「でんでんタウン」の思い出 | 鉄道で行く旅

鉄道で行く旅

鉄道旅行を中心としたブログ記事を投稿しています。

【追記:2018年5月に投稿した古い情報です。】

今回は、先日の住吉の帰りに立ち寄った大阪・日本橋(にっぽんばし)の「でんでんタウン」の思い出話です。

阪堺電気軌道の住吉鳥居前からの帰りです。

 

南海高野線の住吉東から「各停(←高野線の正式な列車種別です)」に乗り今宮戎駅へ。

今宮戎駅は運行系統では高野線の各停が停車しますが、線籍は南海線の駅です。都会の中の本線駅でありながら乗降人員は南海線の中では、和歌山県との府県境に近い場所にある孝子(きょうし)駅がワースト1で、この今宮戎駅がワースト2です。

1937年に高架駅になった今宮戎駅です。この前に見学した京阪の滝井駅や野江駅に似ているデザインです。

 

昭和初期の雰囲気が濃厚です。

 

今宮戎駅の改札口です。

 

今宮戎駅付近の複々線の高架下です。

 

今宮戎駅の高架線の東側です。この景色を見て、マンチェスターのリバプール・ロード駅跡を見学したときの記憶が蘇ってきました。

マンチェスターのリバプール・ロード駅跡です。

 

天王寺の鎮守で、昔の今宮村の産土神だった廣田神社です。

 

2000年頃までは毎週のように通っていた「でんでんタウン」がある堺筋に出ました。2013年に閉店した喜多商店の看板が今もなお残っていました。テレビCMで「来た(喜多のダジャレ)、見た、買(こ)うた」と言っていましたが、それはガイウス・ユリウス・カエサルの「来た、見た、勝った」(Veni, vidi, vici)から生み出されたキャッチフレーズ(英語ではAdvertising slogan)でした。

この日の「でんでんタウン」は日曜日でしたが、大型家電店や有名パソコン店が並んでいたメインストリートは閑散とした感じでした。

個人的な感想ですが、大阪でも、2001年以降は、家電購入に関しては、ヨドバシ梅田またはネットショッピングサイトの利用が主流になったと思います。

 

喜多商店のCM2 来た見た買うた (TheKitamitakouta)

 

堺筋線の恵美須町駅です。1990年代前半には、前面に「DOS/V」の文字が入っている帽子(読者情報ではパソコンの形をしたDOS/Vハットと呼ばれていた帽子)をかぶったパソコンショップ店員が、この場所に立っており、チラシを配りながら「安いパソコン・マハ―ポーシャ、DOS/V買うならマハーポーシャ」「激安だ~」「激安激安」「Windowsが速い、一太郎が速い」というような言葉を呪文のように唱えていました。当時、世の中を騒がせていた団体が経営するパソコンショップが、この近くにあったのです。

 

そのパソコンショップがあったあたりを眺めましたが、何も痕跡が残っていませんでした。当時のチラシに書いてあったマハーポーシャのパソコン『マハ(デスクトップPC)』や『オリハルコン(ノートPC)』に再会することは二度とないでしょう。

 

これは無線関係のショップですが、私が中学生の頃の「でんでんタウン」は、雑誌「ラジオの製作」などの影響でオーディオやラジオの自作が流行った時代でした。そのため「でんでんタウン」には電気部品のパーツ屋が多かったのです。私も中学生のときに同級生に色々と教えてもらって、回路的には中間周波増幅の5球スーパーへテロダイン方式のラジオを製作したことがあります。厳密には、2極管ダイオードの代わりに半導体ダイオードを使いましたので「4球+半導体ダイオード」の回路でした。もう真空管式の電気回路は市販品としては時代遅れでしたが、自作の場合に限っては知的な趣味として生き残っていたのです。プリント基板を使うことなく「はんだ付け」などをしながら組み立てていくところに面白さがあったという感じです。・・・(決して「はんだ付け」が面白いのではなく、回路図を読み取りつつ色々と工夫を凝らしながらパーツを配置し、結線していくのが面白かったということです)

雑誌「ラジオの製作」は、その後、記事の内容をBCLやパソコンに推移していった後、月刊誌としては消滅しています。

 

外国人観光客仕様の家電量販店です。

 

家電店やパソコン店は激減しています。そういえばパソコン販売の全盛時代は名古屋(当時の本社所在地)の「OAシステムプラザ」も「でんでんタウン」に進出していました。まだMacという略称名よりもマッキントッシュ(Macintosh)と呼ぶのが一般的だった時代に「でんでんタウン」の「OAシステムプラザ」でMacintoshのパソコンを買った思い出があります。ただし、私を含む古い世代の人間には、マッキントッシュといえば超高級オーディオのMcIntosh Laboratory, INCのことでもありました。

 

昔と変わらない店もあります。主にプロが使う電気工事のための用具店です。

これらは「電工用具」と言うのでしょうか。全く昔のままです。

 

大阪人が、ここで必ず「どこが五階やねん!」とつぶやく場所です。この「五階」というのは、かつて「五階百貨店があった区域」というような意味なのですが、今では非公式なエリア名の名残りに過ぎません。

 

今では、かつての「でんでんタウン」のメインストリートよりも賑わっている「オタロード」です。

 

販売品の内容は昔とは異なりますが、ソフマップは健在でした。このソフマップも「でんでんタウン」では最初は「外様」のような扱いでした。ソフマップの進出以前は地元のニノミヤ無線(現在は廃業)や中川無線(ナカヌキヤに業態変更)が「でんでんタウン」の老舗だったのです。上新電機も当初はラジオパーツ屋だったと思いますが、ニノミヤ無線や中川無線と比較すると記憶に残っていません。

ソフマップの「でんでんタウン」進出時は、「箱売り(展示なし)」方式で「店員による商品説明は一切ナシ」という、ごく初期のソフマップ商法のままでした。私はWindows3.1~95の時代がソフマップの全盛期だったと記憶しています。勤務先のパソコンに合わせて、やむなくMacからWindows3.1に移行したときに、ここでパソコンを買った覚えがあります。当時持っていた「ソフマップカード」はどうしてしまったのでしょう?

♪行こうよ まぶしい光の世界 ハートのスイッチ ONにして~

ハローソフマップワールド (usausaniyaso)

 

このまま帰宅してもよかったのですが、この前にテレビで見た、外国人観光客がやってくる大阪の珍名所「難波八神社」まで足を延ばしました。

これが訪日客が喜ぶらしい獅子殿です。

 

欧米人もアジア人も関係なく続々と記念写真を撮っていました。

 

この獅子殿を見て、シンガポールのセントーサ島にあるマーライオンタワーを思い出しました。

シンガポールのセントーサ島のマーライオンタワー(2019年10月解体)です。