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Ternod Official blog

哲学思想研究、文人画。 反緊縮行動(Anti-Austerity Action)〔生ー政治(Bio-politique)に抵抗する自律労働者(Autonomia Operaia)〕。 ブラック・ミュージックをこよなく愛す。レコード/CD店、古本屋、美術館などで出没することが多いです。

殉教か転んでみんなで生き延びるかの選択肢よりも、
私の意識は、こちらの方にあります。

古代「沖田さん、僕はイヤです。
     ここで撤退したら、死んで行った仲間たちに顔向けできません」

 沖田「古代、明日のために今日の屈辱に耐えるのだ。それが男だ」

 古代「沖田さん、男なら戦って、戦って、戦い抜いて、
    1つでも多くの敵をやっつけて死ぬべきじゃないんですか」

沖田十三、古代守、どちらの台詞も名言だと思います。

http://kirksenchou.blog8.fc2.com/blog-entry-380.html

 

今日、西宮北口のTOHO cinemasにて、マーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙−サイレンス−』を見ました。

 

私は原作である遠藤周作の小説『沈黙』を読んだ時、自然外的な人格神であるユダヤ=キリスト教の神概念と自然万物に根ざす汎神論的な神概念の違い、江戸幕府による拷問や迫害を前にキリスト教の救済とはいかなるものか、という問題を考えさせられると同時に、キチジローという気弱で卑屈な日本人キリシタンの存在に、強い関心を持ちました。

キチジローは、マカオから日本に潜入しようとするイエズス会司祭ロドリゴらを道案内する人物として登場するが、簡単に踏み絵は踏む。しかも、それだけでは容赦しなかった長崎奉行所の役人が、踏み絵の上に唾を吐き聖母マリアを淫売と罵しるよう要求すれば、キチジローは言われた通りに罵り唾を吐く。それどころか、それまで道案内をして慕ってきたロドリゴを幕府の役人に売り渡し、それでもなおロドリゴに告解して許しを求めてくる。キチジローは単に幕府の迫害が怖いというだけではなく、そもそも人間的に未熟で弱く、そういう弱い心の拠り所としてキリスト教を信仰しているのでしょう。

 

実は、私はキチジローに対して、ドイツの哲学者フリードリッヒ・ニーチェがキリスト教に対して述べた「弱者のルサンチマン」や「奴隷の道徳」につながる、ある種のキリスト者の本質を感じました。

実際、こういうキリスト者を何人か見たことがあります。

私はキリスト教の信者ではないので、こういう人物に対しては「許す」ことなどありえず、唾棄すべき外道だとしか思いません(笑)

 

だがスコセッシ監督の映画では、基本的には遠藤周作の原作に忠実なストーリーと内容でしたが、キチジローの描き方は原作とは異なるニュアンスを感じました。

確かに映画の中でもキチジローは踏み絵を踏み、司祭を幕府の役人に売る弱虫で卑屈なキリシタンとして登場しますが、長崎奉行所の役人が取り出した十字架に唾を吐くが聖母マリアを淫売と罵る台詞は吐いてはいません。

キチジローは気弱なため迫害をかわすために裏切り行為を働くが、その心の奥底には、あくまでも強い信仰心があるという描かれ方でした。

 

これは推測ですが、イタリア系アメリカ人であるスコセッシ監督は、おそらく「キリスト者」という存在そのものを客観視したり懐疑的な見方をするという考え方を持っておらず、キチジロー的な信徒の存在を理解できていないのだろうと思います。

またキチジロー役を演じた窪塚洋介さんの目や表情にも、強い信仰心を感じさせるものを感じました。

 

つまりスコセッシの映画版では、キチジローに表象されるキリスト者のあり方という問題は希薄になり、「キリスト教と日本的風土」という問題を中心とした、つまりキリスト者にとっては厄介であまり考えたくないであろう問題を回避した内容に変質したと見ることもできると思います。

 

 

あと個人的に思ったことは、長崎や天草地方のキリシタン遺産は、きちんと回って見ておきたいと思います。
関西では、大阪府高槻市から茨木市にかけての旧高山右近の所領だった地区に隠れキリシタンの遺産があり、茨木市立キリシタン遺物資料館に行ったことがあります。

私は高槻の隠れキリシタンの伝承を扱ったDVDを見て、200年近い禁教令を通じて、隠れキリシタンが信仰していたのはキリスト教というよりは祖先崇拝の一種で、迫害を受けたご先祖様を弔う儀式へと変わっていったのではないかと思いました。

江戸時代初期には、日本のキリスト教人口は70万人で人口の約5%にまで急増したにも関わらず、幕府が禁教令を出すやすぐにほとんどの信徒が棄教し、隠れキリシタンとして残ったのが山間部でほとんど教育も受けていない農民だけなのはなぜか?

