どうしても毒舌に傾きがちだった当ブログ。



始めて3年くらいたったので、ここらで趣きを変えようかと、思います。



本年度は、

”脱力・ゆるキャラ”

でいきます。



だって癒されたいでしょう、私を含めて。

せち辛い世の中。

他人をけ落とし、成り上がる。



そんな冷たい世間に背を向け、ひたすら、へな~と力を抜き、ゆる~と行こうと思います。



そんな感じで、つぎはどの旅のことを、お話ししましょ。

テラの会活動記録をみていると、けっこういろんなところ、行ってる。



せっかくなので、まったくゆるくない街のことを、お話しましょう。



それはベトナムの首都、ハノイ。

街のなかには、公安のおまわりさんとか、軍隊のお兄さんなどが、たくさん。



どうやってゆるく話せばいいのか、ほんとうに迷います。



なにしろ、それぞれの町内に、「戦死者を祀るお祈り所」みたいなところがあって、その中には、大きな黒い石があります。

100年前からの、戦争にいった町内の人の名前を、ずらりとかいてあるのです。



そのいちばん最近、亡くなった方は、1987年とあって、つまり、さいきんまで、戦争ばりばりやっていたんですね。



ゆるくなーい。



いろんな意味で、冗談通じませんから。



それでも、すごく頑張ってゆるめに、いきます、乞うご期待。






自分を「アホ!」とよびたくなる瞬間があった。



トンカツ卵とじ丼をつくろうと、鍋を熱したはいいが、

ふたが開かない。



ぴたーっと鍋とふたがくっついて、びくともしない。

アリの這い出る隙も無いとは、このこと。



もう丼にはご飯を盛ってあり、あとはのせるだけ、

という段になってこの事態。



おもわず自分を「アホ!」とののしった。

しかもそのトンカツは、ただのお惣菜ではなかった。

とても恩のある方が、わざわざ油をつかって揚げてくれたものだった。



もしもふたを無理矢理開けようとして、開いたとたんに中身がとびちったりしたらやばい。



恩のある方に会わす顔がない。



海の中のホタテ貝のごとく口を閉じた鍋をにらみ、

試行錯誤することしばし。



上下左右に振ってみた。

さかさまにしてみた。

流水で流してみた。



まったくふたの開く気配なし。



そうだ。熱しすぎて閉じたのだから、もう一回熱してみたら。

ぶくぶく煮えたところで、さっとふたを取れば。



いや爆発したらどうしよう。



コーラの缶を冷凍庫に入れたら爆発したとか、

日常にはところどころで爆発にであう。



話はそれるけど、わたしのであった意外な爆発は、

ろうそくの爆発だった。



何の気なしにガラスの灰皿の上で、ろうそくを燃やしていると、ボンッと派手な音とともに爆発した。



パソコンの前だったので結構危なかった。



ろうそくには要注意。ときたまーに爆発する。



それはいいとして、カツトジ丼の入った、ふたの開かない鍋とにあらみ合うこと数十分。



困ったときのインターネット。

グーグルで、「鍋 外れない」

と入れて検索。



さっそくヒット。



同じ生活上の悩みをもつ人がいると知り、少しほっとする。

ネットによれば、「もう一度加熱する」がもっとも信頼の

おけそうな解決策だった。



ご丁寧に、「爆発するのを怖がっていませんか? 怖がらずに、もう一度火にかけて下さい」とまである。



爆発するのは正直怖い。

他にも「ほっとけば開く。あんまり心配するな」とあった。

なげやりだな、と思いつつ、わりとそれで解決するかなとも

思う。



とにかく、怖がらずに加熱しようと決意し、台所にもどった。



鍋のふたに手をおいたらスルとあいた。



なんじゃそりゃ~



相当いろんなこと考えたのに。

結局「ほっとけ」が答えだった。



そのときもやはり自分を、「アホ!」としかりつけたかった。

まったく、「料理はスリルとサスペンス」という我が母君のことばは本当だ。




 

