TEN NO ITO (てんのいと)

TEN NO ITO (てんのいと)

立証できないことは信じません。
ですから、
立証するためのオーブ写真・動画・録音など
たくさん記録いたしました。
被験者と共に実体験から得た本当の魂の世界。

 
『相談者履歴』

元霊媒師、元ヒーラ-、僧侶、整体師、マッサージ師、エステシャン、占い師、刑務官、ヘルパー、医師、看護師、憑依体質の方、セレモニー会館職員、難病患者、多くの病を抱えている方、なかなか病が改善しない方、霊障でお悩みの方、人に相談できない方…など。



一般的に広まり、誤認・誤解している「見えない世界のこと」で

相談者と共に確認・立証できたことを交えながら掃除したいと思います。

     無断転記厳禁


お電話でのご相談は受付けておりません。

ブログメッセージよりお願いいたします。

  
 


数か月前からメンバー申請がきております。

当方いまだ準備中です。

まだ体制が整っていませんので返信致しかねます。

申請されても、ブログのメッセージ及び、受信箱、

アメンバー申請はある程度の時間が経つと消滅しますから申請のお預かりもできません。

 

尚、

 

{足あと}{いいね}はお返しすることができかねますので

受け付けできない設定とさせていただきました。ご了承ください。

 

 

 

また、  

 

素性のはっきりしないニックネームのみの申請は受付けておりません。


 

 
 

申請されても、ブログのメッセージ及び、受信箱、

アメンバー申請はある程度の時間が経つと消滅しますから申請のお預かりもできません。

ブログの内容がよりDeepさを増していくと思いますので、

いろいろと工夫する必要があります。


受付の体制が整いしだいメッセージボードにて詳細をお知らせ致します  

何卒、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。


you tube動画

 

https://www.youtube.com/channel/UCxIGb3ezZwrKnBetCbOegMQ

 

     


 




気が付けば来週は師走月です。

 

10月に入り大阪→高知→福岡→大分→大阪
三週間の長旅。
さすがの私もクタクタでした。

事柄の確認のために撮った動画オーブはそのうちにUPします。

 

 

 

 

11月は名古屋・滋賀・京都・兵庫

様々な案件とかかわるうちに、
人間として生きている期間がとても貴重であり、

それらが、いずれ自らが移行する死後の世界に多大な影響を及ぼすということ、

また今の自分の行いや価値観が必ず来生の種になるということなど、

ここでは書ききれないほどに深く・・・どんどんと深く嫌でも知ることとなりました。

 

そして、

魂の世界には一定のルール・法則めいたものが存在するということへの

確認と確信がこれまで以上にもてた気がしました。

巷の情報のいい加減さにも驚きの連続です。

 

これは宗教という小さな括りでなく、
誰もが生まれた以上は必ず死ぬということにおいて現実に存在する次元がある

という話なのです。

それらが分かり易いように・・・証明や説明するために録音や録画するようにもしました。

自分の知り合いの変貌ぶりほど確認の取れることはありませんからね。

 

しかし現在はますます誤解をうむSNSや誤った情報も多く、宗教の教理の中にも

その時々の権力を持った人間の都合で湾曲されていた案件もあり、

世の中の常識とされている事柄の中にも嘘が見え隠れ。ぞっとします。

また同時に様々な人間が証明できない事柄を信じてしまっていることの怖さを感じています。

その一つの中に、
生きているときが全てだという概念は輪廻転生した魂を惑わせる一番の

「誤解を生む言葉」だということです。
何人も犯した罪の償いは必ず自分に降りかかる仕組みがあるということ。
人は誤魔化せても決して逃げることのできない法則なんです。

 

ある意味、どんな道徳を学ぶよりも知るべき事柄だと感じています。

 

 
そして、
身体がなくなり魂の世界に移行すると生きている時の時間軸は全く通用しません。

生きている時のように容易く過ごせるものではないようです。

時々耳にしますが、
輪廻転生しないと云い切って信じて生きている人ほど

輪廻転生するでしょうね、間違いなく。

そんなのとも沢山話したり戦いましたから。

 

体験もなく大した情報もないのに師匠?に学んだとかで

目に見えない世界のことを全て鵜呑みにしてしまい

・・・何を根拠に信じるのかが私には理解できません。

 

