敷地600坪の豪邸に住む、
〇代目の資産家。

要するに、
歴史ある家柄の
「お坊っちゃま」です。

さりげなく上質なものを
身にまとい、
それでいて謙虚な雰囲気を
醸し出す人でした。

しかし時折、
大学を出ていない人を
どこか見下すような
発言をするのです。

本物の一流といわれる人は、
学歴よりもその人の
「思考の深さ」や
「内面」を
重視するものですが……。

さらに、
仕事仲間の食事会や飲み会では、お会計のタイミングに
なると決まってトイレに
席を立つことでも
有名でした(苦笑)

毎回のことなので、
その魂胆はすでに全員に
バレています。

それに加え、
心から信頼して話せる友人
もいないようでした。


ある日のこと、
その方と深い話をする機会が
ありました。

会話が進むにつれ、
どうしても我慢できなくなった
私は、ついに本音を
口にしてしまったのです。

「いくら立派な服や車、
 時計を持っていても、
 寝るときは綿のパジャマ。
 好みによってシルク
 だとしても、所詮はただの
 パジャマですよね。

 それに、
 眠るだけなら600坪の敷地が
 あっても一畳あれば十分。
 残りの499坪は
 関係ないですから」

その方は苦笑いしながら、
「確かに……」
と呟きました。

我ながら、
痛烈な皮肉を届けてしまった
と思います。

結局、人はみな平等なのです。

本当に問われるべきは
「心の豊かさ」であり、
孤独に苛まれていないか
どうか。。。

孤独を覚えるのは、
どこかで計算高くなっていたり、自分を繕ったりしている
からかもしれません。

そしてその偽りは、
意外なほど周囲に
見抜かれているものです。

あの世へ旅立つときに
持っていけるのは、
「自分の生き様」だけ。

物質的な富や地位などは、
何一つ持っていくことは
できません。

一日一生❗

毎日を悔いなく
生ききりたいものです。






現代のような
情報過多の時代において、
スウェーデンボルグは
稀代の知性を持つ学者として
際立っています。

彼は霊界を
「天国」と「地獄」の
二元論で説明していますが、
私のこれまでの霊との対話に
照らし合わせると、
実際にはそれらの中に
さらなる多層構造があることを
知りました。

おそらく彼は、
読者に宗教的な先入観を
与えないよう、あえて抽象的な
表現を選んだのでは
ないでしょうか。

現在はインターネットや
YouTubeなどを通じて
彼を知る段階ですが、
今後は
『霊界』や『天国と地獄』
といった原典に当たり、
私が実践で得た事柄と
照らし合わせてみようと
考えています。

私は、根拠のない
スピリチュアルやオカルト的な
話は「妄想的」と感じて
信じないタイプですが、
スウェーデンボルグは
様々な学問に精通し独自の得た
知識の中で
客観的視野で判断していると
感じますので
非常に説得力があります。

