ライターじゃない、アイドルだ

多くのご訪問、コメント、ペタ大変感謝です。 お返しがままならずですがどうかお許しを><

業界人、ユーザー問わず、ブログを通じてお互いのパチンコライフが楽しくなればグヒヒです

運営会社(広告代理店)
$今、店長と広告屋。

■アキバ初!パチンコスロットジャンルコスプレBARパチノフ

コンセプト飲食が乱立する秋葉原になぜ我らがパチンコジャンルがないのだ!

と勢いだけで始めたパチンコ好きなスタッフとお客さんが集まるお店 HP→こちら

■パチノフから発信するwebニコ生放送公式チャンネル

パチンコを通じてお互い笑えたらいいのです →こちら

■実戦など動画はyoutubeパチノフチャンネル

黒歴史が盛りだくさん →こちら

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

2020年新型コロナウイルス

アメブロではご無沙汰しております。

 

2020年度は新型コロナウイルスが猛威をふるい、世界中で混乱となる歴史的な年となりました。

 

身の回りにしても色々な出来事がありましたので、記録を記そうと思いキーボードを叩きました。

 

私は継続して飲食店経営を生活の中心においています。

 

現在秋葉原にある店舗は

 

アニソンDJbarモグパン

 

アニソンカラオケバー高まり研究所秋葉原本店

 

アニソンカラオケバー高まり研究所秋葉原昭和通り口店

 

そして今年は秋葉原を飛び出して2020年6月2日に高まり研究所新橋店をオープンさせました。

 

6/2ですよ、緊急事態宣言明けの。

 

新橋店の始まりは会社の経営を安定させる為の展開で、自身が出店したいエリアを選んだ結果です。

 

新橋という街は細い路地にびっしりと個人経営規模の居酒屋が無限にならぶアフター5の天国。

 

この旨い馬刺しを食べてくれと言う馬肉専門店から定番のやきとり、肉料理・・・なんでもあります。

 

システマチックで金の匂いがするチェーン店とは違って、やりたくてやっている感をひしひしと感じる飲食店が目立つ大のお気に入りエリアです。

 

そんな新橋に「戦うサラリーマンの憩いの場を作りたい」という旗を掲げ出店に至りました。

 

店舗物件の契約日は確か2/10あたり。新型コロナウイルスは中国のニュースとして報じられていた頃です。

 

あと1週間遅ければニュースもただならぬものになっていたのでコロナを恐れて出店は中止していたはず。

 

また今回の出店に際しては得体のしれない異様な恐怖を感じていました。怖かったのです。

 

今思うと自身の潜在的な経験則でコロナの影響を警告していたのかもしれません。

 

恐怖におびえるのは単に自分が安定志向の臆病者になっているだけだと思い喝を入れていました。

 

4店舗目の出店とは言え、正直申し上げて金儲けのヘタな自分の会社に余りある資金はありません。

 

会社口座に残っている現金を全て投入しての逃げ場のない出店でした。

 

2020年4月に国から前代未聞の緊急事態宣言が発令。

 

会社は社会的責任を果たすべきなので、要請に従い既存店3店舗は営業自粛突入。

 

緊急事態宣言中の秋葉原はほとんどの企業が営業自粛をしていたが、体感では2割が営業強行していた。

 

あくまでも要請なので従う義務はない。

 

ただこの緊急事態においては今後付き合える人とそうでない人がはっきりとあぶりだされたようにみえる。

 

人は危機になればその正体がはっきりする。

 

営業自粛するには従業員に対して給与保証をしなければならず、家賃も全額発生する。

 

およそ月額800万円ほどの経費を売上なしでどうにかしなければならない。

 

甘い考えだと言われようが従業員に対して給与保証が全くなしでの自粛休業は無責任だ。休むなら最低限の給与保証が大前提。

 

もはや自身の貯金で凌ぐしかないと思い、積み立てていた金商品を解約して自己資金総額約1,000万円を会社に投入することに。

 

それでも1か月しか持たない。

 

しばらく無借金経営であったのだが借金するしかない。

 

