♥5
そっと玄関に近づいて行く。
もうドアをガチャガチャする音はしない。
誰だ?
知り合いか?
それとも単なる間違い?
そっと覗き窓からも覗いて見たけど、見える範囲には誰もいない。
ドアに耳を当て、じっと澄ましてみる。
…………。
なんの音もしない。
え?あれ?さっきのガチャガチャは気のせい?
恐る恐るドアを開けて……みる?
カチャッ。
ちょっとだけ顔を出す。
廊下はシンとしていて、誰かいた様子もない。
まさか……
……幽霊……?
ま、まさかっ!
そんなわけない!
幽霊がドアをガチャガチャするか?
幽霊ならドアなんか、スッと通り抜けちゃうもんだろ?
ガチャガチャなんて!
ガチャガチャ……。
え?泥棒?
鍵の開いてる部屋を探してた?
いやいやいや。
ここはオートロックだぞ?
翔君お墨付きの高級マンション!
そんなヤワなセキュリティのはずがない!
はずがないけど……。
ドアをそっと閉め、鍵とロックを掛ける。
「嘘だろ。マジか。」
もう一度、鍵とロックを指さし確認して……急いで蒲団に潜り込んだ。
幽霊だろうと泥棒だろうと、どっちにしろ、できれば会いたくないよな。
次の日、駐車場に向かう翔君とばったり遭遇。
「あ、智君。」
ちょっとバツが悪そうな翔君は、ヨレヨレのスウェット上下のラフなスタイル。
ゴミ出しに行くおじさんみたい。
俺は仕事に向かうとこで、スウェットよりはマシな恰好。
そうだよな、こういうこともあるんだよな、同じマンションなんだから。
気を付けないと!
翔君はバツが悪そうな顔のまま、俺に近づいてきて、顔の前で手を立てる。
「ごめん、智君。」
申し訳なさそうに、ごめんを繰り返すんだけど……。
何かされたっけ?
「なに?どした?何かあったっけか?」
「いや、だから……。」
さらに声を小さくして、背中まで丸めて翔君が頭を下げる。
「本当にごめん。昨日の夜、変な人来なかった?」
「変な人……?」
思い出すように視線を上げる。
昨日、誰か来たっけか?
……いや、誰にも会ってねぇぞ?
「来なかったよ?」
「いや、来たから!来てたの!智君、寝てたんだよ、きっと。」
え……寝てるような時間?
「俺さ、フロア間違えて、智君の階で降りちゃって。」
え……まさか。
「で、俺の部屋だと思って智君ちのドアに鍵差し込んだんだけど、
全然開かなくて。」
あのガチャガチャ……?
「最初、智君が引っ越して来たことすっかり忘れてて、
俺がいない間に鍵変えられたのかと思って焦って。」
あははは、翔君面白い!
普通、そっちを疑う?
「で、ふとみたら、部屋番号違うし。」
そこまで気づかなかったのか!
だから、あんなにガチャガチャと……。
「本当にごめん。」
「いいよいいよ。翔君だってわかれば全然……。」
俺が顔の前で手を振ると、ホッとした翔君が寛いだ顔になって俺を見る。
「よかった~。酔っぱらうとこれだからダメだよね?」
「酔ってたの?」
「もう、すっごく。」
翔君が恥ずかしそうに頭を掻く。
「ははは、いいよ、ガチャガチャするくらい。」
「これからはちゃんと気を付けるから。」
「んふふ、いいよ、気にしなくて。」
「でも……。」
翔君が、両手で俺の右手を握る。
「もしかしたら……またやっちゃうかもしれないから……、
その時はよろしく!」
ニコッとアイドルスマイルで笑う翔君。
一度くらいならいいけど……、これからも?何度も?
a いいよと笑う