YouTubeで検索すれば、
彼の著書を解説した動画が
たくさん見つかります。

目に見えない魂の世界や
死後の世界に興味がある方には、ぜひお勧めしたい存在です。

このような真理が世に広まり、
人類が真の目覚めや人としての
道徳を身につけることが来る日
を切に願っています。
ペンネーム5月

5月5日で、人生の帰路から14年が経ちました。

本当に色々ありました。

辛く悲しい出来事は、いつか誰かの気持ちに寄り添うことができればという思いで過ごしてきました。
ここまで来れたのも、出逢いに恵まれていたおかげだと思います。

ご先祖様のお導きと感謝しかありません。

課題あり、選択ありの毎日ですが
心穏やかに過ごせる日が多くなってきました。

去年から社会奉仕の活動をするご縁があり
益々楽しくなりました。

自分の出来ることで、どなたかのお役に立つほど嬉しい事はないですね。
有り難い事です。

りんあん先生に会いたいな、、、と思いますが
今はまだ遠方まで出かける勇気がありません。


老いていく身体と未病と付き合いながら、いつか大丈夫。と思える日が来たら
会いたい人に会いに、全国を旅して回るのが今の私の目標です。

帰路から14年目の今の私でした。

Jさんの体験談

 2019年7月


 こんにちは。

 本(てんのいと)は、

知人からは何も知らされず

不意に横に座っている私の

膝の上に置かれました。


それだけなのに

身体中が震え出しました。


私は以前から数回かよっていた

ある占い師のもとで

高次元のものを入れてあげると

言われるまま従って、

 それでも体調悪くお祓いを

してもらっていたのです。 


そんな様子を見て知人が

心配して、りんあん先生に

相談したところ

本を膝の上に置いて確認する

ようにいわれたそうです。 


そして本を読んだ後に

先生と会うという流れに

なりました。 


私が本を読もうと思っても

眠たくなったり、

具合が悪くなったりで

中々先に進めませんでした。 


ここからは

私達夫婦の事を書き込みます。


昨年11月から主人とは

別居してます。 


主人はUFOは信じるけど

幽霊は絶対に信じない。

先祖は信じるけど 

憑依される事なんて全く

信じない人です。 


そんな話しをした時は

いつも喧嘩になってました。 


 私は昨年頃から

先生が施術した時に

主人側の先祖がででくるように

なり、 最初は一人でしたが、

その後も数えきれないくらいの

先祖が出てきました。 


その中には、

主人の不甲斐なさに私に

謝る者もいました。 


その時に私は前世で

主人側の先祖から

殺されている事がわかりました。 


 最近わかったのは、

私も主人側の先祖だった事。


 正直複雑でした。


 主人に話しをしたいけど

 絶対に信用してくれないし、 

喧嘩になるだけだし… 


でも逃げてばかりでは

いけないと思い

きちんと向き合ってみる事に

しました。


 先日、二人で食事に出た時に 

お酒も入ってましたが 

何気に先祖の話になりました。 


 主人は先祖のことは

信じてるから
話は聞きます。 


 流れが良かったので 

このまま一気に全てを 

話してみました。 


 すると何も否定せず

主人の口から
出た言葉は 

『先生に会いに行こう!

  本も読むから貸して』


 この人、何言ってんだ!?

 内心では大爆笑! 

先生にその事を話して 

二人で大笑い!


しかし、数日後には

この会話をした記憶が主人には

全くありませんでした。


酔うと入られやすいと

聞いていたので普段聞く耳の

ない主人に、助けて欲しい

先祖が一時的に主人に

憑依していたのだと思いました。


 今、本は主人の所にあります。


 やっぱりですが、

具合が悪くなったり

頭痛がしたり、

中々進まないようです。 


本が家にあるから家の中にいたくないと夜中に散歩したり

(笑

『ガッツリ入られてるやん!』 

『あんたの中に入ってるのが

反応してるんよ!』


 主人ビビってました(笑

 時間はかかりそうですが、

 本人も最後まで読まないと

いけないと思ってるみたいです。


 くだらない話しなのに

長文になりすみません。

読んでいただき

ありがとうございました。 



 ………… 

このご主人から新たな

過去生での出来事が発覚し、

現世では縁も所縁もない遠方の

人たちが過去生での

内紛や裏切り、権力争いなど…、

それは歴史に残る

大事件に関わる出来事でした。

 

また接点のなかった遠方に住む


恐ろしいを軽く通り越す (2014年9月Aさんの体験談) 



