“「若いうちにいろいろ経験しておきなさいよ」と職場の先輩らによく言われる。そんな中、改めて「死」と向き合うと、どう生きていくかを考える契機に。そして、ある言葉が頭の中に浮かび人生の指針とした。
 それまで休日は家でゴロゴロ。仕事帰りもスマ-トフォンを見て時間を費やす。「まだ若いんだし」と余裕ぶっていた私。だが、ふと、死ぬまでどれぐらいの時間があるのだろうと焦りにも似た思いに駆られた。80歳まで生きるとして死ぬまであと約2万日。2万か・・・・。そういえば2万円の買い物をしたばかり。一瞬でなくなった。2万という数は案外少ないらしい。そう思うと先輩らの言葉がより心に響く。そして最近、「やりたいことリスト」を作り、表紙にはこう記した。「時間は有限」”(3月21日付け中日新聞)

 愛知県津島市の公務員・富田さん(男・25)の投稿文です。1日を何にどれだけ時間を使っているか、大雑把に考えて見た。睡眠時間8時間、食事等の必要時間3時間、働いている人で行けばこの時間が10時間、残りは3時間である。人によっては大きく違うだろうが、こんな程度である。自由時間は1日3時間前後である。この時間を何に使うか。漫然とテレビを見たり、スマホをいじって過ごすのか。考えてみるとゾッとする。富田さんは残りの日数を考えてみられた。2万日、少ないと思われた。買い物から気づかれたのが面白い。そして「やりたいことリスト」を作られた。「時間は有限」と悟られた。まだ25歳である。自由時間で言えばたった6万時間である。ボクは25歳でそんなこと考えたことがあっただろうか、大いに期待しよう。
 

 “隣の町にある低山を歩いていると、道に迷ったのか70代ぐらいの女性3人組から、ふもとの駐車場への行き方を尋ねられた。何度も来ている私にはお安いご用で、いくつかあるルートのうち起伏の少ないこちらを・・・などと説明していると、一人が「もしかして大田君?」と言う。
 私と同じ職場に20年以上前にいた先輩だった。よくよく顔を見て思い出した。お互い年を取り、すぐには分からなかったのだ。「どうして分かったの」と聞くと「声と、話し方の特徴」と言われた。私は当時から独特のしゃべり方をしていたようだ。自分では意識していないことが人の記憶を呼び起こすきっかけとなった。不思議な気分の再会だった。”(3月20日付け中日新聞)

 三重県伊勢市の会社員・大田さん(男・55)の投稿文です。「声と、話し方の特徴」で誰か分かった、これは時折あることでしょう。顔であることはほとんどでしょうが、姿勢、仕草、そしてこの様に話し方、久しぶりの人を思い出すきっかけはいろいろあります。大田さんはそれが声、話し方であった。これはまさに個性です、名刺です。
 方言や地方訛りを嫌う人もあります。嫌ってもなかなか抜けないものです。実は、多分ボクはひどいものだと思います。若い頃、座談会の内容が文にされたことがあります。それを読んだ時、ボクは赤面しました。どの発言がボクかすぐに分かります。それ程ボクの言葉使いがそのまま文字にされていたのです。最近それを指摘されることはないですが、多分かなりな方言を使っていると思います。もうこの歳です、今さらどうのこうのとは思いません。それがボクの特徴ならそれでいい、開き直っています。「方言が名刺代わりの老人で」、こんな気まま書を書きました。
 

 “夫が2月の初めに入院した。名鉄電車を利用して時々面会に行く。夫に会えるので行きは足取りも軽く、そして一人で家路に就く帰りは、気持ちは重たい。そんなある日の帰り、ちょっとしたことで心が軽くなる出来事があった。
 その日、うっかり準急列車に乗ってしまった。私が降りる駅には普通しか止まらない。不安な中、車掌さんのアナウンスが流れた。女性だった。それだけでなぜか安心できた。列車は途中から普通に変わり、降りる駅で止まることが分かった。
 電車を降りる時、窓から車外の安全確認をしていた車掌さんに、つい「とても分かりやすいお声でありがとう」と言ってしまった。戸惑いながらも笑顔を返してくれた。車掌さん、おかげで良い日になりました。”(3月18日付け中日新聞)

 愛知県あま市の主婦・本多さん(主婦・81)の投稿文です。時折しか乗らない電車には行き先、そして自分の降りる駅で止まるか、いろいろ不安があります。そんな不安の中、車掌さんのアナウンスでホッとされた。降りる時、つい「とても分かりやすいお声でありがとう」と言ってしまった、と言われる本多さん。驚かれたのは車掌さんでしょう。車掌さんにこんな声がかかることはまずないでしょう。それだけに効果抜群です。どんなところでも感謝の声は伝えるべきです。感謝の言葉を聞いて気を悪くする人はまずないでしょう。社会を円滑に進めていく上で、感謝の言葉は重要です。どんどん声を発していきたいものです。特に夫婦では必要です。忘れがちになっている人はないでしょうか?
 

