“12年ほど前、「定年を機に何か地域貢献でも」との気持ちで始めた傾聴ボランティア。月に1~2度、デイサービスやグループホームを訪問し、多くの人たちの話し相手となる。おもしろい話、若かりし頃の自慢話、つらかった話など、歌の題名ではないが「人生いろいろ」で、時間を忘れて聴き入ってしまう。
 私の両親は既に他界しているが、晩年は耳が遠くなった母と、たまに静かなレストランヘ行った。「こういう静かな所は、貴方の声がよく聞こえて話ができる」とニコニコしてくれた。同居はしていなかったが、時々実家へ足を遠ぶと、認知症だった父からは、同じ話を何度もくり返し聞かされた。私は若かったせいか、そんな父の現実の姿を受け入れることができず、悲しくもあり、少し腹立たしくなってしまった時もあった。
 今、傾聴ボランティアを続けていて思うことは、若い頃にこのような知識やスキルを少しでも知っていたら、今は亡き母ともっともっと楽しい会話ができたかも・・・。認知症だった父の話も何度も頷きながら、共感して聞いてあげられたかも・・・・。もっとたくさんの時間を費やし、話し相手になってあげられたかも・・・・と思う。そんな気持ちを抱きながら、無理せずこの活動を続けられたらと思っている。”(11月24日付け中日新聞)

 愛知県岡崎市のアルバイト・畔柳さん(男・71)の投稿文です。人と接するのに、相手の話を聞く、これは最も大切なことであろう。諺の使い方は少し違うかもしれないが「沈黙は金、雄弁は銀」ともいう。
 「傾聴ボランティア」、最近時折聞く。高齢者が多くなって、そして認知症の人も増えてきて、その対応が多くなった、ことがあろうか。高齢者はとかく同じ話を何度もする。認知症の検査で「最近、同じ話を何度もする」と言われることはありませんか、という問いもある。そういう人と対応した時、遮るのではなく、何度も頷きながら聞くことが必要なのだろう。多くの人に、同じ話を何度も聞く余裕がない。だから聞くことがボランティアになるのだ。そしていろいろな人の話を聞けば参考になることもあろう。畔柳さんは「時間を忘れて聴き入ってしまう」と言われる。今認知症でも健在の時には活躍された人も多かろう。その気で聞けば参考になることは多かろう。月に1~2度、と言われる。多分楽しい時間になっていると思う。機会があれば何でもやってみるものである。
 

 “5年前、思い切ってわが家のインターネット回線を解約した。真偽不明の膨大な情報の洪水に懸念を覚えたからだ。決断には大変な勇気が要った。生活に支障を来さないか、不安だった。だが、案ずるより産むがやすし。電子メールのやりとりは手紙やはがきの代替手段で事足りた。ネット上での売買をやめて、時間に余裕ができた。今は、公園の散歩で草木や鳥の鳴き声に癒やされる日々だ。
 私にとって断捨離とは、物を減らすと、新たな何かが増えることだ。例えば、本棚の本を処分したら、花瓶が置ける空間ができた。それと同じように、ネットを断つことで、心にゆとりと別の有益な価値が生まれた。今の主な情報源は、新聞とテレビ。とはいえ、ネットも有用なので、必要な時はちゅうちょなく使うことにしている。ネットにあふれる偽りの情報に惑わされない利用法を心がけたい。”(11月22日付け中日新聞)

 愛知県岡崎市の池田さん(男・80)の投稿文です。インターネット回線を解約、これも断捨離かと驚いた。でもよく読んでみると、回線を切られたのはパソコンではなかろうか。ネットは使っておられるので、このネットはスマホであろうか。いろいろなやり方、考え方があるものだと、納得する。しかし、ボクのやり方、考え方とは少し違う気がする。
 ボクはスマホとパソコンでは、どちらかと言うとパソコンのインターネット優先である。パソコンはネットばかりでなくいろいろな作業ができる。そして、それをネットで送ることもできる。打つのもパソコンの方が打ちやすい。スマホは画面が小さく、打ち間違えてばかりだし、目も疲れる。人それぞれだが、こういう文を読んだ機会に今の生活を見直してみることだろう。あまりネットに犯されないことも必要ではなかろうか。
 