との前世での関係など 

複雑に絡み合った魂の出会いが

あり、生まれ変わって記憶もない

それぞれの現世に繋がり…

個々の問題を解決するには

過去の決着をつけなければ

ならなくなりました。 


 【主人はUFOは信じるけど

 幽霊は絶対に信じない。

 先祖は信じるけど
憑依される事なんて全く
信じない人です】


 そんな人が、

伴侶の豹変した姿を
目の前で見て、

その動画を自らが撮ることに

なり、否応なしに霊の存在を

知ることとなるのです。






医学や科学では解明できない
事柄を多く経験した私ですが、
オカルトやスピリチュアルの話は根拠のないいい加減な話も
多く敬遠してしました。

しかし今、
量子力学などの科学的
アプローチによって解明される
事象が増え、知的好奇心を
揺さぶる質の高いコンテンツは
喜ばしいことだと感じています。



肉体には限りがありますが、
AIという翼を得た私たちの
「知」は、
今や時空を超えて
膨大な情報にアクセスできます。

国境や文化を越え、
真理を求めて議論を戦わせる
場も珍しくありません。

その過程で直面したのは、
書き換えられた歴史や、
不当な汚名を着せられた
先人たちの姿でした。

時に、時空を超えて届く
魂の叫びの「真実」に触れる
ことがありました。

それは目を背けたくなるほどに
凄絶で、悲痛なものでした。

けれど、
そうした深淵を覗くほどに
痛感するのは、
過去の怨念に囚われることの
虚しさです。

重要なのは、過ぎ去った
恨みを反芻することではなく、「これからをどう生きるか」
という問いではないでしょうか。

歴史を学ぶ意義は、
過去に執着するためではなく、
未来を創るためにあります。

道徳も価値観も移ろう
時代の中で、
過去に固執しすぎず、
変化を受け入れながら
前を向いていきたいものです。

これは巷のオカルト話
ではありません。

命あるものの話であり、
宇宙の法則の話でもあります。

   綺麗な海岸に漂着したゴミ

人の身体を持って
生まれ変われることは、
人生をやり直す
絶好のチャンスです。

それなのに、
人間は生まれた途端に
記憶を失い、
前世の悪い心癖を全開にして、
その最大のチャンスを
無駄にして終えてしまう……。

下手をすれば、新たな
「宿題」を撒き散らし、それが
真綿で首を絞められるように、
後々自分の体や魂を
痛めつけることになるとも
知らずに。

魂の世界の真実を
話せば話すほど、
どうしても脅しのように
聞こえてしまうかもしれません。

しかし、
それは私が現実に
数えきれないほど対話してきた「魂の叫び」そのものなのです。

「死んだらすべて終わり」
という考えの根底には、
その場を取り繕って誤魔化す、
あるいは、その時
限りの損得しか見ないといった
思考が根付いている
気がしてなりません。

昨今の事件の中にも、

「自殺は嫌だから
  死刑になりたかった」

と、見ず知らずの人を
殺傷する愚かで身勝手な
人間がいます。

誰かを傷つけるということは、
傷ついた本人のみならず、
その周りにいる人々をも
間接的に傷つけることに
なるのです。



「自分さえ得をすればいい」
「自分さえ満足すればいい」

なんと愚かな魂なのでしょうか。

すべては魂の履歴として、
必ず克明に刻まれるというのに。

そして次は、
それらがブーメランのように
自分に返ってくるのです。

そんな「宇宙の法則」
を知るにつれ私は、
いくら頼られても
誰彼構わず助けてはいけない
ということを学びました。

いかなる結果にも、
科学実験のように必ず
原因(要因)が隠されています。

憑依した悪霊が、
何度も私に放った
言葉があります。

お前には関係ない!
   邪魔をするな! 
   この恨みを晴らさせろ!

この言葉の持つ真の意味が、
あなたには分かりますか?

もし、
この恨みを抱く魂が
あなた自身だとしたら、
少々のことで許せますか?

ましてや、
相手が他力本願であったなら。

供養とはそういうものなのです。心のない詫びで
済むはずがありません。

大切なのは
「懺悔の心」なのです。

自らの苦しさに
縛られるだけでなく、
自分の中にこそ
原因(要因)が
あるのではないかと省みること。

そこにこそ、
救いの糸口があるのです。

2014年 9 月 Aさんの体験談2


現在「性格改造中」。


 りんあん先生の元で

沢山の体験をさせて

いただいてますが、

思い返してみると先生に

「置いていかれた」

時が一番の踏ん張りどころ

だった気がします。 


 後日先生から

「貴方は叩いても叩いても

 意地でも立ち上がって来ると

 分かってるから

 容赦なく叩ける。


 叩かれて泣き崩れる

 タイプにはできないから」

 (暴力を振るわれている

  訳ではないですよw)


と言われましたが、

私は精神的瀕死状態からの

立ち上がりでした。 


 先生の

「ぎりぎりまで追い詰める」

の見極めは

本当に紙一重の神業。 


 当時、

先生にはどれほど歯がゆい

思いをさせていたことでしょう。 


誰よりも自分に

一番厳しい方です。


そして人に優しい、

優しいからこそ時には厳しい…

実の親よりも。


 あの時があって今がある…

それでもチキンなところは

なかなか治らないんですよね…。





 2014年 9 月

私の父は本人の好むと

好まざるとに関係なく、

不思議なモノを見てしまう

人です。


 父

「夕べ二時過ぎ頃

 目が覚めたら、

 すっごい男前のお地蔵様が

 電灯のあたりから

 こっちを見ゆうがね、


 うちのお地蔵さんに

 よう似ちょってよ、

 お地蔵様だ!ってわかるが。


 あの布がだらりとなった

 服着てて…」 


 「マツコデラックスが

  着てるみたいな?」 


 父

「そうそう」 


 「お地蔵様に似た顔の

 ハンサムなお坊さん

 みたいなのが見えたのね?

