“私たちの自治会には、1週間に2回、「もやせるごみ」を出す日がある。その日は、朝から少し雨が降っていて「ちょっとイヤだなあ」と思いながら家を出た。ごみ袋を3個、軽トラックに載せて、少し離れた収集所に向かった。私の知らない若い女の人がいたので「おはようございます」と挨拶をした。
1個のごみ袋を持って、所定の場所に置いた。残りの2個を取りに軽トラヘ戻った時、びっくりした。その若い女の人が、残りのごみ袋を両手で持ち、運んでくれていた。あまりにも急なことで、何も言葉が出ず、少し後に思わず両手を合わせて「ありがとう」と何度も言った。その女の人が、尊い人に見え、涙が出てきた。私は年のせいで、背中が丸くなり、腰も曲がってきたので、助けてくださる人が多くなってきた。世の中には、親切な人が大勢いるものだなあと思った。
自分を振り返ってみると、人の助けをしたことがあるだろうか? 自分のことを中心に考えることが多い。人の助けをすることは、とても勇気がいることだ。朝から心が「ほっこり」する出来事だった。家への帰り道のハンドルを持つ手が軽くなった。”(5月12日付け中日新聞)
三重県鈴鹿市の主婦・伊藤さん(77)の投稿文です。居合わせた人が、自分のゴミまで運んでくれた。朝からほっこりする嬉しいことであった、と伊藤さんの投稿文である。頼みもしないのに、気を使ってくれたのである。高齢者への思いやりであろう。それ以外には考えられない。
歳を取ると嘆くことは多い。いろいろなことができなくなる。しかし嘆くことばかりではない。社会は高齢者に結構優しくなった。健康や趣味の教室など高齢者向けのメニューが結構用意されている。その気になれば利用できるのである。ボクもいくつか出かけているが、気になるのは男性が少ないことである。本当は男性こそ利用すべきと思うが、何が災いなっているのだろうか。
- 前ページ
- 次ページ
“不便益とは、不便だからこそ得られるよさのことです。身近な不便益について紹介します。私は普段、中学校まで徒歩で通学しています。毎朝家を出るときに「自転車の人はいいな」と思います。なぜなら、自転車の場合は体操服袋や水筒などをかごに入れることができるからです。それに徒歩より速いです。
しかし徒歩通学にもいいことがあります。それは体力がつくことです。家から学校まで20分ほどかかるので、毎日かぱんを背負って歩くと自然に体力がつきます。最近はどこに行くにも、車や自転車で行くことが増えてきました。しかし徒歩のいいところを見つけることで、考え方が変わ ってくるかもしれません。”(5月12に付け中日新聞)
愛知県蟹江町の中学生・小菅さん(女・13)の投稿文です。不便益、こんな言葉があることは知らなかった。不便だから益がある、中学生に教えられた。しかし、内容は良く理解できる。これはボクがよく言っていることでもある。いろいろなものが発達する。文化や物に頼った分、体や頭を使わなくても済む。楽になる、余裕もできる。でも使わなくなった体や頭はその分衰えるのである。今までできなかったことやもっと高度なことに使えば、それは発達や成長に繋がる。体を酷使していたのなら、それは健康にも良い。これができている間は良い。しかし、発達で衰えた分を補えなかったら、本当の衰えになってしまう。ボクには発達が必要以上になってきている気がする。
“「これから出発です。もうすぐ会えるね」。同級生のK君からLINE(ライン)をもらったのが午前7時43分。愛知県新城市内のホテルに午後3時集合で、旧鳳来町(現新城市)にかつてあった中学校の同級会が開かれる日だった。彼は東京都練馬区からの参加だ。
同級会はこの半年前に開いたばかりだった。この年齢では、日ごろは健康でも直前に具合が悪くなる場合もある。だから年1回だった開催をもっと増やすことにして、幹事のT君、N君の奮闘で実現。首都圏や名古屋、岡崎などから参加の返事をくれた15人全員が集まり、満開の桜の下で再会を喜び合った。宴会や合唱を楽しみ、1人1人スピーチをして気が付けば日付が変わる直前。次回は秋。それまで皆、元気でいよう!”(5月9日付け中日新聞)