よく観察していると
心の中にある自分の隙や弱いところを認めたくない人ほど、
根拠のないものにのまれる傾向があるようです。
そして、
現世利益の宗教にもはまり込みやすいようです。

私のかかわったある宗教(宗派)の一件はとても分かりやすかったです。
皆がマインドコントロールされています。
しかし、他の宗教も同じようなもなのかもしれないですね。

 

私は大自然に宿るエネルギー(神といわれているもの)や
元人間が移行した(魂の世界)仏を心から信じてはいますが宗教は???です。

何を根拠に信じているのかが理解できないのです。
様々な文献などもありますが、有名なことが正解ではないということを

自分の体験や関わったことで知りました。

その度にうろたえ驚きしかありませんでした。

ですから、

自分の体験で確認がとれたことしか私は信じられないのです。
それを皆に伝えているだけの話です。

世の中が便利になったぶん

人間は自分の生まれた本当の意味を真剣に考えることも無くなったようです。

 

死後の世界はあります。
また、それぞれがクリアしないといけない課題も輪廻転生した以上必ずあります。
それは自分というものがこの世に生まれ落ちた意味でもあるのです。

 

理想や夢は誰にでも描ける世界ですが、
しかし、それ以上に自らの定めや課題からも逃げられないのです。

全ては必然。良いことも良くないこともです。

掘り詰めると殆どの原因は自分の中(魂)に隠れているようです。

 

輪廻転生すると記憶はリセットされてしまいますから本来の気質が現れて

前世と同じような失敗を繰り返しやすくなり、

自惚れや自己満足の妄想がそれらを邪魔するのです。
これを宗教的にいうと煩悩というのかも知れません。

人間は生活をするためにだけに生まれ落ちたのではないのです。


全てに意味があり、

それに気がつき、魂を進歩させなければ生まれ落ちた意味もないのです。
受け付けない、分かろうとしない人は死んで嫌でも理解するだけの話をしているのです。

先月、大分に行ったときにUFOは信じるけれど霊は信じないという人がいましたが、
自身が記憶がなくなり変貌しました。
それを身内が動画に撮って……
その後はお察しのとおり戸惑う日々で今は心と気持ちの整理中のようです。

あるんですよ、本当に死後の世界や、それぞれに見合う世界(次元)が。
私には関係ない世界ですから最近は力説もしなくなりました。

 

理解しない人も学ぶ心のない人にも時間の無駄ですからこれ以上はしりません。
死んで理解し後悔すれば良いのです。
その時は既に遅しですが私は無関係ですしね。

本来強運の私がなぜにこんなに苦しいのか私は答えを知っています。
それを手放すことが私にとって

手っ取り早く簡単なことも知っています。踏ん張ってきました、全てにおいて。
しかし私にも時間の制限があります。

私もこれ以上疲れはてるのは無駄な時間を過ごすことになり嫌です。
どうなろうがそのような人にはお互いに関係もないことです。お互い様。

耳障りの良い言葉ほど人を惑わす言葉はない。
生活をするということは娑婆行をするということ。
私は全てにおいて実践しましたからね。だから勝ち続けられた。

いろいろと考えてください。自身のことなのですから。
私は私に降りかかっていることでないので関係ないのです。
耳障りの良い言葉をはく人にアドバイスを受けて聞けばよい。

くだらないスピ系の話などは輪廻転生した魂には必要ないのですけれどね。

 

全てにおいて自己責任です。だから輪廻転生があり

残され続けた仕組みがあるんですよ。

 

今の自分を完璧だと考えている自分の幼さを知るべき。
私も娑婆行中なのです。
しかし、時間がもうありません。
一日一生。
毎日そう思い生きています。
生活のためでなく輪廻転生した自分の魂のためにもです。


まだこれからも娑婆行は残ってはいますがね。

 

姑息でズル賢い人間の口車に乗せられ最後には人としての道理を欠いた変貌に

先の計画もくずれてしまい結果的には

多大なご迷惑をおかけしたことへのケジメもつけなければいけません。

 

