“元日の新聞は分厚い。ポストに入らないため、私は段ボール箱で作った新聞受けを大みそか、玄関先に置いている。「あけましておめでとうございます。ご苦労さまです」との添え書きを貼り付けて。
 2年前の元旦、箱に入れられた新聞の上にちょこんと1枚の年賀状が載っていた。「温かいメッセージありがとうございます。今年も頑張ろうという気持ちになります」。会ったこともない配達員さんからの思いがけない返事に、胸が熱くなった。私も早速、「雨の日、雪の日も大変なお仕事。お体には気を付けてください」と年賀はがきにしたため、販売店宛てに返信した。
 おそらく日本一早く届く、新聞販売店からの年賀状。3回目となるこの正月も楽しみにしている。”(12月23日付け中日新聞)

 愛知県瀬戸市の久野さん(78)の投稿文です。新聞の配達時間も地域によって違うだろうが、ボクの家も4時半には届いている。その新聞の上に年賀状である。そんな時間に郵便配達員さんは配っていないだろう。だから日本一早い年賀状と言うことになる。そしてそれが毎年のこととなった。お互い暗黙の行為、2人の秘密でもあろう。こう思うとますます楽しみになる。こういう人があると、配達員さんも励みになろう。
 ボクの家の今は、郵便受けの前に熊のぬいぐるみを置き、「ありがとう、ごくろうさま」と書いた札を首からぶら下げている。ボクの感謝の気持ちといたずら心である。そして、これは傷んでくると時折替えている。これは配達員さんにどんな気持ちを与えているだろうか。
 

 “第三セクターの土産店でスタッフとして勤務している。5年前にレジ袋が有料化したが、店では同時期から新聞製の袋を用意。環境に配慮した取り組みだと好評を得ている。きっかけは、無料の袋を望む声が相次いだことだが、エコを考える機会になればとの思いで新聞製の袋の無料提供を続けている。そんな中、「すごくいい」と褒めてくれるお客さまの存在は大きな励みに。
 「もったいない」。今の豊かな社会であまり口にしない言葉かもしれない。でも、やっぱりもったいない気がするレジ袋。有料化は、行き過ぎた無料提供を見直すいい機会になったのではないのか。レジ袋が当たり前ではない社会になればと思う。”(12月19日付け中日新聞)

 岐阜県恵那市の公務員・中村さん(女・58)の投稿文です。ボクはレジ袋が有料になってからもらうことはほとんどなくなった。まさに有料化の効果である。中村さんの職場では、代わりに新聞紙の袋を作って渡していると言われる。レジ袋が一般化される前の時代に戻った感じである。好評であると言われる。レジ袋はあまりよくない、と思っている人が多いからであろう。袋が湿る水製のものでない限り、新聞紙の袋で十分であろう。
 新聞紙の袋で何が問題かというと、今の時代作る手間であろう。手間をかけるより買ってきた方が効率がいい。効率が優先する時代である。そしてボクが驚いているのは、多くの包み紙はプラスチックであることである。つい包み紙と言ったが、昔は包み紙は字のごとく紙であった。今は何と言えばいいのであろうか。石油製品で包まれている今の時代である。こう考えていくと、気になることはいくらもある。
 

 “病院へ路線バスで出かけた。検査で麻酔を使うため自分で運転して来るのは禁止と言われていた。年を取って運転免許を返納するとどうなるのかを知る体験学習のつもりで初めて公共交通機関を使った。私の住む地域では自家用車のない生活は厳しいと実感した。
 車なら家から病院まで20分のところを、まずバス停まで徒歩15分、さらにバスで約40分。便数は行きの時間帯は1時間に1本で、始発でも予約に間に合わない。やむなく事前に当初の予約時刻を遅らせてもらっていた。検査を終え、2時間ほど眠った後、帰りのバスの時刻を見るとあと6分、その次の便は2時間後だ。麻酔でふらふらしつつ、なんとかバスに滑り込んだ。
 運賃は往復1300円。いささか痛い出費だ。しかし何より、バスの本数の少なさには参った。もう少し高齢者に優しい街にしていってほしい。”(12月16日付け中日新聞)

