2011/6/23
ここにはヘミングウェイの傑作『老人と海』の世界があります。
『鯨人(くじらびと)』
石川梵 著 集英社新書
本書が描く‘鯨人’の捕鯨は、IWC(国際捕鯨委員会)の規制の対
象外であるばかりではありません。
IWCに、先住民生存捕鯨として認められている他の先住民ですら行
わなくなった太古のままの方法によって鯨を捕っているのです。
インドネシアのレンバタ島にあるラマレラ村で行われているのは
銛一本で鯨を突くという原始的な捕鯨です。
手製の帆掛け船プレダンで巨大なマッコウクジラを追い回し、ラ
マファと呼ばれる銛打ちが船から飛び掛って鯨を突くのです。
ラマレラ村は火山性の地質で作物の生育に適さないので、岩肌の間
の土地でわずかなトウモロコシしか育ちません。
もっぱら海の幸に頼ることになりますが、小物だけでは人口約2000人
という村人全員が食べるだけの量は賄えません。
彼らにとって鯨が捕れるかどうかは、文字通り死活問題なのです。
毎朝6時過ぎに出漁して10時間近く洋上を漂っても、鯨と遭遇できる
チャンスは滅多にありません。せいぜい年間10頭捕れるかどうかだ
といいます。
カメラマンである著者はその瞬間をカメラに収めようとしながら、
なかなかそのチャンスに巡り会えず、ついに撮影に成功するまでに
4年間も費やすことになりました。
その執念のせいでしょうか。
捕鯨の瞬間の描写は、ヘミングウェイでも感心するだろうほどの迫
力あるものに仕上がっています。
人間が生きていくためには結局、何か別の命を奪わなければならな
いのだという【業】に、いやでも対峙させれてしまいます。
そしてまた、私たちは、親から子へと命をつなげていくというシン
プルだけれども重要な【本能】を持つ生々しい存在であることに、
改めて気づかされるのです。