とある日本の南の島にいます。



本州と目と鼻の先ですが。



いつも外国で、あちらの方に

「あなたは、日本のどこから来たの?」

ときかれる。



そんなときに県名で答えても相手は分かりません。

だから、「南の島」だと答えることにしています。

ほんとうに南の島だもの。



そういうと、だいたいみんな、「あーそう」と

分かったような、分からないような顔をします。



そのくらいでいいのです。



さて丁度その島へ飛行機で渡る日になって、

空が大荒れに荒れました。



欠航便があいつぎ、自分の便も飛ぶかどうかも

怪しかった。



その上というか、前日に急に38度近い高熱が。

検査をすると、インフルエンザではなかったのですが、

一日中ねてなくてはなりませんでした。



そんなズダボロの状態で行った羽田空港。

いすに座ってるだけで意識もうろうとしてるのに、

アナウンス。



「××空港が強風のため着陸困難と判断

された場合、△△空港か、□□空港に着陸する、

条件つきの運行となります」



って、おい!



××空港、△△空港、□□空港というのは

知っている人なら分かるけど、ぜんぜん違う

方向。



かなり的を得ない例えをするなら、池袋の西口で

集合ね、と約束しといた友達が、当日になって、

品川駅前から「いま品川だけど、ちょっと降りる

駅違ったっけ?」



といってるようなもの。



あるいは、中央線に乗って新宿に行こう

としてたら、間違って東海道線にのってしまい

川崎についたようなもの。



ぜんぜん全く違う。



そんなところに降ろされて、その後どうすれば

いいんだー、とおぼろに思いました。



しかしカゼ薬がきいていたので、もうどうでもいいや

とあきらめモード。



飛行機はとびました。



着陸のだんになって高度を下げると、うわさ通りの

超・強風。



上を下への大騒ぎ。

大人はわめく。こどもは「こわいね~ こわいね~」

とおおはしゃぎ。



自分は、薬が効いてたのもあって、もうどうにでもなれ

とあきらめモード。



ほとんど機内の全員が「ワキャーッ」と大声をあげた

大揺れでも、うすくひとみを開けたていど。



ほぼ大仏さんとかの悟りの境地です。



右に左にゆれにゆれ、アナウンスが「揺れましても

着陸に心配はありません」と安らかな声でいい、

なんとか着陸した。



着陸してからも強風で、機体がゆれていた。

よほどのつよい風だったんでしょう。



じぶんも飛行機にのりなれたのかな、と

ちょっぴり思ったりして。



おととし、タイとビルマの国境のメーソートに

いったときのことを思い出します。



いまでこそいろんな航空会社が乗り入れて

いるメーソートですが、その頃は、ソーラーエアと

いうちっちゃな航空会社があるだけでした。



この飛行機が、不肖私、人生で乗った中で

いちばんちっちゃな飛行機で。



はじめは目をうたがった。なんかミニバンみたいなので

連れていかれるなーと思っていたら、着いたとこに

プロペラ機が。



大きさとしては、初代ジョーズぐらいではないでしょうか。

(初代ジョーズは全長9メートルだった、はず)



