“国内有数の長さ1425段の鳳来寺山(新城市、標高695m)の石段を駆け上がる「最速参拝競走」が、20日に開かれる。鳳来寺参道の石段入り口から、山の中腹にある本堂を目指す心臓破りのコース。17日まで参加者を募っている。
名古屋市中村区の常泉寺副住職、矢島昭輝さん(33)らが企画し、地元の鳳来寺山表参道発展会なども協力して2022年に始まった。矢島さんは階段を一気に駆け登る「ステアクライミング」の実力者で、東京タワーの階段登りの最速記録保侍者だ。
競走は午前10時開始で、30秒ごとに1、2人ずつスタートしてタイムを競う。制限時間は40分で、これまで参加者全員が完走。最速の男女各―人には、丸山荘鳳来寺山頂店から五平餅の1年間無料券が贈られる。
矢島さんは「中盤からぐっと傾斜が上がるが、そこがまた楽しい」とコースを解説。鳳来寺山は山全体が国の名勝、天然記念物に指定されており「きっと思い出に残る」と参加を呼びかける。定員150人で募集枠は残りわずか。埋まり次第締め切る。”(6月9日付け中日新聞)
記事からです。鳳来寺山の参道は数回登ったことがあります。1425段あるのか、大変なわけです。それを駆け上がるというのです。制限時間40分、これまで参加者全員が完走されたと言われる。強者揃いなのでしょう。
「ステアクライミング」と言う、いろいろな競技があるものだ。ボクの地元では138タワーを駆け上がることがよく話題になる。消防署のなどが訓練を兼ねてよく行っているようだ。市民の大会もあるようだ。ボクももう少し若く、ジョギングをしていた時代なら挑戦したかったであろう。激しい運動はもう無理な歳だ。思い出してみればやり残したことは沢山ある。でも人生何でもは無理である。一つ、二つでもやってきた、と言えるものがあればいいだろう。
名古屋市中村区の常泉寺と言えば、豊臣秀吉公生誕の地のお寺はないかと思って、調べてみたらやはりそうだった。ウォーキングなどで何度も訪れたことがある。
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“先日、名古屋・笠寺で催された水泳大会に参加した。女子85歳以上の50m平泳ぎの部に出場し、優勝を獲得することができ、この年で泳ぎ切った達成感と喜びをかみしめた。
水泳を始めたきっかけは、膝関節症のリハビリのためで、10年ほど前から地元の公営プールの無料の水泳教室に通い、今でも週に1回足を運ぶ。コーチから泳ぎのイロハを学んだ。また、日本人女性で初の五輪金メダリストの前畑秀子流の泳ぎも、多くの参加者と一緒だと楽しく練習できた。そんな中、無謀と思いつつも数年前からこの大会に加わるように。今回、泳ぎ納めの思いで参加したがまさかの1位。とても驚いた。
この大会を通し、日々平穏に過ごせて、完泳できたことをうれしく、またありかたく思える一日だった。”(6月5日付け中日新聞)
名古屋市の加藤さん(女・89)の投稿文です。89歳で85歳以上の平泳ぎの部で優勝、何と素晴らしいことではなかろうか。どんな大会は知らないが、水泳をされるだけでも素晴らしい。それも関節症のリハビリから始められたと言われる。人は何事もあきらめてはいけない、その手本のような気がします。10年ほど前と言われるから80歳近い、もう何事も歳とあきらめる頃である。それを何くそと乗り越えて今がある。ボクの妻も足がしびれてあまり歩けない、と悩んでいる。何とか乗り越えてほしい。そして、ボクは今のところ全く元気に過ごしている。でもいつ動けなくなるか分からない。その時には思い出したい人である。
ボクは先日、ボクが会長を務める一宮友歩会の役員に今後の運営について聞いた。そして、ボクが倒れるまで続けて欲しい、と言う意見でまとまった。ボクに異論はない。でも倒れ方である。復帰できるような倒れ方であるなら倒れてもやりたい、これがボクの本音である。
“「一億一心は戦争。一億億心は仏法」は真宗僧侶の池田勇諦師(1934~2025年)が編んだ『聞法日めくりⅡ』に載る言葉である。師は昨年6月29日に命終された。日本の戦前回帰の政治に危機感を抱き、その現実に仏法によって向き合われた。それが「一億一心は戦争。一億億心は仏法」である。
戦前の治安維持法をはじめ、国家はさまざまな法律によって国民を国家の意思に束ねようとする。それは現在も変わらない。「一億一心は戦争」が示すように、一つに束ねられれぱ、戦争をする国づくりにつながりかねない。