日本政策金融公庫から恐らく今の弊社限度額であろうおよそ2,000万円をお借りしてどうにか急場をしのげた。

 

その後、国や都の各種助成金により損失の一部は補填された。

 

おびただしい量の申請資料作成はしたが何もしていないのに金がもらえるというのがこの事態の異常さを表しているのだろう。

 

加えて行政方針で店の営業時間が左右されてしまうというのは経験したことのない事態である。

 

各種申請資料の中でも雇用調整助成金手続きには参った。外注する手もあったが弊社の場合だと推定手数料60万円。

 

従業員への給与支払い金が60万円も目減りしてはたまったものじゃない。

 

馴れない用語が連なる労基系書類の作成は頭がどうにかなりそうだった。

 

空欄を埋めようにも最初から最後まで聞いたことのない用語が連なる。

 

これは地球上の言葉なのか?

 

一語一句をインターネットで調べながらの格闘となり、実に8日間みっちり時間を費やして約140枚の申請資料一式が完成した。

 

普通の未経験者にこれを強制的にやってもらったら完成する頃には感情を失っているのではないか?

 

そんな風に思うほど骨が折れた。二度とやりたくない。

 

申請を受け付けるハローワークも6月頭に今まで見た事もないおびただしい量の資料が届いたのだろう。

 

自分がハローワーク職員なら即退職して逃げる。

 

何度も倒産の文字が頭をよぎった期間だったが、国の政策、借入や6月からの営業再開による従業員らの頑張り、そして何より各店を支持して頂けるお客様によりどうにか持ち直すことができた。

 

これで再度緊急事態宣言が出たとしても数か月はしのげるであろう。

 

すったもんだの2020年。

 

新橋店の物件賃貸スタート日はよりによって4/1で家賃補助の対象外。(3/31までに賃貸契約スタートしているのが条件の一つ)

 

にも拘わらず新橋店は当初予定の5月オープンを6月にずらさるをえなかった。

 

考えられる限り最悪なタイミングの出店だ。しかし一切後悔はない。

 

高まり研究所秋葉原本店でアルバイト勤務だったスーパースターの女性が店長職となり、自主的に個性を発揮して店創りをしてくれた。

 

立ち上げスタッフ達も協力してくれた。

 

新橋店でしか味わえない個性のある店を誕生させてくれた事について嬉しさしか感じられない。

 

この先、新橋店がどういう状況になろうが思う事は変わらない。

 

新橋に出店して本当に良かった。

 

 

あくまでも最悪な事態だということを大前提に、誤解を恐れず申し上げると個人的に今年は良い年であった。

 

11月に従業員にコロナ陽性者が出て、緊急営業自粛したり濃厚接触者の大規模検査があった。

 

各種感染防止策が効いたのか幸いクラスター発生には至らず、陽性者も回復に向かうなどした。

 

全くもって完璧ではなく反省点も多い。

 

しかし生命感にこだわる自分としては生きて生きて生き抜いた。やり切った感しかない。

 

これからこの国、いや世界はどうなるのだろう。

 

歴史上の先例であるスペイン風邪の例を取れば2、3年で収まるのかもしれない。

 

しかし新型コロナは最強だ。発症2日前から感染可能の無敵時間。加えて無症状感染者の存在。

 

例えるなら戦う前からパンチを浴びている。既に攻撃されている。もはや時間を超越しているレベルなのだ。

 

まるでジョジョに出てくるスタンド能力に匹敵する感染力だ。

 

個人的には有効なワクチンはあまり期待できず、もしかしたらもう終わらないのかもしれない。

 

もし終わる時があるとすれば、誰もが収束に希望が持てず諦めてしまった頃なのだと思う。

 

今年は皆が初体験であり、どうにか努力で乗り切ったケースが多いのだろう。

 

しかし2021年度は終わりが見えない状況に皆が絶望する年だと予想する。

 

しかし、この状況を乗り切った種は強い。

 

とんでもなく人に優しくて、難局を耐え忍ぶ事ができる真の強さを持った人が多い時代になる。

 

それはなんと素敵な世界なのだろうか。

 