その中にいちおう、見かけだけのスチュワーデスさんが

いて。



中に入ると、もう子供のジェットコースターかという

くらいに小さな席がたった6席。



とびあがっても、馬力がないから、あんまり高く

とべない。



もう山のすれすれを飛んでいく。



落ちるか、落ちないかとかじゃなく、その状況が

むしろ楽しかった覚えがあります。



もちろんタイ製の酔い止め薬を何個も飲んでの

話ですが。



ちなみにタイ製の酔い止めはよく効きますよー。



まっ黄色のいかにも効きそな見た目してて、

一コ飲んだら、30分くらいで、こん睡状態に

おちいります。



そんなのを町の薬屋で売っているから

アメイジング・タイランド。



そんな経験もありながら、日本のとても

安全性の高い航空機に、ぜんぷくの信頼を

おいて何の不安もない空の旅でした。



けっこういろいろと、危なかったかもしれない

状況をくぐりぬけてきてるのは、きっとご先祖さまの

お助けがあったからに違いないと思い、



南の島のご先祖様の墓にさっそく参りました。



かみもほとけもありゃしないと言いつつも、

けっきょく、さいごはカミだのみ。カミさまじゃ

ありがたすぎて、己の願いをきいてくれないと

思えばご先祖さま。



ほんとに、そんなものですよ。




在タイ日本国大使館から「タイ安全のしおり」が送られてきた。

それを見て、内心ヒヤッとした。



しおりにはこうある。



《入国拒否》



入国審査時に、大声を出したり、カウンターを叩くなどして事態を悪化させ、入国を拒否されたり、警察に引き渡されて罰金を払う事態になった事例が報告されています。



はい私、経験ある。



それはインドネシアだった。

入国じゃなく、出国のときだった。



そのとき、インドネシア政府が出入国のやり方をかえた頃で、いろいろと連絡が内部で行き届いてなかった。



落ち度は100パーセント向こうにあった。



それでも、もめると出国できなくなることを、重々知っていたので、決して興奮しないように、やらなくてよかったはずの作業なんかを、もくもくとやった。



同行者が2人いたので迷惑もかけたくなかった。



それでもさいごのさいご、入国管理局の係員のひとことで、ぷつん、と脳の神経が切れた。



インドネシアの場合、局員は軍人なのでピストルを持っている。

軍人さんだから、ゆうずうがきかないというか、お世辞にも、話が通じやすい相手ではない。



問題は入出国カードにかんしてだったのだけど、私が入国のとき、再三確認して、そのカードをくれとたのんだのに、「いらない」の一点ばりで、くれなかったのは入国管理局。



それなのに、出るときになって、カードはいる、という・・・



疲れもピークにたっしてた。



何とかがまんしてたのに。

いたちのさいごっぺというか、軍人の方はおっしゃった。



「仕方ないな~。

次からはちゃんとカード、持ってこいよ!」



ぷちぷちぷち。



私はカウンターをがんがんたたいた。

大声を出した。



悪いのは、あんたたちだ!

システムを変えたのは、あんたたちだろう。

何べんきいても、カードくれなかったのは、

あんたたちだ!



軍人さんは、その剣幕に押されたか、あるいは意味が分からず、とにかく、「行け」と言われた。



それで助かったのは運がよかった。



これでもしモメていたら、警察に引き渡されたり、トラブルになって、日本に帰る飛行機にも乗れなくなっていた。



でも気持ちは分かるんだ。

あきらかに自分の落ち度でないのに、入国管理局で頭ごなしに威張られるときの、あの気持ち・・・



圧倒的に向こうの方が立場が強いので、このときとばかりに、「えばって」くる。



それを、何があろうと我慢し、無視し、とにかくあのゲートをくぐらなくては、身が危ない。



外国で活動するということは、さまざまなところに、危険が転がっている。



思えば6年間曲がりなりにも無事だったのは、何かが助けてくれていたとしか思えない。



神社や、神棚、仏壇には、ちゃんと礼をつくしておくべきだ、と思う春の一日。












3回もつづけてAKBでせめるのは、よくないと自分で思う。



だから、今回でもうAKBのことは、おいとく。



かなり自分でも一生懸命、AKB48を覚えようとしていたのに、何と派生ユニットまであるとは。



恐るべしAKB。



これほど対応がおくれたのは今までなかった。

ウィンドウズも7でさえ持ってないのに8まで出るらしいし。



なんだか世の中早まわりのテープみたいになった。



さらには今になって気がついたけどもしかして、AKBって、秋葉原の「A Ki ha Ba ra」のことなの?



ということは電気系統に強いアイドルですか?

いや秋葉原といえば今はアニメや漫画のイメージが強いので、そっちの方でしょうか。



本当に分からなくなってきた。



さわらぬナニに何とやら。

多分、次世代アイドルを自分で探すところから、はじめた方がいい。

世の中に負けないために。




ダメだ。大島裕子の顔が覚えられない。

ずーっと写真みたり、ブログみたりしても、三日坊主じゃダメ。



AKBで、この人なら覚えれる、という特徴ある顔の人、いないかな。



そしたら迷わずその人のファンになる。



覚えやすいという理由だけで。



モー娘。のことは、ある程度まで顔は覚えられた。

AKBでダメということは、つまり確実にアタマが老化しているということ。



どうしよう。今からドコサヘキサエン酸とか多めにとろうかな。



「AKBの中で誰が好き?」

というのはヤングな方がたの中で、もっとも通じやすい質問だときいた。



さいきん私もこの質問をされることが多くなった。

このあいだ苦しまぎれに答えたのは。



「く、くどうしずか・・・」



周囲の冷めた空気をひしひし感じたのは、言うまでもない。



やばい、これでは「若者」でなくなる!

