よい短編小説は、長編小説を読み通したのと同じくらいの満足感を与え、ときに長編を超える感動をもらえます。
たとえばインド系アメリカ人作家、ジュンパ・ラヒリの『停電の夜に』に収められた短編「三度目で最後の大陸」。
これは、インドからアメリカにやってきた男性とその妻を描いて過不足がまったくなく、大河ドラマを見たような重量感を感じさせる秀作短編です。
それと同じような感覚を覚えたのが、一穂ミチさんの短編集『うたかたモザイク』の中の一編、「Still love me?」。
正直、この短編集そのものは、ちと拍子抜けでした💦
いや、面白くないわけじゃないんだけど・・・ごくごくフツー。
一穂さんの最初の短編集『スモールワールズ』にあったような毒もインパクトもないし、正直、これならどの女性作家さんが書いても一緒?みたいな。
いい加減飽きてきたところに、「Still love me?」が出てきました。
これは年上の従兄弟、一史に恋をしている主人公「温」の話なんですが、最初、私はこの人を女性だと思ってたのね。
その温が、「俺が」としゃべり出した途端に、風景が一変!!!
こ、こ、これは!!!
一穂さんが一般小説で始めて発表するBLではありませんかあっっっ
急におめめキラキラになって、いそいそとページを繰る私。
この温くん、じつはめっちゃくちゃかわいそうな青年なんです。
勉強をみてくれていた一史に、中3くらいから恋をしているんですが、高3の秋になって、どうにも我慢できずに一史に告白してしまいます。
ところがタイミングが悪かった
いやもう、あまりに悪すぎた。
だって、それが2011年9月11日の夜だったから。
温の背後にあるTVに、まさに飛行機がニューヨークの双子ビルに突っ込むところが写っていたから。
そして何より、一史の恋人(男)が、あのビルにある会社に勤めていたから
さらに悪いことに、恋人の死亡が判明したとき、彼には婚約者(ってことは、もちろん女性)がいたことがわかるんです。
つまり一史は、恋人を亡くしただけでなく、そのひどい裏切り(だって「婚約者」だもん。自分はただの浮気相手ってことよね?)とも向き合うことになりました。
_| ̄|○_| ̄|○_| ̄|○
はい、温の恋は終了~~~!
となれば、まだよかったんですよ。
ところが、そうはいかなかったから悲惨なんです
あの告白のことなんか、もはや一史の頭にはないだろうと期待していた温の前に、1か月後、一史が現われるんです。
そして、温にこう聞きます。
「まだ、俺のこと好き?」
温はおバカだから、この問いに素直に「うん」と言ってしまいます。
すると一史は「そうか。ありがとう」と言って去って行くんです。
な~~~~んそれ!!!
もっと悲惨なことに、この不毛なやりとりが、もう17年も続いているんですよ!
17年です、17年!!!
高3だった温はもう35歳ですよ?
35にもなって、まったくこの子は・・・
で、この温が35歳の年に、一史は始めて因縁のニューヨークを訪れます。
もちろん、グラウンド0に行きますよね。
で、帰国した一史を、温が空港まで迎えに行くわけです←本当にバカな子だよ、まったく
ところが、今回、一史はなぜかあのセリフを言わないんですよ!
「まだ、俺のこと好き?」を。
ジリジリした温は、ついに自分から「なんで言わへんの?」と聞いてしまいます←温は大阪人なんです
聞くのが怖いのに聞いちゃうんだよ。
おバカさんだから
さて、ここで問題です
ニューヨークに行ってきた一史は、なぜ今回だけ温にあの言葉を言わないのでしょうか?
この答えがわかったとき、そして最後の1行を読んだとき、私は悶絶しましたね!!!
20ページに満たない短編なのに、これもう立派な長編BL小説やん!
読者は2人の17年を、そしてこれからの日々を、頭の中でぱああ~~~っと妄想してしまいますもの。
だからこそ、読後の満足感がハンパない
凡百のBL長編なんか足元にも及びません。
さすがは一穂さん!
本領発揮しまくりです!!
「飽きた」なんて言って、さーせんでした~~~🙇
BLは好きだけど、小説は長くて難しそうで敷居が高いという方、ぜひこの短編を読んでみてください!
きっとアニメやマンガとは違う、BL「小説」の魅力をわかっていただけると思います
おすすめの読み方は、最後の1ページを読む前に、頭の中でお好きな極甘ラブソングを奏でておくこと
私ならラストより2行前にサビの盛り上がりをもってきますね
ちなみに、この次に収録されている短編は、タイトルも「BL」とそのものズバリな、やはりBLです
でも、こっちは上級者編。
世界で1、2を争うほど頭脳優秀なのに、恋愛のスキルは最底辺、という理系エリートあるあるな人たちの話です
何しろこっちの主人公は、片想いをしている女性がBL好きだと聞いた途端、世の中をBL(同性愛が普通で、異性愛が異常とされる社会)に変えてしまうシステムを編み出すんですから!
まあ、私はソッチの社会もうれしいですがそんなもん作る前に、ひと言「彼女」に「好きだよ」と言えばよかったのよね
おかげでかなり切ないラストになっております。
このあとの「神さまはそない優しない」「透子」もよき短編なので、この短編集はぜひ後半を読むことをおすすめします!