2013/7/18
『昭和三十年代の匂い』
岡崎武志著 ちくま文庫
タイトルに「昭和三十年」とあれば間違いなく手に取り、表紙に
当時を髣髴とさせる写真でも乗っていれば、ためらうことなく
そのままレジに向かいます。
昭和三十年代の半ばに生まれた私にとって、当時の記憶がそれほど
残っているというわけではありません。
本書の序文でも触れられていますが、映画『AJWAIS 三丁目の夕日』
の大ヒットに代表される“昭和三十年代ブーム”を牽引しているの
は昭和三十年代には生まれていなかった若い世代も含まれていた
のです。
つまり、昭和三十年代とは前後のどの年代よりも、その人の生まれ
年に関係なくノスタルジーを掻き立てる、特別な年代なのでしょう。
他人の家の匂い、粗悪な運動靴のゴムの匂い、夜店のアセチレンガ
スの匂い、レモン石鹸の匂い、背広についたたばこの匂い・・・。
昭和三十年代に漂っていた様々な匂いにはどれも心当たりがあります。
今では20%にまで減った成人の喫煙率ですが、三十年代の男性は8割
以上がたばこを吸っていました。
当時の映画では、会社の会議室だろうと道端だろうと、皆、無造作
にたばこを吸っています。診察室で医者がたばこをふかしているシ
ーンを見たこともあります。
「今日も元気だ たばこがうまい!」
とは「いこい」のキャッチコピーでした。
「ハイライト」が登場したのは昭和35年。フィルター付きロングサ
イズでパッケージがセロハンで包まれているのも、当時としては
斬新だったそうです。
パッケージデザインは和田誠さんだとか。
「たばこ、たばこ。はやくそのたばこを渡してくれっ。」
「むっ、いかん・・・強化剤が切れてきたらしい・・・たばこに
しみこんだ強化剤を吸わなくては・・・。」
ニコチン中毒か麻薬中毒患者の禁断症状のせりふみたいですが、
いずれでもありません。
正義のヒーロー『8マン』のせりふです。
8マンといえば、足の動きが目に見えないほどの素早さで新幹線を
追い越すオープニングのシーンが脳裏に焼き付いていますが、たば
こ型強化剤を吸わないと力を失うという弱点があったことなど、
まったく覚えていませんでした。
今ではとても放送できたものではありません。
まだ私などは、たばこの匂いにまつわる思い出には事欠きませんが、
もうあと50年もすれば、子どもの時からたばこの匂いなど嗅いだこ
とがないという世代ばかりになってしまうのかもしれません。