沿って路線の東側の終点であるEssey Mouzimpreに向かいました。

 

トラム車両は2連接3車体の構造です。最後部は画像のような半円のサロン席風になっていました。

 

トラムの車内には案内表示器があります。この案内はフランス風なのか、電停の表示は、次に停まる電停を表示するのではなく、今停まっている電停を示すため、日本人が慣れている感覚よりも表示のタイミングが一駅(一電停)遅いような気がしました。これは文化の違いによるものだと思います。

 

終端のループ線に入ったところにあるEssey Mouzimpreの降車ホームです。ここからループ線をさらに進んだ画像の左奥が始発電停になる乗車ホームです。

 

乗車ホームに移動し、同じトラム車両でナンシーの中心部側のSaint Livierまで戻ります。

 

Gerard Barrois - Stade Marcel Picot電停付近にある案内軌条区間と無軌条区間の切り替え部分です。

これは案内軌条区間から無軌条区間への出口です。

 

続いて、無軌条区間から案内軌条区間への入口です。

 

無軌条区間から案内軌条区間への切り替え箇所に進入するトラム車両です。開業当初はこういうところで脱線事故が多発していたそうです。トラム車両は、かなり徐行しながら進入していました。

 

再びトラムに乗りCathedrale電停まで移動しました。その名のとおりカテドラル(ナンシー大聖堂)の前にある電停です。

この日の午後の列車でナンシーからバカラ村まで行く予定ですが、時間が余っていたので、ここからはナンシーにある世界遺産に登録されている3つの公園を訪問します。

ナンシーに来た主目的はあくまでもトラムで、従の目的が世界遺産でした。こんなことでは、ユネスコの世界遺産検定1級取得者の『五月姫さんに叱られる』?

 

ナンシーにある世界遺産の1カ所目はアリアンス広場です。

アリアンス広場です。地味なところなので観光客はほとんどいません。18世紀の都市計画を偲ばせる古典的な広場の一つです。

アリアンス(同盟・・・英語のアライアンスと同じ)の名はロレーヌ公家とフランス王家の同盟に由来します。

 

続いて、スタニスラス広場です。ここは世界遺産らしい「ロココ様式」の建造物を目にすることができる華麗な広場でした。ヨーロッパでも一番美しい広場と言われているようです。

 

この広場は、ルイ15世の義父に当たるロレーヌ公が、国王を称えてつくらせたものです。1751年から1755年にかけて工事が行われ、国王広場 (Place Royale) と名付けられました。

 

スタニスラス広場の北側にある凱旋門です。

 

凱旋門の北側にある、まるで通路のような広場です。これが世界遺産の広場の3つ目のカリエール広場です。

突き当たりにある建物が、かつてのロレーヌ官邸です。現在はロレーヌ歴史博物館になっています。

 

【追加画像】

ナンシーのスタニスラス広場の南西にある旧市街のドミニケン通りです。

 

街全体が整然としたデザインで設計されているわけではないため、ナンシーは同じフランスでもパリとは少し異なる景観の旧市街でした。

(つづく)