わたしたちは、わたしを遣わした方のわざを、昼の間に
行わなければなりません。だれも働くことのできない
夜が来ます。(ヨハネの福音書9章4節)

人が労苦するのは、罪のゆえでした。(創世記3:23)
しかし神はご自身のあわれみによって、その中から
有益なものをもたらしてくださいました。
私たちが働いて良きものを楽しむことができるのは主の賜物で、
それはすべての人に与えられたものです。(伝道者の書3:13)

しかし永遠のいのちという神の霊的な賜物は、
主に信頼する人にのみ与えられます。
主だけが、この賜物を私たちに与えるために
必要な働きをなすことがおできになります。

ですから主は私たちに父を示すために昼間の間に働かれました。
その後、不自然な暗闇の中で私たちの罪のために
恐ろしいさばきを負ってくださったのです。

ついに、夜が明けるころ、主はご自身の働きが完成したことを
はっきりと証明してくださいました。
主は死を打ち破ってよみがえられたのです。
-Tom Steere


In glory bright above, Thou art exalted, Lord;
 /天の輝ける栄光のうちに 主よ あなたは上げられました
And we, who know Thy love, unite with glad accord.
 /あなたの愛を知る私たちは 喜びの賛美にともに連なるのです
-H. J. Vine
彼らが捕らわれていった地で、みずから反省して悔い改め、
捕らわれていった地であなたに願い、『私たちは罪を犯しました。
悪を行って、咎ある者となりました』と言って(後略)
                (列王記第一8章47節)

罪を認めることと悔い改めることは赦しへの道です。

ソロモンはイスラエルに思い起こさせました。
彼らが主に対して罪を犯したなら、また、
もし自分ではどうしようもなくて、彼らが主に向くなら、
赦しが待っているということをです。

もしかすると、これを読んでいる方で、自分が逆戻り状態に捕らわれ、
神との交わりの場所から遠く離れてしまっていることに
気がついている人がいるかも知れません。

悔い改めなさい。
そうすれば主はあなたを回復してくださいます。
-W. H. Gustafson


If Thou dost mark our sins, who then shall stand?
 /もしあなたが私たちの罪を責められるなら 誰が御前に立ち得るでしょうか
But grace and mercy dwell at Thy right hand.
 /しかしあなたの右の手には恵みといつくしみとがあります
-C. H. Purday
真理を買え。それを売ってはならない。
知恵と訓戒と悟りも。(箴言23章23節)

あなたは真理を探求していますか。
それなら、神のことばを調べてみなさい。

イエスは聖書に関してこのように語られました。
「あなたのみことばは真理です」(ヨハネ17:17)。

真理が説き明かされるとき、それを買いなさい。
真理を得るためにはあらゆる代価を支払いなさい。
真理を自分自身のものとし、それに従いなさい。

真理を無償で与えなさい。
しかしそれを売ってはなりません。
真理を手放してはならないのです。
幸いは聖書に従うことからやって来るからです。

今の混乱と妥協の時代のにおいて、
私たちは決して真理を売ってはなりません。
-Donald Norbie


O teach me, Lord, that I may teach
 /ああ 主よ あなたが与えてくださった尊い事柄について
The precious things Thou dost impart,
 /私が人に教えることができるように 私に教えてください
And wing my words that they may reach,
 /そして多くの人の心の隠れた深さにまで届くように
The hidden depths of many a heart./私のことばを放ってください
-Frances R Havergal
よく朝早く、彼らは主の前で礼拝をし、ラマにある自分たちの家へ
帰って行った。エルカナは自分の妻ハンナを知った。主は彼女を
心に留められた。(サムエル記第一1章19節)
サムエルは成長した。主は彼とともにおられ、彼のことばを
一つも地に落とさなかった。(サムエル記第一3章19節)

エルカナとハンナは主を礼拝するために、朝早く起きました。
神はひとりの息子を持って彼らを祝福し、彼らはその子を
サムエルと名づけました。

愛するクリスチャンのご両親たち。
もし私たちが主に従い、主に仕える子どもを育てようと願うなら、
基準を高く保たなければなりません。

親として、祖父母として、曽祖父母として、
私たちが愛する子どもたちに模範によって、
自分が神を楽しんでいることを示すことができますように。

そして彼らにも同じように味わって欲しいことを
示すことができますように。
-Arnot McIntee


Happy the home where prayer is heard,/祈りが聞こえる家庭 
And praise is wont to rise;/賛美が立ち上る家庭は幸いです
Where parents love the sacred Word,/その家庭では両親が聖なるみことばを愛し
And all its wisdom prize./その中にあるすべての知恵をいつも重んじるのです
-Henry Ware
あなたの手もとにあるなすべきことはみな、自分の力でしなさい。
あなたが行こうとしているよみには、働きも企ても知識も知恵も
ないからだ。(伝道者の書9章10節)

教会の携挙の真理はソロモンには隠されていました。
しかし主はいつでも来られることを考えると、
彼のことばの真理は大きな権威を持って響いています。

私たちの主人に仕えることのできる時間は短いです。
私たちは永遠に向かって旅しており、もう間もなく
その永遠に入って行きます。

私たちに時間がある間に、福音を忠実に伝えましょう。
主がお呼びする声を待ちつつ、救い主のための奉仕において、
誠実でありましょう。
-Mark Fenn


When free grace awoke me by light from on high,
 /天からの光によって無償の恵みが私を目覚めさせたとき
Then legal fears shook me, I trembled to die;
 /法的恐れが私を襲い 私は震えて死にそうでした
No refuge, no safety in self could I see,
 /自分自身には逃げ場も隠れ場もないことに気がつきました
Jehovah Tsidhenu my Saviour must be.
 /私の救い主は「主は私たちの正義」(※)に違いありません
-R. Murray M'Cheyne

