知足‥‥を考える | 考える道具を考える

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The instrument which I think

敬愛する玄侑宗久禅師の「禅的生活」(ちくま新書2003年12月第一刷刊)は、私の座右の書となっている。

本来は座右の銘と言わなければならないのですが、私にとっては「常に自分の心にとめておいて戒め(いましめ)や励まし(はげまし)とする格言のこと」と定義される座右の「銘」ではなく「書」という存在になっているのですね。


特に好きな言葉は「知足」。
足るを知る。老子の言葉のその意味は、

    ‥‥たいてい「小欲」と組み合わさって
      「程度を心得、身の程を知る」みたいな意味合いで説明されることが多い。
 
      しかし、この「知足」は何より、
      我が身の現状を完全に肯定するという大事業なのである。(玄侑禅師)

今の自分の職業、友人、家族、地域など‥その世界の中に居る自分は、
自分が望んで設定した世界である‥という認識。

仕事で苦しむことも、友人関係で悩むことも、家族との関係で上手くいかないことがあっても、
それは自分が望んで生み出したことであると捉えること。

わが身の現状を完全に肯定する!
それは、とても大変な心の持ち方でもあるのですね。

私は、自分が苦しくなると、いつも「知足」という言葉を思い出すことにしています。
身の程を知ろう!という自己への戒めへの言葉でもあると同時に、
他人を責めるのではなく、そういう現象を生み出した自分を見つめ直す機会にしたいと思うのです。

今日から三連休。
何をやっていても、しっかりと自分を見つめてみたいと思います。