第2章 昭和の記録~奇跡その3~

 

第2章 昭和の記録~奇跡その2~はコチラ

 

 

小学校低学年で

命に関わる奇跡を2回経験したナルハラ

 

でも当時は、

それを奇跡だとは思っていませんでした

 

子どもというのは、そういうものです

危険な目に遭っても、すぐに忘れて

また次の冒険に夢中になる・・・

 

そして小学校高学年になった頃

三度目の奇跡が、ナルハラを待ち受けていました

 

 

「うわっ!!轢(ひ)かれる!!!」

 

 

思わず叫んだ声が、今でも耳に残っています

 

小学校高学年ともなれば

行動範囲はぐっと広がります

 

遊ぶのも、もっぱら同級生

 

そして移動手段は・・・自転車!

 

これは今も昔も変わらない

子どもたちの定番ですね

 

 

日曜日なんて、朝からどこまでも行きました

 

遊びだけじゃなく

夕食の味噌汁の具になるシジミ獲りも

「あそこでよく獲れる」と聞けば

すぐに自転車を飛ばす

 

時には、ただどこまで遠くまで行けるか

自慢したくて

無意味に遠方まで足を伸ばしたり・・・

 

当時は今ほど自動車は走っていませんでしたが

それでもメイン通りは

そこそこの交通量がありました

 

事故が起きたのは、そんな駅前のメイン通り

 

片側1車線、幅8メートルほどの道路です

 

 

友人3人と、道路の左端を走っていました

 

前を走っていた友人が

突然振り返ってニヤリと笑いました

 

そして・・・

ハンドルを持つ手を

左右交互に入れ替えたんです

 

左のハンドルを右手で

右のハンドルを左手で握る

 

要するに

腕をクロスさせた状態で

自転車を操っているわけです

 

「どうだ、すごいだろ?」

 

そう言わんばかりの、自慢げな表情

 

「フンっ、そんなん簡単やん!」

 

ナルハラは、負けず嫌いでした

 

すぐに真似をしました

 

左手と右手を交差させて、ハンドルを握り直す

 

最初は順調でした

 

でも、次の瞬間・・・・

 

ふらつきました

 

 

「あ、左にハンドルを

 切らなきゃ!!」

 

 

咄嗟にそう思って

無意識に左手を動かしたんです

 

そりゃあそうです

 

ずっと左のハンドルは

左手で操作してきたんですから

 

体が覚えている動きは

簡単には変えられません

 

でも・・・今は逆になっているんです

 

左手は、右のハンドルを握っていました。

 

 

ガクンッ!

 

 

 

左手で右ハンドルを勢いよく引っ張ってしまい

自転車は右へ

道路の真ん中へと大きく傾きました

 

 

ガシャーン!!

 

 

派手な音を立てて

道路の真ん中あたりで激しく転倒しました

 

アスファルトに体を打ちつけた衝撃

 

視界がグラリと揺れました。

 

そして・・・・

 

 

 

「轢かれる!!!」

 

 

 

思わず叫んでいました

 

道路の真ん中で倒れている

 

車が来たら、確実に轢かれる・・・

 

最悪の事態を、その瞬間、覚悟しました

 

膝と肘から血が滲んでいくのを感じながら

ナルハラは目を閉じました

 

 

しかし・・・

 

何も起こりませんでした

 

車のクラクション音も

急ブレーキの音も、何も聞こえてきません

 

恐る恐る目を開けると・・・

前後の道路を見渡しても

なんと、その時だけ

自動車が1台も来ていなかったんです

 

「バカだなーー!」

前後にいた友人たちが笑いながら駆け寄ってきて

自転車を起こし道路の端に寄せてくれました

 

そして、衣服に着いたホコリを払ってくれます

 

「大丈夫か?」

 

無傷ではありませんでした

 

膝と肘は擦りむいて

じんわりと血が滲んでいます

 

打ち付けた箇所がズキズキと痛みました

 

「痛い、痛い......」

 

そう言いながら、改めて道路を見ると・・・

車が次々と通り過ぎていきました

 

さっきまで一台もいなかったのに

今は普通に交通量がある

 

「本当に......轢かれなくて良かった......」

 

心の底から、安堵しました

 

 

あの時、なぜ車が一台も来ていなかったのか

 

メイン通りで

交通量もそこそこあったはずの道路

 

普段なら

数秒おきに車が通っているような場所です

 

でも、ナルハラが道路の真ん中で転んだ

その数秒間だけ1台も来なかった

 

偶然でしょうか

 

たまたまでしょうか。

 

ナルハラは今、こう思います

 

 

やはり、生かされている

 

 

 

三度目の奇跡

 

それは、見えない誰かが

再びナルハラを守ってくれたのだと

 

 

次の奇跡は嬉しい奇跡です!