未来の事は誰にも分らない。だがどんな未来だとしても真っすぐ立ち向かっていく事を「勇気」という。

 

我々は人類の為、この先子供たちの世の為にやれる事をただひたすらやっていくしかない。

 

そんな綺麗な事を書きつつも、実際今年は2000万円の借金保証人にとなり、来年からは約7年間に渡って毎月30万円近い返済が始まる。

 

会社に自己資金を投入したおかげで実質年収は大きくマイナス。ほぼ休みなく動いて金を奪われて・・・。

 

一体何なんだ?キレそう。ふと気を抜くとキレる老人になりそう。

 

が、しかし!生きてるから勝ち!!

 

コロナ禍は生きているだけで充分勝ち!それが価値!!

 

私はコンセプトカフェ系の飲食店で起こる全ての事柄に尊さを感じ、ただただやりたくてやっているので支持されなくなるまで、金銭的限界がくるまで続けるつもりです。

 

無責任な事は言えませんが、まあなるようにしかならないし、しんどいのは皆同じ。

 

被害の量はそれぞれ違えど受け止める側が感じる辛さに違いはないのだと思います。

 

ああだこうだ言いながら前を向くしかないですね。

 

続いていく危機と隣り合わせになりながら、誰もがそれぞれの立場で最良を考え、選択し、実行していく。

 

大した事はできないけれどやっていくしかない。これぞ人生。

 

気が向いたらそのうちまた記事を書きたいと思います。

 

 

【パチンコについて】

 

ご存じの通り主にコロナの影響で実戦生放送は無くなりました。ですが毎日のように打っています。

 

なかなかしんどい遊技環境ですが、パチンコによるわずかなプラス分が私のおこずかいの支えです。

 

むしろ打ってないと精神安定が保てna

 

いつかまたあのハードな実戦生放送が出来る日が来たら良いなと思います。

 

それではまた!

 

パチンコ回想録 おまけ(1)

【目次リンク】

1.はじめてのパチンコ編(1989年~)

https://ameblo.jp/tencyou7777/entry-12396112976.html

2.上京パチンコ編(1989年~)

https://ameblo.jp/tencyou7777/entry-12396833601.html

3.パチンコ攻略編(1991年~)

https://ameblo.jp/tencyou7777/entry-12397911333.html

4.パチンコ企業就職編(1994年~)

https://ameblo.jp/tencyou7777/entry-12400413287.html

5.パチンコ店長編(2000年~)

https://ameblo.jp/tencyou7777/entry-12403314011.html

6.パチンコ起業編(2006年~)

https://ameblo.jp/tencyou7777/entry-12405941148.html

 

 

昔の記憶を辿りながら長々と記して来たが、後から抜けていた出来事がぽろぽろと。

 

実はパチンコ起業編内のパチノフ経営中にパチンコ店出店間近まで行ったこともあった。

 

1年半ほど前の話である。

 

どうにか出店できないかと考えていた私は悶々としたものが蓄積して、ついにこう考えた。

 

金がないからパチンコ店を出せないというのは単なる言い訳ではないのか?

 

金がないから出来ないという奴は、例え金があっても一生やれないのでは?

 

金なんかなくてもやる奴はやる!仮に100万円しかなかったら100万円の店を出せばいい。

 

オッケー。なら500万だ。

 

通常5000万の資金が必要なクラスのパチスロ専門店をたったの500万で秋葉原に作る!

 

気楽で気軽に楽しめる、パチスロ好きが集まる変な店だ。

 

それは持つものには決して到達できない狂気の案件だ。

 

常識をぶち壊してやる!!

 

まずは店舗物件探し、およそ40坪ワンフロア、坪単価2万円、つまり賃料80万円ほどで探した。

 

web、各不動産屋さん、くまなく秋葉原界隈を足で歩き回って探した。

 

パチノフ出店時とは違い、今回は風適法上で許可が必要となる営業の業種であり、商業地域であれば学校や病院から何メール離れていなくてはならないなど細かな制限がある。

 

中々見つからなかった。40坪ワンフロアというのがネックだった。秋葉原という都心でそのような倉庫的空き物件は存在しなかった。

 

そこで条件を見直した結果、秋葉原駅から徒歩15分程の場所で3階層の物件でビル1棟貸し、賃料も格安の物件に巡り合った。

 

これだ!

