さて昨日の続きです。
言葉で自分を守る。
つまり言葉の護身術を考える時、
最も重要なことは、
言葉は相手と心を通じさせるために活用されるという基本原則があるということですね。
言葉には、
伝えたい「意味」を、言葉という記号に変換して伝える道具の要素と、
伝えたい「感情」を、言葉という記号に変換して伝える道具の要素があります。
人が話しをする時は、
この「意味」と「感情」の二つの要素が混在して、
相手の態度や表情や声の大きさやトーンなどに反応して使い分けられます。
言葉で相手と通じ合いたいと願う基本があるので、
人それぞれの方法、経験によって言葉は発せられるわけですね。
しかし、通常は、意味も感情も正確に伝わることは少ない。
むしろ、聞いている人は、自分の意味と感情に変換して解釈しようとしますから、
相手固有の経験に従って、私の言葉を理解するしかできないわけです。
ここに「温度差」が生まれてくるので、
「誤解」が発生するというわけですね。
コンタクトセンターでクレームを受ける場合に、
この温度差は異常値を示します。
私は、自分の責で発生したことではない
相手の不快感に言葉で対応しなければなりません。
それは、いくら仕事とはいえ、
理不尽以外の何者でもないわけです。
しかし、仕事だから対応しなければならない。
これではストレスがたまる一方で、
とても「楽しい仕事」とはいえなくなりますね。
そこで、こうした「仕事」の場面で活用する
言葉の護身術を持っていることが大切ですね。
それは、つまり、
「敬語」を使って、相手と話しをするということです。
敬語という言葉の「敬」には、内田樹先生のご指摘を待つまでもなく、
「身をよじる」という意味があります。
避けられない場面で、身をかわして災難を避けるという意味ですね。
つまり敬語は、自分を言葉で守るための大切なツールなのだということです。
言葉の護身術とは、
つまり敬語を使って災難を避けることでした。
これが昨日からの結論です。
はいっ。
最後まで読んで頂き、大変有難うございました、です。
私の仕事の中に、
コンタクトセンターのコンサルティングがある。
何百人ものコンタクトセンターの運営では、
若い方々の就職希望が多い。
主婦の方の就業希望も多い。
コンタクトセンターの仕事とは、
文字通り、お客様と電話で対話して、お客様からの注文の受付をしたり、様々な要望をお聞きしたり、クレームを受けたりする。
そうした仕事の中で実感していることが、
言葉は自分を守る最大の武器なのだということでしょうか?
普段、人は何気なく言葉を使うことが多いのですが、
コンタクトセンターで、言葉を使って対話することを「仕事」とすると、何気なくというわけにはいかないわけですね。
例えば、
電話をかけていただいたことに対する感謝の気持ちを伝える。
‥‥普段仲間と電話で話す時に、いちいち感謝の言葉などは言わない。
普段使わない敬語などの「規則」に則った言葉遣いを心掛ける
‥‥普段仲間と電話で話す時に、敬語は使わない。
お客様の心情に共感した言葉を伝える。
‥‥普段仲間と電話で話す時に、仲間の心情に共感する言葉を言うことは少ない。
つまり、普段語とでもいう言葉遣いとは異なった、
別の言葉で、相手と対話するのが、
この仕事の原理原則となるわけですね。
だからといえばいいでしょうか?
言葉がとても難しいことに、直ぐに気づくことになります。
自分では丁寧に説明しているつもりでも、
突然怒り出すお客様。
自分では、共感しているつもりで話していても、
何だか馬鹿にされていると受け留められる理不尽さ。
この温度差に、
コンタクトセンターの仕事の難しさがありますね。
特に、クレーム対応は極めて難しい。
自分に責任のない出来事を、会社を代表して、
お詫びする。クレームを聞き続ける。
これは持続可能な仕事の範囲を逸脱した、
とても我慢のならない仕事であるといえばいえますね。
では、どうすれば、言葉で伝わるか?
とっておきの方法があるのですね!
(長いので明日に続く)
コンタクトセンターのコンサルティングがある。
何百人ものコンタクトセンターの運営では、
若い方々の就職希望が多い。
主婦の方の就業希望も多い。
コンタクトセンターの仕事とは、
文字通り、お客様と電話で対話して、お客様からの注文の受付をしたり、様々な要望をお聞きしたり、クレームを受けたりする。
そうした仕事の中で実感していることが、
言葉は自分を守る最大の武器なのだということでしょうか?