そのことを考えると、彼らは本当にキリスト教を信仰していたのか? と考えざるを得ません。

今夜は、いわしの香草パン粉焼きです。
以前はよくつくっていましたが、ここ数年はまったく作っておらず、久しぶりです。
白ワインにぴったりです。
 

【作り方】
耐熱皿にオリーヴオイルを回しかけ、薄切りの玉ねぎを敷く。
いわしは頭と内蔵を取り、手開きで開いて水で血を落としてから耐熱皿に敷いた玉ねぎの上に並べる。
いわしに軽く塩と白胡椒を振り、バジル、オレガノほかお好みのハーブを振る。
さらにパルメザンチーズとパン粉を振り、オリーヴオイルを回しかけてから220度のオーヴンで約15分間焼く。



今回、パンは芦屋ローゼンマイヤーのバゲット、ワインは飲み残りのソーヴィニヨン・ブランと、シャルドネを合わせました。

今日、大阪市内で山伏の行列に遭遇しました。

それはともかく、今夜は豚モダンです。
豚肉を大量に入れて焼いていますので、かなり肉を感じさせました。
またフライパンで豚肉を焼いた直後に焼きそばを炒めてソースで味付けをしましたので、麺に豚肉の旨味をしっかり吸わせました。
お好み焼きは、久しぶりですが、たまに食べるとホッとします(笑)
今日は先週ほどの寒さは和らぎ、日中は暑いと感じることもありましたが、やはり夜は冷え込みます。
そこで、昨日に続いてオーヴン料理です。
 

今夜は、フランスの国民食アシ・パルマンティエ(Le hachi parmentier)です。
炒めた牛ひき肉を耐熱皿に敷き、その上にじゃがいものピューレ(いわゆるマッシュポテト)を乗せてオーヴンで焼いた料理です。

【作り方】
家庭料理のため様々なヴァリエーションがありますが、今回私が作った作り方です。

じゃがいもの皮を剥いて櫛切りにして水からゆでる。
じゃがいもをゆでている間に、フライパンで玉ねぎのみじん切り、セロリのみじん切りを炒め、ローリエの葉を1枚入れて、牛ひき肉を加えて炒め、火が通ったら塩胡椒で味付けをして耐熱皿に敷く。
じゃがいもに楊枝や竹串を刺してスッと通ったらざるにあけて水を切ってボウルに入れて、フォークで潰す。バター、塩、胡椒を加えて混ぜ、硬かったら牛乳で少し伸ばす。そして牛ひき肉の上に乗せ、オーヴンで15分ほど焼き、焼き色が付いたら出来上がり。
 

アシ・パルマンティエは、フランスの家庭料理らしい素朴な味です。
ただし、今回使った牛ひき肉は黒毛和牛だったので、和牛らしいコクと香りが強かったです。
ひき肉は合挽肉でもかまいませんし、ポトフやシチューなど煮込み料理の残った肉でつくる作り方や、牛ひき肉を赤ワインで煮込む作り方もあるようですので、色々と試してみたいところです。
あるいはドミグラス・ソースを使えば、ご飯のおかずにもなりそうです(笑)

パンは「ブーランジェリー・アン」のバゲットと、「芦屋ローゼンマイヤー」のバゲットです。

ワインはもちろん赤ワインで、メルローにしました。
ただしフランス産は値が張るので、チリ産ですけど(苦笑)

今夜はグラタンです。
しばらく寒波が続き、夜は氷点下にまで冷え込む日々が続いていたので、無性にグラタンが食べたくなっていました(笑)

グラタンは、アルプス山脈に近いフランスのオート・サヴォア地方とドーフィネ地方の郷土料理です。グラタン・ドーフィノワは、牛乳で煮込んだじゃがいもにグリュイエール・チーズを乗せて焼いたもので、いたってシンプルですが、肉料理の付け合わせに最適な料理でもあります。

私は今回、とにかくガッツリとグラタンが食べたかったので、付け合わせでなくメイン料理にしました。
材料はじゃがいも、たまねぎ、鶏ささみ、ほうれん草です。


【作り方】
フライパンで薄切りの玉ねぎを炒め、皮をむいてスライサーでポテトチップスくらいの薄切りにしたじゃがいもを加えて炒めます。
じゃがいもの水分が飛んだところで削ぎ切りにした鶏ささみも加えて、さらに炒めます。
切ったほうれん草を加えてしんなりとしたところで小麦粉をまぶして軽く炒めてから白ワインを加え、次に牛乳を加え、塩、胡椒、ナツメッグを加えて煮込みます。
煮立ってとろみがついたところで味加減を見てから耐熱皿に移し、チーズを乗せます。
本来はすりおろしたグリュエール・チーズを使いたいところですが、今回はとろけるチーズを乗せてからパルメザンチーズを軽く振り、さらにパン粉をまぶしてオーヴンで加熱し、焼き色がついたら出来上がりです。
 

