2013/5/16
「ガラスは“液体”である。」
たとえば歴史ある教会のステンドガラスなどは下の方が少し厚く
なっているそうですが、徐々にガラスが垂れてきているからなの
です。
ひとりの人間に与えられた寿命はせいぜい100年ですからガラスが
流れる様子を実感できませんが、数千年を1分に凝縮してコマ落と
しでガラスを観察すれば、ガラスが流れる様子を見ることができ
ます。
『ドーキンス博士が教える「世界の秘密」』
リチャード・ドーキンス著 早川書房
現代を代表する動物行動学者であるドーキンス博士による本書は
「最初の人間は誰だったのだろう?」
「太陽って何だろう?」
など、12の疑問に答える形で世界の仕組みをわかりやすく解説して
あり、子どもでも十分に理解できる本です。
例えば、惑星が太陽の周りの軌道にとどまっているのはなぜなのか、
についての説明は秀逸です。
大砲を海に向かって水平に放つと、砲丸はしばらくまっすぐに飛んで
徐々に下向きのカーブを描いて最後は海に落ちるように見えます。
しかし、実際には砲丸は常に落ち続けています。
“しばらく水平にまっすぐ飛んで、そのあと突然思い直すわけでは
ない。漫画の主人公が自分は落ちているはずだと気づいて落ち始める
のとはちがう。”
この大砲の威力をどんどん増したとします。
砲丸が落ちる場所は次第に遠くなっていきます。その距離が延びていくと地球が丸い分だけ、海に落ちる時間が遅くなります。
砲丸が地球をぐるりと一回りして、出発点にもどるくらい強力な
大砲を想像します。
砲丸は相変わらず落ち続けるのですが、落ちるカーブが地球の曲がり具合と一致していれば、海に落ちることなく地球の周回を回ることになります。
宇宙にはスピードを落とす抵抗がほとんどないので、惑星は回り
続けることができる、というわけです。
地球は太陽の周りを回っています。朝があり夜があるのも、夏や
冬が順番にやってくるのもそのせいです。
しかし、地球は決して自律的に周回しているのではなく、ひたすら
落下しているだけなのです。ただ、落下地点となるはずの場所が
地球の落下速度に合わせて遠ざかっているにすぎない、との記述も
可能だということです。
宇宙規模の時間からすれば、人間の一生などは、屋上から身を投げ
て地面に到達するまでのそのほんの一瞬のできごとなのでしょう。
気分が落ち込むのも、会社の業績がなかなか上がらないのも、私たち
が元来落ち続ける存在だからなのだと考えれば合点がいきます。
地球は落ち続けていますが、太陽に激突しない限り、私たちは自覚
することはありません。地球の胸に抱かれて落ちっぱなしのまま、
太陽との激突の瞬間に立ち会うことはもちろん、液体のガラスが流れ
ゆく様子すら目撃しないうちに寿命を終えていくのです。
私たちにとって落ち続けることは異常ではなく日常なのです。
下り坂の状態で落ち込んだときにも、落ちるところまで落ちればいい、
そう開き直って、せいぜい落下を満喫しようじゃありませんか。
心配には及びません。
私たちはどうせ落ち切ることなど決してできないのですから。