 

3階建てとなると忙しくない時間帯でも各フロアに人員が必要でコストが増す。この辺のコスト問題は知恵を働かせてクリアすればなんとかなるはずだ。

 

資金がないから中古で台だけしか買えない。

 

1台ごとにメダル貸機なんて設置できない。ワンフロアに1台だけだ。

 

当然ナンバーランプなんて親切なものも買えない。昔みたいに卓球のスコアみたいにペラペラめくる奴でいいや。

 

中古台しか買わなければ費用はどうにかまかなえる。後はせいぜいPOSとメダル洗浄機を中古で安く購入するだけだ。ホールコンピューターなんて買える訳がないから、手動で1台ずつデータを出すか、店全体のイン・アウトで計るしかない。

 

そんな目隠しをするようなアクロバット飛行は得意だ。故障で複数台データがあがらない店の管理もしたことがある。目をつぶった状態で個別台管理するといったピンチは大好物なのだ。

 

設備が欲しければ開店後に資金が溜まってから。同時に余り玉に募金的な選択肢を入れて、余り玉が不要といわれる方に費用の一部を担って頂こう。見事ナンバーランプが買える時はもうお祭り騒ぎだ。

 

そして新台入替は原則として行わない。ぶっ壊れるまで大事に使う。

 

そんなボロボロの店の代わりに、お客さんに対して破格の利益率10%宣言をする。その証拠としてデータを日々全公開する。営業事務所を入口に設置して丸見え状態にしても良い。フロントオープンオフィスだ。

 

この状態で営業シミュレーションをしてみた。得られる売上、利益の構造は小さな飲食店のものに近い。

 

通常パチンコ店といえば飲食店とは比較にならない売上、利益を叩きだす。そんな常識を放棄するのだ。

 

だが最大のネックがある。ネックとなる費用が発生するのだが、これ以上は公の場では書けない。

 

みかじめ料などではない。特殊景品にまつわる話だ。この点については古くから付き合いのある方に相談して、見積もりして検討した。ハードではあるがどうにかなる。

 

物件の周辺をくまなく歩き回り、パチンコ店営業許可が出る場所なのか最終確認をした。

 

後は決断するだけだ。

 

けれど1つだけ気にかかることがあった。

 

目の前に民家が数件あるのだ。物件の場所は商業地域でありながら、静かな場所である。

 

それがある日突然パチスロ専門店が出来、開店前は並びとなり、営業中や閉店後にひっきりなしに人の出入りが始まるのだ。

 

防音工事をしたとしても店舗周辺の人の流れだけはどうにかなるものではない。

 

また、新台入替しないにしても規則が変わり、現行機種がいつ撤去となってしまうか分からない。新台を買う必要が迫れば、購入資金はないし、利益率10%なんて不可能だ。

 

結局、規則はどうなるか分からないし、近隣に迷惑をかけて営業するのは本末転倒だという結論に至った。パチスロ専門店出店を諦めるしかなかった。

 

ダメな理由はいくらでも出てくる。ゆえにそんなことを考えても何にもならない。また時が来た時に、パチンコ店出店は検討するしかない。

 

まるで大河ドラマ軍師官兵衛のラストのようだ。私のはそんな格好良いものではないが。

 

上がれなかった四暗刻と同じ。

 

なかなか上手くいかないものである。

6.パチンコ起業編(6)最終回

【目次リンク】

1.はじめてのパチンコ編(1989年~)

https://ameblo.jp/tencyou7777/entry-12396112976.html

2.上京パチンコ編(1989年~)

https://ameblo.jp/tencyou7777/entry-12396833601.html

3.パチンコ攻略編(1991年~)

https://ameblo.jp/tencyou7777/entry-12397911333.html

4.パチンコ企業就職編(1994年~)

https://ameblo.jp/tencyou7777/entry-12400413287.html

5.パチンコ店長編(2000年~)

https://ameblo.jp/tencyou7777/entry-12403314011.html

6.パチンコ起業編(2006年~)

https://ameblo.jp/tencyou7777/entry-12405941148.html

 