普段、人は何気なく言葉を使うことが多いのですが、
コンタクトセンターで、言葉を使って対話することを「仕事」とすると、何気なくというわけにはいかないわけですね。
例えば、
電話をかけていただいたことに対する感謝の気持ちを伝える。
‥‥普段仲間と電話で話す時に、いちいち感謝の言葉などは言わない。
普段使わない敬語などの「規則」に則った言葉遣いを心掛ける
‥‥普段仲間と電話で話す時に、敬語は使わない。
お客様の心情に共感した言葉を伝える。
‥‥普段仲間と電話で話す時に、仲間の心情に共感する言葉を言うことは少ない。
つまり、普段語とでもいう言葉遣いとは異なった、
別の言葉で、相手と対話するのが、
この仕事の原理原則となるわけですね。
だからといえばいいでしょうか?
言葉がとても難しいことに、直ぐに気づくことになります。
自分では丁寧に説明しているつもりでも、
突然怒り出すお客様。
自分では、共感しているつもりで話していても、
何だか馬鹿にされていると受け留められる理不尽さ。
この温度差に、
コンタクトセンターの仕事の難しさがありますね。
特に、クレーム対応は極めて難しい。
自分に責任のない出来事を、会社を代表して、
お詫びする。クレームを聞き続ける。
これは持続可能な仕事の範囲を逸脱した、
とても我慢のならない仕事であるといえばいえますね。
では、どうすれば、言葉で伝わるか?
とっておきの方法があるのですね!
(長いので明日に続く)
我が師 玄侑宗久禅師の「禅的幸福論 いあわせる力」の中にこんな一節がある。
‥‥お釈迦様は菩提樹の下で七日間坐禅をされた。
そこで何をしていたか? 禅定に入っていた。つまり三昧になっていた。
これが禅の原点、つまり「いまに居る」ということ。
この「いまに居る」とはどういうことか?
それは「言葉でモノを考えていない」ということ。(第四章 禅が考えるしあわせから)
どうやら、考えるという行為は、
頭の中で過去のモノゴトをあれこれ動かすことだと言い切る禅師の言葉に、いたく感動したわけですが、その行為を排除して、「いま」に「居る」ことそのものが大事だといったわけです。私の解釈では‥。
また本著の中で禅師は続けます。
‥‥お釈迦様は悟りを開かれてブッダになったといわれている。ブッダとは「目覚めた人」という意味ことです。
ただ、日常生活の中で私達は、何も考えないことはできないわけですから、
こういう言葉の意味は、恐らく、「無心」の瞬間を自分の生活の中に作り出し、自分を洗い直す時間を持つことで、幸福という感覚を体験できるということなのでしょう。
今自分が幸福であるかどうか、この瞬間の幸福感を実感することはなかなか難しいですよね。「今、すごくしあわせ!」という台詞は、普段は使わない。せいぜい文学か映画の世界の中の台詞。過去の出来事を振り返って、幸福だったのかも‥と思うのがせいぜいかな‥。
だから、自分の生活の中の時間を区切って、
何も考えない時間を持つこと。それが、坐禅をすることなのかもしれませんね。
さて、今日も、心静かに、良い1日を過ごしましょう!
本日で、2009年度が終わります。
‥‥お釈迦様は菩提樹の下で七日間坐禅をされた。
そこで何をしていたか? 禅定に入っていた。つまり三昧になっていた。
これが禅の原点、つまり「いまに居る」ということ。
この「いまに居る」とはどういうことか?
それは「言葉でモノを考えていない」ということ。(第四章 禅が考えるしあわせから)
どうやら、考えるという行為は、
頭の中で過去のモノゴトをあれこれ動かすことだと言い切る禅師の言葉に、いたく感動したわけですが、その行為を排除して、「いま」に「居る」ことそのものが大事だといったわけです。私の解釈では‥。
また本著の中で禅師は続けます。
‥‥お釈迦様は悟りを開かれてブッダになったといわれている。ブッダとは「目覚めた人」という意味ことです。
ただ、日常生活の中で私達は、何も考えないことはできないわけですから、
こういう言葉の意味は、恐らく、「無心」の瞬間を自分の生活の中に作り出し、自分を洗い直す時間を持つことで、幸福という感覚を体験できるということなのでしょう。
今自分が幸福であるかどうか、この瞬間の幸福感を実感することはなかなか難しいですよね。「今、すごくしあわせ!」という台詞は、普段は使わない。せいぜい文学か映画の世界の中の台詞。過去の出来事を振り返って、幸福だったのかも‥と思うのがせいぜいかな‥。
だから、自分の生活の中の時間を区切って、
何も考えない時間を持つこと。それが、坐禅をすることなのかもしれませんね。
さて、今日も、心静かに、良い1日を過ごしましょう!