愛知県新城市の主婦・岡田さん(83)の投稿文です。同窓会の開催間隔の話である。高齢になって明日どうなるか分からない体、1年1回では少ないと、半年毎にされたという。いろいろな仕方があるものだと知らされた。ボクは小、中、大学と同窓会の世話人(代表)をしている。平成18年、60歳の年に、それまでは数年間隔だった中学の同窓会を毎年にした。定年を機会に、いつ会えなくなるかもしれないことを思っての提案である。ほとんどの人が小学中学同じであるのだが、そうでない一部の人のために小学は隔年とした。その小学も数年前から毎年とした。そして大学はここ10年ばかりに隔年であった。大学は昨年からボクが世話人となったが、この機会に毎年とした。こんなボクだからか、半年毎という話に驚かされた。この上はそんなこともあるのか、ボクも頭にいれておかなくては、と思った。どうするかは皆の気持ちである。皆がそうしようと言えばする気はある。観察していよう、興味は尽きない。
“歩行中に足や腰の痛みやしびれに襲われる間欠性跛行の治療をこの1年ほど受けている。私の場合、5分歩くと1回座って休憩することが必要だ。しかし、休みさえすればまた歩ける。そんな生活の中で、街には座れる場所が少ないということに気付かされた。
つえを使ったり、一定間隔で休んだりすれば歩ける人がいる。そうした人たちにとって、数少ないお助けスポットが、バス停のベンチなのだ。そこを、バス待ちではなく、休憩に利用する人たちが私以外にもいることを、自分がこの状態になって初めて知った。歩くことに自信がなくても安心して外出できるように、街なかに休憩用のベンチを増やすことが、さらに高齢化が進む社会には欠かせないと実感している。”(5月9日付け中日新聞)
名古屋市の田中さん(女・68)の投稿文です。高齢化社会である。今まであまり意識してなかったことも、意外な面があることも知る。この話もそれであろう。バス停のベンチである。バス停のベンチと言えば、バスを利用する人がバスが来るまで座って待つためのベンチである。散歩する人のためとは設置者も思っていない。ところがそんな人に大いに役立っているのである。これが優しい社会であろう。
ところがボクの感覚では町中のベンチは少なくなっている気がする。ボクが利用するバス停ではバンチがなくなった。多分壊れて、新たなものを設置するのではなく取り外してしまったのであろう。デパートなどではどうだろう。通るのに邪魔、休憩する場所ではないと少なくなっている気がする。ボクの近くの遊歩道にはベンチが設置された。ボクはこんなところにベンチが必要かと思っていたが、意外に利用者は多そうである。気配りと、そしていろいろな人の意見を聞く、これ優しい社会作りに必要かと思う。
“去年から飲食店の接客スタッフとして働いていて、仕事にも慣れて役立つ喜びをかみしめている。そしてついに先輩になる時が来た。そんな中、ふと手に取った本に記載されていたある言葉に強く心を打たれた。それは、仕事において新人は「ホウレンソウ」、先輩は「おひたし」が必要だということ。ホウレンソウは報告・連絡・相談、おひたしは怒らない・否定しない・助ける・指示することを、それぞれ略してまとめたもの。ホウレンソウは知っていたが、おひたしは初耳だった。確かに新人が報告や相談をしてきて、怒らずに方法を指示して、時には助け舟を出せると「良い先輩」だと思う。
新たに加わるスタッフにも私と同じく楽しく働いてもらいたい。だから、おひたしの精神を心がけたい。”(5月2日付け中日新聞)
名古屋市の会社員・佐橋さん(女・26)の投稿文です。「おひたし」、ボクは初めて聞く言葉です、知りませんでした。怒らない・否定しない・助ける・指示する。後輩にはありがたい教えです。つい逆になるものです。怒る、否定するは結構多いでしょう。今となってはかなり無縁のことであるが、ボクの昔はどうだったろう。自分で走るだけであまり指導しなかった気がする。赤面の至りである。自分の走る姿が参考になっていたらまずは良しだが、どうだったろうか。
走るのは今も同じ気がする。自分で走り回り進めてしまう。どちらかと言うと、ついてこい、と言う姿勢である。今の若い人には向かないだろうな。老人会など同じ世代の人の集まりだからできている、そんな気がする。
“実家の母は、今年90歳になる。1年半ほど前に運転免許証は自主返納したが、友人の車やバスで出歩き、元気に暮らしている。もうすぐ私の次女が香川県で結婚式を挙げるのですが「お婆ちゃんにも来てほしい」と言うので、母に聞いてみた。車で遠方への移動になるので無理かなぁと思いましたが「この長旅が最後になるかもしれないから」と、出席するとの返事が来た。
