死んだらどうなるのですか❓成仏とは❓ | てんのいと(天の意図)

てんのいと(天の意図)

実践から知り得た真実・・・そこには民族や宗教というカテゴリーは存在しない・・・
ただ【魂の法則】があるだけ・・・
*立証するためのオーブ写真・動画・録音などたくさん記録いたしました。
被験者と共に実体験から得た本当の魂の世界。

こちらでは、先生への質問と答えを書いています。

過去に頂きました読者さま、フォロワーさまからの質問です。

ご質問ある方はメッセージにて、ご連絡ください。


Q:

人間いつかは死ぬ。いつ死ぬかは誰もわからない。死んだら私という意識はなくなるのですか?

成仏するとはどういうことでしょうか?



A:

生まれた以上、避けられないのも死。

私は重篤な方と最後までお付き合いすることが度々ありますが、

最後を迎える時には意識がだんだんと朦朧なるようで、

遂に死してもそんな状態の延長なので本人は自覚なく、夢を見ていると勘違いしている人(魂)がほとんど。


また、どう考えても寿命の人が

生きたいという。。。


そんな時に私がいつもいうのは

「では‥こんなことを行ってる私は不死身ですか?死ぬことはないとお考えなんでしょうか?」


相手は言葉に必ず詰まります。

自分の「死」を受け入れることが出来ない、考えてもないということ。

これが全てなんです。答えです。


医学的に死して‥本人の

自覚があろうがなかろうが、

器の体が失くなった以上は想念の

世界に必ず移行する。

死んだら全て終わりは、

断言してありません。


その世界は

正に生きていた時に自分自身が作り上げその人間に見合った世界で

あり、自分の帰る世界。

ですから生きている間にネガティブな感情や価値観を改めるべきだと

お話するのです。


「お前らの成仏とは何だ❗」

と戦いの最中に祟り霊となった者にいわれたことがあります。

その魂と戦い、そして嗜めながら

生前の体の傷を癒すと次は

浄土への扉が開かない(光が来ない)と焦って云うので

「輪廻転生した人間を祟り陥れた罪は如何なる理由があっても許されることはない。

誰もが立場も違い、価値観も、守るものも違う。

しかし、祟り霊と堕ちるのは自らの魂が幼い証拠でもある。

執着もしくは煩悩。そして人を呪わば穴二つということだ。

最後のその結果もお前の前世の

続きの課題で、今生の生きた結果でもあり、定めでもあったということ‥。

心から反省して詫びろ。

でなければ迎えなど来ない」


と論破して説得をすると、

手を合わせ納得したのか‥神仏に詫びているようでした。


すると、、、、

突然、

「開いた❗帰るぞ❗」と言い

微笑みながら上がっていきました。


成仏とは、魂が元々の世界に帰る

ことなのだと思いました。

正に六道世界なのです。


目の前の

現実の世界こそマトリックスのように幻想・仮想世界なのかもしれませんね。


‥‥‥

お答えありがとうございます。

今、私達が住んでる世界が現実と

思いますが、修行にきている世界ということですね。

今世での学び、自分の思考が肉体を無くしても続くのですから、

常に穏やかな心身で毎日を過ごす

よう努めたいと思いました。


‥‥‥


私の目の前の戦いの解決策は

尋ねる人間もいませんでした。

また探したところで納得のいく答えをもっている人間も

悲しいくらいにおりませんでした。

ほとんどが受け売り。理屈だけ。

通用していないがゆえにネガティブな不浄霊はいるのですからね。


そんな中で自分なりに

納得のいくまで調べあげて、実践して結果に結びついたわけですが、

体験に基づいて俯瞰し、一つの教えとしてに酷似していたのが中村元氏の「原始仏典」でした。ほとんどが私の体験の中で学んだことと、実践で通用したことが近かったです。

中村氏は出家した身でない学者ですが、下手な僧侶よりも私が会話していた大昔の僧侶のような気迫のある方だと思いました。


しかし、

現代では現世御利益がなければ

見向きもしない魂が迷走している悲しい世の中、。厳しい教えが多い原始仏典は受け入れがたく難しいのだと感じています。

仕方ないです‥‥

死んで真実を知ってもらうしかない。