“大変光栄なことに、今月19日に開幕する愛知・名古屋アジア大会の聖火リレーのランナーに選出された。故郷である愛知県一宮市内を走るもので同5日に聖火をつなぐ予定だ。
 10歳の長男ら2人のわが子に母親の挑戦を見てほしいとの思いから応募。当選通知を手にすると私の人生を認めてもらえた感覚が全身を覆い涙がにじんだ。それだけに笑顔でランナーが務まるよう日々鍛錬に励んでいる。また同大会のフェンシングの競技運営サポートボランティアにも登録。自身のビジネススキルや英会話力などで貢献できたら幸いだ。
 そんな中、受け取ったボランティア用ユニホームに袖を通すと気分が高揚した。聖火リレー、ボランティア、各国の選手との交流で自分の新たな扉が開くことが楽しみだ。”(9月3日付け中日新聞)

 愛知県北名古屋市の会社員・服部さん(女・42)の投稿文です。愛知・名古屋アジア大会の聖火リレーのランナーに応募、選出され走られました。走るほか、他のボランティアもされました。この投稿文から、服部さんの意欲の大きさを知ることができます。このような姿勢で人生歩まれれば、素晴らしい人生になると思います。良い機会になりました。
 ボクは、全くの傍観者でこの大会を過ごしてしまいました。しかし知り合いの何人かに、少し話を聞くことはできました。いろいろ大変だと思いました。これだけの大会です、主催者側になると本当に大変だろうと思います。ボクの知り合いに事務局に勤めている人がいます。終わったら、話を聞く機会があったら聞いてみたいと思います。多分話したくないほどいろいろな話があろうと思いますが、でも彼の一生にとっては良いできごとだった、と思います。
 

 “60~80代の女性6人で月に1度、絵本の読み聞かせをしている。愛知県による高齢者向けの生涯学習の集まりで知り合ったのがきっかけで行っているもので、この活動を始めてから早いむので3年目を迎えた。
 大人同士で絵本を読み合うのは初めてのことだったが、童心に返って純粋に楽しんだり、これまで積み上げてきた人生経験を基にした解釈もできたり。何とも言えない感動を覚えるとともに、日常生活では味わえない空間に浸れている。実に心地良い。
 不思議と誰一人として持ち寄る絵本が重なったこともなく、おのおのの感性の違いと多様さ、絵本の世界の奥深さを実感する。毎回わくわくしながら絵本を選ぶ時間は人生に彩りを添えてくれている。これからも続けていきたい。”(8月31日付け中日新聞)

 愛知県岡崎市の主婦・石田さん(82)の投稿文です。大人が子どもために読み聞かせをしている話は聞きますが、大人が大人のために読み聞かせをしてる話は初めて聞きます。いろいろな活動があるものだな、と感心します。それも絵本です。自分が読みたい絵本を読む。この活動はまず絵本探しから始まるでしょう。これも楽しみかもしれません。6人が月に1度、3年目になると言われる。少なくとも150冊は読まれた。そして1冊も重ならなかった。そんなものかと、信じがたい気がします。気があっているのでしょう。気が合えばこんなこともできるのか、と感心します。この歳になって気が合う友だちと付き合える、それも単なるお茶友だちではありません。本当にいい老後です。
 

 “ある日の仕事の帰り道での出来事だ。私は歩きながらスマートフォンに夢中で、いわゆる「歩きスマホ」をしていた。すると、誰かに後ろからトントンと左肩をたたかれた。何事かと驚いて振り返ると、20代ぐらいの見知らぬ男性が立っていた。
 「目の不自由な方がおられますよ」とその男性は言う。眼前には白杖をつく40代ぐらいの女性の姿が。「あ、どうもすみません」と私が慌てて道を譲ると、その女性は「ご親切にどうもありがとう」とお礼を口にし立ち去った。男性は「温かい思いやりに感謝します」とほほ笑んだ。
 この一件を深く反省した。だからこれからは歩きスマホをせず、困っている人がいないか注意しよう。そしてそんな人がいたら救いの手を差し伸べようー。そう固く決意した。”(8月30日付け中日新聞)