と危機感を抱き、AKB48について勉強した。



まったく関係ないけど、AK47については、ある程度知ってる。



AK47とはロシアで開発された突撃銃。アブトマット・カラシニコバというのが正式名称である。



アメリカ製のM16に比べて、手入れが比較的簡単なのと、安価なのとで、世界中のゲリラを中心に拡がっている。その数は1億丁以上だとか。



もっとAK47について語っていたい。その銃床は木でできていて、これがぬくもりがあり・・・



いや。時代はAKBなんである。

AKBについて無知なものは、「中年」の烙印を押され、火曜日の燃えないゴミの日に放られる。らしい。



そこで、必死に覚えた。AKBを。

やっと一人目。それが前田敦子。その次に大島裕子。

これさえも本当にやっとこさで覚えた。



まだ顔は覚えられない。テレビでぱっとその顔が出ても、分からない。



これじゃあいけないと、前田敦子だけでもと必死で写真をにらんでいたのに。



卒業だって!?



何ヲ!



やっと本官が認証写真を記憶したのも束の間。

(本官って自分を呼ぶ人、現代にいるのかな)



これは先をこされた。



じゃあ大島裕子でどうだ。



いま、目もとあたりが、脳のはしっこにちょっと入った。

顔全体を覚えるには、あと1ヶ月はかかる。



3人目は、えーと、本田美奈子・・・



もういい!

嵐の二ノ宮くんなら即覚えれたのになあ。



本音をいっていいですか。



AKBって、みんな顔似てませんか・・・・・・?




センセイが無事もどって来ました。



帰りがけの飛行機は、とても混んでいたそうです。



やっぱりそれなりに疲れたそうで、しばらくは身体を休める、とのこと。



わたくしは心を入れかえ、ハッピーなことしか、ブログにかかないようにしています。



しかし煩悩まみれの俗人の不肖わたくし、なかなか解脱できないのであります。



やはりヨガをやるべきでしょうか。




カンボジアのプノンペンへ活動に行っていた

木村代表が、明日帰国します。



朝5時ごろの便なので、宿を深夜1時ごろに

出なくてはなりません。



なかなか体力のいる移動です。



代表からきいたところによると、今回

カンボジアからタイへ帰る飛行機が、

相当揺れたそうです。



乱気流に入ったのですが、もしかしたら

堕ちるかな、と思うほどのゆれでした。



女の子は泣き出し、男たちは声を出して

ものにつかまったりしていたそうです。



代表は落ち着いていて、「こんなふうに

死ぬ前にスリルがあるんなら、面白いなあ」

と考えていたそうです。



心臓に剛毛が生えているのでしょうか。



それとも常人とは違う感覚を備えているのか。

アジアの聖者ですものね・・・



それはともかく、無事日本へ帰国して

いただきたいものです。





つい先日までカンボジアのプノンペンにいた

センセイに、英語の達者な18才の青年に会った

とききました。



私ことコータは、「本当かな」と疑いました。



センセイとは電話でやりとりをしていますが、

国際電話は高いので、それほど長くは話せません。



だからその青年のことも、ちらりときいた程度

でした。



それでも気になったので、今日もう少しくわしく

センセイにきいてみました。



わかったことは、その青年はインターナショナル

スクールに通っていて、教科書は全て英語である

こと。



それぞれの科目をみんな英語で学習している

ようです。



それは英語力がかなり高くないと、できないことだ

と思います。



家族も決してお金持ちではないのですが、

その青年だけに、しっかりした教育を受けさせて

いるのです。



やはり、物事はよくきいてみないと分からない

ものです。



とくに外国のことなど、日本の常識で判断しては

誤解してしまいます。



その目で見て、耳できいた、実際にその人に会った、

という情報がもっとも確かです。



だから謙虚にならなくてはなりません。



センセイのそのような報告をきくにつけ、

思うのは、東南アジアは本当に伸びざかり

だということです。



その青年のような、向学心が高く、

性格がひねくれていない若者が、

東南アジアではたくさん育ってきています。



日本人は、いろいろな意味で、常識に

とらわれず、柔軟なものの見方をしなくては

ならない時代に入っています。



カンボジアのプノンペンの話を、じっさいに

行ったセンセイからくわしくきける日が

楽しみになりました。