# 26  初めて自炊生活する人達への応援歌(前編)~ とにかく皿洗え | 吉岡 暁 WEBエッセイ ③ ラストダンス

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WEBエッセイ、第3回


   生まれて初めて自炊することになる人達は様々だ。
   親元を離れて一人暮らしを始めた学生や新入社員、突然単身赴任を命じられた中堅サラリーマン、妻が働きに出た失業者、妻に先立たれた独居老人・・・人生、禍福こもごもと言うべきか。
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   私も6年ばかり前から自炊している。コンビニの弁当、おにぎり、ピリ辛チキン、サンドイッチ、出前のピザ ----- 何もかも、もう見るのも嫌と言うほど食い飽きたからだ(カップ麺の類は言わずもがな)。
   その6年先輩として言わせてもらうと、もしあなたが「料理にはちっとばかし自信がある」とか、「あんなもん、クックパッド見りゃ誰でもできるじゃん」とか思っているとしたら、心得違いも甚だしい(と言うか、正真正銘のアホだ)。
          
                  
 
   あなたの母親、妻、祖母(場合によっては父親、夫、祖父)が今日までサーブしてくれた料理は、確固たる生存スキルであり、一長一短に身に付くものではない。
   長年にわたって培われた行動習慣に基づき、彼らは自然に体が動く。手持ちの食材でどんな料理ができるか、その工程を含めてレパートリーが自然に頭に浮かぶ。また食後は、面倒くさいと思っても手が勝手に食器を洗っている。これを毎日、毎月、毎年やるのだ(日によっちゃ一日2回、3回!) さながら、特殊部隊の武闘訓練ばりの過酷さとストイシズムではないか。
 その一方、これまでの人生でサーブされっぱなしだったあなたが、ある日、気まぐれに(いっちょうポトフでも作ってみるか!)と思い立ち、iPadを傍らに置いて長時間奮戦したとする。まあ、味はともかく、それらしきものはできるかも知れない。しかし、結果は大抵こうなる。



                  
  この惨状を3日以内に片づけられたら、あなたにも少しは自炊の才能がある。
  何を隠そう、私は独身時代、このような恐ろしい状況から1か月近く目を逸らし続けた結果、より悲惨な状況を引き起こしたことがある。(それも複数回)。
   例えば、ある夏の夜遅く帰宅し、安アパートの部屋の蛍光灯を付けたら、ふと視野の片隅で動くものがあった。
   自然、その方向を見る。
   何もない。
   ただ汚れた食器の山が、相変わらず流しの上に散乱しているだけだ。
   着替えを済ませた後、万年こたつに座り、お茶を飲む。
   そのうち、やっぱり何かが動く。
   最初はゴキブリだろうと思った。当時の安アパートには、ゴキブリは一種の調度品で珍しくない。やれやれ、と溜息をつきながら、私はゴキブリ退治用の古スリッパを片手に、台所に向かった。向かいながら、ゴキブリがあの食器の大要塞の下に潜んでいるのならお手上げだ、と最初から戦意喪失していた。
   ゴキブリではなかった。
   流しにそびえ立つ要塞の上を、小さな小さなゴマ蠅の大編隊が、煙のように飛び交っていた。慌てた私は食器の山に洗剤をぶちまけ、勢いよく水を流した。水は勢いよく泡を立て、食器の奥まで流れ込み、食物のカスで詰り気味のパイプを直撃した。結果、事態は更に悪化した・・・。
   

  以降の詳細は省くが、要するに自炊初心者が心得ねばならないことは、以下に尽きる。
 『 味とか食材とか百年早い。とにかく皿洗え! 』

 

   ( 続 く ) 

 # 27  初めて自炊生活する人達への応援歌(後編)~ スーパーマーケット入門