本日で、2009年度が終わります。
生活が大変便利になった。
テレビ、洗濯機、掃除機‥。
そして携帯電話、デジタルテレビ、インターネット。
昔のように三種の何とかとはいわないが、
数限りない利便性が私たちの生活にもたらされている。
しかし、、、、、
ひとつの利便を手に入れると、
ひとつの大切な何かを失う。
一人の友人と出逢うと、
一人の古くからの仲間を失う。
ひとつの言葉を覚えると、
ひとつの大切な意味を失う。
そんな、利便の罠に、ひっかかっていないか、、、、
最近は注意深く、
あたりを見回すことが多くなった。
テレビ、洗濯機、掃除機‥。
そして携帯電話、デジタルテレビ、インターネット。
昔のように三種の何とかとはいわないが、
数限りない利便性が私たちの生活にもたらされている。
しかし、、、、、
ひとつの利便を手に入れると、
ひとつの大切な何かを失う。
一人の友人と出逢うと、
一人の古くからの仲間を失う。
ひとつの言葉を覚えると、
ひとつの大切な意味を失う。
そんな、利便の罠に、ひっかかっていないか、、、、
最近は注意深く、
あたりを見回すことが多くなった。
ワークライフバランスという言葉が流行している。
仕事と生活のバランスをどのようにとっていくのか?
日本人の働き方に対する国の政策的呼びかけから発祥したこの言葉ですが、
「会議術」で有名になった吉越浩一郎さんは、
これに「スリープ」すなわち睡眠を入れバランスをとることを上げていましたね。
(吉越式会議術から)
ワーク・ライフ・スリープ・バランス。
つまり、1日24時間の使い方では、
8時間を労働に、8時間をオフタイムに、8時間を睡眠にとりなさいということ。
ははぁ、確かに国のWLBの考え方に、
この睡眠という概念は入ってこない。
(国がいちいち国民の睡眠時間まで言うはずもないのだが‥)
で、考え方として、
毎日しっかり睡眠をとりなさいということは、
脳の活性化にとって極めて重要なことらしいのですね。
睡眠中も脳は活動している、とは茂木健一郎先生の指摘。
その睡眠中の脳を上手に活かすためには、
睡眠直前に、脳にいくつかの考える素材を与えておくということだと指摘していましたね。
問題解決したことではなく、
継続して考え続けなければならない課題を、
起きたまま考えるのではなく、
寝ながら脳に考えてもらうというものだったでしょうか?
朝、起きて、発想が閃いたら、それでOK。
寝床には常にノートを用意しておいて、
朝起きたら夜の脳内の出来事を記録することだというわけです。
そういえば、亡き先代の三遊亭円楽さんの落語にこんなものがありましたね。
‥‥私は最近眠れなくて困っていんでさぁ。
それはね、夜寝ると直ぐに、朝起きた夢を見るんですよ。
夢は、そのまま1日仕事をやっている自分となって一生懸命働いている。
夢の中で、1日の仕事が終わって、さぁ寝ようかと思ったら、
目が覚めて、本当の1日が始まるんでさぁ。
それは寝る暇はないですね。
結構、高度成長時代には笑えない小噺でした。
さて、今日も、朝です。
今日も1日、頑張りましょうねって‥‥これは、夢の中なのかな?
仕事と生活のバランスをどのようにとっていくのか?
日本人の働き方に対する国の政策的呼びかけから発祥したこの言葉ですが、
「会議術」で有名になった吉越浩一郎さんは、
これに「スリープ」すなわち睡眠を入れバランスをとることを上げていましたね。
(吉越式会議術から)
ワーク・ライフ・スリープ・バランス。
つまり、1日24時間の使い方では、
8時間を労働に、8時間をオフタイムに、8時間を睡眠にとりなさいということ。
ははぁ、確かに国のWLBの考え方に、
この睡眠という概念は入ってこない。
(国がいちいち国民の睡眠時間まで言うはずもないのだが‥)
で、考え方として、
毎日しっかり睡眠をとりなさいということは、
脳の活性化にとって極めて重要なことらしいのですね。
睡眠中も脳は活動している、とは茂木健一郎先生の指摘。
その睡眠中の脳を上手に活かすためには、
睡眠直前に、脳にいくつかの考える素材を与えておくということだと指摘していましたね。
問題解決したことではなく、
継続して考え続けなければならない課題を、
起きたまま考えるのではなく、
寝ながら脳に考えてもらうというものだったでしょうか?
朝、起きて、発想が閃いたら、それでOK。
寝床には常にノートを用意しておいて、
朝起きたら夜の脳内の出来事を記録することだというわけです。
そういえば、亡き先代の三遊亭円楽さんの落語にこんなものがありましたね。
‥‥私は最近眠れなくて困っていんでさぁ。
それはね、夜寝ると直ぐに、朝起きた夢を見るんですよ。
夢は、そのまま1日仕事をやっている自分となって一生懸命働いている。
夢の中で、1日の仕事が終わって、さぁ寝ようかと思ったら、
目が覚めて、本当の1日が始まるんでさぁ。
それは寝る暇はないですね。
結構、高度成長時代には笑えない小噺でした。
さて、今日も、朝です。
今日も1日、頑張りましょうねって‥‥これは、夢の中なのかな?