※訳者注:エレミヤ23章6節による
あなたのみことばは、私の足のともしび、
私の道の光です。(詩篇119篇105節)

神のみことば。
この最も価値のある宝が最も安全な場所は
心の中です。

心に蓄えられることで、神のみことばは
常に利用価値が高まるのです。
すべての悪を追い払う剣として、たましいを養う食べ物として、
内なる渇きをいやし、すべての汚れをきよめる水として。

みことばをあなたの心に忍ばせることは、
あなたの普段の習慣となっていますか。
-E. MacLelland


Thy Word is a lamp to my feet, O Lord,
 /あぁ 主よ あなたのみことばは私の足のともしびです
Thy Word is a light to my way;/あなたのみことばは私の道の光です
It shines in my soul like a star by night,
 /それは夜空の星のように私の心の中に輝き
And comforts and cheers me by day./日ごとに私を慰め力づけます
-Fanny Crosby
あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、
キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです。
                    (コロサイ人への手紙3章3節)

クリスチャンのいのちは、キリストのよみがえって栄光を持ったいのちと
不可分なほどに結び付けられています。

私たちの主はそれをこのように言われました。
「わたしが生きるので、あなたがたも生きるからです。」
(ヨハネ14:19)

またJ.デンハム スミス氏はそれをこのように表しました。
「贖われた者たちを引き離すことができるものは何もない。
何物も彼らを主から離すことができないのである。」

団結した世と、肉と、悪魔であっても、
私たちが栄光の主と持っている分けられないつながりを、
妨げることはできません。
また病気や、逆境や、人間の弱さもキリストにある
私たちの立場を脅かすことはできないのです。

神を賛美しましょう。
私たちへの主のご配慮は、限りがないからです。
-K. R. Keyser


Ascended now in glory bright,/今や輝く栄光のうちに上げられた
Life-giving Head Thou art;/あなたはいのちをお与えになるかしらなる方です
Nor life, now death, nor depth, nor height,/いのちも死も 深さも高さも
Thy saints and Thee can part./あなたとあなたの聖徒を分かつことはできません
-J. G. Deck
ケルビムは翼を上のほうに伸べ広げ、その翼で
「贖いのふた」を覆うようにする。互いに向かい合って、
ケルビムの顔が「贖いのふた」に向かうように
しなければならない。(出エジプト記25章20節)

ケルビムと贖いのふた、すなわち「あわれみの座(贖罪蓋)」は
ひとかたまりの金から造られました。
翼は上のほうに向けられ、顔は下に向けられたのです!

それらは神の栄光の象徴でした。
主の栄光と主のあわれみとは分けられないというのは、
何と尊い真理でしょう。

その場所こそは、主の栄光があらわされ、同時に
イエスが流された血のゆえに、私たち罪人が
あわれみを見出す場所です。
これが神と交わることのできる唯一の土台です。

主の死を思い巡らすということは、主の栄光を
見つめることなのです。
-Drew Craig


Gazing on Thee, Lord, in glory,
 /主よ 栄光のうちにおられるあなたを見つめ
While our hearts in worship bow,
 /私たちは心は礼拝のうちにひれ伏します
There we read the wondrous story,
 /そこに私たちは十字架とその恥と悲しみの
Of the cross, its shame and woe.
 /素晴らしい物語を読むことができるのです
-C.T.
あなたの太陽はもう沈まず、
あなたの月はかげることがない。
主があなたの永遠の光となり、
あなたの嘆き悲しむ日が終わるからである。
           (イザヤ書60章20節)

喪に服す日々は人間にとって避けられません。
クリスチャンにとってさえ、そうです。

私たちは、自分自身の罪、教会の中の罪、
そして世の中の罪のゆえに悲嘆します。
人生の困難は悲しみにつながるかもしれませんし、
(最後の敵である)死は常に悲しみにつながります。

しかし主はその悲しみの日々を区切ることを
決めておられます。

ですから私たちもこのように言うことができます。
「太陽はもう沈まず、月はかげることがない。
主が私たちの永遠の光となる」と。

主は悲しみの日々に終わりをもたらすからです。
-Roy Hill


There'll be no grief in heaven,/天に悲しみはありません
For life is one glad day,/いのちは喜ばしい日を味わうのです
And tears are those of former things,/涙は以前のことについてのものであり
Which all have passed away./それはらはすべて過ぎ去ったからです
-Anon.(作者不詳)
それで、主は彼(サウル)を殺し、王位をエッサイの子
ダビデに回された。(歴代誌第一10章14節)

この節を読んで起こってくることが明らかな疑問は、
「これは本当に真実だろうか」ということです。
数節前には、サウロは戦闘中にペリシテ人の手によって傷を受け、
最後には自らの手によって死んだことが書かれているからです。

神の主権は、私たちの歩みの中のすべての出来事に
責任を持っていて、支配しているのですが、
その中には死も含まれるのです。
ですから、サウルはそのような方法で命を落としましたが、
その死は、神のみこころによるものだったのです。

多くのクリスチャンが老齢にならず悲劇的な方法で
命を落とします。
そのような別れに心を痛めている人は、しっかりしましょう。
主は私たちの人生のプログラムを握っておられ、
何が最善かをご存知なのですから。
-Brian Russell


Peace, perfect peace, our future's all unknown?
 /平安 完全なる平安 私たちの未来は何もわからないのに?
Jesus we know and He is on the throne.
 /私たちはイエスを知っていて 主は御座についておられるのです
-E. H. Bickersteth