言葉の護身術 その2 | 考える道具を考える

考える道具を考える

The instrument which I think

さて昨日の続きです。

言葉で自分を守る。
つまり言葉の護身術を考える時、
最も重要なことは、

言葉は相手と心を通じさせるために活用されるという基本原則があるということですね。

言葉には、
伝えたい「意味」を、言葉という記号に変換して伝える道具の要素と、
伝えたい「感情」を、言葉という記号に変換して伝える道具の要素があります。

人が話しをする時は、
この「意味」と「感情」の二つの要素が混在して、
相手の態度や表情や声の大きさやトーンなどに反応して使い分けられます。

言葉で相手と通じ合いたいと願う基本があるので、
人それぞれの方法、経験によって言葉は発せられるわけですね。

しかし、通常は、意味も感情も正確に伝わることは少ない。
むしろ、聞いている人は、自分の意味と感情に変換して解釈しようとしますから、
相手固有の経験に従って、私の言葉を理解するしかできないわけです。

ここに「温度差」が生まれてくるので、
「誤解」が発生するというわけですね。


コンタクトセンターでクレームを受ける場合に、
この温度差は異常値を示します。

私は、自分の責で発生したことではない
相手の不快感に言葉で対応しなければなりません。
それは、いくら仕事とはいえ、
理不尽以外の何者でもないわけです。

しかし、仕事だから対応しなければならない。

これではストレスがたまる一方で、
とても「楽しい仕事」とはいえなくなりますね。


そこで、こうした「仕事」の場面で活用する
言葉の護身術を持っていることが大切ですね。

それは、つまり、
「敬語」を使って、相手と話しをするということです。

敬語という言葉の「敬」には、内田樹先生のご指摘を待つまでもなく、
「身をよじる」という意味があります。
避けられない場面で、身をかわして災難を避けるという意味ですね。

つまり敬語は、自分を言葉で守るための大切なツールなのだということです。

言葉の護身術とは、
つまり敬語を使って災難を避けることでした。

これが昨日からの結論です。
はいっ。

最後まで読んで頂き、大変有難うございました、です。