 “私たち夫婦は、サツマイモが大好物。幸い、少しばかりの畑を所有しているので、毎年苗を購入し育てている。だが、つるぱかり伸びて肝心のイモが育たない。5度目の挑戦になるが、今回は地元のJAの力を借りて今年こそはと張り切っている。ある時、毎月届くJAの冊子の土壌診断を勧める記事が目に留まった。読んだ後、早速採取した畑の土を郵送してみた。また園芸作物の土作りを指南するJAの講演会にも参加することにした。畑の土の質を正確に把握し対策を取らないと、同じ失敗を繰り返すと思ったからだ。
 とにもかくにも、イモが栽培できなかったわが畑の土壌改善をすることが目下の狙い。今度こそこの手で丸々と肥えた、でっかいイモを掘り出してみたいと思っている。”(3月19日付け中日新聞)

 三重県南伊勢町の山之内さん(女・84)の投稿文です。山之内さんはサツマイモの栽培から土壌診断に到り、土壌改善に取り組まれることになった。これは正解であろう。でもこの熱心さにボクは感心するのである。と言うのはボクは分かっていながら全くしないのである。
 ボクはもう何十年と畑仕事をしているし、サツマイモも作っている。そして作物には、作り始めに鶏糞と石灰を撒き、その後は化成肥料を少しやるくらいである。これでも自家用に十分過ぎるくらいできるので、こうして何十年と過ごしてきた。これでは土壌診断など恐くてできない。スギナは勢いを増すばかりである。すごい酸性だと思う。この土壌を改善しようとしたら、野菜の収穫代どころではないとんでもない費用を要するだろう。まだらにできる程度で十分と、うつつを抜かしている。何事も一生懸命やってこそ楽しさも湧く、とも分かっているが。山之内さん、頑張ってください。
 

 “2月28日、とうとう名鉄百貨店の最後の日となりました。私にとっては、とても思い出深いデパートでした。私の出身は、今でこそ高速道路が走っている静岡県西部の遠州森町です。小学6年生の修学旅行は、日帰りの名古屋と決まっていました。早朝に軽便電車で袋井まで出てから、名古屋に向かいました。
 名古屋では、テレビ塔、名古屋港、中日新聞社などを見学して、最後に名鉄デパートでおみやげを購入というスケジュールだったと記憶しています。初めて入る大都会の大規模な名鉄デパートの華やかさに、びっくりしました。中でもエスカレーターに乗るのが初めてなので、こわごわと足を出したことを覚えています。父の好きな納屋橋まんじゅうをおみやげに買いました。
 縁あって名古屋へ嫁ぎました。友人に「修学旅行は名古屋だったのよ」と話すと「えぇーっ」と驚かれたり、笑われたりしました。80歳を前にして、懐かしい思い出が、一つまた一つと消えていく昨今には、一抹の寂しさを感じています。今では想像も及ばないスピードで進む時代となり、せめて乗り遅れないように、しっかりしなくてはいけないと思うこの頃です。”(3月17日付け中日新聞)

 名古屋市の主婦・平川さん(79)の投稿文です。、名古屋駅前の名鉄百貨店が閉店しました。この百貨店には、多くの人の思い出があるでしょう。静岡県西部の小学校の修学旅行先は名古屋日帰りだった、平川さんはその思い出を投稿されました。平川さんはボクと同年代です。ボクは修学旅行ではなく、社会見学先が名古屋でした。名鉄百貨店に行ったかどうかは覚えていませんが、中日新聞には行きました。80歳、懐かしい思い出の地が次々消えていく、70年も立てば自然のことです。そして新しい物が生まれます。
 この名鉄百貨店を始め名古屋駅前の多くのビルが、一体再開発されると言うことで閉店されました。ところがその後のニュースでこの計画が頓挫したことを知りました。今行くと、シャッターやフェンスで到るところが閉じられています。すでに取り壊されたビルもあります。これがどのくらい続くのでしょう。名古屋駅前は名古屋の玄関、顔です。関係者は当然でしょうが、ボクでも気が気ではありません。
 

