(『人間革命』第10巻より編集)
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〈険路〉 1
昭和三十一年五月十五日の早朝。
大阪の八百八橋の街々は、まだ寝静まっていた。
午前六時というのに、ある青年幹部のアパートのドアを、厳しく叩く音があった。
青年は熟睡していたが、物音に目を覚ました。
”いったい誰やろ、こんな早う・・・”
戸を開けると、数人の見知らぬ男たちが、廊下に立っている。
「南警察署から来たんですが、蓮華寺の事件のことで、ちょっと、お尋ねしたいことがありまして・・・」
「今すぐ、署まで同行願いたいんですわ」
「しばらく待ってください。顔も洗わんならんし・・・」
青年は、流しで顔を洗い始めた。”落ち着け、落ち着け”と、わが心に言い聞かせ、”よし、勤行だけは、ぜひ、していかなければならぬ”と腹を決めた。
「ちょっと待ってもらえませんか。朝のお勤めをせにゃならんさかい」
彼は、さっさと仏壇の前に端座し、おんと朗々と勤行を始めた。
彼は、心の動揺が、見る見る平静になっていくのがわかった。
”それにしても、蓮華寺事件というのは、一年余り前のことで、解決ずみのはずだ。おかしな話だが、いよいよ難が来たとでもいうのであろうか。
よし、何が起きようと、しっかりしなければならぬ”と覚悟した。
青年は、”しっかりしろ!”と、われとわが心を励まし、最後に深い祈念をして、仏壇を閉じた。
取り調べが始まった。