山頂から見る景色は同じでも、

登山のルートは人それぞれです。



しかしいつの時代も争いは

絶えない…



魂というモノと

対峙した人間として

悔しくて仕方がありません…


昔の尊い開祖の方々も、

山頂からの同じ景色を見て、 

同じような感覚を

抱かれていたのだと思います。



比叡山での修行がステータス

となる時代があったようですが

私の知り得たところでは

それよりも

もっと

古い歴史があったようです。


真理を求め、己と対峙しながら

得た答え…

しかし、

その時々の権力を握った者の 

価値観や気質により、 

真理の解釈も伝言ゲームのように少しずつずれていったので

はないでしょうか。


 目の前の小さな違いが、

 先へ進むほど大きなブレとなり、それが結果として

現在の状況に至ったのだと

感じます。


嫌でも誰もが

いずれは体を捨て去り

魂の世界へと移行しますが、

仏教などを通じて

培われる道徳や理解が

なくなれば、

未来はないように

感ぜずにはいられません。。。


各地で異常気象が

続いていますが、大事なく

お過ごしでしょうか?


毎日のように流れる痛ましい

ニュースや、怒涛のスピードで

進化するAI。


専門家からもそのリスクを

危惧する声が上がっていますが、これからの未来は、

AIを扱う企業や依存する人間の

裁量に委ねられているのが

現状です。


特に懸念されるのが、

子どもたちへの影響です。


先日も、親御さんや若者から

このようなご相談がありました。


「自分では意識がないのに、

 途切れ途切れに記憶が飛んで

 しまう。その間の言動を

  覚えていなくて怖い」


今回は幸いにも、

状況を理解できる私が

サポートしたことで大事には

至りませんでした。


しかし、

一歩間違えれば非常に

恐ろしい事態です。


以前から呼びかけていますが、

まずは

「ネガティブな気持ちに

     負けないこと」

そして


「AIの返答を

  真に受けすぎないこと」


が大切です。心が迷子になると

冷静な判断すら

できませんからね。


今、目に見えない

負のエネルギーが増幅し、

人々の感情も

流されやすくなっています。


面白半分なスピリチュアル系の

コンテンツ、アニメやゲームの

影響も決して小さくありません。


この恐ろしい現状に対して、

何かできることはないかと

懸念の気持ちが尽きません。



スネた猫の心境です。。。

墓じまいのことで

ご相談がありました。


後世のことを思うならば、
墓は必要ないのかも

しれません。


墓じまいには、

魂という目に見えない世界が

深く関わっており、

時に想像以上のことが

起こりえることもあります。


だからこそ、
単なるしきたりとして

済ませるのではなく、

それ相応の準備と

覚悟が必要です。


もちろん、

それは今を生きている
自分自身にも言えることです。


人間は、死んだら

終わりではありません。




しかし、巷の多くの

スピ系の方や霊能者は、

生きている人間の都合の良い

ことばかりを発信している

ように見受けられます。


人はどうしても
耳障りの良い言葉だけを選び、
耳の痛い真実から

目を背けがちですが、

世の中に不幸になりたい

人間なんて一人もいません。


都合の悪いことには耳を塞ぐ…


それではいつまでも
精神的な進歩はありません。


脅しではなく、従事者は
真実を伝えることこそが
本来の役目のはず。


そう思いつつも、

「脅し」と

誤解されるのではないかと

考えると、

真実を伝えるのを

ためらってしまうのも

事実です。


便利になったぶん、

厄介な世の中になってしまった

ものです。。。



先日の福岡での 

セミナーは、四年ぶりでした。


今回は参加者の方々からの

ご質問に答えながら

進めましたが、

これが大正解でした。


 それぞれ経験値や価値観、

現在の状況などが

異なりますから、

質問の内容が違って

当たり前です。 


 これまでの症例や

体験に基づく解決策と、

それに伴う私の実体験を交えて

お話ししたところ、

「とても分かりやすかった」

と好評でした。


 正直なところ、最初は


「何から、どこから話せば

  良いのだろう?」


といつも迷っていたので、

このスタイルは私自身も

楽に進めることができました。


セミナー中、

初めて参加された方で

腰と足が悪く(痛く)、 

春頃に正常であった片方の足も

転倒して痛みが取れず…


 来られる時に歩くのも

やっとだった方に1~2分ほど


霊的要因であるのか?

ないのか? 