 あのまんまのお地蔵様

  じゃなくて」 


 父

「そうそう、でもうちの

 お地蔵様だって思った。

 あと二人お地蔵様の脇に

 いたけどそれは誰か分からん」 


「亀じゃない?」 

 父

「亀であるかっ!人!人!」 


 「女の人?男の人?」 


 父

「男の人…女じゃなかった」 

 

「お地蔵様なんか言いよった?」


 父

「何にも言わん、ただじっと

 こっちを見てるだけ。

 しばらく見えよった。

 ただ、ほんとにすごい

 男前やった!」


 「お迎えに来たんじゃない?」


 父

「来てない!!

 なんでお地蔵様が

 迎えに来るがで!!」 


 りんあん先生、

先生のお地蔵様は中身は

「えげつない」

かもしれませんが、

外見はものすごい

イケメンらしいです。



「プロ」とは一体、

  何なのでしょうか。


対価をいただくのがプロで、

いただかなければ

素人なのでしょうか。


今の世の中、

生きている限り水の一滴にさえ

お金がかかります。


「出世払い」

「ボランティア」


で尽くしても、受け取る側は

高額なブランド品や旅行など

には惜しみなく支払う一方で、

技術や労力は安ければ

安いほどいいと考える。


挙句の果てに
「治ったので(終わった)

  支払いはもう関係ない」


と無視したり、酷い時は

自らを棚に上げて

陰口を言ったりと……。


悲しいですが、

そんな価値観が蔓延している

ように感じます。


それも一つの生き様なのかもしれませんけれど。。




ネット上には、

原因不明の病や難病に

苦しむ声が溢れています。


実相は対面してみなければ
分かりませんが、
既成概念に囚われない手法で

快復を試みる私は、

世俗の目には

「怪しい存在」と映るのだと

思います。


己の非力さを痛感し、

何もできぬ自分に胸を

締め付けられる夜もあります。



例えば、

同じ食材でも料理人によって

一皿の完成度は全く異なります。


そこには国々の素材や環境、

文化の違いがあり、

食べる人に合わせた工夫が

凝らされています。


子育てにおいても同様で

育つ環境や親の価値観は、

子供の道徳や

規範を決定づけてしまう。


「蛙の子は蛙」として

親の背中を追い、

結果として同質の人間へと

収束していくケースは

枚挙に暇がありません。


それがその子の

「正解」であるとするならば、

時代によって移ろう

「正義」とは、

いったい何なのでしょうか?



