NHKの番組「課外授業 ようこそ先輩」シリーズに映画監督 押井 守さんが登場した。
タイトルは「“見方”を変えて 退屈をけとばせ」。
東京都大田区立入新井第一小学校の卒業生でもある押井監督が、
今の子供達に「東京」の街の見方を教える。
映画作りの極意を教えます‥‥それは、東京を見る視点を教えることだった。
街の日常の中にいる私達は、
普段何気なく、街を人を車を見ている。
しかし、そこに違う視点を入れることで、
日常の街は一変する。まったく異次元の世界が出現する。
例えば、人のいない街。
犬の視線で見ながら歩くと見える街。
そうして、子供たちに「実際にそうなっていなくても」、イメージすることの楽しさを教える。
学校の校庭に戦車がいたら?
こうして興味を持った子供達と東京を散策する。探検する。
すると子供達の想像力は逞しく、様々な発想が生まれてくる。
‥‥魚の眼で見た都市、ビル。
鳥の眼で見た街。
真上から見た横断歩道とそこを歩く傘。
そんな豊かな発想で楽しそうに絵を描いていく子供達。
その想像力の豊かさに驚愕する。そして、それを伝えようとする押井守監督が子供ように見えた‥。
‥‥確かに、大人になった自分が見る世界は、
とてもフラットな世界だ。
視点を換えて見るだけでイマジネーションできる世界に生きているのに!
押井作品の最新作「スカイ・クロラ」(森博嗣原作、声の出演 菊池凛子、加瀬亮、栗山千明、谷原章介など)が8月2日からいよいよ始まる。精細な3D映像とフラットな表情の子供達が登場する日常と異次元が混在した物語と聞く。「イノセント」以来の難解な世界が楽しめそうだ。
敬愛する玄侑宗久禅師の「禅的生活」(ちくま新書2003年12月第一刷刊)は、私の座右の書となっている。
本来は座右の銘と言わなければならないのですが、私にとっては「常に自分の心にとめておいて戒め(いましめ)や励まし(はげまし)とする格言のこと」と定義される座右の「銘」ではなく「書」という存在になっているのですね。
特に好きな言葉は「知足」。
足るを知る。老子の言葉のその意味は、
‥‥たいてい「小欲」と組み合わさって
「程度を心得、身の程を知る」みたいな意味合いで説明されることが多い。
しかし、この「知足」は何より、
我が身の現状を完全に肯定するという大事業なのである。(玄侑禅師)
今の自分の職業、友人、家族、地域など‥その世界の中に居る自分は、
自分が望んで設定した世界である‥という認識。
仕事で苦しむことも、友人関係で悩むことも、家族との関係で上手くいかないことがあっても、
それは自分が望んで生み出したことであると捉えること。
わが身の現状を完全に肯定する!
それは、とても大変な心の持ち方でもあるのですね。
私は、自分が苦しくなると、いつも「知足」という言葉を思い出すことにしています。
身の程を知ろう!という自己への戒めへの言葉でもあると同時に、
他人を責めるのではなく、そういう現象を生み出した自分を見つめ直す機会にしたいと思うのです。
今日から三連休。
何をやっていても、しっかりと自分を見つめてみたいと思います。
本来は座右の銘と言わなければならないのですが、私にとっては「常に自分の心にとめておいて戒め(いましめ)や励まし(はげまし)とする格言のこと」と定義される座右の「銘」ではなく「書」という存在になっているのですね。
特に好きな言葉は「知足」。
足るを知る。老子の言葉のその意味は、
‥‥たいてい「小欲」と組み合わさって
「程度を心得、身の程を知る」みたいな意味合いで説明されることが多い。
しかし、この「知足」は何より、
我が身の現状を完全に肯定するという大事業なのである。(玄侑禅師)
今の自分の職業、友人、家族、地域など‥その世界の中に居る自分は、
自分が望んで設定した世界である‥という認識。
仕事で苦しむことも、友人関係で悩むことも、家族との関係で上手くいかないことがあっても、
それは自分が望んで生み出したことであると捉えること。
わが身の現状を完全に肯定する!