人はモノではない。一億の人には一億の心がある。そうした人間の真実に立ち、そこから人が本当に人になる道を開くのが仏法である。「一億億心」をないがしろにし、命を奪い、奪われる戦争に向かって「一億一心」を煽るのは虚偽である。戦争の危機を感じる今、「一億億心は仏法」を掲げ、非職平和を願った師の言葉に学びたい。”(6月7日付け中日新聞)
「今週のことば」より同朋大名誉教授・尾畑文正氏の文です。まさに今の時代にもぴったりの言葉ではなかろうか。今の世界は大国始め全くおかしい。日本も追従しているかのように同じである。そして日本を戦争ができる国にしていく、ボクはそんな気持ちで見ている。SNA頼りの国民が増え、昔より一億一心は進みやすいのではなかろうか、そんな感じもする。こうした話はいろいろ議論を呼び、「話・話」の趣旨にあまりふさわしいと思えないので、尾畑氏の文を紹介するのみにしておきます。
“年を取るにつれ、終活を考えるようになった。そこで3年前からいろんなものを片付け始めてみたが、これは高価だったからとか、まだ着るかもとかなかなか作業が進まない。
そんな中、ふと、15年前に通っていた地元の英語教室のカナダ人男性講師のある身の上話を思い出した。何でも母親が他界し、実家の片付けをする際、兄と共に思い出の品々を処分できずにいると、兄嫁が片っ端から捨ててあっという間に家が空っぽになったとか。ちなみに講師は、子どもの頃に愛用した傷だらけの机を手放せず、高い料金を支払ってまで船便で日本に持ってきたという。
国は違えど本人にとっての宝物でも他人にはそうではないのは皆同じだと妙に感心したものだ。とはいえ今の片付けをどうするか・・・。悩む。”(6月7日付け中日新聞)
三重県松阪市の主婦・小野さん(84)の投稿文です。またまた終活、断捨離の話である。死ぬ前にいろいろ片付け、綺麗にしておく。残された人に迷惑をかけない、良い心がけとは思うが、ボクにはイマイチ納得ができない。今あるもののほとんどは妻と手に入れたものである。多かれ少なかれ、思い出がある。そしてあるものがそれ程に不要であろうか、工夫すれば使えるのではなかろうか。まだ生きている間に、無理して処分しなければならないものなのか。小野さんのこの文を読んでも、本人による処分の難しさを知る。そして他人には何の未練もなく、あっという間に片付けられる。そうであろうと思う。妻は捨てろ捨てろとうるさいが、ボクは聞く耳を持たない。子供らが業者に任せてあっという間に処分してくれる、とうそぶいている。
“食いしん坊といえばこの人の顔を浮かべる。一宮市の料理研究家、大島八重子さん(85)。仙人を思わせる不思議なオーラがあり、私にとって年の離れた姉のような、一宮の祖母のような存在。落ち込んだ日もおいしい手料理に元気づけられた。
4月下旬、そんな彼女の生前葬に参列した。「お芝居でも見るつもりでいらっしゃい」と言われて行くと、会場が結婚式場だったので驚いた。しめっぼいお別れの言葉はない。和気あいあいと談笑し、ステーキ、デザートとフルコースを平らげ満腹で帰路についた。
彼女が人生最後に食べたいのは大好物のウナギだそう。「ウナギは絶滅危惧種。若い人は私に譲ってちょうだい」とまじめな顔で言う。「あなたが一宮にいる間は生きていてあげるわ」なんて言うから心配した。それだけ食欲があれば、まだまだ大丈夫そうですね。
ウナギも酸いも甘いもかみ分け、いつの日か「ごちそうさま」を言える人生。食いしん坊の生き方をお手本にしたい。”(6月4日付け中日新聞)
「モーニング」と言う記事欄からです。大島八重子さん、こちらの地方の有名人です。ボクの知人でも多くの人が知っています。でも残念ながらボクは料理研究家ということしか知らなく、会ったことがありません。でもこの記事を読んでみると興味津々です。生前葬を結婚式場で行われた、と言う。生前葬をどれだけの意味を持たせられたのか分からないが、ともかく楽しい会のようだった。そして料理研究家という名に恥じず、大食らいであられるようだ。
実は、サロンなどで葬儀の実演などをされている葬儀社があると先日聞いた。そして教えてくれた人は、その時棺桶にも入ったと言われた。今サロン出演を依頼している予定が確定したら、頼んでみたく思っている。思いついたものをいろいろ実施できるのもサロン運営者の特権である。
大島さんはウナギが大好物とある。ボクはほとんどウナギを食べる機会がなかったが、昨年後半から毎月のように食べに出かけている。近くにウナギのうまい店を見つけたのである。そして店も商売上手である。行くと来月の割引券をくれる。ついそれにつられて毎月となる。妻は魚嫌いであるが、ウナギは好きなようであり出かけられる。