 名古屋市のアルバイト・河合さん(女・32)の投稿文です。「歩きスマホ」、これはいけません。どんな場所でもいけません。スマホが発達して世の中どうなってしまった、そんな思いになるほどです。電車の中は座っている人も立っている人もスマホを見ている人の方が多いでしょう。電車から降りてもそのままスマホは見て歩きます。何と勤勉かと思いますが、何を見ているのでしょう。河合さんは大失敗、反省されました。ボクも先回書いたように、スマホが壊れて大慌てしました。でもボクは歩いている時や電車に乗っている時はほとんど見ません。スマホで動画やゲームをすることはないので、それ程までにして見るものはありません。
 この文で驚いたのは、男性の言葉です。「温かい思いやりに感謝します」、と言っても自分のためしてもらったわけではありません。他人のために声をかけ、譲って貰ったのです。でも自分にしてもらったと同じ言葉使いです。こんな人もおられるのか、びっくりするばかりです。
 

 

 “私はスマートフォンを持っていない。これからも携帯するつもりは毛頭ない。ところが最近、スマホがないと生じる不都合なことが増えた。
 例えば、家電の取扱説明書を巡ってはQRコード記載のものが目につく。また駅のホームの時刻表が撤去されQRコードでの案内になるケースも。さらにある業者はポイントカードを廃止し、スマホで手続きを進めるデジタル会員証を導入した。スマホがない人への配慮で紙製カードを郵送してきたが耐久性が不安だ。しかも再発行しないとか。
 スマホの普及率は9割を超え、生活の利便性を向上させる上で必要不可欠なものになっているのは確かだろう。とはいえ、スマホの所持については本来自由のはず。不携帯の人にも寄り添う社会であってほしい。”(8月29日付け中日新聞)

 愛知県刈谷市の石原さん(男・70)の投稿文です。9月15日付け「話・話」 第4052話で、スマホについて全く同じような投稿文を載せている。4052話ではスマホを持った人の苦労話である。今回は持たない人の嘆きである。そしてボクは、8月終わりにスマホが故障して、10日ばかり苦労した。2人の気持ちも分かるが、もうそんなことを言っておられる時代でない、と言うこともつくづく覚えた。特に石原さんは、持たないと決められているようである。かなりの悲哀を覚悟しておかねばならないと思う。
 ボクは故障して、結局は新しいものに買い換えた。そして設定に苦労した。使いたいアプリが自分では何ともできなくて、孫に頼みに行った。少しばかりの苦労はしたろうが、ボクの希望は皆果たしてくれた。この孫が特にこうしたものに強いわけではなく、普通の若者である。驚いた。時代が違うことを実感した。石原さんは不携帯の人にも寄り添う社会であってほしい、と希望されているが、かなり難しいと思う。デジタル社会は国が望んでいることだから、良かろうと悪かろうと、ますます依存することになろう。
 

 “今年も子どもたちの夏休みに合わせて早朝のラジオ体操が開かれた。自宅近くの公民館の広場で行われるもので毎夏楽しみにしている。7月下旬の1週間、夫婦で日課にしている朝の散歩に組み込み参加した。
 家にこもりがちとなる年齢でも体を動かすことに意義があると思い、小学生や幼稚園児らに交じって体操をする。心地良い汗をかくことができて、一日の始まりをすがすがしいものにさせてくれる。そんな中、子どもの頃に小学校の校庭で眠い目をこすりながら早朝のラジオ体操をこなして、出席カードにスタンプを押してもらったことを懐かしく思う。
 一日を頑張る意欲を湧かせてくれるラジオ体操。あと何年続けられるか分からないが、健康で体が動く限り、参加し続けようと誓っている。”(8月27日付け中日新聞)

 愛知県大府市の浜島さん(男・84)の投稿文です。またラジオ体操のことを取り上げた。浜島さんは7月下旬の1週間、子供らとラジオ体操をされた。その喜びを投稿された。来年以降も体が動く限り、参加し続けようと誓っておられる。こんな喜びもある。できたら散歩に出る前、後でも途中でもいい、ラジオ体操をされるといい、と思う。
 ボクはラジオ体操の信奉者である、このことは何回となく書いた。今年も夏休みラジオ体操を16日間、寺院境内で一緒にした。浜島さんは、出席カードを懐かしく思い出されているが、ボクのところでは数年前から全員にカードを渡し印を押している。子どもさんに励みを、大人の人には昔を思い出して貰おう、と始めた。ボクが参加するようになってもう10年以上になるが、どこまで続けられるだろう。
 

