# 25 世間ガイドブック その1(学生向け) ~ 入社式 | 吉岡 暁 WEBエッセイ ③ ラストダンス

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WEBエッセイ、第3回


                                        

   
   入社式の日が来る。
   君たちは緊張しながら席に就く。会場にいる大勢の先輩社員、幹部社員、それに役員達の視線が、矢のように降り注いでくる・・・などと感じるかも知れないが、それは多くの場合、子供っぽい、可愛らしい錯覚だ。誰も君たちのことなど気にかけてやしない。
   唯一の例外は、セレモニーの幹事である人事部門だ。霞が関の中央省庁とかなら余裕ものだろうが、普通の人事スタッフは朝から内心ハラハラ、ドキドキだ。
   (○○、まだ来てない。まさかドタキャン???)
   (あと2人、まだ来ない!勘弁してくれよ、社長や専務が勢揃いなんだからさ!)
   (お前ら、頼むから、せめて研修期間が終わるまではいてくれよ!ぶっちゃけ、配属後ならいつでもトンズラOKだから)
   
   だが、人事畑以外の参列者の内心は違う。大抵の場合、共通の感想は、
   (ああ、面倒くせ・・・)の一語であろうと思われる。
   例えば営業部門の課長Aは、某大口顧客の部長Bと午後に商談のアポがあり、
(あのオヤジまた追加値引き5%頼む、とか言い出すんじゃないだろうな?)などという懸念が、脳裏に引っかかっていたりする。
   また研究所の所長は、上席に座る財務部長をちらっと見ながら、
(たかがXRF1台の購入を削りやがって!相変わらず経費削減ポーズだけはうまい奴だ)とムカついていたりするし、ムカつかれた財務部長は、先週メインバンクの〇✕銀行からかなり強引に依頼のあった融資の件で、
   (晴れの日ばっかり傘売りに来やがって。おめえンとこのウォールストリート店が一杯食わされて大損こいたからって、国内で尻拭きするんじゃねえよ!)と、やっぱりこちらもムカついていたりする。
  要するに、みんな大変なのだ。

            

  壇上に上って訓示をぶつトップなら、そんな無関心なことはないだろう、などと思ったら大間違いだ。従業員数万人のマンモス企業のトップなら(〇✕省の事務次官でも同じだが)、まず任期は限られている。後釜もウジャウジャ掃いて捨てるほどいて、(あいつ、そろそろ脳溢血かなんかでぶっ倒れてくれねえかな)などと密かに期待されていたリする。当人も、( どうか自分の任期中だけは、売上も粗利益も下がりませんように!)とか、(アホの所轄大臣がヘタ打って、火の粉が降ってきませんように!)とか、心配事のタネは尽きない。
   君たちが30代に突入する前後には、ほぼ確実に彼らはいない。よほどの問題を起こさない限り、子会社なり下部機関に天下りして第二の退職金(場合によっては第三の職場で顧問という小遣い)を稼いでいる。みんな、それぞれに人生がある。
  しかしながら、決して君たちに無関心でない例外としては、先述の人事部以外にもう1タイプある。
   そこそこの企業の創業社長だ。このタイプは、タチが悪い始末が悪い、とても情熱的で、ともすれば入社式でも大演説をぶち上げ、場合によっては、この会社に入れて君達がいかに幸運であるかを説いたりする。しかも、こういうタイプの99%は少なくとも100歳までは軽く生きて、君達の誰よりも長く会社にへばりつく、在職する可能性が高い。
   かと言って、こういう企業がダメな企業であるかと言うと、それは分からない。こういう創業社長の大風呂敷が実現し、大化けした会社も決して少なくない。社員持ち株制度が整っていれば、かなりの利益を享受できた従業員も多いだろう。それが資本主義という荒っぽいシステムの面白いところだと思う。


 そろそろ起承転結の「結」に入らねばならない。
 もし君達の内の誰かが、「髪の部分染めや、当日着ていく衣服」などに気を揉んでいるのであれば、そんなことは、滑稽かつ徹頭徹尾どうでも良い事だと分かってもらえたと思う。それでこのエッセイは完結する。

   もっと深く、「世間」そのものに恐れを抱いている学生に対しては、「世間など、所詮は上げ底だ」と言いたい。とてもそうは思えないかも知れないが、まあ3年ばかりそこで働いてみれば分かる。
  無論、世俗的な地位に関わらず、真に尊敬すべき人、立派な人、瞠目に値すべき人はいる。間違いなくいる。いるが、確率論的に、君達が配属される職場にもいるとは必ずしも言い切れない。
   GOOD LUCK !