テラスサノオの手を照らそう -29ページ目

断食と断磁気

只今、家全体の各部屋断捨離中です。
昨日は、部屋の断捨離による本の整理が完了しました。

処分する本が、ダンボール12個出来ました。
平均重量が15キロとして、180キロ。
落書きなどして売れない本を捨てた分が
20キロとして、合計200キロ。

それ以外に、私の部屋と押入れ、
そして家が建った当時、客間として使ってた部屋は、

左大文字や船形が見える展望だったけど、
40年経つと、高いビルが林立して、景色も変わり、
部屋も私の物置になってしまいました。

それらの整理で廃棄したモノが、コメ袋に詰めて、30袋。

1袋20キロとして600キロ。
私個人の総廃棄重量が合わせて800キロで、
家全体としては、1.5トンと見積もりました。

これらを家の外に出すと、家内の空気が変わりました。
私の家は商家だったので、1階が店舗で、2階と3階に
住居があります。私の部屋は3階にあり、
すべて出し切って爽快な気分を味わっていると、
2階の家族の声が、今までよりもよく聞こえて来ました。
話の内容よりも、笑い声が家全体に響く感じです。
どうも家の中の磁気が変わったように思いました。

個人の持ち物には、その人の分身のような磁気が備わり、
個性や思い込み、観念や常識が持ち物にDNAとして
埋め込まれてるんだと・・・。

それらを一掃することは、丁度断食をして、
腸の中を綺麗にする事と同じで、
断食=断磁気であると感じます。

腸は第2の脳と呼ばれる器官で、
活性化すると新たな働きが出てきます。
家と言うのも、人間の体と同じで、
不要な物を断食すると、空気が軽くなり
繊細な波動・・・、例えば、笑い声などの
陽(プラス)の気を増幅するのかもしれません。

地球も今、地場が大きくずれて、
磁気が消滅しかかっています。
人口も増え過ぎ、人間の陰(マイナス)の
気も充満し、それらの重圧で、地球は
ギブアップしかかっているようです。

それが強制的な断磁気となって、
東日本大震災になった気がします。
ひとりひとりの悪想念や、我よしの精神、
物質欲や邪気などを浄化する段階の時期
(断食)に来ているのでしょう。

磁気テープとは、声や映像を記録に
留めるモノですが、地球も磁気がなくなった時、
自転が止まり、人々の記憶も消去されるそうです。
そしてまた再び、逆回転で地球は回り始めるという話もあります。

DVDでもRタイプは記録を消せないが、
RWタイプは消去出来て何ども書き換え可能なように、
人間もリセットが必要なのかも知れません。

リセットしても潜在意識であるDNAが
記憶していると思います。
それが輪廻転生の生まれ変わりでしょう。

一生かかってた事を、意識的に断磁気することで、
何回も活性化出来ます。

私も去年秋からしている断食を、2ヶ月に1度しています。
地球も、国も、町も、家も、人間の肉体と同じだと思います。

まずこびり付いた磁気を浄化して、
自己治癒力を蘇らせ、再生したい時期
(磁気)が来ているのかも知れません。☆

京の固磁気・・・ぱーと2

では、昨日の続きです。
その前に、只今我が家で大規模な
断捨離をしています。

もうほぼ8割方終了し、最終の本の整理を
昨日行いました。

今まで中学・高校の英語の教科書を
いつか英会話の役に立つと思い、
ずーっと残してましたが、今回、
感謝を込めて捨てる対象になりました。


そんな中、捨てきれずに残った本があります。
それは、漫画のコミックで、シリーズモノです。
「明王伝レイ」「孔雀王」「天地を喰らう」と、
水木しげる作品です。


これは自分の個性がハッキリ出ますね。
今回色濃く影響している前世も判明いたします。
家の大掃除と言うのは、磁場の浄化であり、
磁気とは自分の個性なんですね。


その教科書より大事なコミックを再び
読み返しています。
その中に、凄い内容が多々、載っています。
これが私の脳の「こじつけ」の原型だと気づきました。


昨日「明王伝レイ2」に書かれていて、
なるほど・・・と思った言葉に、
「五芒星は神の使いの力!!
だが、六芒星は神そのものの力なのだーッ!!」と
レイが五大龍王に言う場面です。。

今日の日記に書こうと思っていた事でした。

京の都の結界には、四神と五芒星と六芒星が
折り重なって張ってあります。


この六芒星は、マカバの形のように立体の三角形を
重ねた感じで、京の都を護っています。
五芒星は、安倍晴明が一条戻り橋の晴明神社で、
式神と共に護ってくれています。
そして四神は、地下水の流れが浄化し、
勢いを増した2年前より、守護のパワーも
アップして来ています。


これは、琵琶湖から疏水を通って流れてくる
水に変化が起こったと感じます。
それは、平安時代からの確執でした。


比叡山と言えば、天台宗の開祖である最澄、
そして京都の東寺と言えば、真言宗空海。
この2人の意見の食い違い、いざこざの確執が
1200年の永きに渡って、続いていました。