 “先日、喫茶店に行った時のことです。あるささいな出来事から、私たちの住む日本が、とてもすてきな国であることを実感しました。一人でモーニングを味わっていた私に、隣のテーブルにいたご高齢の女性が「悪いけど、がまぐちを開けてもらえる? 中から小銭を出してほしい」と頼んできたのです。手先に力が入らないため開けられないのだろうと察した私は、すぐにそうしてあげることにし、中から500円余りを取り出して渡しました。10年余り前に亡くなった私の母も、生きていたらこの女性ぐらいの年齢だと思うと、目頭が熱くなりました。
 それにしても、見ず知らずの他人に「財布を開けて」と頼める平和。「日本って、いいなぁ」と素直に感じた日でした。”(3月13日付け中日新聞)

 岐阜県山県市のパート・高井さん(女・57)の投稿文です。いろいろ衰える高齢者には、辛いことがよくあります。よく目にするのはペットボトルの蓋です。回す力が弱く、蓋が開きません。近くの人に頼む、これはボクも頼まれたことがありますし、時折見かける風景です。知り合いが近くにいれば大したことではありませんが、それが誰もいない時は大変です。他人になかなか頼めません。これが財布であれば、より頼めません。それが高井さんは声をかけられ、がま口を開け小銭まで出された。頼んだ高齢女性より、頼まれた高井さんが感激されている。「日本って、いいなぁ」と、この文を読んだボクも感じます。外国のことはよく分かりませんが、持って逃げられるのが関の山で頼めないのではないでしょうか。日本の道徳もかなり悪くなったと思いますが、でもまだこんな風景が見られるのです。
 

 “冷たい風が吹く昼下がり、今からリハビリを兼ねての散歩がてら、近くのポストまで行こうと身支度をしました。内心、あしたでもいいか、ちょっと体がしんどいなと思っていました。そんな時に郵便局の配達員さんが、我が家に手紙を届けてくださいました。私は思わず「今から郵便物をお願いしてもいいですか?」と尋ねました。
 配達員さんは、キョトンとした顔をしておられましたが「不備がなければ預かりますよ」と言って、私の郵便物をオートバイの鞄の中へきちんと納めてくださいました。「ありがとうございます。助かります。本当に申し訳ありません」と、何度も何度も頭を下げました。
 何と要領のよいおばさんかと思われたであろうと、秘かに心配しておりました。でも、その配達員さんは「これからも、いつでもいいからね、遠慮をせずに声をかけてください」とまで言ってくださったのです。嬉しさが込み上げてきました。(後略)”(3月12日付け中日新聞)

 愛知県日進市の主婦・近藤さん(78)の投稿文です。配ってくる郵便配達員さんに投函を依頼する、そしてそれに気安く応じてくれた郵便配達員さんの話です。足の悪い人には、ポストに行くのもなかなか大変なことです。近藤さんはリハビリを兼ねて、と思って出かけられる。出かけようとした矢先に郵便配達員さんに会われた。頼みたくなるのも自然な気持ちでしょう。そして万々歳です。ボクのかすかな記憶ですが、ボクも昔こんなことがあった気がします。でも、今はボクが思うに禁止されているのではなかろうか。「これからも、いつでもいいからね、遠慮をせずに声をかけてください」と言われるところを見ると、そうではないかもしれません。数年前に郵便料金が大幅に上がり、郵便は激減しているのではなかろうか。そして高齢化社会、こうした配慮も大切かと思います。お互いに相手のことを思い、適度な節度で対応し、優しい社会にしていきたいものです。
 

 “近所に5体のお地蔵様を祭った拝殿がある。私が幼い頃から既にあった。地域のお年寄りによると、昭和の中ごろまで町内で婚礼があると、地域の若者がお地蔵様をリヤカーでその家まで運び、家の縁側に鎮座してもらっていたという。結婚式を家で行うことが多かった当時のことだ。式後、その家がお地蔵様の前垂れを新調し、拝殿にお戻しした。
 デンと座って動かないお地蔵様になぞらえ、お嫁さんが嫁ぎ先から動かないようにと縁起をかついでいたとのことだ。祖母がよく「お地蔵様はこの土地の無事を見守ってくださっている」と言っていたが、そうした信仰を表している風習といえると思う。これからも地域のみんなを見守り続けてください-と、私はお地蔵様にお願いしている。”(3月12日付け中日新聞)

