『大江戸商売ばなし』 | 店舗探し.comの過去コラム

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2014/5/15

初音ミクではありません。
「初音耳作」は、江戸時代、安永年間の見世物芸人です。
 
彼は耳から声を発する珍芸で評判になりました。

同時代には小田原提灯のように体が伸縮自在で小さい箱の中に
入るという芸を得意とし、いわば江戸時代版エスパー伊藤とで
もいうべき「提灯男」と呼ぶ芸人もいました。

他にも「屁ひり男」に「鍋食い男」などなど、当時の縁日には
様々な見世物がありました。
 
『大江戸商売ばなし』
     興津要著 中公文庫
 
「ひとり相撲」という珍芸があったそうです。
呼び出しから行事、対戦する相撲取りまで一人で演じます。

当時人気力士だった「荒馬」と「小柳」両力士の形態を真似て
相撲を取り、見物人の声援が盛んになると、取り組んで離れぬ
姿勢のまま見物人に声を掛けます。
 
「さあさあ、みなさん、銭を投げたり。荒馬が多ければ荒馬を
  勝たせ、小柳が多ければ小柳が勝つ。早う銭を投げんかい。」
 
とたんに、「小柳!!」といい、「荒馬!!」と呼んで、バラバラ
と、激しく銭が投げられます。
ひとり相撲の男は、投げ銭が終るまで取り組んだ姿勢をくずさ
ず、銭の多いほうは見事に勝ちになり、少ないほうは、はなは
だしい負けになります。

双方の投げ銭が同額であった場合には引き分けになりました。
どちらが勝とうと負けようと、また引き分けになろうと、投げ
銭はすべてこの男の収入になるという、じつにのんきな稼業だ
ったのです。
 
「サア、大イタチだ」

というので見世物小屋に入ってみれば大きな板に紅を流した
“板血”である、とか、

「目が3つあって、大きな歯の2枚ある化け物だ」

との呼び込みにどんな怪物かと覗けば、“下駄”が置いてある
だけ。
こんなインチキが受け入れられるのどかな時代であったという
ことでしょう。
今ではとんと見かけなくなりました。
 
しかし、40年ほど前までは弊社オフィスにほど近い根津神社の
縁日で、「蛇娘」の見世物小屋がかかっていたのを見かけたこ
とがあります。

膏薬を売る大道芸もありました。

薬を入れた大きなバッグの横に、いつも口を紐でしっかりと閉
じた汚れた布の袋が置いてあり、中には猛毒のハブが入ってい
るといいます。
この膏薬はハブの毒にも効くということで、あとでそのハブに
手を噛ませるのだとのたまいます。

膏薬売りは流暢な語り口で薬の効能を説明しながら、持ってい
る刃物で腕を少し切り、傷口に膏薬を塗って止血して見せたり、
観客の中から選んだ人に膏薬を塗り、顔のホクロを実際に取っ
て見せたりしました。
 
袋の中のハブを見たいので、長々とこの膏薬売りの口上を聞い
たものですが、しばらくすると話はいつのまにか最初に戻って
しまい、結局、あとでお見せすると言ったハブが実際に姿を現
わすことはありませんでした。
 
“寅さん”こと渥美清さんが亡くなってまもなく20年になりま
す。
まったりゆったりの癒しの効用が盛んに喧伝されている今の時
代こそ、いかがわしいけれども、どこかのどかな昔の商売が、
おおいに通用するのではないかと思うのです。