“少子化で消える大学の特徴の1つが女子大-。35年前、母校の金城学院大(名古屋市守山区)のある講義中に、教授がこんな趣旨を口にし、教室は和やかな笑いに包まれた。
母校が2029年度をめどに共学化を検討との報道を目にした時、あの時の講義の光景がよみがえった。教授の軽口が母校で現実のものになろうとは当時の誰も本気にしなかったのでは。高校まで共学で女子大への進学は戸惑ったが、楽しい大学生活だった。文学部国文学科(当時)で文芸のサークルに所属し、趣味で小説や随筆を書く私の礎になった。
周囲を気にせず、興味があるものに没頭できたのは周りが女性だけだったからだと思う。共学化は寂しいが、後輩が好きなことに打ち込める環境が続くのを願ってやまない。”(6月4日付け中日新聞)
愛知県西尾市の公務員・坂部さん(女・55)の投稿文です。女子校の衰退から消滅、少子化の影響か、また男女共同参画の影響でしょうか? 女子校のなくなることを惜しむ人も多いでしょう。男性女性、意識することも多いでしょう。特に若い人は意識するでしょう。そうすれば窮屈なこともあります。坂部さんは周囲を気にせず楽しかったと、懐かしがられています。
私の娘は、金城学院の短大出です。短大も随分少なくなりました。我々の頃の女性の多くは短大でした。何事にも一長一短があります。でも選択の余地が狭まることは、いいこととは言えません。多様性といいながら、その逆に回っていることは結構多い気がします。少子化で学校運営はますます難しくなるでしょう。大学はまだしも、小中学に高校も統合が進みます。そうすると通学方法はどうなるのでしょう。少子化の影響は、我々の思う以上に大きなものがあります。誰も言っていなかった35年前にこの状態を発言されたとは素晴らしい。政府や行政はしっかり考え対応して欲しいものです。
“60代半ばの夫はまだまだ若いつもり。先日、そんな夫が所用を終え帰宅するとある出来事を話してきた。それは夫が名古屋市営地下鉄に乗った時のこと。立っていたら、20代ほどの男性が「どうぞ」と席を空けてくれた。人生で初めてこういう場面に出くわした夫は、面食らって「いや、いいよ」と断ったのだとか。
何てことを! 勇気を出して目の前の年長者に声をかけた、その親切心をなぜ素直に受けなかったのか。気遣いを無駄にして平気なのか。こんな調子で、夫への説教が続く。この先、その若い男性は席を譲ることをしなくなるかもしれない。夫にそう言いながら心が沈む。何はともあれ、他人の厚意をありかたく受け入れられる、かわいいお年寄りになりたいものだ。”(5月30日付け中日新聞)
愛知県弥富市の主婦・大河内さん(56)の投稿文です。これは大河内さんの言われるとおりです。こういう親切は断ってはいけません。断ったご主人に向かって、延々と説教される、これでいいでしょう。言われる内容もその通りです。60代半ば、老境に入りか入らないか、そんな年代です。まだ若いと思いたいでしょう。そんな時席を譲られる。断ってしまう。その気持ちも分かりますが、ここは嬉しく受け入れるべきです。今や席を譲ってくれる人も少ない時代です。優先席も若い人がスマホに夢中になっています。白髪の80歳のボクが前に立っても動く気配もありません。席を譲る人が少なくなっている時代です。譲る人は奇特な人と言えます。人の親切は素直に受けるべきです。
“同窓会で再会した彼女は昔の面影を残しつつも、金髪、赤色の服装で会場では目立っていた。うたげの終盤、幹事が次回の開催を3年後と5年後のいずれにするか一同に問いかけた。隣にいた彼女は迷わず言った。「5年後にはどうなっているか分からないけど、3年後なら、きっと大丈夫」。30年前の話で、まだ40歳手前。彼女の言葉に違和感を覚えつつも軽く聞き流した。
5年後と決まった。それを待たず、4年後に彼女の訃報が届いた。病気で、投薬の副作用と闘っていたことを知った。華やかな装いは、それを隠すためだったのかもしれない。人の命には限りがあることを、あらためて思い知った。それだけに、いたずらに人の命を奪う戦争だけは、なくなってほしい。”(5月29日付け中日新聞)
愛知県尾張旭市の鶴田さん(男・69)の投稿文です。命は有限、これは誰もが分かっていることです。でも若いと、また元気だとつい忘れがちになる。この話には、彼女の身になると胸に迫るものがあります。5年と決まった時、彼女はどうのような思いで聞いたのでしょうか。そして4年で亡くなったことを思うと、更に胸に迫るものがあります。その時、彼女は事実を語ればよかった、と思いますが、これも若い時にはなかなかできることではないでしょう。誰も責めることはできませんが、命は有限であることを、この同級生は皆思い知らされたと思います。