これが水の浄化により、また磁場(こだわり、確執)
が変化した為、和解し、過去の仲違いが
水に流されたのだと思います。

さぁ、いよいよこれで、場が整いました。

まず、六芒星と五芒星の和合により、
11芒星となって、
11=十一=土で、統一(十一)して
土からエネルギーが生み出されます。


この十一芒星が四神と合体して、十五となり、
統合(十五)する・・・・・。


平安時代より続く永い歴史にの中で、
初めて和合し、合体し、最大最高の
マックスエネルギーとなりました。


さて、いよいよ舞台は整いました。
何が起こるか、お楽しみはこれからですね。ハート2


京の固磁気(古事記)

京の都を守り固める為に、
平安時代より数多くの結界(磁気)が張られて、
何層にも磁場が重なり、都を護って来ました。

桓武天皇が京に都を築く前に、長岡京を作りましたが、
弟の早良親王との皇位継続を巡る争いで、

濡れ衣を着せて幽閉します。

無実を晴らすために、一切の食事を取らずに餓死した早良親王は、
怨霊となって、長岡京に疫病を流行らせます。

その為、兄の桓武天皇は10年にならない長岡京を

今の京都へ遷都します。

そしてまずやった事は、早良親王の怨霊を沈めるための、

神社を造ります。
それが今の上、下御霊神社です。

ここにはどちらも8名の非業の死を遂げた霊が鎮まり、
神と崇めて、怒りを鎮めています。
そして悪い怨念の磁気から命を護る為の

バリアを張ったのが結界です。

最初に出来た大極殿(御所)は、今のJR二条駅近くの、
千本丸太町交差点北東にありました。

結界を張るための基盤は、吉備真備が

唐から伝えた陰陽道を採用しました。
この都を怨霊たちから守るために、

桓武天皇は一生を捧げました。

まず鬼門にあたる北東の比叡山に延暦寺を建て、
御所の鬼門封じに東北方向の
角を欠いた猿ヶ辻を作っております。

角を欠くというのは、鬼の角をとり、

災いを入れないということだそうです。

そして京の町に怨霊から護るバリケードとして
四神を配しました。
北は船岡山の玄武、南は巨椋池の朱雀、

西は山陰道の白虎、そして東は鴨川の青龍。

神社では、北は上賀茂神社、南は城南宮、

西が松尾大社、東が八坂神社です。

私個人として、この結界のほころびを修復する

メンテナンスを4年前からやり始めた

四神相応スポットがあります。

それは、北が鞍馬寺、南が東寺、

西が嵐山竹林、そして東は八坂神社です。

1年に1回~2回巡ってますが、

2年前の祇園祭で行われた数霊の集まりで、
京都の地下水が勢い良く回り出したように感じます。

その循環によって結界として張られた、

六芒星や五芒星、四神の磁気がパワーアップし、

今、その磁場が統合し、また水の大元の水瓶である

琵琶湖の水の勢いや純度も変化してきたようです。

それらをまとめて明日書かせて頂きます。
乞う、ご期待!



「都大路・小路記」近所の路

我が家の前の通りは三条通りで、

西へ歩けば嵐山、東は河原町~鴨川~知恩院まで行く道です。

そして私が生まれたのは、昭和30年代の
三条商店街の中の八百屋さんでした。

お祖父さんが開業して90年続く老舗でした。

西は平安時代の都大路であった朱雀大路の千本通りから、
東は堀川通りまで、全長500メートルの商店街は
京都市内でも長い商店街で、アーケードを取り付けたのも
一番早かったです。

このアーケードがあるため、マラソンランナーが雨の日の早朝、
よくこの商店街を利用されてます。
その中の一人に、金メダルランナーの野口みずきさんがいます。
今でも横断幕やノボリを立てて応援してますが、
最近故障続きで、みんな心配しております。

また映画撮影所のある太秦からも交通の便がよく、
映画やテレビロケの舞台にもなります。

遡れば、私が中学の頃には、商店街の中になる公園で、
東映の仁義なき戦いシリーズが撮られていました。
「マムシの兄弟」では、菅原文太や松方弘樹が屋台を
ひっくり返す大立ち回りのシーンを撮影していたり、
高校に通っていた頃は、お昼休みに四条大宮の