 愛知県稲沢市の専門学校職員・川口さん(男・63)の投稿文です。ボクも昔を思い浮かべるといろいろな行事がありました。でも、婚礼のある家に地蔵様を置いてくる、ほほえましいというか、楽しいというか、これほどの行事は思い出せません。童話にもなりそうです。川口さんの言葉からこの地蔵様はまだ現存しているようです。稲沢と言えば私の家から遠くではありません。知り合いもあります。一度聞いて見ようと思います。
 昔の嫁入りはいろいろなことをしました。尾張地方の嫁入りは独特の風習がありました。名古屋嫁入り物語という映画もありました。お嫁さんは嫁ぐ家の遠くで車から無理やり降ろされ、歩かされました。また嫁入りのお菓子を投げたりしました。ボクの結婚式でこれをしたわけではないですが、親戚の家でボクも経験があります。昔はよかった、と言うわけではないですが、こんな話も懐かしいですね。
 

 “95歳の時、「100歳まで」という題で、くらしの作文に採用していただきました。そして5年後、その思いが叶い、100歳を迎えることができました。足腰は少し弱くなりましたが、こんなにも楽しい老後を迎えられ、毎日が明るく、ぱら色のように感じられます。何を食べてもおいしく、晩酌に息子と酌み交わすお酒は、至福のひとときです。
 身内をはじめ、多くの方々がお祝いをしてくださるそうで、ありがたく嬉しい限りです。歌が好きで、週に4回ほど外へ出て楽しんでいます。教室に通い、新曲も習っています。春には大きな舞台に3回出演する予定です。「どうしてそんなに大きな声が出るの」「どうして頭がはっきりしているの」と不思議がられることがあります。皆さまに聞いていただける場所があります。地元の公民館では役員や有志の皆さまが楽しい場をつくってくださります。
 健康で過ごさせていただいている私は、本当に恵まれていると思います。ここまで生きてこられたことに、ただただ感謝するばかりです。私の歩みが、どなたかの励みや勇気につながれば、これほど嬉しいことはありません。これからも自然体で前向きに、歌を楽しみながら、しなやかに生きてまいります。100歳。我ながら天晴れ。”(3月3日付け中日新聞)

 三重県津市の舟橋さん(男・100)の投稿文です。人生100年時代、まさにそれを生きている舟橋さんです。そして読んでみて、これが100歳とは思えぬほどの素晴らしさです。誰もが長生きしたいと思っています。そして聞けば、寝たきりや何も分からぬ状態で生きたい、とは言いません。生きるならある程度の元気さで生きていきたい、これも誰もが思うことです。舟橋さんは、週4回外出、新曲も習っていると言われるのでカラオケでしょうか。毎日が明るく、ぱら色のようとも言われますので、これ以上の人生は少ないでしょう。
 実はボクの近くにもこんな人がみえます。今年で102歳でしょうか、本当に元気です。頭も冴えています。90歳くらいで元気な人は、もう何人も目に付きます。ボクは80歳、元気ですね、とも言われることもあります。でもこれらの人の仲間入りするにはもう一時代あります。本当に元気な人と言われるのは、これから無事に過ごしてこそです。勝負はこれからです。舟橋さんを目標にしよう。
 

 “人生は一度きりで、やり直しが利かない。だが、読書や観劇を通して、登場人物の人生を追体験できることもある。それが、人生をより豊かにできる秘訣なのではないか。改めてそう思ったきっかけは、先日、名古屋市内で鑑賞した音楽劇「赤毛のアン」。困難に耐えて成長する主人公のアンら登場人物の描写が素晴らしかった。その後、地元の図書館で原作を読み返すとさまざまな形の人生の在り方を深く味わえた。
 小説、映画、演劇などを楽しむつかの間、登場人物の生き方を追い、思いをはせる。自分の人生と重ね合わせれば、人生観が変わる出合いがあるかもしれない。そんな物語の楽しみ方があってもいい。これからも演劇鑑賞や読書を続け、余生を一層味のあるものにしていきたい。”(2月26日付け中日新聞)

 名古屋市の坪井さん(女・87)の投稿文です。読書は人生をより豊かにできる秘訣、言われることはよく分かります。実体験だけでは知る範囲は限られます。自分の体験できなかったことも、読書である程度味わえます。より豊かな人生になる。読書はそれ程に価値があるのです。坪井さんは87歳、まだまだ意欲旺盛のようです。
 ボクも最近、今の元気さも次第に衰えていくでしょう、その時どうするか、頭がよぎります。どのような順序で、どの程度になって行くのか、それは神のみ知ることでしょう。演劇鑑賞や読書はもう随分ご無沙汰しています。その次のものとして頭にいれておきたいことです。