# 9  若者への脅し ~ 老体に閉じ込められた未熟なままの心【映画ネタ1】 | 吉岡 暁 WEBエッセイ ③ ラストダンス

吉岡 暁 WEBエッセイ ③ ラストダンス

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WEBエッセイ、第3回

 

 デヴィッド・リンチという映画監督がいる。

 日本では「ツイン・ピークス」というどこか怪しげなテレビドラマ・シリーズでそこそこ有名になったそうだが、実際は「エレファント・マン (1980)」、「デューン/砂の惑星 (1984)」、「ブルーベルベット (1986)」など多岐多彩な作風で知られる。

 作品の一つに1999年公開の「ストレイト・ストーリー」というロードムービーがある。作品紹介など面倒なので、Wikipediaのあらすじ解説をまるまるコピペさせていただく。

 

           

 

 「アルヴィン・ストレイトは娘のローズと暮らす73歳の老人。彼は不摂生のためか腰が悪く、家で倒れても人の力を借りなければ立ち上がることもままならない。ある日、若い頃からの不和が原因で長年会っていなかった兄が倒れたという知らせが届く。兄が住む家までの距離は350マイル(約560km)。アルヴィンは芝刈り機に乗り一人で無謀とも言える旅に出た。」

 

 私はこの作品をテレビ放映されたときに見た覚えがある。まだ四十代だったので「渋い映画だな・・・」くらいの感想しか湧かなかった。今は「怖い映画だな・・・」と思う。

 実話に基づくそうだがいかにも大陸国の実話、560キロと言えば東京から神戸まで行ってしまう。「ヒューマンドラマ」と銘打っているだけに、この道中で様々な「心温まる」エピソードが描かれ、最後は兄との和解を暗示するハッピーエンド風の終わり方になる。

 

 

 けれども、この映画のテーマは、本来そういう人情噺的なものではない。

 旅の途中で、主人公のアルヴィンは一人の家出少女に出会う。訥々とした話しぶりで少女と会話を交わし、その中でこんな風な事を呟く。

 「年をとって辛いのは、若い頃のことをいつまでも良く覚えていることだ」

 いつまでたっても忘れられないと、この芝刈り機ライダーは嘆く。映画では、兄との半生にわたる不仲以外にも、戦争で味方を誤射して死亡させた悔恨を仄めかしていた記憶がある。

 私は年をとって、初めてこの怖さが分かった。

 人は、老いると経年劣化した容器に閉じ込められる。容器の劣化度は、血圧、コレステロール、Hba1c, クレアチニン、等々の数値で無慈悲に明示される。

 一方、心はどうか?

 仏教、儒教の影響が強い国々では、いまだに「老」についてのステレオタイプな理想像が残っているように思う。四十にして惑わず、とかいうアレだ。「生老病死」の四苦を乗り越え、何事も恐れることなく、知恵を秘めたまま、謙虚に、淡々と静謐な日々を過ごす賢者像 ---- 伝統的なハッタリだろう。こういう救済幻想を紡ぎ出すのは、いつの時代でもどこの国でも等しく共通の、命あるものにとって宿命とも言える生存不安であることは確かだ。

 心は、声と一緒でなかなか年をとらない。若い時の悔恨、不安、絶望、愛と憎悪、夢や欲望とその残骸・・・諸々の不純物や欠片をまだ分厚く沈殿させたまま、老いた肉体の牢獄に幽閉された虜囚となり、出口は死しかない。

 アルヴィン・ストレイトは、こんな暗鬱すぎる人生観を語ったわけではない。このアメリカ南部の田舎の老人は、ともかく行動に移した。心の底に溜まったまま、いつまでもチクチクと痛む棘を一つでも抜こうと決心して、とんでもない旅をした。その行動力が、この映画の本来の苦いテーマを少し明るいものにしている。敢えて教訓めいたことを捻りだすなら、「悔いを残すな!」という平凡な一語に尽きる。老いてから、何か一つの悔いのタネを消そうとすると、芝刈り機に乗って560キロ旅する羽目になる。

 

                     

 

 今日、青壮年層がその日常生活で見る高齢者とは、その年齢によって両親だったり、祖父母だったり、曾祖父母だったりするだろう。その高齢者達は、あなたに対するときは、習慣的に父、母、祖父、祖母、曾祖父、曾祖母のお面をかぶるだろう。何らかの病苦で真夜中に目覚め、自分の余命に思いを遣って眠れぬ一夜を明かすとか、体調の悪さを隠すため家族に対してわざと無表情を装うとか、できるならもう一度、子供の頃から人生やり直したい・・・とホゾを噛むとか、有料老人ホームに家族が面会に来ないのに腹を立て、遺言状を書き換えて相続排除してやる・・・と恨みを募らせるとか、もしあの時、あの人と結婚していなかったら、私の人生はどんな風になっていただろう?と空想するとか、そういう素顔は容易に見せないだろう。

 見せないからと言って、うちの父母、祖父母、曾祖父母は、元気はつらつ、毎日ハッピー、ハッピー♪に老後をエンジョイしてま~す!などと無邪気に思っているのなら、あなたは相当想像力に乏しい。

 そんな筈ないじゃないか。

 自分自身の心の奥を探ってみればわかる。 所詮、「年寄、若造のなれの果て」だから。