(『人間革命』第10巻より編集)
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〈険路〉 2
蓮華寺事件にからむ事情ということから始まったものの、それは、ただ形式に過ぎない感があった。
取り調べの焦点は、創価学会の組織や、大阪支部の運営と命令系統など、多岐にわたるものである。
彼の逮捕理由とは、全くほど遠い事柄であった。
青年は、唖然として考えた。
”当局は、創価学会の内情を探索している。事は重大である。
陰謀的な権力が働いているようだ。学会を弾圧する手がかりをつかもうと焦っている。これもまた、学会弾圧の歴史に加わる一ページとならないとも限らない”
彼は、何がっても戦い抜こうと、覚悟を決めた。
心は平静になった。
青年は、地下の留置場に入れられた。
同室の六人の目が異様に光って、彼をじろじろと見た。彼は地獄へ来たと思ったが、ここで負けてはならぬと考えた。
夜になると、彼は勤行を始めた。
留置場の看守が飛んで来て、制止しようとしたが、彼は意に介さずに続けた。
退屈していた留置場の住人たちは、牢獄で聞くお経に、好奇の耳を一斉にそばだてた。
翌朝も、洗面と朝食が終わると、青年は、端座して、また朝の勤行をした。
同室の住人たちは、よほど好奇心に駆られたのであろう、彼に話しかけてきた。
「あんた、なんで、そうお経ばっかりあげはるのや。なんか、ええことでもおますかいな」
留置場の、いちばん古手で、皆から”監房長”と呼ばれている男の質問である。
「ええこと、おますとも。誰でも、みんな幸せになれる信心は、世界中で、これしかおまへんのや」
留置場は、いつの間にか座談会場となった。