不浄霊よりも生きているずる賢い人間のほうが余程怖いとつくづく思います。
まぁ、人は誤魔化せても魂には汚点として必ず残り清算する時がくるわけですが、

前世でもおなじようなことをやっていたんでしょうね。

本当に愚かで哀しい魂です。。。

この後も大きな大きな負のエネルギーの塊となったモノ達は、

関連する事柄があるたびに方々で度々現れています。

死して自分の信じていた世界と違う世界に引き込まれてしまった負の塊の世界です。

 

信じて疑うことのなかったものが違った時の悔しさと怒り等も交わり、

それら人々の個々の思いと煩悩の塊。

烏合の衆とはいえ数が半端でないので手強いです。

私にケジメをつけられることを既に知っているので逃げてしまいます。

 

困りました。私自身は痛くも痒くもなく関係のないことですがね、。





いくら高学歴で地位や名誉があっても
こんな人間が権力を持つと世の中が狂って当たり前!
悔しい思いでいっぱいになりました。

・・・しかし、
必ず報いはブーメランのように、
自らに、または子孫に、
輪廻転生の記録に残ります。

こんな人間の死後に逝く世界は楽しみではありますが。
罪を贖え!

人の心の奥底は誰にも見えません。

 

しかし、様々な事柄に関わってつくづく感じるのは

その部分に直結しているのが、

ある意味(あの世・魂の世界)なのだと思います。

 

私は霊との戦いのあと必ず浄土への道をつくります。

成仏できないと痛みや苦しみは永遠と続くようであるからです。

 

神仏は光だとS和尚は云いましたが、

死んだ魂全てに浄土の光が降りてくるわけではありません。

他人のお経だけで上がれるのなら

こんなに不浄霊がいるはずはないのですから。

 

生きていた時の

その生き様や考え方によって道は閉ざされるのです。

自殺した者や人を殺めた者、同等の罪を犯した者も同じです。

 

本当に魂の世界はありますから

自分の犯した罪のやり逃げは通用しない世界があるのです。

 

そして

それはいずれは自分の元へブーメランのように返ってくるのです。

一時的に人は誤魔化せても新たな罪を作ることとなり、

その罪は清算するまで消えることなどないのです。

魂の世界では全てお見通し。

 

私は数えきれないほどの魂との会話の中で

本当に天罰や仏罰というものがあるのだと知りました。

人として考えられない、信じられないほどズルく小汚い呆れるほどの

人間もいますが、屁理屈は屁理屈で裏切りは裏切りです。

人を誤魔化し騙せてもあの世からは全て見られているのです。

 

あの世の者たちや神仏に隠せるものなど何もなく

死後は自分の魂に応じた者たち(同レベル)に囲まれて

生前のままの状態が続くことになるようです。

 

 

さて、

自分の正義は本物なのか?

その価値観はずれていないか?

つまらない言い訳を並び立てて逃げていないか?

 

人の善意につけこみ最後は唾をかけるような正義は正義ではありません。

どのような言い訳を並べてもそれが倫理に背いたものであれば

神仏といわれるものに通用するはずもありません。

 

自分のそれが間違っている場合は、

必ず自分に返ってくるのが魂の世界であり、

次のステップに進むタイミングで輪廻転生をしても

同じ失敗や過ちを犯しやすい状況になり、同じように試されるのが

輪廻転生の意味でもあるようです。

 

異常な事件や事故などがこれからも多くなると思います。

人としての道徳・倫理観の欠如と身勝手な自己中心的な考え。

これからは個々それぞれに如実に進んでいくことでしょう。

 

このようなこと全てを否定する人や自分都合での解釈だけで生きる人は

「生きている間が全てで、死んだら終わり」

だと信じてやまないのでしょうが、

その無知がどれほど恐ろしいものか死して嫌というほど知ることになる。

 

誰もが一旦自分を見直す時期が来ており、

それすら感じない人間にとっては全て危険な状態へと突き進んでいると感じます。

 

ごく普通に思える人間が、実は異常な思考をしているという

アンバランスな世の中で生きるということが
いかに難しいのか……、誰もが共通に与えられた課題だと思います。
 

 

また、

様々な病や精神疾患も本当の霊的現象と、

そうではない場合を見抜いて対処しなければ

せっかくの薬も体にとって毒になり、問題の根も解決できるはずもありません。

 

私はそんな事例を何度も目の当たりにしてきました。

そして、結果をだすその度に担当医が首をかしげる。

勿論、担当医は私の存在すら知らないわけですが。

 