グラタンは久しぶりでとにかく食べたかったことに加え、今回初めてスライサーで薄切りにしたじゃがいもで作ってみましたが、洗練された感じになります。
どことなく、ラザニアを思わせる味わいです。
じゃがいものほっくりとした食感がお好みなら、ある程度の厚さに切って、牛乳で煮込んだ方が良いでしょう。

パンは「ブーランジェリー・アン」のバゲットと、「芦屋ローゲンマイヤー」のバゲットです。
とくに「ブーランジェリー・アン」のバゲットは、皮はパリっとして香りがあります。「芦屋ローゲンマイヤー」のバゲットは、柔らかめです。

 

ワインは最初からシャルドネで考えていました。
予算の都合でチリ産になりましたが、白のシャルドネです。
シャルドネ種は地域によってかなり味わいが変わりますが、こちらはやや口当たりが甘めですが、鶏肉やクリームソースにも負けないコクがあります。

ともあれ、これでしばらくは続くであろう厳寒期を乗り切れそうです(笑)

以下は昨年2016末に、複数のSNSに投稿した記事です。

本当は、今年の日付に合わせて文面を変えてもいいように思いますが、あえて文面を変えずに掲載することにします。

 

 

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今年4月から勤めていた職場を年内で退職しました。来年の年明けからは新しい職場に転職します。

今まで勤めていた職場は、大阪市内にある、日本共産党員が経営参画し、労組は全労連で『赤旗』をはじめ共産党系の団体の印刷も行う印刷会社でした。
私自身は、就業するまで共産党系の会社とは知らず、就業後、食堂の脇に全労連系労組の事務室があり、会社の外壁に共産党のポスターが貼ってあること、民医連をはじめ共産党系団体のパンフレット等の印刷が多いことで分かりました。

そして、そこはいわゆるブラック企業でした。

正社員に対しては長時間残業や休日出勤が常態化し、出勤日でない休日は、労働組合の親睦会や憲法擁護などの集会への動員があるという。そして派遣 労働者に対してはパワハラで酷使する状況です。そもそも、仕事をディレクションのできる人もいなければ、計画的に仕事を進めることのできる態勢でもないと いう有様です。

昨年の2月下旬に面接に行った時、職務内容は、最終データの面付と組版、オンデマンド印刷機の操作が多少はあると聞いていました。そして転職で辞める派遣社員の引き継ぎとも聞いていました。なお採用は、最初から決まっていたようです。
実際に就業してみると、組版はすでに決まった人が担当しており、業務の中心は面付とオンデマンド印刷ばかり。私自身にとっては未経験の不慣れな仕事である上、紙折りなどの単純労働も多く、ここでの仕事を続けると人生を無駄にすると最初から感じていました。

そして引き継ぎ予定の派遣社員は、転職先がまったく決まっておらず、しかもコントロールフリークだったという。
はっきりいって「話が違う」というレベルですが、ブラック企業の典型的パターンともいえるでしょう。

そういうわけで、すぐに転職を考え始め、具体的には今年の6月ごろから転職活動をしていました。
だが、状況は悪くなかなか見つかりませんでしたが、11月ごろから急に募集が増えてきて、ようやく転職先が決まりました。
そして、すぐに退職行動を取った次第です。

この会社で思い出したのは、ソ連の作家ソルジェニーツィンです。
彼の短編は読んだことがありますが、代表作である『収容所群島』は、挑戦しようと思ってまだ読んではいません。
『収容所群島』を読んだ人のブログによれば、ソ連の強制収容所とは、革命後、農業輸入国に転落して破たんした経済を補うために、魔女狩りによって「不満分子」をあぶり出しては、無償の奴隷労働として酷使するシステムだったようです。

145冊目 収容所群島 1

ソルジェニーツィン『収容所群島』第一部二章わが下水道の歴史

昔、ミニコミ誌をつくっていた頃、今でいうブラック企業の労働争議の取材をしたことがありますが、その企業も経営者が共産党員で、しかも模範党員として重宝されていると聞いたことがあります。
また、「すき家」を中心とする株式会社ゼンショーホールディングスの創業者は中核派の元活動家で、「フードビジネスによって世界から飢餓をなくす」といって起業したのも有名な話です。
レーニン主義的な「革命的献身」と企業戦士は紙一重であり、左翼が起業するとブラックになるということなのでしょう。

この経験は、そのうち文章にまとめます。
掲載誌や編集者を紹介できるという方は、ぜひご連絡ください。

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今日、第60回記念宝塚市展の搬出日でしたので、入選作品を引き取りに行きました。
 
 
賞状をいただきました。
さすがに額に入れて飾ったりはしませんが(笑)、こういう形になるものを持っておくのはいいものです。