 “名鉄名古屋駅一帯の再開発工事に伴い、その期間中、駅前のシンボル・ナナちゃん人形の活用法が未定との報道を耳にした。今のうちにと向かった先日、ナナちゃんの前で、名古屋の会社で動めていた頃の同期たちとの再会を果たしたが、さまざまな思いが胸に去来した。
 ナナちゃんの衣替えのニュースを聞くたび、季節の移り変わりを感じてきた。また、元同期たちとの待ち合わせの場所として分かりやすい目印だった。東海地方の人たちにとって、なじみ深い存在のはずだ。
 そのナナちゃんがいなくなるかもしれないー。そう思うと切なく寂しかった。年齢的に岡崎から名古屋へ行くのは、勇気と体力が要る。だが、ナナちゃんがいれば友達と会う気になれる。何とか残せないものか。”(11月21日付け中日新聞)

 愛知県岡崎市の主婦・山中さん(82)の投稿文です。ナナちゃん人形は、言われるように「東海地方の人たちにとって、なじみ深い存在」は本当であろう。名古屋駅で降りればナナちゃん人形にであう。衣替えをすれば新聞記事になる。待ち合わせにも分かりやすい場所である。山中さんのように、なくなることが切なくなる人も多かろう。名古屋駅周辺は大規模な再開発が実施されようとしている。ナナちゃん人形の撤去は一時的なものか、このままなくなるのか、ボクも気になるところである。
 ボクの家には県道に面して案山子が立っている。年に10回近く衣替えをする。まさにナナちゃん人形のまねごとである。そして今年に入って2体目を作った。そしてナナちゃん人形にあやかって「なな子」と名付けた。ナナちゃん人形はますます身近な人形になった。
 

 “母校である高校の創立100周年記念の卒業者名簿が送られてきた。当時が走馬灯のように頭に浮かぶ。特に、吹奏楽の部活動に熱中していた青春時代が鮮明に思い出された。
 私が母校に自転車で初登校している時のこと。後ろから誰かが近づいてくる。中学時代の先輩で、吹奏楽部の部長だった。先輩は、その場でト音記号の意味すら知らない私を勧誘し、半ば強引に入部させた。初の部活で、手渡された金管楽器を思い切って吹くと、「ブーツ」と音が出た。感動した。そしてトロンボーンにのめり込み、その2年後。気付けば、私が部長を務めていた。
 部では、「吹」いて「奏」でて「楽」しい時間を過ごせた。後の私の人間形成に大きな影響を与えた吹奏楽。先輩と楽器に感謝のひと言だ。”(11月18日付け中日新聞)

 三重県鈴鹿市の前田さん(男・71)の投稿文です。高校時代、先輩に勧誘されて吹奏楽部に入る。そしてこの部活動が自分の人間形成に大きな影響を与えた、と言われる。これがまさにいい出合いであろう。この出合いを生かすか、殺すか、無視するか、人生の分かれ目になることが多かろう。多かろうと言うより、人生のすべてかもしれない。このように趣味、仕事、結婚、すべて出合いである。命以外最初から持っているものはない。
 前田さんはト音記号も知らなかったのに、2年後には部長である。熱心さや人柄もあったであろう。先輩と楽器に感謝のひと言だ、と言われるのは最高の出合いであった、証明である。ボクなど振り返ってみればこの連続の人生であった、と言えるであろう。
 

 “私は断捨離をテーマにしたテレビ番組を見るのが好きだ。不要な物が取り除かれ、すっきりした部屋に変わっていく様子は見ていて気持ちがいい。一方で、断捨離の「捨」が、どうにも雑に見えることがある。無造作にごみ袋に入れられる物たちを見ていると、とてもせつない。
 江戸時代、浴衣は着古されるとおむつや肌着となり、その後、雑巾として使われ、最後はかまどの燃料に。その灰まで、洗濯の洗剤や肥料、陶器のうわぐすりになったという。
 私は、もう着ない服に感謝しながら小さく切って、洗面所の鏡や窓、こんろ周りを拭いている。大掃除の時季も近い。皆さんも捨てる服をお掃除に使ってあげてください。”(11月15日付け中日新聞)

 愛知県豊川市の主婦・伊藤さん(63)の投稿文です。またまた断捨離の話である。これは意図的に選んだのではなく、たまたま続いているのである。それだけ断捨離の話が多い、言う証明でもあろう。伊藤さんは断捨離のテーマのテレビ番組を見るのが好きだと言われる。ボクには理解できない。
 そして、もう着なくなった服を小さく切って、いろいろな拭きものに使っている、と言われる。これは断捨離ではあるまい。上手な使い方である。有効利用である。ボクは妻はまさにこれをしている。もちろんすべての衣服が拭きようにかなう訳ではないが。
 