 “同居の家族に助けられ、つえを片手に週2日、デイサービス施設に通っている。平穏な日々を送る中、今生きていることが奇跡なのではないかと思わせる記憶がよみがえる。
 40歳になった頃、勤め先で水をくみ上げる機械を操作していた時だ。電源を切ろうとして、機械から両手が離れなくなった。感電したのだ。「もうだめだ」と思った時、手が離れた。軽症で済んだが、まさに九死に一生を得た出来事だった。
 若い頃は東南アジアの国々や韓国などへ海外旅行をした。会社の仲間5人で台湾旅行を楽しんだ1週間後、私たちが帰国した飛行機と同じ機体、同じ便が着陸に失敗。大勢の方々が犠牲になった。これからも、ふと脳裏をよぎるこれらの記憶をかみしめながら生きていくつもりだ。”(8月26日付け中日新聞)

 愛知県一宮市の山田さん(男・90)の投稿文です。生活していく中で、誰もが危機の大きさの違いはあろうが、危機に遭遇している。全く危機のない人生など考えられない。その時いかに対応し、どのような運にあったのか、それで人生全く違ってくる。山田さんは40歳頃に命に関わる事故にあわれた。軽傷で済んだのは何の影響であったろうか。大韓航空機事故のことも述べられている。ボクも小学生死んでいたかもしれないできごとがあった。運良く助けられた。阪神・淡路大震災は1995年1月17日(火)の朝であった。ボクは職場の慰安旅行で、14日(土)に有馬温泉に泊まっていた。地震が3日前であったら、どんなことになっていたかは分からない。まずは予定通りには帰れなかったであろう。それだけでも職場は大騒ぎであったろう。81歳まで無事に生きる、これは幸運の連続、奇跡のようなものである。90歳なら尚更である。
 

 “7月に78歳の誕生日を家族から祝ってもらい、元気な今をありがたく思う。誕生日は、母への深い感謝の日でもある。私は7人きょうだいの末っ子。戦後間もない時代、小柄な母が、41歳の時に産んでくれた。
 私が生まれた頃の様子を聞いてみたかったが、母は28年前に他界した。わが家は米や野菜、茶の栽培、林業、養蚕を手がけ、家畜もいて忙しかった。厳格なしゅうとめに明治生まれの夫、そして姉、兄たちの大家族。そんな中、高齢出産で私を産み育てるのは大変だったと想像する。
 そんな母への感謝の念は、年を重ねるごとに深まる。長生きすることが、今になってできる親孝行だろう。この先も自分の誕生日は母への感謝の日と決め、―回でも多く迎えたい。天国の母、ありがとう。”(8月24日付け中日新聞)

 愛知県一宮市の神戸さん(男・78)の投稿文です。「誕生日は母への感謝の日」、納得できる言葉である。成長を祝って貰うのは若い時の話である。ボクは先日81歳の誕生日を迎えた。長生きである。長生きにはいろいろな理由があるとは思うが、このように丈夫な体に産んでくれた母のお陰は大きい。我々の年代は戦前、戦中、戦後の大変な時代に育った。子どもを育てるのは並大抵なことではなかったと思う。神戸さんの家ではないが親が絶大な力を持っていた。若いお嫁さんの苦労は、今では想像を絶するであろう。ボクらはもう祝って貰う歳ではない。親があって、先祖があって今のボクがある。今があることすべてが感謝である。
 

 “5月9日付本欄「ベンチ少ない 病で知る」を読みました。私も間欠性跛行の症状に悩まされており、スーパーでの買い物の途中、痛さのあまり、しゃがみ込まなければならないことが多々あります。バス停だけでなく、スーパーの出入り口にベンチが置かれていると大変助かります。旅行や野球観戦、通院のとき、空港や地下鉄などを利用しますが、長い通路の途中に一つでも椅子やベンチがあると、ありがたいです。
 駅にエレベーターがあるのは今では普通になっていますが、さらにいろんな施設でベンチや車椅子、歩行器の設置が当たり前になってほしいと願っています。痛くてしゃがんでいると、心配して声をかけてくれる人が結構いるのがうれしいです。私も自分のできることで、困っている人がいたら声をかけていきたいと思っています。”(8月22日付け中日新聞)