 三重県鈴鹿市の遠藤さん(女・66)の投稿文です。車のない生活の実体験である。車で20分の所、徒歩とバスで1時間のようである。車の20分はそのまま実時間であるが、徒歩バスの1時間は待ち時間が入っていない。バスは1時間に1本、または2時間に1本のようである。都合によってはトンでもない時間になってしまう。これも便利な生活に慣れたからであろうが、公共交通機関が乏しいところでは全く大変だ。今までの現実と全くかけ離れたものになってしまう。そういう所で車を手放すというのは本当にいいことなのだろうか。この話は病院だから何としても行こうとする。その他ならどうだろうか。もう余程のことでないと出かけないだろう。それが高齢者に良いことだろうか。
 ボクはどうだろうか。ありがたいことにバスで出かける場所なら、バス停まで歩いて10分、バスは20分、または30分に1本くらいある。問題はそのバスを乗り継がないと行けないところである。そしてバスで出かけられないところは自転車となろうが、大方は30分くらいで用を足すだろう。しかし、どう考えても車を手放せば、行動は極端に減り、範囲も狭まるだろう。今やっていることもできなくなる。いつその判断を迫られる時がくるだろうか。
 

 “知人の家を訪ねると、庭の木にカリンが鈴なりだった。下にも実が落ちていたので「食べないのなら欲しいのだけれど」と言うと「うちは要らないので全部持って行っていい」とのこと。10個余りもらった。ただ、この時は本当のところ、カリンのことをよく知らなかった。あまりにも良い香りなのでご近所にもお裾分けしたが、「硬くて切れないから」と断る人もいた。
 ネットで食べ方を調べると、砂糖やシロップ漬けにして食べるという。のどや肌に良いらしい。包丁を入れたら、やはり硬い。頑張って薄切りにし、砂糖やはちみつと一緒にガラス瓶に入れた。きれいな黄金色に見とれてしまった。このカリンが漬かっていくのを楽しみにしながらこの冬を乗り切っていこう。”(12月12日付け中日新聞)

 三重県菰野町のパ-ト・大脇さん(女・79)の投稿文です。続いて食べ物の話である。カリンである。食べ物であるのでいろいろな使い方があろう。実はボクの家にもカリンの木が1本ある。庭を整備した時、庭師が植えていった。そして毎年いくつかなり、それを収穫し、妻はカリン酢にしている。風邪にいいと言って、これももう40年作ってきた。カリンは毎年勝手に成る。ボクはちぎればいいだけである。後は妻が工夫して作ってきた。
 ところがこのカリンの木も昨年10月に、背丈ほどに切り落とした。脚立に乗って剪定するのが危険になったからである。もう枝が一本あるだけである。さてカリンは成るだろうか、そして妻はカリン酢を作れるだろうか、ボクの家も新た段階に入ってきた。
 

 “春に長芋の種芋を頂き、初めての長芋栽培に挑戦した。つるが伸び、ムカゴが育ってきた10月、友人たちと野外パーティーの折、静岡出身2人の提案で「長芋が収穫できたら、とろろ汁を作ろう」ということになった。
 11月になり、試し掘りをしたら、なんと90センチの長芋ができていた。早速翌週、「静岡風とろ汁の会」となった。鯖1匹、生椎茸、信州の味噌を用意し、パックご飯を持ち寄って、畑の小屋でとろろ汁作りが始まった。「静岡県はとろろ県」といわれているようで、静岡出身の2人が「奉行」となり、テキパキと指示を出す。尾張の私にとっては、鯖、椎茸、味噌を使って、どう作るのか想像できなかった。鯖は湯通ししてほぐし、椎茸は細かく刻んで鯖と一緒に味噌汁に。大きなすり鉢ですった長芋に鯖と椎茸を入れてすり、さらして味噌汁を入れて、よくすりあげて完成した。
 出来上がったとろろ汁をご飯にかけて食べたら、実に美味い。何杯でも食べられてしまう。畑に残っている長芋の保存方法も教えてもらえた。来年の新年会を再度のとろろ汁の会にすることを約束して、お開きとなった。静岡風とろろ汁に舌鼓の楽しい一日でした!”(12月9日付け中日新聞)

 愛知県稲沢市の会社員・渡辺さん(男・68)の投稿文です。長芋は父の時代から作っており、ボクは父の長芋を種芋にして今も作っている。だからボクはもう40年以上作っていることになる。こう考えると全く凄いものである。毎年毎年新しい命を繋いでいっているのである。そして長芋もいろいろな食べ方があるが、特にとろろ汁はボクの好物です。多分妻は鰹節のダシなどで醤油汁を作り、それを長芋を摺り下ろしたとろろにかける、それだけである。このとろろ汁の作り方にはびっくりした。これほどの手間をかけるのだ。所変われば食べ方も変わる。
 「静岡県はとろろ県」と言われると、やはりそうなのかと納得する。東海道丸子宿の丁子屋のとろろ汁が名物ということは知っていたし、そこで食べたこともある。丸子宿で食べるだけではないだ、県全体がそうなのか、初めて知る。
 長芋を商品として売り出している人はいろいろな作り方をしていると思うが、ボクは自家用である。あの長く折れやすい長芋を掘り出すのは大変な労力である。ボクはいつまで続けられるだろうか。
 