 

持たざる者にやってくる壁。時に危ない橋も渡ることになる。

 

大雪や資金ショートの危機をどうにかギリギリで持ちこたえ、パチノフはおかげさまで1周年を迎えた。

 

来て頂くお客さんがいなければ話が始まらないので、本当に本当におかげさまで全力の感謝でしかない。

 

それからはメーカーさんの各種プロモーション利用もして頂いた。

 

パチンコ涼宮ハルヒ、パチスロうみねこのなく頃にのグッズ提供を頂いたり、777TOWN.net・KYORAKUサプライズらんどコラボがあったり。

 

最新台の試打機として、ガン×ソード、十字架3、テラフォーマーズ、凪のあすから、ドリスタせかんど、熊酒場二丁目店、ぱちスロAKB勝利の女神、トロピカルKISSスイートを設置して頂いたり。

 

梅屋シンさん、美原アキラさんが雑誌企画でコスプレ登場したり、ヤルヲさんが一日店長したり、幸チャレひげ紳士さん来店イベントがあったり。

 

お客さんにとって楽しめることならば、積極的に各メーカーさんはパチノフという箱を大いに利用して頂きたいと思っていたので、願ったり叶ったりのことだった。

 

もちろんパチノフとしても普通のイベントから変なイベントまで色々やった。

 

色々やったが全力疾走で駆け抜けてきたので記憶があまりない・・・。

 

記憶はないが、それぞれの方の記憶に残っているならばそれで良いと思う。

 

 

私自身としてはもっとこうしていれば、ああしていれば、こうでなければと反省する点ばかりである。

 

甘えてはいけない話なのだが、これは全てパチノフを好きでいてくれる優しいお客さんが受け入れて頂いたからこそだと思う。

 

スタッフも同じ。

 

ある時から私は教育という考えを捨てた。ここは学校ではない。皆成人した立派な大人である。

 

最低限のルールだけを設定し、後は自由に取り組んでもらう。教育なんてものを考えること自体がおこがましいのだ。


全ては自己責任の世界である。

 

とても個性的な面々にそれぞれの形で真剣に取り組んで貰えたのは幸せなことだった。

 

 

しかし決して良いことばかりではない。嫌なことは、お客さんにしろ、スタッフにしろあったはず。

 

しかしこのパチノフという箱を通じて、良いことも悪いことも全部ひっくるめて「生きた」ということが、とても愛おしくかけがいのないものに思えて、そのことが私の原動力だった。

 

どれだけ資金難だろうが、体力的にハードだろうが、全て吹き飛ばす次元のご褒美だった。

 

・店に対し、スタッフに対してどこまででも優しい素敵なお客さんに恵まれたこと

 

・雨風などの悪天候だろうが関係なしにお客さんが来てくれたこと

 

・大人になって友人を作るのは難しいことなのにお客さん同士が次々に仲良くなっていったこと

 

・これだけ商圏が広い施設は東京ディズニーランド、USJくらいしかないのではと思えるほど遠方からのお客さんが多かったこと

 

・生誕祭や大晦日など節目の時は強烈に盛大なパーティーだったこと

 

・スタッフが自主的にコスプレ合わせや各種催しを考えてくれたこと


・ライター志望のスタッフの多くがライターやタレントとして活躍し始めたこと

 

思い返せばキリがない。とても誇らしい嬉しい出来事だ。

 

 

開店して2周年。まさかの2周年を迎え、3周年、4周年、5周年と時が経過。

 

もうダメだと思った瞬間は何度もあった。初年度は1年間で800回程もうダメだと思ったが、年を重ねる度にお客さんが増えてきた。増え続けるお客さんに対して、スタッフをどうにか増やしていった。

 

だが5周年の前に過去とは違うレベルの不安に包まれていた。

 

将来我々が迎える未体験の労働人口減少、そしてパチンコ参加人口の激減という大きな流れの中で、パチンコパチスロ好きなスタッフが不足して営業できなくなる。

 