それを証明するために

 施術をしました。 


 霊的な場合は直ぐに

痛みはなくなると説明した上での施術でした。 


 痛みが嘘のように取れた

という似たような体験をされた方はこれまで大勢おられますが、事前に 

「すぐに痛みがなくなるのは

霊的なものが原因であること」 


「痛みが取れても根本的原因が

解決できていないので

一時的であること」 


 そして

 「それがなぜなのか」

の理由も重ねてご説明しました。 

 

案の定、痛みは直ぐに取れて 

お帰りになる頃には

普通にスタスタと歩かれて

帰宅されました。


 参加者の皆さんが 

その変化を目の当たりにしたので、私のお伝えしたいこと等、

 疑う余地もなかったと思います。


 霊的な世界があること、 

そしてそれが(痛みの)原因になっていることが、

しっかりと伝わる説得力のある

実演になったと思います。 


時々、合図や意志疎通のために
1分以内に消せそうな雲を探して
始めます


現状のSNSでは 

いい加減な情報が

垂れ流されており、

(何が正しいか)の基準すら 

分からず、

翻弄されている方が 

ほとんどです。 


さらに今後は、

AIの普及によってフェイク情報(偽造)が、 ますます増えて

いくことでしょう。


 だからこそ、

少人数でのアプローチが

大切だと感じています 。


セミナーは大人数ですと、

同時に突然の体調不良

(エクソシスト並みのLIVEが

始まってしまうことが

多々あるのです)


などの異変が起きた時に

私一人では対処しきれないため、多くても10人くらいが

ベストなのです。


確実に正しい知識を

広めていかなければ、

魂の迷子は増える一方ですし、

何者かの餌食になってしまい

かねません。


これからどう進めていくか、

真剣に考えていかないと

いけませんね。。




けれど、
自分を削り続けることにも
限界がある。 

ボランティアを続ける
私を見て、ある時
長く会話を交わした
名の残る高僧は
人を眠らせ声帯を借り言った。 

 「何故にお金を貰わぬ? 
  ワシらは寺までも建てて
       もらったぞ」 

 数年もの時間をかけて思案の末、
 「お金は悪」
という呪縛を解き、

正しい循環を生み出すことは、
自分を守るためだけではない。

相談者と私との間で真剣に
向き合うための
「覚悟」の
証ではないのか。 

 長い時を経て、 
 私はようやく気づいた。


苦々しい出来事の始まり…、
2014年初頭…

私が本当の魂の世界を
広めようと悪戦苦闘している
時のこと…

私の初版本を読んだという
業界の人間から
「題材にさせてほしい」
と持ちかけられた。

私を支えるためにと、
スポンサーを引き受ける
人物まで現れた。

当初は本気だったのだろう。
病み上がりの体を整え、
精神的にも支えた。

もちろん、
彼らも説明のつかない摩訶不思議な事や神秘的な体験もされた。

しかし、
途中から話が二転三転し、
結果的には騙され、
逃げられてしまった。

弁護士を立てても
「無い者からは取れない」
私は泣き寝入り。。。

このように、
「出世払いでいい」
と施しを与えても、
ほとんどの者が良くなれば
知らん顔をするか、
去るための言い訳作りに
私を悪者にした。

それもそのはずだ。

例えば、軽自動車が普通車に
なり、次はベンツへ。

人間の
「出世」や「欲望」
にはキリがない。

だからこそ、去っていくのだ。

悲しく、
そして愚かなことだと思う。

このような行いは
魂に深く刻まれ記録となるに…。

次回、彼らが新たに
憑依されるとしたら、その空席に
今度は煩悩の塊のような
法力悪僧や落ちた眷属にでも
入られるだろう。
欲はドンドン深くなる。

そして、本人はそれも分からず
力が付いたと勘違いする。

憑依されているのだから、
それも当然の結果。

それこそが悪霊の
「格好の獲物」
せっかくの更正も霊感も
歪んでいく。

また憑依されている自覚があるのであれば救いようもあるが、
分からない人間がほとんどだと
高僧は言った。

「誰でも出たり入ったり
  されておる」



今は、
何を思うでもなく、
ただ己の人生を振り返っている。

未来への不安よりも、
この胸を占める空しさを埋める
ことに、私はもがいているのかもしれない。




お金を受け取ることは、
「慈悲の心を汚す悪ではないか」

そんな思いに縛られながら、
私は家族の生活を支えるため、
過酷なブラック企業で働きつつ、10年以上にわたり無償で
人生相談や憑依による霊症
を引き受け続けていました。