 “11月、民生委員を定年退任した。民生委員は地域の高齢者や子ども、社会的弱者への声かけや安否確認をし、行政機関へとつなぐ非常勤の特別職の地方公務員。なり手不足もあり、制度の課題を痛感している。
 民生委員の多くは、企業などを退職した高齢者が担っている。私は新任時点で75歳未満という国の年齢要件もあり、1期3年で退任することに。しかし自治体が独自に定める基準によっては私より高齢でも続けるようお願いされる人も多いようだ。
 見守りが必要な事例は多様化。今年なら猛暑の中、冷房のない劣悪な環境で生活する人がいた。命にかかわる問題なので行政と民生委員が協力して対応することが必要だ。重要な役割を担う民生委員のなり手を増やす方策を考えなければならない。”(12月6日付け中日新聞)

 愛知県津島市の小沢さん(男・75)の投稿文です。民生委員の必要性はますます高まるでしょう。高齢化社会、そして1人暮らしの人はますます多くなります。ボクの周りを見てみても、ほとんど老人世帯、相方が亡くなれば一人暮らしです。ボクの家もご多分に漏れません。民生委員の役割はこれだけでなありませんが、特に一人世帯に気をつけることは大きな役割でしょう。そして民生委員のなり手はどんどん減っています。ボクの同級生は80歳の今もやっています。いつ見守られる側に回るか分からないのに。ボクの村の民生委員が2人とも先日替わりました。そして2人とも70歳越です。これはもう今の制度が成り立たないことの表れと思います。小沢さんは「なり手を増やす方策を考えなければ」と言われますが、ボクには制度そのものを抜本的に変える必要がある、と思っています。
 

 “夫婦2人だけの生活になって34年になる。今のところは、ともに物忘れが多くなったかなと思う程度だが、元気なうちにとお互い心がけていることがある。「ありがとう」「君と結婚できて幸せだったよ」と感謝の言葉を存分にかけ合うことだ。
 地域の巡回バスの運転をしていた頃、ある乗客の女性が繰り返し言っていた。「私のダンナ、病気で散々世話させたくせに何も言わずに死んだ。『世話をかけたなぁ、ありがとう!』と言ってほしかった」。これが私自身を省みるきっかけに。
 残りの人生、相手をいたわる言葉を口にし合って暮らしていきたい。そして、その時が来たら寂しいだろうけれど、どちらが先に逝っても「よく生きてきたネエー」と賛辞を贈って別れられたらいい。”(12月4日付け中日新聞)

 三重県南伊勢町の山之内さん(男・84)の投稿文です。男は本当に困ったものである。稼いでいる時は、まだありがたさもあるが、稼ぎがなくなると本当に厄介者だ。ほとんど奥さんに養われている状態になっても、稼いでいた時の性分が抜けない。傲慢でわがままだ、口も悪い。感謝の言葉もない。これに思い当たる男性は多いのではなかろうか。山之内さんは、女性の愚痴を聞いたことから自分を省みられた。「ありがとう」「君と結婚できて幸せだったよ」と感謝の言葉を存分にかけ合うことだ、と気づかれた。そして実践されて余生円満である。
 そうしてみた時ボクはどうだろうか。自分には甘くなりがちであるから、あまりいえない。でもボクは何かあれば「ありがとう」はよく言っていると思う。これは2人ともである。しかし、「君と結婚できて幸せだったよ」と言った覚えはない。満80歳を超え、もうこういう言葉を吐く年代であろう。言えないのは照れくささであろうか。もう照れくささなどない年月である。まずはこう言う言葉に近いことから心がけたい。
 

 “小学生の時、遠足のおにぎりは、祖母が作ってくれていた。今は見かけなくなったが、当時はプラスチックでできたカゴのようなものがあった。その中に光沢のある長い葉に包まれたおにぎりが入っていた。私は、それが嫌だった。なぜお弁当の中に葉が入っているのか。友達に見られるのが恥ずかしくて、隠して食べた。
 家に帰って祖母に「葉っぱは入れないで!」と言った。でも、遠足の前日になると、祖母は庭から葉を取ってきて綺麗に洗い、準備していた。「この葉っぱはなあー」と、自慢げに何かを言っていたが、内容はよく覚えていない。その葉を大事そうにしている祖母を見ると、嫌々ながら持っていくしかなかった。
 その葉が葉蘭だと知ったのは、大人になってからだった。まさしく、おにぎりを包むための葉だった。小学生の私には理解できなかったが、葉蘭に包まれたおにぎりが、どんなに素敵なものだったのか、私もわかる年齢になった。
 嫁ぎ先である自宅の庭にも葉蘭がある。今、祖母とのやりとりを思い出しながら、その葉におにぎりをのせている自分に笑ってしまう。あんなに嫌だった記憶が、50年近くの時を経て、温かい思い出となったことが感慨深い。”(11月29日付け中日新聞)