プロであるはずの医師でさえ、

ノルマや利益を優先し、

誤った判断で患者の寿命を

縮めてしまう現実もあります。


彼らにとってそれは、

あくまで職業上の

「割り切り」

に過ぎません。


重篤な患者さんと向き合うたび、私は知りたくなかった

現状に直面してきました。


正義や道徳が悲しいほど

流動的で、個の存在が

希薄な現代において、

肩書きほど脆い価値は

ありません。


肩書きを鵜呑みにして

振り回されることほど

愚かなことはないでしょう。


自ら広い視野を持ち、

熟考し、

常に問い続けなければ、

真の進歩も冷静な判断も

勝ち得ることは望めないのです。


末期癌の方へ必ずお話する

ことは、


「自分の身体なのだから
 医師任せにせず自分の判断で

    決めてください」


自分の身体の限界は己が

一番分かるものなのですから。。



 原発と鳥居の不思議な景色

人は、裸で泣きながら

生まれてきます。


けれど逝く時は、

安堵とともに自分に

「お疲れ様」と

微笑みながら眠りにつく。


それこそが、

懸命に生き抜いた証

ではないでしょうか。


「後悔の絶えない生き様」

を、傍目にどれほど幸福そう

に擬態しても、それは所詮、

空虚な作り物に過ぎません。


真実の情動は本人にしか

分からず、魂はやがて、

その生き方に見合った

相応の世界へと移行していく

だけなのです。



現代の日本において、

宗教的な枠組みは

崩壊しつつあります。


しかし、

宗教と哲学が辿り着く

究極の問いは、常に

「死」

にあります。


その問いの深淵には、

その人の歩みの中で

培われた独自の道徳が、

幾重にも重なっているのです。




2014年9月 Aさんの体験談1


私たち家族がりんあん先生に

出会うまでには、

幾人かの霊媒師・霊能者と

呼ばれる人たちの元を訪れ、

除霊を体験しました。


また、解決の糸口を探して

そのての体験談を読みあさり、

分かったことがあります。


 それは除霊はできても、

悪霊と化した魂を浄化し

成仏させてあげることができる、また、

一般的に憑かれやすい人

(簡単に言うとあまりよろしくない思考をしているため

悪い波長を出している人。

霊能者の真似事を安易にする人。


原因が他にある場合もあるからいちがいには決めつけられないのですが、あくまで一般的に)


その思考を改めさせて

波長を高める指南をし

(時間がかかります)、

守りをつけ、

憑かれにくくすることまで

できる方はそうそういない

ということです。


 成仏させたつもりに

なっている方ばかりでしたね、

ホント。


時間経ったら

成仏してるはずの悪霊再び!

を繰り返しましたから…。


悪い思考の人は

悪い気の波長→同じ悪い波長の

悪霊がくっついてくる。


 良い思考の人は

良い気の波長→悪霊近寄り難し。


 ポジティブに明るく、

思いやりを持ち、行動的な性格へと先生の指南のもと

ただいま私は改造中。


 霊媒師に作ってもらった

お守り…我が家に祟っていた

悪霊が言うには

「気じゃの」

つまり、霊媒師・霊能者

本人の「気」が入ってた。。


○万円したのに効果なし…涙。


 先生に作ってもらった

○○○○…

悪霊が怖がる「○○ 」が

入っていらっしゃる。 


先生が我が家に来た時には

うちにいた悪霊全部

「怖いから逃げる!!」

と言って本当に逃げた…。

悪霊との会話は録音済


この意味分かりますよね?


1000年以上うちの家系に

祟っていた、どんな霊媒師・霊能者でも尻尾すらつかませなかった悪霊が恐怖する先生という

存在…。 


 目の当りにしている

わが家一同は

「先生は人じゃないからw」

    (笑うしかない)

と言って平静を保っています。


こりんのひとりごと

今年の2月に遠方の従姉妹が
急逝しました。
30年以上会ってないので
実感はありません。

ただ彼の母が生きているので
心配です。
自分より早く子供が亡くなることは想像するだけでも胸が痛みます。

今、生きている私達は今世で
魂の修行をしていると
私は考えます。
それは江戸時代でも
令和時代でも
魂の成長に必要な事柄は
平等に起きると考えます。

親のせい、環境のせい、
年齢のせいではなく、
産まれた時から形は違うが
課題は皆平等にくるものだと
思っています。

深く苦しい、、、、
そんな時に
誰から学ぶのか
誰に頼るのか
お導きであり
ご縁であると思います。

人間は自然の一部と
中医学では捉えます。

中医学では、
春は「肝(かん)」の働きが
活発になる時期です。
 「肝」の性質は
自律神経や感情のコントロールを司り、エネルギー(気)を
全身にスムーズに巡らせる
役割を持っています。

春は草木が芽吹くように、
エネルギーが上へ外へと
向かおうとします。

しかし、今日のように
急に寒かったり、
エネルギー不足(気虚)があったりすると、
この巡りが滞りやすくなります(気滞)。

嫌なことがなくても、
この「気の滞り」が、
言葉にできないモヤモヤ感や、
思考の隅にある「何か」に
繋がることがあるようです。

そんな時は
ジャスミンティーで、
気を巡らせたり、
好きなことをして
体を労りましょう。

花粉症の方は
睡眠の質が下がります。
=自律神経が乱れ
思考も乱れやすいです。

ゆったりとした気持ちで
生活しましょう♪