それは、とても大変な心の持ち方でもあるのですね。
私は、自分が苦しくなると、いつも「知足」という言葉を思い出すことにしています。
身の程を知ろう!という自己への戒めへの言葉でもあると同時に、
他人を責めるのではなく、そういう現象を生み出した自分を見つめ直す機会にしたいと思うのです。
今日から三連休。
何をやっていても、しっかりと自分を見つめてみたいと思います。
私は、一度約束したことは、
破らない。
面会の日や時間は、先に約束した人との面会が最優先だ。
その人の肩書や何やらに関係なく、先に決めたことが最優先です。
ところが、最近、特に、相手の都合を聞かないで、
勝手に約束をいれようとする偉い人が多くなってきた。
とても腹立たしいことだ。
あたかも当然のように、相手の時間を拘束する。
基本的には、決められた時間は厳守すべきなのに、
いつ終わるともしれない会議を平然と続ける偉い人が多いのには閉口する。
……
約束とは、相手の時間を頂戴すること。
だから、約束は守らなければならない。
それができない人とは、私は約束はしない。
約束していないことに責任はない。
何で、改めてこんなことを書いているのか?
今週は、そんな理不尽な要求を平気でする人間たちとの会議が多かったからだ。
悲しいですね。
皆様、良い週末を!
破らない。
面会の日や時間は、先に約束した人との面会が最優先だ。
その人の肩書や何やらに関係なく、先に決めたことが最優先です。
ところが、最近、特に、相手の都合を聞かないで、
勝手に約束をいれようとする偉い人が多くなってきた。
とても腹立たしいことだ。
あたかも当然のように、相手の時間を拘束する。
基本的には、決められた時間は厳守すべきなのに、
いつ終わるともしれない会議を平然と続ける偉い人が多いのには閉口する。
……
約束とは、相手の時間を頂戴すること。
だから、約束は守らなければならない。
それができない人とは、私は約束はしない。
約束していないことに責任はない。
何で、改めてこんなことを書いているのか?
今週は、そんな理不尽な要求を平気でする人間たちとの会議が多かったからだ。
悲しいですね。
皆様、良い週末を!
東京駅。地下コンコースにある待ち合わせ場所の目印「銀の鈴」。
この「銀の鈴」の作者が、NHK爆笑問題のニッポンの教養のゲスト宮田亮平先生(東京藝術大学学長)だ。
携帯電話のなかった時代に、このシンボリックな「銀の鈴」の存在はどれだけ貴重なサインだったか‥。最近の待ち合わせの合言葉は、単に場所を示すだけが多いらしい。渋谷とか新宿とか東京‥そして、駅についたら携帯電話で距離を詰める‥。
そういう時代になっても、待ち合わせといえば、渋谷ハチ公前、新宿アルタ前‥が尚且つ多いらしい。
「銀の鈴」は、作品としての価値を保持しつつ、生活空間の中では、一つの象徴的記号となって存在する。東京駅で作品をまじまじと見続ける人はいない。創作された作品が、作者の手を離れてあとの運命を物語っている。(それでいい)
それはともかく‥。
金属工芸という芸術の世界で世界的に有名な宮田先生。あまり内部を見ることができない藝大の創造の現場を紹介していく。その態度はあくまでもキサク。
爆笑問題の太田光は、案内された作品の前に行くごとに、言葉で「悪態」をつく。何かに挑戦するかのような姿勢‥何とか言葉で、その創造空間を感受しようともがく姿は、悪がきそのもののように見えた。恐れ多くも学長の前で、何という喋り方をするんだ! そのタメグチ止めろよ!(礼節を重んずる私は太田光のシャベリに強い違和感を禁じえなかった!‥‥のだが‥)
そんな番組の前編から後編に移る途中で、終始ニコニコ対応していた学長は言い放つ。
‥‥太田さんは、言葉は多いのだけれど、全然伝わってこないんだよね!
本当のことを言っているように感じない!