切実な悩みを抱え、
藁をも掴む思いで
やってくる相談者たち。

彼らと向き合うのは、
仕事の合間や深夜。

幼い子供の育児にも追われ、
自分の時間は一分一秒たりとも
ありませんでした。

しかし、
一度かかわった以上、
途中で手を放せば相手をさらに
貶めてしまうかもしれない。

本当の怖さを知っている私は
その恐怖から、
止めることができなかった。

相談者は「無償」という
安堵感からか…、
時にこちらの状況を顧みない。

具合が悪くなると時間構わず
電話が入る。

私の過酷な日常を
想像する余裕など、
彼らにはなかったのだろう。

それでも、
彼らが救われることが
私の喜びでもあり、
自ら選んだ道だと
自分を納得させていた。

私はこの実践を通じて、
多くの真理を学んだ。

魂の世界の深遠さ、
死後の真実、
神仏という存在の役割。

最初は
「仏」の力に導かれていたが、
研鑽を積むにつれ、
それは
「神(自然エネルギー)」
という、より大きな領域へと
移行し、
同時に宗教の壁をも
超越してしまった。

渡米での悪霊化した
シャーマンとの戦いに
対処できたことが証になる。
勿論、相談者は正常になった。



死してなお、現世で志を遂げようとする名の残る高僧の魂。

人間と共に修行に励む
人間でない異質の魂の存在。

善悪を超えた多様な
エネルギー体が渦巻く中で、
知れば知るほどに私たち人間は
「生かされている」
のだということを
痛感させられた。

しかし、
目に見えない世界を
扱うがゆえの苦悩も深かった。

私の献身を裏切り、
恩を仇で返されることは
少なくない。

それが何よりも悲しかった。

「結果には、必ず本人の中に
   原因が隠れている」

という現実を、
嫌というほど突きつけられた。

私には本人の気質や性格を
直すことなどできないのだから。

私は神でも仏でもない。
血の通った一人の人間に
過ぎないのだ。



相談者の精神的ステージが
上がる直前には、必ず本人に
不可解な出来事やトラブルが
訪れる。

人の善意を平気で踏みにじるような、…
次のステップへ移行する際の
歪みとして、
信じがたい問題が必ず起こる。

これらは彼らの脆弱さを試す
「見極め試験」なのか。

それとも憑依体質特有の
精神的に耐えられない
貧弱な気質ゆえなのか。。。

あるいは、私自身が
試されているのだろうか。

裏で自分を正当化するために、
私を悪人に仕立て上げる
人間もいた。

都合よく利用される行為を
「仕方ない」と
割り切れるほど私は強くないし、ボランティアで生きていけるほどの支えもなければ、
生活に余裕があるわけでもない。

人間の良心を信じたい。

けれど、自分を削り続けること
にも限界がある。


昨年のお話です


遺品整理で見つかった
親御さんの数珠の処分について、施術の際にご相談を受けました。

魂の世界のことを
知ってしまうと、
自分たちでハサミを入れて
処分するのが怖いとのこと。

そこで、私が1本ずつ糸を
切ることになりました。

その最中、
ご姉弟の弟さんが
「足がつった」
と言いながら、
縁側の椅子のほうへ
歩いていかれました。

当時の私は数珠を切ることに
集中していたため、そのことには気づいていませんでした。

しかし後から考えると、
弟さんの足がつったのは、
まさに私が数珠を切っていた
タイミング。

私は
「もしかして……」と思い、
「これを足の裏に塗り込んでみて」
と、手元にあった○○粉を
彼の手のひらに乗せました。

「えっ!これを足の裏に塗っても良いんですか!」

「いざという時のための
ものだから大丈夫。
もしこれで治ったら、
それ、オバケ(霊的な影響)
の仕業よ」

そう言ってつっている
足の裏に塗ってもらうと……。

「あれ~、治りました!」

帰り道、
この不思議な出来事に
興奮が冷めやらぬ様子で、
お二人の会話の話題は
尽きなかったそうです。


このように、
実際に体験・体感しながら、
さらに深く魂の世界を
理解していくのです。

目に見えない世界だからこそ、
実際に体験しないと、
本当の意味で伝えるのは
難しいと感じます。

ふざけた名前を付けた
○○粉ですが(苦笑)