思い起こせば10年前。母との2人旅で出雲大社に出かけた時も「これが最後の旅行になるかな」と言いながら、新幹線とバスの長時間の移動も元気にこなしていた。そして6年前。私の長女が金沢市で結婚式を挙げた時も「これで最後だね、遠出するのも」と言いながら列席した。挙式翌日の金沢観光も一緒に楽しんでいた。1年前の甥の結婚式も、東京日帰りでの列席でしたが、私たち夫婦と新幹線の途中の駅で乗車して合流した。帰りも途中下車で1人で帰宅していた。
今回は、四国への長旅だ。少々心配ではあるが、本人曰く、「これで最後の旅行になると思うから」と、今は体調管理をしているとのこと。いやいや、母の「最後の旅行」は、まだまだ続くのかもしれない。”(4月27日付け中日新聞)
愛知県東浦町のパート・増田さん(女・63)の投稿文です。これが最後、これが最後、と思って事に当たるのは賢いと思う。最後と思えば、真剣になる、真摯に事に当たろうと思う。旅であれば大いに楽しみ、最後の思い出としようと思うだろう。そう思いながら最後が続いていく。これほど嬉しいこともあるまい。増田さんのお母さんはそうしてもう10年が過ぎた。今や90歳である。寿命が長くなったと言っても、90歳で泊まりがけで旅に出かけられる人はそれ程に多くはなかろう。
ボクの机の上には「明日死ぬと思って生きなさい」と書いた紙が置いてある。今日が最後と思って真摯に生きる、その心構えである。増田さんのお母さんが言われることと同じである。そう思いながら増田さんのお母さんくらいまでは元気に生きたいものと思っている。
“久しぶりに息子と2人で外食に出かけた。食事をした後、隣の喫茶店に移動し、コーヒーを注文した。運ばれてきた時、店員さんに「ありがとうございます」と伝えた。彼が去った後、息子が言った。「お母さん、さっきの店を出る時に『ごちそうさま』と言っていたね。そして、今も『ありがとう』って」
私は「えっ!普通じゃないの」と返した。息子は、私に異議があったわけではなかった。「最近は『お金を払っているんだから、ごちそうさまなんて言う必要はない』と言う人がいるんだよ」。そして続けた。「俺は、お店で礼を言う親に育ててもらえて、良かったと思っている」考え方は人それぞれだ。しかし親としては、子どもからうれしい言葉をもらったと思う。”(4月25日付け中日新聞)
愛知県春日井市の主婦・藤川さん(76)の投稿文です。飲食店で「ごちそうさま」「ありがとう」と言うのが普通ではないのか、ボクにも少しビックリである。ボクは普通に使っている。
「お金を払っているから言う必要はない」と言うことは、お金を払う方が上と言うことであろうか。そうであれば「お客様は神様」ということにもなる。そうではなく、お金を払う、ものを出す、これで5分5分、お互いお礼を言う必要はないということであろうか。こちらの方ならまだ分かる。5分5分、そうである、持ちつ持たれつ、一方だけでは成り立たない。でも嬉しかったら言葉を出せばいい。「ありがとう」と言われて気分が悪くなる人はあるまい。言葉などいくら出しても減らない。大いに出せばいいのである。それが世の中の潤滑油でもある。藤川さんの息子さんは、そんな母親に育ててもらって感謝されている。良い親子関係にもなっている。
“月日が過ぎるのは早いものだ。趣味を増やそうと、自宅近くの公民館の絵手紙教室に通い始めて30年がたった。だが、約5年前、教室は受講生の高齢化を理由に閉鎖され、絵手紙を描くことから遠ざかっている。思えば約10年前、本紙のほのぽの絵手紙に投稿し何度か掲載してもらった。とてもうれしかった。先日ふとスマートフォンでほのぼの絵手紙を検索すると、私の作品が本紙のウェブサイトにいまだに載っていたのにすごく驚いた。感謝しかない。
そんなことが気になるほど再び絵手紙に取り組む意欲が湧いている。だが、20年愛用した筆の先が短くなった。買い替えようと店に問い合わせるともう製造していないという。そこで業者に当たってみると、在庫があり、購入できた。頑張ろう。”(4月22日付け中日新聞)
愛知県常滑市のパート・辻谷さん(女・68)の投稿文です。絵手紙を始められたのは30年前と言われるので、38歳頃のこととなる。どんな生活をされていたのか分からないが、結構忙し頃ではなかろうか。早くに始められたと思う。そして5年前に教室が閉鎖、中断となったが、今また始められようとしている。いいことだと思う。こういうものはその気にさえなれば比較的容易く再開できるのがいい。これからが本番になるかもしれない。