この一言で空気は一変する。しゃべりの天才太田光は、そのしゃべりをシャットアウトされた。宮田先生は、その指摘で、何を伝えたかったのか‥。おそらく‥
‥‥「伝えたいこと」と「伝わること」の落差を見つめること。
言葉ではない作品にある饒舌性のことではなかったか?
彫刻や絵画、音楽等など。作品は完成した後は作者の手を離れる。他人の前に晒されることで作品は始めて生きはじめるのだが、その評価は様々で、作者自身もまた評価する人間の立場に組み込まれる。そういう世界の中で、作者が伝えたいことが見る側に伝わることはあまりない。
でも、それでいい。それがいい。
実は、言葉だって、伝えたいことが伝わることはないのだから‥。
‥‥さて、今日の出張、同行者との待ち合わせは「銀の鈴」だったな‥。
この「銀の鈴」の作者が、NHK爆笑問題のニッポンの教養のゲスト宮田亮平先生(東京藝術大学学長)だ。
携帯電話のなかった時代に、このシンボリックな「銀の鈴」の存在はどれだけ貴重なサインだったか‥。最近の待ち合わせの合言葉は、単に場所を示すだけが多いらしい。渋谷とか新宿とか東京‥そして、駅についたら携帯電話で距離を詰める‥。
そういう時代になっても、待ち合わせといえば、渋谷ハチ公前、新宿アルタ前‥が尚且つ多いらしい。
「銀の鈴」は、作品としての価値を保持しつつ、生活空間の中では、一つの象徴的記号となって存在する。東京駅で作品をまじまじと見続ける人はいない。創作された作品が、作者の手を離れてあとの運命を物語っている。(それでいい)
それはともかく‥。
金属工芸という芸術の世界で世界的に有名な宮田先生。あまり内部を見ることができない藝大の創造の現場を紹介していく。その態度はあくまでもキサク。
爆笑問題の太田光は、案内された作品の前に行くごとに、言葉で「悪態」をつく。何かに挑戦するかのような姿勢‥何とか言葉で、その創造空間を感受しようともがく姿は、悪がきそのもののように見えた。恐れ多くも学長の前で、何という喋り方をするんだ! そのタメグチ止めろよ!(礼節を重んずる私は太田光のシャベリに強い違和感を禁じえなかった!‥‥のだが‥)
そんな番組の前編から後編に移る途中で、終始ニコニコ対応していた学長は言い放つ。
‥‥太田さんは、言葉は多いのだけれど、全然伝わってこないんだよね!
本当のことを言っているように感じない!
この一言で空気は一変する。しゃべりの天才太田光は、そのしゃべりをシャットアウトされた。宮田先生は、その指摘で、何を伝えたかったのか‥。おそらく‥
‥‥「伝えたいこと」と「伝わること」の落差を見つめること。
言葉ではない作品にある饒舌性のことではなかったか?
彫刻や絵画、音楽等など。作品は完成した後は作者の手を離れる。他人の前に晒されることで作品は始めて生きはじめるのだが、その評価は様々で、作者自身もまた評価する人間の立場に組み込まれる。そういう世界の中で、作者が伝えたいことが見る側に伝わることはあまりない。
でも、それでいい。それがいい。
実は、言葉だって、伝えたいことが伝わることはないのだから‥。
‥‥さて、今日の出張、同行者との待ち合わせは「銀の鈴」だったな‥。
脳科学者茂木健一郎さんがキャスターをつとめるNHKの番組「プロフェッショナル仕事の流儀」。
7月15日の第93回目は、ライバルスペシャルと称した特別番組だった。
今期の将棋名人戦を戦う宿命のライバル二人を追う。小学校4年生から27年間ライバルとしてしのぎを削ってきた天才羽生善治2冠と森内俊之名人。今期は羽生が森内に挑戦する。
将棋の名人戦は、プロ棋戦の中でも最高峰の戦いである。一年間の順位戦を戦い抜いた只一人の挑戦者が、名人との七番勝負に挑む。A級からC2級まで五段階に分かれたこの順位戦は、棋士の「位」を決定する重要な棋戦でもある。
