健さんが泣いた! | 店舗探し.comの過去コラム

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2012/10/9

「久しぶりにきれいな海ば見た」

映画『あなたへ』の中で、大滝秀治さんが放った、たった一言の
セリフで高倉健さんは思わず泣いてしまいました。

「大滝さんが言われると、ああいうふうに、なんかこの作品のテ
 ーマみたいなね。
 すごいなあと。メイクの佐藤が言ってたのかな、

 『これ大滝さん、何なのかな、メイキャップも何もしてない顔
  が神々しい』

 って言ったよ。神々しいお顔されてるって。仏像のようだって
 言ってた。
 仏像の顔していらっしゃる。ものすごい参考になりましたね。

 ああいう芝居を目の当たりで見ただけで、この作品に出てよか
 ったと思ってます。
 それぐらい強烈だった。うへえって思いましたよ。
 そういうことができる、俳優っていうのが商売なんですよね。

 (大滝さんに)負けたくないねえ、負けたくない。
 勝負しようとは思わないけど、なんとか追っかけたいと思いま
 すよ。まだ何年かは働けるもんね。追っかけたいと思う。」
       (NHK『高倉健インタビュースペシャル』より)

先日亡くなった大滝秀治さんは遺作となった映画で、高倉健さん
演じる倉島が、妻の散骨をする船の船頭大浦吾郎役を演じました。

神々しいお顔、仏像、散骨、健さんの涙。

大滝さんの訃報に接してみると、こうしたエピソードが、大滝さ
んの死を暗示していたように思えて胸が詰まります。

大滝さんの映画デビューは『ここに泉あり』(1955年)です。
終戦後、日本国中が食べることに追われていた時代に、働く人や
小学生に美しい音楽を与えようと苦闘した群馬県の市民フィルハ
ーモニーを描いた映画です。

安い報酬すら遅配される台所事情から、脱退する楽団員が相次ぎ
ますが、大滝さんはその初期の団員役で、ヴァイオリンを担当し
ていました。
以前、確かにこの映画は見たはずですが、大滝さんに関しては、
出演していたということ以上の印象は残っていません。

むしろ大滝さんとは劇団民芸の同期生である奈良岡朋子さん(当
時26歳)が、チョイ役の看護婦役として一瞬だけ出演しています
が、とても初々しい姿が印象的で目に焼き付いています。

『ここに泉あり』は劇団民芸との提携作品であったためにペーペー
だった大滝さんも奈良岡さんも出演できたのでしょう。

「つまらん!お前の話はつまらん!」

大滝さんは、長い下積み時代には劇団の先輩である宇野重吉さん
や滝沢修さんに散々に鍛えられたと民芸の俳優さんから聞いたこ
とがあります。
キンチョールの有名なCMの台詞に説得力があったのは、大滝さん
が、宇野さんや滝沢さんに「お前の演技はつまらん!」と散々罵倒
された過去の経験があったからではないでしょうか。

「役者の芝居っていうのは一番難しいのは普通にやることですね。
 普通にやるためには、よっぽどぎっしりつまっていないと。」

『あなたへ』に寄せた大滝さんの言葉です。
そういえば、大滝さんの演じる人物は、そこいらあたりでばったり
出会いそうで、いつでもリアリティがありました。

天国では、宇野重吉さんや滝沢修さんが、大滝さんとの再会を果
たして、60年以上に及ぶ大滝さんの役者人生を、心からねぎらって
いることでしょう。

屈指の演技派として、大先輩たちにも肩を並べるほどの高みにま
で達した大滝さんは「お前の演技はつまらん」などと、もう叱ら
れることはないのです。