 “定年退職後、家にある物を片付けている。アルバムを整理したり、着物をリメークして新たな衣服として楽しんでみたりしたい-。そう思い断捨離していくうち、買い取り店にも足を運ぶようになった。
 先日、ある物を店に持ち込んだら、売却に迷いが生じた。店員が「手放していいかなと思う時が来るまで、お手元に」と勧めてくれた。悩んだ挙げ句、結局持ち帰ることに。この出来事で改めて断捨離について考えた。そして、何かどこにどれだけあるかを確認するのが、その第一歩だと思えた。チェックが済み不要と判断した物は、譲渡や寄付をするようになった。捨てるイメージが先行する断捨離。だが、家族構成や生活、体力が変化する中で、不要になった物の扱いを熟慮したい。”(11月6日付け中日新聞)

 名古屋市の鈴木さん(女・67)の投稿文です。断捨離のつもりで、お店に持っていったら、迷っているならもう少し持っていたら、とアドバイスされたという。本当に断捨離、断捨離と喧しい。投稿欄にもいくつも掲載される。スッキリしたと、感激の言葉も多い。消費が美徳であった時代がある。持ちすぎて今はその裏返しのように捨てることが美徳になっている。でもボクは断捨離についてどちらかと言うと、批判的である。活用方法を考えた方がいい、と思っている。そしてボクに今必要なことは、この投稿文のように、何かどこにどれだけあるかを確認することである。まだ活用できるものが、眠っているかもしれない。あることを忘れているものがあるかも知れない。これは断捨離とは言わないが、ものについて思うことはこのくらいである。
 

 “人生の最終盤ぐらいは「苦楽」ではなく「楽楽」の日々を送りたい。そのために「美しい心」と「健康」を保ちたいと考えている。これらを育む物を残し、損なう物を捨てるのが断捨離だと思う。
 この二つを育むのに読書と音楽鑑賞は効果的で、死ぬ間際まで続けたい。だから本と音楽CDは捨てず、これからも買い求めていきたいと思う。それ以外の物は、日常生活を営む上で必要最低限な分だけを残す。過去の遺物になっている物は、楽しい思い出がある場合だけ残す。逆に、過去の嫌なこと、苦しいことを思い出させる物は根こそぎ捨てるよう心がけている。わが身から過去の苦しみを全て剥ぎ取って、楽しみだけを残して楽楽で人生を終えていきたい。”(11月4日付け中日新聞)

 三重県伊勢市の船谷さん(男・79)の投稿文です。「苦楽」ではなく「楽楽」の日々を送りたい、いいでしょう。できることはやり終え、人生終盤ともなれば、こう行きたいものです。でもこうならないのが人生です。ボクは本当の苦楽はこれからだと思ってます。ピンピンコロリと行く人もありますが、多くは老いて体が思うように動かなくなる、自分のことが自分でできなくある、認知症になる、本当に辛いのはこういうことではないでしょうか。
 でもこれを恐れていても始まりません。そうならないように気をつけられることは気をつけることでしょう。船谷さんのように、「美しい心」と「健康」を保つことに必要なものは残し、それに邪魔なものは捨てる。これも一つの方法でしょう。一般に断捨離と言われるものでしょう。さてこう言われて、ボクは何を捨てるのでしょう。残したいものはいくらでもあって、捨てたくなるものはサッと浮かびません。
 

 “散歩に愛用してきた大切な靴を渋々処分しました。履き心地が良く気に入っていましたが、底がすり減って歩きづらくなり、決心しました。この靴のおかげで転倒もなく無事に散歩が続けられました。靴が私を守ってくれたのだと思います。散歩に消極的になった時、この靴に背を押してもらった気がします。私の運動を手伝ってくれたのです。
 以前は、使い終わったさまざまな物を何げなく処分していましたが、年を重ねると物に対する思いが深まります。一緒に歩き、最後までしっかりと役目を果たしてくれたこの靴。うれしい思い出が詰まった長年の「友」に「ありがとう」と感謝を伝えました。”(11月3日付け中日新聞)

 名古屋市の主婦・土屋さん(84)の投稿文です。愛用の靴の話です。長年使っていれば、ものでも愛情が生まれます。長年使うと言うことは、都合や好みが合っているのですから。
 ボクはウォーキング愛好家です。以前は1日に何十キロと歩きました。安物の靴で肉刺もよく作りました。そのうちいろいろな情報を得て、2万円近い靴を購入しました。もう30年近い昔のことです。当時靴で2万円は、ボクには清水の舞台から飛び降りるほどの決断です。でもそれ以来ほとんど肉刺は知らず、歩くのも快適です。今でもそのメーカーのものを使っています。靴底が減れば補修して使います。この靴がボクのウォーキング人生を支えてきた、と言っても言いすぎではないでしょう。ボクの愛用の代表的なものです。
 