重篤な病状ほど

本人や家族は回復すれば方法などどうでもよいと思うようになり

私の所へ尋ねてきました。

 

しかし、その反面

不必要に見えない世界に興味を持つものでない。

その中に人としての倫理観がなければ信じるに値するものでない。

 

私の行っていることは、宗教や

くだらないスピ系やオカルトではないのです。

 

無知に近い人間がヒーロー願望から真似事をする世界ではないのです。

そんなに興味があるのなら出家でもすれば良いのです。

そんなことよりも

原始仏教の教えなどを真剣に学ぶことです、生きる上での知恵が満載されています。

深く理解すればするほどに自らの幼稚さを思い知ることです。

 

私の戦いの最中や問題の解決に行っていることは

一見、簡単そうに行っているように見えていても実はとても複雑な方程式を

使っているのがいくら話していも理解できない人間は陰で真似事をして

必ず深みにはまっているようです。

複雑すぎるからシンプルにみえるだけなんです。

 

 

神罰・仏罰・天罰は必ずあります。

そんな不浄霊となり下がった魂と相談者の身体を使い何度も会話して

身体を脱ぎ捨てた者は「後悔先に立たず」を嫌というほど知るようです。

 

妄想や思い込みからの幻聴や幻覚もありますが、

魂の世界の何らかの合図として現れる事柄もあるために

全て無視するのもよくないですし何でもかんでも

そのせいにするのもよくない。

そして、

根本的な原因のたいがいは本人の心癖だということも忘れてはならない。

 

溺愛するペットの急な病の大概は飼い主からの飛び火がほとんどです。

 

自分が上手く逃げ切れたと思っていても、それが間違いであれば

自分の大切な家族や周りに飛び火するか、

いずれは形を変えて何度も自分に降りかかってくるのです。

 

自らが正義とするものが間違いであれば

同じ問題が何度も襲うことにもなります。

それは自意識過剰なだけで

自分自身を冷静に客観的に判断できていない・観れていないのです。

 

二枚舌の人間や傲慢な人間ほど、この世が全てと信じているために

それすら気が付くこともないようです。

 

まるで太陽のように光は全てに平等ですが、

いくら話しても自らが陰を作っている人間には理解できないようです。

それがその人の魂のレベルなのかもしれません。

 

恩を仇で返すのが平気な人間や、

人に唾をかけるような行いは、いずれは自分に倍になり返ってくるのも

分からないようです。

 

好きにすれば良いのです、自分の首を自分で絞めれば良い。

私には関係のないこと。

ホトホト馬鹿で愚かな魂には疲れました。

 

S和尚やN和尚が私の相談者や私を囲む一部の人間のことを判断する時に

高僧であるのにも関わらず冷淡と感じていた言葉も、

・・・それを心配して私に伝えていた意味が

ここにきてようやく理解出来ました。

 

人にどう思われようが、

私は私がやらなければならないことを今までのようにこなすしかないです。

どうせ逃げられないのであれば後悔はしたくないですからね。

 

お盆です。

あの世の魂が帰ってきやすいように神仏といわれるものの

力が弱まりますので「お盆」は「お盆」らしくお過ごしください。

いずれはそこに移行する自らのために・・・・・です。

 

原因不明


今日たまたま家に居たのですが、


岡山の自然療法の先生からの連絡で
急遽のご相談がありました。

その方は初めて来院されたようで、
10年来の原因不明の病。

色んな病院で色んな方法で
一応治療したけれど治らない。

身体がキツクて良いと言われている所巡りをしている様子。

先生には中途半端なアドバイスをして以前あったように
降霊してしまったら
危険なのでソレはしないことにしました。

すぐに写メールを送っていただき
今日だけで電話で3度、お話しました。

写メールを送っていただく話をしていた時に
ご本人はもう感じていたようです。

3度目の電話の時は、
初めて私と話だした途端、
凄く身体がキツク眉間からコメカミ辺りが疼いていたそうです。

私は電話を切っても手から違和感のある
エネルギーが出続けるわ、途端に偏頭痛。

どうも憑き易い体質の方。

遠方の方ですが、どうしても私に会いたいとのことでしたが、、。
他力本願では同じことの繰り返し。

病の原因も10年ですから根深い何かがあるのです。

何年か前に祈祷?に400万かけたこと、
3ヶ月前にとても0有名な霊能者の方の所に行ったけど
体調が良かったのは少しだけで、
今は今年に入って一番体調が悪い。


私がいつも書いているように
他力本願だけではいけないことや手を合わせる意味、
そして何よりも
本当に真剣にどうにかしたいという気持ちであるのか、
私のアドバイスを真剣に実戦できるのかどうか、
私がなぜコレを仕事にしないかの理由、
いい加減な霊能者が多いこと、
色々お話をし気持ちを何度も確かめました。


