(『人間革命』第10巻より編集)
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〈険路〉 22
二十日前後になると、かってない高揚が、大阪の各地の会合であふれた。十五日以来の魔の蠢動は、急速に影をひそめ、逮捕事件は、逆に組織の団結を固めていった。
団結は、地涌の歓喜を燃え上がらせたのである。会員たちは、そろって身が軽くなり、動くことが楽しくて仕方がなかった。
人間の歓喜、信心の歓喜ー 夜になると、関西本部は、歓喜のあまり、大阪の各地から報告に駆け込む幹部たちであふれた。
狭い廊下や階段は、これらの人びとと、戦い終わって戻った派遣員たちが、慌ただしく行き交い、笑顔と笑顔がかちあった。
三階の仏間からは、力強い唱題が絶えない。関西本部の建物が、まるで激戦中の戦艦のように揺れたというのが、人びとの実感であった。
五月二十五日、逮捕されていた四人が、そろって釈放された。みんな元気で、関西の本部に集まってきた。
人びとは、彼らを帰還の英雄のごとく迎えた。
山本伸一は、一人ひとりと握手しながら、彼らをねぎらったものの、彼らの妙に調子づいた様子が心配でならなかった。
伸一は、あえて厳しい口調で言った。
「御書の一節に、『善戒を笑えば、・・・ 王難にあう・・・』というお言葉がある。
この御金言に照らせば、君たちは、過去世に相当の罪を犯していたことになる」
伸一の言葉は、彼らの胸に突き刺さった。
「君たちは、そんなことは知らないといっても、『常の因果の定まれる法なり』とおっしゃっている以上、
その咎(とが)によって、今生で法の裁きを受けなければならない宿命になっていたのです。
もし、君たちが信心していなかったら、罪を着るような法の裁きを受けていたにちがいない。
それが、この程度で無事にすんだのは、転重軽受(※)の典型として、この信心のおかげと、いわなくてはならない」
(※)転重軽受=護法の功徳によって、過去世の重い罪を転じて現世に軽くその報いを受けること。