羽生と森内。宿命のライバルの戦い。
20代前半の羽生は凄かった。若くして将棋のタイトル7つを全制覇した天才羽生に対し、遅咲きの森内は、30歳を過ぎてから頭角を現す。あと一つ勝てば永世名人の称号を手に入れる直前の羽生を破って名人位について以後、森内は5期連続名人位を保持し、羽生より先に永世名人の称号を得る。この二人のライバルの戦いは運命的でもあるでしょう。今期は結果として羽生が名人位を奪還し、ようやく永世名人の称号を手に入れた。
全6局の戦いの模様を描いたこの番組は面白かった。
30代を迎えて天才羽生の指し回しは、淡白になった。勝利への執念が消えた。7つのタイトルを次々失っていく。しかし羽生はある日将棋会館を訪れた時、還暦を迎えた先輩棋士たちの将棋に向かうその姿勢を見て改めて何かを感じる。
‥‥勝つか、負けるかではなく、自分の将棋を極める
その瞬間から天才羽生善治は蘇る。10代の頃の執念が復活する。森内は第3局目の戦いを振り返って言った。劣勢になってからの羽生の粘り。「羽生さんは勝ちたいんだな‥」。羽生の変化にいち早く気がついたのは、ライバルであった‥というわけだ。この心理が、森内の戦いを鈍らせたことは事実だろう。
目標と達成。心の昇華への新たな戦い。森内は永世名人を獲得して一つの目標を達成した。羽生はまだ達成していなかった。この気概の差が今期の名人戦の勝敗を左右したように思えた。
名人羽生善治は、天才から超人に向かい始めたように思えた。今、王将戦、棋王戦など立て続けにタイトル戦を戦っている羽生。群雄割拠の将棋界が、新たな時代を迎えようとしているのかもしれない。
7月15日の第93回目は、ライバルスペシャルと称した特別番組だった。
今期の将棋名人戦を戦う宿命のライバル二人を追う。小学校4年生から27年間ライバルとしてしのぎを削ってきた天才羽生善治2冠と森内俊之名人。今期は羽生が森内に挑戦する。
将棋の名人戦は、プロ棋戦の中でも最高峰の戦いである。一年間の順位戦を戦い抜いた只一人の挑戦者が、名人との七番勝負に挑む。A級からC2級まで五段階に分かれたこの順位戦は、棋士の「位」を決定する重要な棋戦でもある。
羽生と森内。宿命のライバルの戦い。
20代前半の羽生は凄かった。若くして将棋のタイトル7つを全制覇した天才羽生に対し、遅咲きの森内は、30歳を過ぎてから頭角を現す。あと一つ勝てば永世名人の称号を手に入れる直前の羽生を破って名人位について以後、森内は5期連続名人位を保持し、羽生より先に永世名人の称号を得る。この二人のライバルの戦いは運命的でもあるでしょう。今期は結果として羽生が名人位を奪還し、ようやく永世名人の称号を手に入れた。
全6局の戦いの模様を描いたこの番組は面白かった。
30代を迎えて天才羽生の指し回しは、淡白になった。勝利への執念が消えた。7つのタイトルを次々失っていく。しかし羽生はある日将棋会館を訪れた時、還暦を迎えた先輩棋士たちの将棋に向かうその姿勢を見て改めて何かを感じる。
‥‥勝つか、負けるかではなく、自分の将棋を極める
その瞬間から天才羽生善治は蘇る。10代の頃の執念が復活する。森内は第3局目の戦いを振り返って言った。劣勢になってからの羽生の粘り。「羽生さんは勝ちたいんだな‥」。羽生の変化にいち早く気がついたのは、ライバルであった‥というわけだ。この心理が、森内の戦いを鈍らせたことは事実だろう。
目標と達成。心の昇華への新たな戦い。森内は永世名人を獲得して一つの目標を達成した。羽生はまだ達成していなかった。この気概の差が今期の名人戦の勝敗を左右したように思えた。
名人羽生善治は、天才から超人に向かい始めたように思えた。今、王将戦、棋王戦など立て続けにタイトル戦を戦っている羽生。群雄割拠の将棋界が、新たな時代を迎えようとしているのかもしれない。