 “97歳の姉がいて、寝たきりだが、しっかり話せる。先日、姉と同居するめいがメールで「2年間入居待ちする老人施設から母の引き受けの通知がきた」と知らせてきたが、翌日、めいから電話があり「母に知らせたら家が良いとのことなので断ろうと思う」と伝えてきた。
 私は姉に「わがままを言って娘を困らせるな。少し娘の負担を軽くしてやれ」という趣旨の手紙を2度出したが返信がない。3度目の手紙を送った後に姉の家に行くと、めいは「手紙は私の手元で止めている。勝手なことをしてごめんなさい。66歳の私が元気なのは、両親のおかげだから」と苦笑した。親思いのめいの言葉に感動した。”(11月3日付け中日新聞)

 岐阜市の市田さん(男・93)の投稿文です。97歳のお母さんに老人施設の入所案内が届いた。お母さんに聞いたところ「家がいい」と言う言葉に入所を断った娘さんの話です。お母さんの弟さんからは、お姉さんに「わがまま言うな」という手紙が届いていたが、娘さんはお母さんに見せなかった。娘さん、弟さんにそれぞれの思いやりがある行動、これが家族というものだろうか。家族でも情が薄くなったという昨今です。麗しく思います。
 娘さんと言っても66歳です。弟さんと行っても93歳です。いつ自身の自立が難しくなるか分からない年令です。日本の高齢者社会の実態を見せられた感じです。でもこのようにできることはする、この姿勢が大切でしょう。社会が支える、と言っても限度があります。また本当は家族に支えて欲しい気持ちがあります。家族に迷惑をかけたくない、と言う人が多いようですが、どうなんでしょう。状況、場合に応じた行動が必要と思います。
 

 “孫娘が小学校に入学してから週に2度、学童から帰る彼女のお迎えをしています。夕方の迎え時間になると、駅近くの交差点まで歩いて行くのですが、2年生の孫は、いつも私に土産を持ってきてくれます。
 鰻が私の好物と知ってか、駅前の鰻屋の換気扇から出てくる煙を帽子に染み込ませ「おじいちゃん、お土産」と言って帽子を渡してくれます。見事に鰻の香りがしました。孫のお土産は、腹いっぱいにはならないけど、胸がいっぱいになりました。帽子だけではなく、髪の毛からも微かに匂いがします。「帽子や頭が臭くなるから、もうやめるように」と言いました。
 すると、次からハンカチに匂いを染み込ませてきました。見事な対応力です。ハンカチは、帽子よりしっかり匂いがしました。最近はまた進化して、タオル地のハンカチを使っています。帽子が「並」なら、タオル地のハンカチは「上」です。孫は、今度は「ビニール袋に入れてくる」と言っています。あまりに熱心なので「夏休みの自由研究にしては」と提案してしまいまルた。
 高学年になったら、鰻屋の換気扇のにおいを避けて帰ってくるのだろうと思います。ちょっぴり残念な気もするけど、それも楽しみに待っています。孫娘の成長の証しだから・・・。”(11月2日付け中日新聞)

 三重県津市の山本さん(男・68)の投稿文です。 鰻の香りを帽子やハンカチにしみこませて持ち帰る。それもおじいちゃんのために。この子どもの純真さというのか、その思いつきというのか、全く驚かされる。思わずほほ笑まざるを得ない。こういう話ができる時代というのは本当にいい。短い期間である。大いに楽しんで欲しい。
 ボクは孫が小学生の頃まではよくウォークに連れて歩いた。今そのころを写真をデジタルフォトフレームで見ている。デジタルフォトフレームはいろいろな機能を備えているが、複数の写真をスライドショーで見られることが一番の特徴であろう。ボクはSDカードに数千枚の写真データを入れ、それをランダムに表示させている。孫の写真が出てくると妻は大喜び、ボクを呼びつける。
 ボクは孫、孫とあまり言いたくはないが、それでも孫との交流は大きな喜び、楽しみである。ボクの孫4人は一番下でも18歳である。大きくなっても時折寄ってくれると、いろいろな話が聞ける。山本さんには、こんな孫さんではいつまでも楽しみを与えてくれるだろう。