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考える道具を考える

The instrument which I think

年末年始のTV番組で、
妙に気になったのが、
仏教をテーマにした番組が、
多かったように思えることでしたね。

北野たけしが弘法大師、
空海 密教の里
高野山に登るという番組をはじめ、
BSジャパンでの奈良、京都の仏像の旅、
などが目に付きましたが、仏教に大衆が関心を抱くのも、
時代が閉塞し行き場のない不安が蔓延しているからでしょうか?

とはいえ21世紀だけの話ではなく、
いつの世にも、生きるという本質そのものが、
ある意味不安の中にいるわけですから、
仏教が今になって急にブームになることもないのでしょうが、
恐らく、そういうテーマに関心のある、
団塊の世代以降のおじさんたちの
仕掛けが入っているようにも思えるのです。

仏教の教義そのものは多義にわたり、
専門的であるので、
大衆が理解し、
その内容を把握するのは極めて難しい。

そもそも仏教は、
自らの心の中にある欲との戦いに対する教義であり、
社会を構築するための戦略ではないのですね。

商売としての仏教が話題になる時、
社会の不安と腐敗が最も進んだ状態であることを、
私達は理解しておく必要があるのでしょう。

南無。

毎年、新春1月の三が日に読む本は決まっている。

カミュの異邦人。
カフカの変身。
そして前年に一番読みたかった本一冊。

カミュの異邦人は、
主人公ムルソーが、
太陽が眩しすぎて、
人を殺してしまうという物語。
裁判では死刑宣告されるが上訴せず、
死刑を自らの最高の希望とする。

カフカの変身はあまりにも有名。
グレゴリーザムザはある朝目覚めると、
自分が毒虫(甲虫)に変身していまっているのに驚愕する。

不条理、孤独、不安。
自分の意識とは無関係に流れる、
日常の生活。

意識のズレの落とし穴に落ちた人間の、
その心象風景は、どこまでも、
穏やかなのだ。

毎年、新年にこの二冊を読む習慣は、
もう30年以上続いている。

でも、これは、どこか変だ!

‥‥

もう一冊は、立川志らく師匠の、
「立川流 鎖国論」。

これは最近の傑作。
落語協会から脱藩した談志の下に集まった、
現在の四天王の一人が、
脱藩だからこそ得られた様々な「成果」を、
面白おかしくまとめている。

  落語とは、
  人間の業の肯定だ!

談志師匠の落語のテーゼに挑む。


今年もまた、
不条理な自己意識と向き合って、
一年を生きていくことになる。

まぁ、いいか。
これが自分だ!





明けましておめでとうございます!
2011年が、皆様にとって、
素晴らしい年になることを、
心からお祈り申し上げます。

感謝の気持が、
純粋に湧き上がってきます。
素直に、生きていることに、
有難さを感じることができます。

このささやかなブログに、
アクセス頂いている皆様に、
感謝いたします。

儀礼を拒否することから私の青春は始まりました。
現状を破壊することで未来は創造できると信じることで、アイデンティティを確保してきました。

今、拒否し、破壊した後、何ができるのかを自分に問う時間がきたと自覚しています。

自分にではなく、
貴方に、何ができるか、です。

だから、まずは、感謝から
出発です。


今年も宜しくお願いいたします。
松岡正剛さんの一冊に「物語編集力」がある。

様々なジャンルの仕事をしている生徒?さんが、
それぞれの物語を文章で書いている。

編集は、イメージをマネージすることだ!
この一冊に纏められた物語編集力の基本コンセプト。


物語る力。


これが今年一年、私がテーマとして、
考え続けてきたことでもありました。

物語る力。

例えば落語の世界。
江戸庶民の生活の中に描かれる悲喜劇。

それは台本のない世界でもある。
つまり、語りの世界。

演ずる人が、自分のイメージの中で、
言葉で再現させる。
それも物語の世界だ。


だから落語家は噺家とも呼ばれる。
語りで聞かせる想像の世界は、
楽しい。


で、今年私が得た結論は、
物語力の大きなポイントは、
当り前ですが、
その物語の「オチ」にある、ということ。

オチのない語りは、世間話。
オチのある語りは、想像力を刺激する芸。

ここあたりかな‥‥、
なとどいうのが、今年の結論でした。

来年は、この結論はまた変わる。
でも物語力は、引き続き継続したいテーマではありますね。

今年もありがとうございました。
良い新年をお迎えください!


落語の好きな人ならば、
この三三さんに注目している人は多いでしょうね。

TBS情熱大陸に、遂に登場。
誰もやらない正真正銘の古典を掘り起こし、
見事にやってのける様が放映された。

10代目柳家小三冶の弟子。
小三冶師匠に憧れ入門。

小三冶を真似るのではなく、
小三冶そのものになるのを目指すという徹底ぶり。


水道橋の二人会で、
昨年でしょうか?
やっと生の三三を聴けた。

定評のある人物描写。
登場人物が活き活きと見えてくる舞台描写。

そんな噺の妙を十分に楽しんだ記憶がある。

上手いよ。
という評判ではなく、
名人に近づいて欲しいね。

高座に座っただけて、
笑ってしまうような名人になって欲しいですね。

来年も、立川談春、志らく、柳家三三は、
見逃せない。