お楽しみに!!

 

奇跡その4

 

 

 

 

 

 

第2章 昭和の記録~奇跡その2~<天橋立の守り人>

 

第2章 昭和の記録~奇跡その1~はコチラ

 

 

記憶にある2回目の奇跡は

第1章で語った落下事故を回避した奇跡と

ほぼ同じ時期に起こりました

 

 

あの時も、何か見えない力が働いた?としか

思えませんでしたが、この2回目も同じでした

 

いや、もしかしたら、

こちらの方がもっと危なかったかも・・・

 

 

「コレはダメかも知れない・・」

 

 

子供心に、あきらめの境地に立たされた出来事

 

それは、父に連れられて家族で行った海水浴で

溺れてしまったことでした

 

 

我が家には車がなかったんです。

だから、海水浴は電車かバスで行くのが常でした

 

中でも父がよく連れて行ってくれたのが

天橋立です

自宅目の前の駅から、電車で約30分で着きます

 

出発の朝は

母が早起きして作ってくれたおにぎりが並びます

 

梅干しと昆布、たまに鮭

おかずの卵焼きや奈良漬けも好きでした。

 

浮き輪や水中眼鏡といった

必須アイテムをバッグに詰め込んで

兄弟3人のワクワク感は最高潮!!

 

電車に揺られること約30分

近づくにつれて車窓から見えてくる

空の青さと海の碧さに胸が高鳴ります

 

天橋立の駅を降りて、回転橋を渡ると

松の木が立ち並ぶ美しい砂浜が広がっていました

 

父がゴザを敷きいて、浮き輪に空気を入れます

 

兄たちは「早く入ろうぜ!」とはしゃぎまくり・・

準備体操を済ませて

 

イザ、海へ!

 

兄たちは既に泳げたましたが

小学校低学年のナルハラはまだ泳げませんでした

 

だから、腹巻のように体に浮き輪を通して

ザブンと海に飛び込みます

 

遠浅の海

 

少しずつ沖の方へ進んでいき

「ここは、足が付くかな?」

そう思って、万歳をするように両手を上げた・・

 

その瞬間、浮き輪が体からスルリと抜けた

 

ブクブクブク・・・

 

足が、足が付かない

 

予想以上に深かったんです

 

何も掴むものがない水中で

ナルハラは必死にもがいた

 

目の前に見えるのは、大小無数の泡ばかり・・

 

海面から届くかすかな光が揺らめき

音が遠のいていく・・

 

 

「い、い、息が....できない....」

「もう、ダメかも......」

 

 

諦めかけたその瞬間

腕に、軽い痛みを覚えました

何かに掴まれ、ぐいっと引っ張られる感覚

 

「何だ?」

 

気がつくと、

視界いっぱいに青い空が広がっている・・・

 

そして飲み込んだ海水のしょっぱい味と

海水浴客の喧騒さが耳に入ってきて

生きている感覚を思い出させてくれました

 

我に返ると、その青い空をバックに

笑顔の知らないおじさんがいました

 

ナルハラは

そのおじさんにしっかりと抱えられていたんです

 

泳いでいる時、周りには誰もいなかったはずだ

少なくとも、ナルハラの記憶ではそうでした

 

でも、このおじさんは見ていてくれたんでしょう

 

抱えられている時、改めて周囲を見渡しても

すぐ近くに他の人の姿はなかった・・・

 

まるで、このおじさんだけが、私が溺れることを

知っていてそこにいたかのように・・

 

「たまたまでしょ」と言われれば

そうかもしれません

 

でも、ナルハラはこれも奇跡だったと

今でも信じています

 

あの時、もし誰もいなければ.・・・

そう考えるだけで、今でも背筋が凍ります

 

 

次の奇跡は、小学校高学年になった頃の話

その時、ナルハラは

再び「何か」に守られることになる!?