以前は求人広告なんてしたことがない。しなくてもパチノフを見つけてくれたのだ。それが何カ月にも渡って連続で求人広告を打ってもほぼ成果なし。

 

であればとパチンコをしないスタッフに助けてもらいながら、かろうじてシフトを組んでいたが限界が来た。

 

支持して頂けるお客さんがたくさんいるにも関わらず・・・。

 

尚、パチノフ4周年の後の9月6日に弊社で新規開店させたアニソンカラオケバー高まり研究所というお店がある。

 

ここ最近も続々とアキバにコンセプトカフェが増えているが、似たような仕様のお店が多く、アニソンカラオケバーというヲタクらしいものが少ないことに勝手に腹を立て、俺がやる!もっとアキバを面白くするんだと立ちあげた店である。

 

おかげさまでご支持を頂き、スタッフも求人広告をほぼ実施せずにやれている。

 

しかしパチノフは状況がまるで違う。

 

自分なりに可能な限りの手を尽くしたがもはやここまで。終わりを宣言しなければならない。

 

公式ツイッターへの文章を書き終えて、ツイート発信ボタンを押すのに躊躇した。

 

ボタンを押せば全てが終わる。悲しみを巻き起こしてしまう。パチノフが続いて欲しいと願ったあの方々の顔が浮かんでくる。

 

頭ではこれが最良と結論を出したはずだ。間違っていない。けれども押したくはない。

 

本当にこの結論は正しいのだろうか?もはや頭と気持ちを稼働させることが出来なかった。

 

2018年9月18日 ほとんど無の状態でツイートボタンを押した。

 

 

 

これで約1ヵ月後の11月4日(日)にパチノフ閉店休業が決定した。

 

温かいお言葉をたくさん頂いた。各方面でニュースになった。

 

これが本当にコンセプトカフェか?と思ってしまうレベルで。

 

 

11月4日以降のことについては具体的にどうするかは決まっていない。

 

パチノフが終わることで頭が真っ白の状態だ。

 

しかしあくまでも会社組織であるがゆえ、どうするかの材料は多くある。悲しいことに、いや非情なことにもしもの場合の未来への用意はする必要があった。その中から何を取り出すかを迷ってしまう。

 

だがもう選択しなければならない。

 

ああだこうだ言う時間があるなら動くしかないのだ。

 

尚、パチノフ終了によりスタッフ全員解散ということにはしない。

 

常々思っているのは、人が店の為にあってはならない。あくまでも店が人の為にあるべき。

 

関わった全ての人が店を、会社を、自身にとって都合が良いように大いに活用するべきなのだ。

 

大事なのは人それぞれの幸せなのだから。店や会社はその為の一つの手段でしかない。

 

こうして残ってもらえるスタッフがいれば残ってもらい、スタッフが確保できるような新しいテーマでアキバならではのコンセプトカフェを誕生させる。

 

早くてパチノフ閉店から2週間後に。

 

パチノフを辞めてしまった以上、今までのお客さんに来て欲しいなどとずうずうしいことは言えない。しかし同じような居場所がまだあると思ってくれる方がいるとしたら、それはとても嬉しいことだ。

 

様々な方がそれぞれの人生の一部分を過ごしてもらえる飲食店はとてつもなくやりがいがあるのだ。

 

それにほぼ365日アキバにいる私としては、いつまでもアキバが面白い場所であることの一端を担いたい。

 

 

ある時、こう思った。

 

パチノフというのは外神田3丁目にある店舗のことではなく、関わる人それぞれの思いが作り上げる概念ではないのか?

 

これからの楽しいパチンコを願う人の集まりは、パチンコが好きでいる限り決して消えることはない。

 

新しい未来への挑戦へは続く。

 

― 完 ―

 

 

 

下手な文章で読みずらい点や誤字脱字もある中、最後までお読み頂き感謝申し上げます。

 

ここでは書けないこともたくさんありました。その辺は直接お話しした時に、もう少し広くお話できると思います。

 

ありがとうございました。

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>