私自身も中途半端な気持ちで
アドバイスするのではないのです。

ご本人はキツイので早く楽になりたいようで
どうしても会いたいとのことでしたが、
これをやりながら身体の様子をみてからでも
私と会うのは遅くないということ、
私自身が今気ぜわしく忙しいということをお伝えしました。


ご夫婦は私がこれをボランティアでしていることで
かなり驚かれていましたが。

これから私のアドバイスを聞き実行されるとのことで
今後の打ち合わせ、
今やってほしいことを奥様も交えしました。

電話で話している時は偏頭痛は、どうもないのですが、
切った途端に痛い。
あちらは私の電話を切ったら楽になる。

この互いの様子は
3度目の電話の時に話したのですが邪魔しているんです、

憑依している奴が”あっ!ばれた”
状態で追い出されるのを察知しているんです。

それはご本人もおわかりだったみたいなので
これからの打ち合わせは上手くいき、
ご夫婦とも
私の言っていることは何とか理解できるみたいでした。

でも
私、3度目の電話を切った後はもう偏頭痛はなかった。

もう勝ったのも同然です。
後は本人の真剣さだけ。

パソコンができずブログを見ていただくことができないので
電話でのアドバイスしながら
鎧を固めるための戦いが始まります。

武道でいう所の受身というのか、
受け流すというのかな?

空手のように攻めに重点をおくのではなく
少林寺みたいに守りながら攻める

それにしてもこれまで
本当に高い授業料です、驚きました。

余りにも鎧がもろいので
防御の為に私の曼荼羅数珠はしていただきますが、
私の通信教育の始まりです。

私とどうしても会いたいとのことでしたが、
祓うのは簡単ですが守りを強くしないと、
また他のが来たりと意味ないですからね。


私がズッと傍に居れないんですから
強くなってもらわないと。。。

輪廻転生しても親やそれに伴う景色は多々違えど

自らの立ち位置が同じであれば云うまでもなく

価値観や感性はなんら変わりない。

 

同じ価値観のはずでも人それぞれ環境による感じ方の違いで

生きることや何らかに邁進している時は

自分以外の他人のことや、

周りの景色をみる事も考える事もなく通り過ぎますし、

それが全ての景色を変えることもあるのです。

 

繰り返し生まれ変わり、やり直すという深い意味がこの部分だと感じます。

 

実は、

そこには自分以外の価値観と、

それぞれの環境から培われた自分と違った視点が

学びとして立ちはだかっているというのに

前回と同じ景色のはずが単なる他人事と感じ、

自らの一度きりの輪廻転生の命と

皆が前世の続きを生ているのが実は魂というものなのに

その貴重なコミニュケーションというものを無視することとなるのです。

 

人は騙せても本当は自分自身はそれを知っていますし、

全て見られているので誤魔化しなどないのに誤魔化せると本気で思っている。

 

生きる人間は生も死も

それが己の永遠の全てと勘違いして

目の前の苦しみを避けるために醜い自分の本質に目を背ける。

 

しかし、

そんな単純な方法で生(魂)というものが本当に終われるのであれば

死して後に行う行事は何の意味ももたないことになる。

いっそ、その自らの死骸を大ごみにでも出せばよい。

 

最後に理解するのは結局は自らの生き様であり、

それは生きている間はいかようにでも解釈できることであり、

しかし、魂の世界では

全てのことが次の自らの世界となるのです。

今の自分は未来(来生)の自分の種子。

全てのことが

その魂のデーターベースとして永遠と残ることとなります。

 

勿論、良いことも良くないこともです。

それは当然、自分が酷い目に合わせた人間の魂に刻まれることにもなります。

ですから祟りというものや天罰というものが存在しているのです。

 