 三重県松阪市の自営業・中西さん(男・77)の投稿文です。ボクも街中やスーパーに行くとベンチの少なさを感じていた。最初からベンチを置く計画になっていればいいが、それを途中から置くことは買い物客や通る人に邪魔である。エレベーターやエスカレーターが設置され、バリアフリー化も進んできた。でもこれはまだ十分歩ける人には役立つ。でも時々休まないといけない人には役立たない。それが中西さんのこの投稿文である。考えてみれば30分、1時間、全然座らなくてもいい人はどれくらいあるだろうか。意外に少ないのではなかろうか。人の要望要求にキリは無いが、関係者には考えてもらいたい一つである。
 

 “「名古屋市プレミアム付き電子商品券」(8月14日申し込み締め切り)の購入をスマートフォンから申し込もうとし、悪戦苦闘の末にあきらめかけた。そこで区役所にあるスマホの操作支援窓口を予約して訪れた。職員に丁寧に教えてもらい、ようやく申請できた。
 日ごろ使い慣れない高齢者にはススマホ手続きは難しい。「孫にやってもらう」と少し自慢げに話す知人もいたが、私のような独居老人には深刻な問題だ。今回の市の商品券の販売方法は課題を残したと思う。
 一方で、今の市井の人たちは高齢者にとても優しい。郵便局も役所もバスも職員はとても親切だ。私を含め、昔はもっと無愛想な人が多かった。人を頼りにし、感謝しながら、老後の生活を上手に切り抜けたい。”(8月21日付け中日新聞)

 名古屋市の高井さん(男・73)の投稿文です。公共団体が電子商品券を売り出す、スマホがないと買えない。ない人にしてみれば差別である。でもそれが通る時代である。それ程にスマホは一般化し、生活必需品になってきた。しかしスマホは高齢者には難しい。でも使っていかないと、こんなことも起きる。社会の変化は凄まじい。生きている限り、何とかくらいついていかねばならない。
 ボクはつい先日の8月28日にスマホが故障するという事故にあってしまった。この顛末についてはホームページの随想に書いた。1週間使えなかった。新しいスマホを買い、従来に近い使い方ができるまで不安いっぱい、悪戦苦闘であった。スマホはこれほどの生活必需品になっているのに寿命は結構短い。ボクは3年であった。これは不運の方であったろうが、誰にも起こりうることである。便利になるほど不安は増す。社会はますます不安だらけである。
 

 

 “先日、地元の町内で開かれた住民同士の交流を図る集いに手作りした岐阜県美濃地方の郷土菓子・みょうがぼちを提供した。毎夏振る舞っているもので、今年で4年目になる。作り方は、空豆のあんを小麦粉で練った皮で包みミョウガの葉を巻いて蒸す。葉がほのかに香り、夏ならではのお菓子だ。私の実家がある同県北方町では、田植え後の一休みの時のおやつとして親しまれてきた。
 今回の集いで町内外から65歳以上の40人が参加しみょうがぼちを食べながらおしゃべりした。「おいしかったよ」と好評で一緒にこしらえた友と、以前から親しくし作り方を教えてくれた寺の奥さんに感謝した。今でも懐かしいお菓子として愛されているみょうがぼち。この郷土の味をいつまでも残せたらと思う。”(8月21日付け中日新聞)
 
  岐阜県揖斐川町の主婦・国枝さん(81)の投稿文です。その地域の食べ物があることは承知しているが、郷土菓子・みょうがぼちはもちろんボクは知らなかった。空豆に小麦粉、そしてみょうがの葉である。まさに田舎を感じる。その地域の独特の菓子があると、それは豊かさにもなる。ボクの地域にもあったろうが、残念ながらボクは思い浮かばない。
 田植えの一休みの時に食べたと言われる。田植えの時の一休みは特別のものとして思い出す。ボクの地域では田植えは日にちを決めて一斉に入る。あちらこちらで人を見かける。そして田植えはとにかく疲れる。一休みが絶対に必要で、休んで何かおやつを食べる。国枝さんはこれがみょうがぼちであった。ボクは多分パンであったと思うが、この投稿から懐かしい風景を思い出す。