 三重県四日市市のパート・矢田さん(女・57)の投稿文です。葉蘭、ボクの家にもあります。ありますが、今では活用することはほとんどない。親は押し寿司を作る時に必ず下に敷いていた。ボクは葉蘭が抗菌の作用があると思ってきた。それで、にぎりめしや寿司に使われてきたと思っている。それがいつしかビニール製の葉蘭に似せたものに変わっていった。ビニールでは抗菌作用はない。形だけ似せたまがい物と思ってきた。矢田さんには、人と違っていて嫌だった、という思い出があった。でも今では理解して、自分が使っておられるという。時が経てば知識も増え、考えも変わるのである。まずはよかったと思う。
 調べてみると、やはり葉蘭には抗菌作用があった。昔の人の知恵は実生活から生まれたものが多い、と思う。
 

 “11月、日課のウオーキングを楽しんでいると、道すがらキンモクセイの匂いがする。今年9月に続き2回目だ。会社勤めの頃、この花で秋を感じていた。この花の香りは、昔の懐かしい記憶をよみがえらせてくれる。と同時にある懸念が芽生えた。
 こんな短期間で2度、しかも11月に咲くなんて、私の人生の中で初めての経験だ。昨今、日本の平均気温が上昇した影響で、花が勘違いして二度咲きをしたのだろうか。
 だとすれば、あまり喜べる現象ではない。温暖化をこれほど身近に感じるとは。ときに今夏は、過去に類を見ないほどの猛暑続き。地球環境を守るために、個人でもできることをしたい。例え微力であっても。”(11月27日付け中日新聞)

 愛知県江南市の脇田さん(男。85)の投稿文です。このように花が1年に2度咲く、最近時折聞く話である。稲を2度刈りする話も聞く。もうこれは温かくなった、という以外になかろう。以前とは明らかに違ってきている。子ども頃から比べれば様々ことが少しずつ違ってきた。雪が減った、豪雨が多くなった、猛暑が続くなど。そして、その変わりようのスピードが凄く早くなった。加速度が付いてきた感じである。これはボクばかりでなく、多くの人はそのように感じているのではなかろうか。
 そしてこの変化が良いのか、悪いのか、様々な考え、立場があろう。温帯が亜熱帯や、熱帯になったと思えばいいのか。そう簡単な話ではない気がするが、社会の動きばかりでなく、気候についてもこれからますます変化が激しくなると思った方がいい、ボクはそんな気がしている。
 

 “自動車の運転免許の自主返納は当分先にしたいと思っている。そのため、心がけていることがある。きっかけはある朝、散歩をしていた時のことだ。かつての職場の先輩に出くわし、三輪自転車で野菜の出荷に行く最中だった。彼は家族の意向で、車の免許を返納したという。
 その話を聞き、わが身に置き換えて考えてみた。現在、通っている水泳や写真の教室には車で約25分、カラオケ店には約35分。一方、電車だと、いずれも2倍以上の時間がかかる。行動範囲が極端に狭くなるのも避けられないだろう。その時々に思った目的地に行け、寄り道もできる車を手放すまでには踏み切れない。
 そこで自らに三つの安全運転のおきてを課した。通勤・通学時間帯は避ける、雨や雪の日は控える、50km以上離れた所へは行かないー。これらを守り、当分は運転を続けたい。”(11月25日付け中日新聞)

 明けましておめでとうございます。今年も続けていきますので、ご愛読のほどよろしくお願い致します。 

 滋賀県愛荘町の自営業・青木さん(男・85)の投稿文です。運転免許返納の考え方も様々である。するべし、すべきでない、スマホや新聞などを読んでいてもいろいろである。ますます悩んでしまう。
 青木さんは、三つのおきてを作って運転を続けると言われる。ボクも全くこれに同感、この姿勢で行きたい。何が大きく左右するかと言えば、住む環境と、その人の行動、体調であろう。ボクの同級生で、子どもさんから返納を言われている人がある。それは名古屋の中心部に住んでいるからである。ボクの住んでいるようなところなら言わない、とも言われているようである。そしてその人の行動である。ボクも農作業や喫茶店へ行くような生活だけになったら、返納も考えられるだろう。でも今の社会活動をしている間は考えられない。三つのおきて、ボクも心がけて、返納は当分考えないことにする。