それは何人も、どんな事柄でも関与することのできない世界。

 

身体を脱ぎ捨てた時に全ては己の写し鏡となるのが魂の世界。

だれにも止めることなどできない

身体がなくなれば手段など何もないのです・・・。

私がこれまで知り得た結論。

自らの身体と魂を捧げて戦いながら知り得た真実。

 

何の飾りもPRもありません。

たかが教理を知っただとか、

インターネットのみで理解できるほど容易いものではない世界。

身を持って知るしか深意までは理解できない世界なのです。

翻弄されるのも情報に振り回されるのも、それもその人なのです。

 

勘違いしている人ほど

死して全てを理解した時、誰よりも本人が後悔するだけです。

生きている時に無視していきた魂のほとんどがそうでした。

 

一時的にも私の傍で信じられない出来事を見たり体験した人間が

私が何故このスタンスなのか理解できていないという出来事が度々ありますが、

それは既に全て何も理解できていないということでもあります。

 

傍で私の力を見ていても、それがどこから来ているのすら理解できないのだから

その人間が神仏がいると考えるのであれば愚かとしか云いようがない。

 

それとも次の段階に進むための見極め試験に落ちたのかもしれません。

どうも愚かな魂は憑依されやすい特徴もあり妬みや僻みも酷い人間なようです。

 

これまでの体験から多分、前世でも私を裏切る行いがあったのだと思います。

裏切るものは裏切りを自らのものとしない間は何度でも繰り返す。

繰り返しているのです。

 

目の前の問題を解決しながら知り得た魂の世界の法則のようなものがあるということを

知れば知るほど恐ろしく、また

何も知らないままの人間が多いことに危惧と憂慮の気持ちがぬぐえません。

 

しかし、

少人数でも理解する魂(人間)がいると信じながらブログをUPしているのですけれど。。。

本当に縁ある魂は多くを語らずとも理解できるようでありますし。

 

 

 

これまで知り得た全てを、まとめきれるわけではないですが、

部を記録 として本にまとめることにした理由でもあります。

 

幸せの価値は人それぞれですが、

何も誤魔化せるものはないということを知ることが進歩の第一歩かと思います。
 

 

久しぶりの更新です。

ブログを更新する気にもなれず、
少し落ち込んでいました。

同じことの繰り返しの自分に嫌気がさしていました。

 

表現を変えながら何度伝えても結局は同じことを繰り返し・・・

ドンドンと疲れ果てている自分に嫌気がさしたのです。

いくら時間をかけても理解できない人は無理だと気づいた私がいました。

 

 人は間違いなく、いずれは死を迎えます。

目の前の現実に振り回されているのは私も同じです。

 

 

神仏というものがあるとして、

それを信じて毎日祈ることを否定するわけではないですが、

それが全てと勘違いしている人を見ていると愚かと嘆くしかない。

 努力することの意味を根本的に理解できていない。

 

 

それは歴史をみても分かること。

現実逃避しても何も現状は変わらないのです。

 

 

人の価値観は時代と共に移りゆくものだと思いますが、

人としての倫理観は何一つ変わっていない。

バレなきゃイイって軽いものでもない。

 

 

それぞれの誰もが

もがきながら生きているのには大差はないのです。

ただ自分の利益を優先するということは見えない所では誰かの

犠牲の上に成り立っているということを、どうも人は忘れてしまうようです。

 

 

他者への感謝の気持ちが薄れてしまった時や、それが僻みや妬みに変わった時に

その人の本性が出る。

 

 

また、

それが独りよがりである場合は冷静に自分を判断できず、

他者への責任転換へと変わる。

その秩序を保つために法律が出来たのだと思います。

 

 ・・

自分が死した時に本当のその人の値打ちが分かるのかもしれません。

盛大な葬式を執り行うのが良いのでもなく、

いかに本気で泣いてくれる人がいるのか、

惜しまれて終わったか。。。

それはその人の生き様の結果でもあるのです。

 

 

死して惜しまれる人や、

下手をすると周りの人間に「ざまあみろ」と思われる人もいる。

人の値打ちは長生きでなく、いかに生きたかなのです。

それが、娑婆行といわれる所以なのかもしれません。

 

