# 27  初めて自炊生活する人達への応援歌(後編)~ スーパーマーケット入門 | 吉岡 暁 WEBエッセイ ③ ラストダンス

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WEBエッセイ、第3回



   生まれて初めて自炊することになる人達は様々だ。
   親元を離れて一人暮らしを始めた学生や新入社員、突然単身赴任を命じられた中堅サラリーマン、妻が働きに出た失業者、妻に先立たれた独居老人・・・人生、禍福こもごもと言うべきか。
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  どうであれ、あなたは定期的にスーパーに通い始めることになる。自炊すると決めた以上、当然のことだ。これまでは、妻や母親の買物の手伝い程度にしか行ったことのない場所に、これからは行動主体として通う。言うなら、ぴかぴかのランドセルを背負った小学一年生みたいなものだろう。
  初めの内は、色々当惑することも多いに違いない。
   何しろ、一般的にスーパーは広い。広過ぎて、何がどこにあるか分からない。「乾物」とか「酒類」とか「コーヒー・紅茶・緑茶」とかの売り場案内板はあるが、その中から目的の物を探し当てるのに結構時間を食う。
  昔、私は「パルスィート」という人工甘味料を探し当てるのに30分以上かかったことがある。売り場に殆ど店員の姿が見えないような店ではこういうことは珍しくないが、心配ない、すぐ覚える。閉店2時間前の値下げとか、卵の特売日とか、生鮮食料品の賞味期限が長い(つまり、より新鮮な)パックは、どういうわけか棚の奥の方に隠れている、とか、あなたがこれまで全く知らなかった小売業の神秘が露になってくる。

                     

  スーパーに慣れていない人は、広い店内のあちこちからガンガン流れて来る別々の音楽にイラっとすることがある。大抵は、声変わりしかけのような男の子とか、甘ったれたような女の子が唄うポップソングで、もしあなたが私と同世代なら、曲が変わっても気づかないほどどれもこれも似たり寄ったりの曲だ。間違ってもワーグナーは流れていない。

   耐えられない、というほどではないものの、ライブ会場でもあるまいし、あの大音量だけは何とかしろよ。
  幸いなことに最近は聞かなくなったが、私がスーパー通いを始めた頃、魚介売り場に行くと必ず流れていた歌がある。

  さかな、さかな、さか~な、さかな~を食べると ♪
    あたま、あたま、あた~ま、あたま~が良くなる ♪

   (そんな筈あるか!)
  最初のうちは、そんな突っ込みを入れるくらいで済んでいた。しかしこれが度重なると、段々腹が立ってきた。まるでブードゥーの呪いか、洗脳目的の催眠術か、と思わせるような繰り返しが実に耳障りに感じられた。

 

 

 

                              
  
 

 しかし、こんなことで文句を言っても始まらない。
 買物の仕上げは、レジの列に並ぶことだ。真昼間でガラガラの店内であったとしても、不思議なことにレジには必ず行列ができる。できる筈で、その時間帯はレジ係が少ない。当たり前と言えば当たり前だが、店側もちゃんと人件費のソロバンを弾いている。セコイ店だ、などと苛立ってはいけない。
 とにかく、あなたは列に並ぶ。2列なら、もちろん短い列を選ぶ。
 しかし、次があなたの番という時になって初めて、迂闊にも、目の前にいるのが腰の曲がった老婦人だということに気づく。カートはこまごまとした食料品で満載。しかも手にした財布は、いっぱいの小銭でハンバーガーのように膨らんでいる。とどめは、その老婦人が満面の笑顔を浮かべて、「お久しぶり~~! 昨日、〇〇美容室で△△ちゃんと会ったわよ~~」と、レジ係に語りかける。
  そんな時、あなたは迷わず別の列に移動すべきだ。

   私は当時まだスーパー通いの新参で、そういうあからさまな行為ができず、結局、〇〇美容室で会った△△ちゃんが、先月娘と一緒に屋久島へ観光に行って、如何に楽しんだかという顛末を聞き、更には最後に238円だか何だかの商品を、じゃらじゃらと硬貨で支払うのを見届ける羽目になった。
  自身が高齢者でありながら、以降、私は高齢者の多い列は避けるようになった。
   時折耳にする「暴走高齢者」についても、スーパーでそれに近いかと思われる高齢男性を実際に目撃したことがある。少し離れていて詳しいことは分からなかったが、要するに、買ったビニール袋が汚れているというので、レジ係にクレームをつけているようだった。別に大声を出したり、「店長を呼べ!」とも叫んでいなかったが、顔つきが、何と言うか「目が座った」感じで正直気味が悪かった。(たかが3円のビニール袋で、どうしたらそこまで怒れる?)
  だが、自分が半分引退して、「する事なし、行く所なし、話す相手なし」の3無を味わった後なので、高齢者側の孤独が実感できるようになったためか、今は少し印象が違う。 
   「〇〇美容室で会った△△ちゃんの屋久島旅行」について話した高齢女性は、それが1週間に1度の人との会話だったかも知れず、「3円のビニール袋でクレームをつける」高齢男性も、クレームという形だけが、唯一の人との「コミュニケーション」なのかも知れない。
   敢えて突っ放して言えば、個人的にはこんな鬱陶しい爺婆とはお近づきにはなりたくない。

  ないが、「明日は我が身」かも知れない。そう思うと、ある程度は我慢できる気がする。
  一方で、我慢できないこともある。

   私は医師から獣肉を避けて魚肉を取るよう勧められているので、魚介類売場に行くことが多い。先日、その魚介類売場でまたアレが流れていた。

  さかな、さかな、さか~な、さかな~を食べると ♪
  あたま、あたま、あた~ま、あたま~が良くなる ♪


# 26  初めて自炊生活する人達への応援歌(前編)~ とにかく皿洗え