 

奇跡その3に続く

 

 

 

 

 

第2章 昭和の記憶~奇跡その1~

第1章 昭和の記憶~貧しくも温かなナルハラの原点~はコチラ


我が家は駅前ながらも、
当時は田んぼ、田んぼ、田んぼ......。
遠くは山に囲まれて、見渡す限り、
青々とした稲穂が風に揺れる風景。

小学生時代のナルハラにとって、
遊びと言えば田んぼでの野球でした。
土の感触、青空の下で振るバット、
そして友達の歓声・・・
最高の遊び場だったんです。
ただし、
田植えから稲刈りまでの期間は使えません。

そんな時、
私たち近所の子どもたちが向かう先は、
すぐ近くにあった某運送会社の倉庫でした。

近所の友達グループは、
ほとんどが兄や兄の友人たち。
総勢10人前後で、私が一番年下。
当時小学校低学年だった私は、
いつも兄たちの背中を追いかけていました。

倉庫は、
大型トラックが5台は楽に入るほどの広さ。
天井の高さは
優に5メートルはあったでしょうか。
薄暗い空間に、整然と並ぶ大型トラックたち。
子どもの目には、
それはまるで
巨大な遊具のように映ったんですね。

トラックのキャビンから荷台へ、
思い切りジャンプ!
着地の瞬間、鉄板が鈍い音を響かせる・・・
トラックの下に潜り込んで、
ホコリまみれになりながら
暗闇の中を這いずり回る。

今思えば危険極まりない遊びですが、
当時は誰も気にしていませんでした。

そして極めつけは・・・・倉庫の天井です。
どうやって天井まで上ったのか、
記憶が定かではありませんが、
おそらくトラックのキャビンから
壁際に高く積まれた荷物に飛び移り、
年上のお兄ちゃんたちに
引っ張り上げてもらったんでしょう。

天井裏は、私たち子どもにとって
秘密基地のような場所でした。

梁や天井を支えるための柱が、
縦横斜めに複雑に組まれていて、
暗いながらも、探検心をくすぐるような光景。
わずかに差し込む光の筋が、
埃を照らし出していました。

「ナルハラ、気をつけろよ!
 天井の枠の上を歩かないと落ちるぞ!」

兄たちからの注意は、
確かに耳に入っていたはずでした。
でも・・・聞いていなかったんでしょうね。

バリバリバリッ!!!!

乾いた破裂音が、倉庫中に響き渡りました。

1メートル四方ほどの枠に張られた天井材の
真ん中に乗ってしまったんです。
足元がグニャリと沈んだと思った瞬間・・・

体が宙に浮きました。

落ちる!!

そう思いました。

でも、落ちてない!?

1メートル角の天井材だけが、
ガシャンという鈍い音とともに、
はるか下のトラックの荷台に落ちていきました。

そして私は・・・
なんと、上から、その光景を見ていたんです。

天井材が荷台に激突する瞬間を、
この目でハッキリと目撃していました。
今でもその光景は、
スローモーションのように鮮明に覚えています。
落ちていく天井材、舞い上がる埃、そして・・。

私は、頭の真上にあった
鉄棒のような横向きの柱を、
両手でしっかりと握りしめて、
ぶら下がっていたんです。

いつ、どうやって掴んだのか、
まったく記憶にありません。
気づいたら、握っていました。

「ナルハラ!!!」
兄たちの驚きの声が響きました。

「絶対に手を離すなよ!今、
 大人を呼んでくるから!!」

兄の一人が、そう叫び残して、
30メートルほど離れた運送会社の事務所へ
全速力で走っていきました。
残った何人かは、私の真下に集まって、
声をかけ続けてくれていたと思います。

「大丈夫か!?」
「頑張れ!もうすぐ助けが来るから!」

腕がだんだん痛くなってきました。
手が滑りそうになる恐怖。
でも、必死に握りしめました。

数分後——永遠のように感じた時間の後——

数人の大人の方が
梯子を担いで駆けつけてくれました。

トラックの荷台に梯子を立てかけ、
穴の開いた天井へと伸ばして、

「よし、ゆっくり降りてこい!」

大人の力強い声に導かれて、
私は梯子を降りました。
足が地面についた瞬間、
やっと安堵の息をつきました。
怪我は、まったくありませんでした。

今でも不思議に思います。

なぜ、天井が抜けた瞬間、
私の真上に鉄棒のような柱があったのか。

なぜ、落ちた瞬間に咄嗟に手を上に伸ばして、
それを握ることができたのか。


普通なら、体は下に落ちていくはずです。
反射的に手を上に伸ばすなんて、
考えられません。

今思えば・・見えない力に助けられた
としか言いようがありません。
この時、ナルハラの命は、
初めて奇跡によって救われたのです。
でも、奇跡はこの1度ではありませんでした。

奇跡その2に続く......