ボクは川柳を35歳から始めた。川柳など老人の趣味と言われたものだが、ボクたちは例外的であった。そのころ川柳の指導者と会ってしまったのが、始まりである。「川柳東浦の会」という会が新たに作られ、21年9ヶ月続いて解散となった。「ちたの風」という会報は260号が最終号となった。そこからがまた奇跡のようなことが始まった。実はボクは238号から「川柳&ウォーク」としてこの会報をホームページに掲載をしていた。それがなくなってしまう。始めたばかりのホームページが片肺飛行となってしまう。一大事である。それならばと「川柳連れ連れ草」としてホームページ上で川柳の会を立ち上げてしまった。それがこの5月で293号となった。
“先日、口腔ケアについて学ぶ講座を受講した。名古屋市の医療と福祉に関する団体と地元の大学の歯学部が連携して開いているもので、歯や口の中のあらゆることを教わった。その中で、口腔機能検査を受けた。検査ではかみ合わせの力、滑舌、舌圧、そしゃくの具合を調べてもらった。すると、口腔機能の年齢が実年齢より15歳若かった。とても驚いた。というのも目、耳、体力は衰えが目立ち、医師から老化を指摘されることがしばしばだったからだ。でも、体の中でまだまだ元気なところがあるなんて。そんな思いがけない結果にうれしさでいっぱいだった。これからは、口の中の状態に負けないよう、体の現状維持を心がけたい。今回の検査は、そう奮起する良い機会になった。頑張っていこう。”(5月7日付け中日新聞)
名古屋市の主婦・川口さん(74)の投稿文です。今回も口の中の話である。先日は舌の話であったが、今回は口の中全体の話である。そして興味を引いたのは、口腔機能検査である。こういう検査もあるのだ、聞いたことがなかった。そして口腔機能年齢である。こういう捉え方があるのも初めて知った。川口さんは実年齢より15歳も若かった、と喜んでおられる。ボクも機会があれば検査をしてみたいものだと思う。本人は元気なつもりでも実際はどうかは分からない。こういう検査をすると自信が持てるかもしれない。逆の場合もあるだろうが、その時は気をつけるようにすればいい。ボクは1昨年から骨強度の測定に近くのお出かけ広場に出向いている。数値で示されるので変化が分かる。今のところ実年齢より少し若いだろうか。気休め程度だろうが、続けていきたいと思っている。
“年の初めに立てた今年の目標の一つに「川柳300句必達」を掲げた。本格的な俳句を詠むのとは違って、川柳なら季語の制約がないので300句ぐらい簡単に作れるだろうとの安易な発想があった。しかし、いざ筆を執ると少しも思い浮かばない。自分の思考力、発想力の乏しさを嘆くことになった。
そこで、頼ったのが毎日愛読している新聞だった。政治、経済、スポーツ、芸能、地方から海外までの話題・・・・。実に幅広い世界が広がっていた。従来にも増して熟読したら、川柳のネタがぎっしり詰まっていた。
一気に句がひらめくようになった。2ヵ月半ばで200句を作れた。新聞は情報を得る手段であるばかりでなく、私には発想力の向上を担ってくれる存在でもあったのだ。”(4月17日付け中日新聞)
愛知県岡崎市の長坂さん(男・79)の投稿文です。長坂さんは1年で川柳300句作ることを目標にされた。簡単だと思われたようであるがなかなかできない。そしてネタに新聞を頼りにされた。そしたら次々浮かんだ、と言われる。そして2ヶ月半で200句である。新聞の価値を見直されたようである。情報を得る手段であるばかりでなく、発想力の向上にも役に立つ。
長坂さんが川柳を始められたのはいつからだろうか。この文からは今年からの気もする。そして新聞等で見かける川柳を川柳と思われているようである。川柳についてボクはもう45年くらいやっている。長くやっているからと言ってどうのこうのと言うつもりはないが、少し調べられるといい。いろいろな川柳があります。そして自分に合った句を作られるといい。できればボクのホームページの川柳観を読んで頂くといい。
この「話・話」 は約22年、ちょうど4000話に達しました。これからも気負わず、淡々と続けていきますのでご愛読ください。