王将で食事した後、腹ごなしにパチンコをしていたら、

隣で若山富三郎が打っていたり、
商店街の中のスポーツショップに真田広之がバンダナを買いに
来ていたりしていました。

時間をずーっとさかのぼって、幕末の時代に戻ってみると、
歴史の教科書に出てくる有名人がたくさんこの三条通りを
往来していました。

新撰組や佐幕派、勤王派、薩摩藩や長州藩・・・等々。
家から5軒隣のタバコ屋の大爺さんは、小さい頃に
近藤勇に頭を撫でてもらったことが自慢でした。

また家から歩いて3分のところにある武信神社は
平安時代初期に創建され、敷地内のエノキの大木には、
坂本龍馬とおりょうのエピソードがあります。

神社の説明書の文を紹介します。
神社の南には江戸時代、幕府直轄の六角獄舎という

牢獄があり、幕末、勤王の志士が多数収容されていた。

その中に 坂本龍馬の妻おりょうの父である楢崎将作

(ならさきしょうさく)が勤王家の医師であったため捕らえられていた。

おりょうは父の身を案じ龍馬と共に何度か訪れるが、
当時女性が牢獄へ面会できることもなく
龍馬自身も狙われる身であり面会はかなわない。

その為、神社の大木の上から様子を探ったという。

その後命を狙われ追われる龍馬は身を隠し二人は

離れることとなる。おりょうは龍馬の身を案じ行方を捜していた。

そんな折り、二人で何度も訪れた武信稲荷神社の榎を

ふと思い出し訪れた。
するとそこには龍馬独特の字で『龍』の字が彫ってあったという。

これでまだ龍馬は生きている事を知り、勇気を与えられて、
後日再会出来ることとなった。


そこでこのエノキは、「縁の木」と呼ばれ、縁結びの霊験が広まった。

今は「龍」の字は消えてしまってますが、エノキの大木は
いろいろな情景を年輪に記憶しているんだろうなと感じます。


またこの六角獄舎は、今は簡易施設となり、
玄関に石碑が立っています。

土日には、家の近所を、全国の歴史愛好家が
数十名のグループで見学に回られています。


こうしてみると、自分が生まれ出た土地が
平安時代から現代まで、いかに
歴史を刻んで来たかがよく分かります。
自分もそのDNAを引継ぎ、次の世代に
良い影響を残せたらと思っています。クマ

「都大路・小路記」神泉苑ぱーと2

昨日に続いて、神泉苑後半です。
京都の祇園祭と言うと、烏丸通りや四条通りの山鉾で
有名ですが、発祥の地は神泉苑です。

平安時代に京の町に疫病が蔓延した為、

日本全国の66国にちなんで、66本の幡(ノボリ)を

建てて、疫病退散の祈願をしたのが始まりです。

今でも、7月17日の神幸祭と

24日の還幸祭が行われます。

私たち氏子の三若(さんわか)神輿は、

スサノオノ命(牛頭天皇)を奉り、
24日の後祭りに、神泉苑でご祈祷をして貰います。

いつも仕事で参加してませんでしたが、1度だけ神輿を担ぎました。
肩がパンパンに張ったけど、やっぱり内なるエネルギーが発動し、
神と交流する気を感じました。

神輿を担ぐ者だけで、当日は朝から弁当打ちと言って、

男衆だけで、もち米を炊き、梅干と沢庵だけを入れて、

竹の皮で包んだ弁当を作り、寄付をしてもらった方に配ります。

これが年々人気を呼び、昨年は2000個作りましたが、
1日でなくなりました。
神泉苑に建てた幡が、現在の山鉾になったようです。

神泉苑の苑内に、平八と言う料理屋さんがあります。
なかなか立派なお店で、龍の頭の船でも食事が出来、
中秋の名月の夜には、龍頭船に雅楽隊が乗り込み、

演奏しながら池を巡ります。

また、年越しの夜は、お蕎麦100杯が無料配布されます。
ある時、この「平八」を逆読みしたら、「やへい・・・ヤハェ・・・ヤーベ」と

なることに気づきました。
神泉苑の南側の御池通りに、エホバの証人と言う建物もあります。

神泉苑の池にかかる赤い法成橋の真ん中で、

北に向かって願い事を祈ると叶うと言われています。

また敷地内には、増運弁財天が祀ってあり、その祠を正面から

見上げると、屋根にナマズのロゴマークが見られます。

その横の、以前幼稚園だった講堂では、

ゴールデンウィーク中、壬生狂言が無料で見られます。
特にお薦めの演目は、舞台初日の「ほうらく割り」と

最終日の「土蜘蛛」です。
ユーチューブでも紹介されています。
こちらはゑんま堂狂言で、ちょっと神泉苑と違いますが・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=qd8clswhNZM

神泉苑の舞台は高くて、ほうらくの落下に迫力があり、

土煙がモウモウと立ち込めます。
そして壬生狂言は、すべてセリフのない無言劇です。

土蜘蛛は、最終日の目玉なので、夜の8時位から演じられて、

クライマックスの蜘蛛の糸が、どんどん舞台から客席に向かって

飛んで来ると、最高潮に達します。
土蜘蛛の糸は持っていると厄除けになるといい、またその糸
の芯(鉛玉)は、財布に入れておくと「お金がたまる」など

といういわれがあります。

また、歳徳神(としとくじん)と言う、珍しい方角の神様も祀ってます。
このお社は、土台の石の部分が回転し、その年の恵方に向けます。

京都の中心である神泉苑は、風水ではいろんな龍が水を

飲みにやって来て、陰陽道では百鬼夜行の集団の通り道となり、
ヤハウェやエホバもチラホラ見えて、

祇園祭の発祥の地でもある神泉苑。

一般の観光客には、あまり人気のない所ですが、

スピ系の方には、とっても魅力的な
スポットだと思います。
ぜひ、訪れて、何かを感じて見て下さい。ニコニコ