陰でこれの真似をして
作っている人もいるようですが、同じものを作ることは
私にしか出来ない材料が
入っていますし
絶対に不可能です。

それに、
○○粉を使ったことで、
突然隠れていたものが驚いて
表面に出てくる
(霊障などが表に現れる)
こともあります。

ですから……誰にでも
売れるものではありませんし、
売りたくもないのです。

もし最悪な状態に
陥ったとしても、
私とご縁のない方は
連絡すら取れないわけですし。

私は、微々たる儲けなど
眼中になく
考えてもいないのです。



以下の動画は
歴史好きの方々には必見。



私たちの知る歴史が
真実とはかけ離れ、ねじ曲げられていたということを
憑依という形で
人間の体と声帯を勝手に使い
真実を話しだし…
様々な人物と何度も会話した。

この動画は私にとっては
ある程度の答え合わせにもなり
興味深かった。


求めていないし
しかし……
逃げることもできず
気がつけば30年以上の
その時々の経験の中、
そんな出来事が
何度もあったのです。

その度に
残された歴史とは違う真実を
知り、その話が本当であるのか?確かめるために
改めていろんな角度から
調べてきた。

すると辻褄の合わない事柄が
必ず出てくる。

今ではインターネットがあるので調べることも容易くなり、
突然に会話が始まることが
あっても
手軽に携帯電話の
録音機能で会話も残すことが
出来る。

またそれは、
話している当の本人の記憶が
全くない場合も多いので
後で一緒に検証するため
でもある。

長年にわたり
歴史の探究をしてこられた
関氏が
興味深いお話をされておられる。

私のこれまで会話した霊魂
(要は本人)
から知り得た史実と
照らし合わせても
辻褄のあう話が聞けて
とても興味深い動画でした。


以前ご紹介した、 

ご自身の体験談を記録として

ブログに
残されている方。


 医学的な観点から、 

少しずつの体の変化や

 数値の変化をアップされました。

 

どんなに宗教などにおいて

 立派な立場や肩書き、 

特別な力を持っていると 

自負していても…… 


自らが病を抱えていたり、 

家族が奇妙な病を

患っていたり、、、

子は親の背中を見て育ちますから親がブレブレだと子供は

情緒不安定になっています。


そんなことは、

地に足をつけ 自らを

俯瞰して真実のみを見、

また真の力を

持っているならば、

あり得ないことです。

 

結果が出なければ、 

単なる【自惚れ】 

と言われても

仕方がありません……


何の意味もない、 

所詮は

自己満足の妄想といえます。 


 特に、 

医学的な限界にある病の場合、

本人や家族は 

どんな方法であれ、 

良くなればそれで良いと 

考えます。 


 もちろん、

生活習慣や食生活の影響も 

あるとはいえ、

病になるということには、 

寿命でない限り、 

それなりに

深い意味があるのです。 


様々な角度から考察し、 

全体を観察しながら、 

その時々での正確な判断を 

していくことが重要になります。


 まるっきり同じ

というこはないので

すべては、マンツーマン

(一対一の対話)
です。


    体験を綴ったブログ

不浄霊などを一時的に弾く

だけでなく、本当に 

成仏させる力があるのなら、

少々の体調不良など、

瞬時に治せるはずなのです。 


これができて、 

あれができない、

ということはないはずなのです。 


宗教を含め、オカルトや

スビ系のいい加減な

情報が蔓延している現状は、

嘆かわしいことだと 

つくづく感じます。。。


記憶が飛ぶ | てんのいと(天の意図)

https://ameblo.jp/tennoito/entry-12411349810.html



疲れました…

ホトホト。。。


自分一人でクリアしたと

勘違い…


私がそのほとんどをクリアして

せっかく回避したのに...


死んでしまうかもしれない…

狂ってしまうかもしれない…


その思いはいったい何処に

いってしまったのでしょうか…


あのすがるような瞳と

涙はなんだったのでしょうか…


それすら忘れて…


理解できない?

しようとしない?人間は

同じことを繰り返す。。。


憑依体質が治るはずもありません

上には上がきますから…


いずれは病になるか、

家族に飛び火するか、

連れていかれるか…

そんなことも何度も

話しているのに。。。


ある意味これは

いい加減な嘘つきを見抜く

基準になるかと思います


本人は繕って誤魔化しても

子供はブレますよ必ずね


子供のいない人には

申し訳ないのですが、

どのようなことでも

体験から学ぶことほど身につく

ことはないのです


スピ系や個人的な感覚を

結果もなく言い切る人は

妄想であることを

疑うべきなんです


(健全な魂=健全な体) 

そうであるのが当たり前

普通なんです


そうでない人の発言は

妄想癖・自意識過剰としか

いいようがありません…


私が本人を守るために

様々なことをアドバイス、

伝授しても

それも個々の顔が違うように

同じということもなく…


タイミングも違いますし、

浮上してきた問題に

対してのアドバイスも

違うのです


人生や環境が全て同じ

ということは

ありませんからね



そして、

私のアイテムは私なんです


輪廻転生の中で

積み上げないと出来ない

仕組みがあるということを

いくら証拠提示して

話しても話しても、

憑依体験していても

肝心なことに気がついてない…


自分の足元が見えていないのです

口では嫌といいながら結局は

不思議ちゃんの(お好きな人)


逝けば分かりますとも

自分のバカさ加減が。。。


すでに私も情に絆されず人を

選ばなければなりません

時間の無駄ですから


不浄霊や悪霊よりも

生きている人間のほうが

私にはよほど怖いと感じます


どうなろうが

私にはもう関係ない…