(『人間革命』第5巻より編集)
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〈前三後一〉 11
そのなかで、さまざまな社会の矛盾に突き当たり、思想上の混迷に思いあぐねたりした。
真面目な誇り高き元海軍士官は、激流のような時代を、努力と誠意で越えようとしたが、憤激と慨嘆に終わるのが常であった。
彼は、強信な伯母に連れられ、創価学会の座談会に、折々、顔を出した。
しかし、いたずらに批判的な、この元海軍士官は、「あの高飛車な態度が、どうも気に食わぬ」などと言って、入会に踏み切ることを避けていた。
その頃彼は、弟の酒癖の悪さに、ほとほと手を焼いていた。そして、彼の説諭など、何の効果もないと知った時、はからずも座談会を思い出したのである。
”これは一つ、弟を連れて行って、他人からきつく叱咤してもらおう。そうしたら、さすがの弟も目覚めて、更生するかもしれぬ”
その夜の座談会の担当者は、理事の清原かつであった。
十条潔は、弟を紹介した。そして、弟の酒癖のために、弟自身はもちろん、一家がどんなに辛い思いをしているかを子細に語った。
清原は、黙って聞いていた。部屋にいた十数人の会員は、弟思いの兄の話に、同情して聞いているようであった。
彼は、長い話を終わって、うなだれた弟をじっと見た。その時、清原の口から、甲高い声で、いきなり意外な言葉が飛び出した。
「まぁ、なんて、だらしのないお兄さんでしょう!弟一人、救えないくせに、なんのかんのと言い訳ばかり言って、さっぱり信心しようとしない。
悪いのは弟さんじゃない。あなたですよ。見かけは立派そうな青年のようでも、実に、だらしないお兄さんじゃありませんか」
十条は驚いた。けげんな顔で清原を見つめていた。