さてボクですが、まもなく81歳です。それこそいつなくなってもおかしくない命です。でもまだ自信満々です。先日は朝8時から昼食もせず、4時まで8時間近く畑仕事をしました。その日は疲れたと思いましたが、翌日には残っていませんでした。でも人の命は1秒先も分かりません。ボクができることはただ気をつけること、それだけです。寺社に参る時、いつもそのことだけを祈るというのか、誓っています。
“「いい声だなあ」。隣に座った同級生が、私に声をかけてきた。富山県の高校を卒業して30年目、初参加した同窓会の席だった。その年は、私の学年が幹事で、私が少し司会をした時だった。初めて人から自分の声を褒められてうれしかった。
その頃、子育ても終わり、何かやってみたいと思っていた。彼の言葉に背中を押され、お話を覚えて語る活動「ストーリーテリング」を始めた。それから20年、仲間とともに図書館や小学校などで、子どもたちに日本や世界のお話を届けている。
彼は氷見市の老舗旅館の経営者だった。あの時、必ず泊まりに行くと約束をした。20年後、ようやく友人だちと旅館に泊まることができた。ところが、彼にお礼を言いたかったのに、病気で亡くなり、旅館の経営者も代わっていた。がっかりしたが、夕食ではおいしいお酒と刺し身をいただき、思い出話に花が咲いた。その時、―人の女性が訪ねてこられた。彼の妹さんだった。旅館の方が調べて連絡してくれたのだ。妹さんの話では、彼は高校近くの公園の桜が見える病室で、家族以外は誰にも告げず、仕事をきちんと次の方に託して旅立った。彼のたった一言で始めた活動は、私の生きがいになり、素敵な仲間にも出会えた。これからも続けていきたい。”(5月28日付け中日新聞)
愛知県美浜町の主婦・船戸さん(68)の投稿文です。他人の一言で、人生大きく変わることがあります。ボクの気まま書に「一言がくすりの役目果たしてる」と言う柳句があります。先生の一言が大きく影響することが多いでしょう。この「話・話」 でももう何度も紹介したことがあります。今回は同級生の一言です。声を褒められました。それが、お話を覚えて語る活動「ストーリーテリング」をする行動に発展しました。それをもう20年続けておられる船戸さん、船戸さんの人生に大きな影響を与えました。
声をかけてくれた旅館経営者の同級生に、その時必ず泊まりに行くと約束して、20年たって実現です。でもその同級生は亡くなっていました。旅館を継いだ経営者がその妹さんに連絡して、会うことができました。何か小説のような話です。でも現実でも起こるのです。縁は大切にしたいものです。
“先日、奈良県明日香村の石舞台古墳と同県吉野町の吉野千本桜を巡る日帰りバスツアーに参加した。1人でバスツアーを利用したのは初めて。運転免許を返納した今、旅行を楽しむには最適な方法だと感じた。
石舞台は、巨石30個を積んだ石室古墳。実物を間近に見て「すごい」の一言だった。古代のロマンに浸った。吉野千本桜は既に花吹雪だったが、それはそれで風情があった。平日のツアーで高齢者が多く、添乗員さんも、歩くのが大変そうな参加者を気遣う様子がうかがえた。私にも声をかけてくれ、記念写真を撮ってもらった。昼食も地域の特産品の割子弁当でおいしかった。
鉄道や路線バスを乗り継いで行くには大変な場所でも、こんなツアーを活用すれば今後も行けそうだ。”(5月23日付け中日新聞)
名古屋市の高井さん(男・72)の投稿文です。1人でバスツアーを利用したのは初めて、と言われるが、2人以上ならあったのでしょうか? 人の生活は様々です。ドライブや電車旅が好きな人はあまりバスツアーは利用しないでしょう。ボクは結構若い時から利用しています。50代初めに始めて行ったツアーが意外に楽しかったので、その時以来利用が始まっています。ボクは車が苦手ですので、ほとんどドライブ旅行はしません。もちろん50代は現役で、それ程にはいけなかったのですが、60代からどんどん利用しました。そして以前は妻と一緒でしたが、数年前からは1人参加が多くなりました。というのは、貴方には付き合いきれません、と言われてしまったのです。ここ数年は、老人会の旅行などいろいろ含めれば年間50日くらいバスで出かけています。6月は4回5日、7月は5回6日を計画しています。旅は良いものです、出かけられる時に出かける、高齢者には大切なことです。いつできなくなるか、分かりません。