 

最近になり

じわじわと広まり始めている直葬という葬儀があります。

 

日本では、遺体は死後二十四時間経過していなければ火葬できないという法律があり、

そのために自宅ならまだしも、死体安置場から火葬場へ直行して五分ほどのお経の後に

火葬するのが直葬というらしいのです。

とても格安でリーズナブル。

それにしても

お通夜もなく、故人を偲ぶ場もなく死体安置場から火葬場へ直行して

その場で短く読経で終わり。

これじゃ粗大ごみやペットの火葬と似たようなもので、下手をすると豪華ペットの

{お犬さま}{お猫さま}に負けているかもしれない、

余りにも寂しく悲しい終わり方だと思います。

 

この考え方の根本には

「死んだら終わりで何もない」という考えがあるのだと感じます。

 

しかし、直葬が生前から本人の希望であれば、

死後も自己責任ですから良いかもしれませんが、

子や身内との最後の別れにこれをされたら、

故人も懸命に生きたはずなのに、どれほど寂しく虚しいでしょうか。

 

生活が困窮していてどうしようもない状態でも自宅に連れ帰り、

お通夜くらいはするでしょう。

 

こ   これまでの私の経験から・・・・

自分が死んでも夢を見ていると勘違いしている霊魂もいましたし、

故人は全ての会話を聞き、見てもいますから、

それほど生活に困窮しているのなら仕方がないかもしれませんが、

そうではない場合の喪失感は誰もが想像できるものです。

 これも生前の

 故人の倫理観や価値観、育て方が間違ったと諦めるしかないのかと思わなくもないです。
 これを自業自得というのでしょうか。。。
 

人間の魂は体を脱ぎ捨てた途端に時間の概念がなくなり、

想念の世界に移行するのですが、隠せるものは何もなく、その時間は体がある時よりも、

はるかに長く、これを地獄というのかもしれません。

 

先日、

電子書籍kindle から「てんのいと」という本を出版させていただきました。

私のこれまでの経験に基づいた答えを全て書いたつもりです。ありがとうございます。
https://www.amazon.co.jp/てんのいと-りんあん-ebook/dp/B07Q3MN1NS

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



まさに身体を脱ぎ捨てて想念の世界に移行した魂たちが話した
生前の行いを後悔している問題の根と
とても似ています。

宗教の世界だけでなく、
それぞれの人間の持つ価値観にもいえることです。

同じ山頂を目指して
それぞれがそれぞれのルートで登山するけれど、
他のルートを行くことを邪道と決めつけて戦争をしたり侵略したり
利用と銭勘定ばかりの政治家が多い中、
三年前の南米ウルグアイの前大統領、ホセ・ムヒカ氏が
国連でのスピーチ動画です。

こんな政治家ばかりなら皆が平和に幸せに生活できる。
宗教という形ではないですが、
人間の愚かさをハッキリと話されています。

全てにおいて云えることだと思います。


「貧しい人とは少ししか物を持っていない人ではなく
      もっともっとといくらあっても満足しない人のことだ」
                   賢人の言葉

同じことばかり云っている私がいます。

 

関わっているうちに意味不明・説明のつかない等のことがおこり

それが何故なのか注意深く観察と思案します。

 

しかし、

立証できないことや確認することができない場合は

まずは、

いくつかの仮説をたてて打開策をそれぞれ考案し

それに伴い準備をします。

 

クライアントとその家族など第三者を交えて様々な体験をしました。

 

医療機関では説明のつかない結果も多くでました。

数値などで確認できるのであればそうしています。

そんな時、担当医は決まって首をかしげているようです。

 

 

そして・・・

解決しますが、

その度に魂の世界を深く知ることになり、

知りたくもなかった真実を知ることもあるわけです。

 

知れば知るほどに魂の世界は深く、

また様々な要因で絡まってしまっているようです。

 

一時的に私が回避させても何故そうなったのかを

本人が真剣に思考し、自分の思考癖を変えないといずれ形変わり、

また難題が訪れる時がくるということです。

 

突き詰めて探っていると

結局は本人の気質や性格に一番の原因がかくれていることが多い。

そしてそれは前世の続きであり、

そんな部分を本人が改心しないとどうしょうもないことでもあります。

 

他力本願では限界があるということです。