ーTESCOはどのくらい活動を続けているのですか

 

レーベルとしてのTESCOは1988年から存在している。もっとも1987年から近しい人へのメールオーダーを俺達はやってたんだけどね。80年代の終わりごろからもっとシリアスな態度でそれをやるようになったんだ。

 

ーTESCOを始めた動機について教えてください。DAGDA MORの宣言文に「文化とは抵抗運動である」と書かれていますがそれに近い考えがあっての事でしょうか。

 

TESCOの第一の関心は当初のインダストリアルムーブメントの伝統を保持すること。世界がそうであるのと同じくらいの激越なメッセージを持ったバンドと音楽を援助することだ。文化的な抵抗というものも当然そこに含まれる。例えば文化テロリズムといったものがそうだな。俺が思うにこの種の音楽やそのリスナーは山の頂に立って社会とその退廃を見つめているようなものなんだろうな。タブーもルールもない。ただ自分の欲求だけが重要なんだ。俺達はドイツでの実験音楽の堕落というものを見てしまっている。確かに今のシーン自体は大きくなっているけどドイツには幾つかのレーベルを除いてほとんど活動が見られない。だから俺達がやっていることはある種の抵抗運動なんだ。お前の質問はその意味で正しいね。妥協も降伏も俺達にはありえない。ただ前進あるのみだ。後退しようとは思わない。やるべき事、発言すべき事、発見するべきもの、学ぶべき事は多くある。そう考えながら俺達は自分自身の表現方法を見つけてきたんだ。

 

ーTESCOは近年ノイズの世界でプレゼンスを確立し、多くの熱心なファンを抱えていると思うのですが、貴方のレーベルのファン層に特徴の様なものはあるのでしょうか。ほとんどがヨーロッパ人ではないかと思うのですがどうでしょうか。

 

彼らが全員16から30歳のスタイルの良いニンフォマニアの女性ならいいんだけどな。その通り。俺達の客のほとんどはヨーロッパ人だ。でもこれは彼らが俺達のファンだってことではないだろうな。ただ好きな音楽やバンドを追ってるだけなんだと思う。

 

ーノイズと言えば日本では「ノイズミュージック」という言葉は貴方のレーベルの様なものからいわゆる「ジャパノイズ」と言われるものまで広範囲なものを指しています。こういう事は気になるものでしょうか。HEAVY ELECTRONICSと呼ばれた方が良いと思いますか。

 

人が俺達の音楽を何と呼ぼうが気にしないね。俺達のレーベルも色んなスタイルのものをリリースしてるしな。ただ重要なことはそこには伝達されるメッセージがあるべきで、ただシンセサイザーから出る変な音を聴いて楽しむだけのものでは駄目だということだ。俺はそういうのを意図のないノイズと呼んでる。そんなもんはあちらこちらにあるし、つまらんものだ。たまたま音が気に入るようなことがあったとしてもね。

 

ーFREAK ANIMALという雑誌で「ノイズの為のノイズ」と「コンテンツのあるノイズ」というテーマについての記事をいくつか読んだのですがこの件についての貴方の考えを教えてください。個人的にはTESCOは完全に後者であると思うのですが。

 

先にも言ったように俺は他人がノイズをどういう意図で作ろうが知ったこっちゃない。でも俺としてはコンテンツのあるノイズが好きだ。俺は楽しんでノイズを作っているような奴らのノイズは聴きたくない。それはファッションに過ぎないし、おもちゃみたいなもんだ。ちゃらちゃらした奴等がたまたま良い音楽を作ることがあるということも認めなければならないな。だけどそれは俺にとって何の意味もないし、何の価値もない。ま、これは俺の個人的な意見だけどね。

 

ー普段はどのような音楽を聴いていますか。

 

勿論、TESCOからリリースしたものの多くを今でも聴いている。その他にはTG,SPK,NOCTURNALEMISSIONS,WHITEHOUSE,LUSTMORD,CON-DOM,GREY WOLVES,ANENZEPHALIAってところかな。

あとパワーエレクトロニクスの連中や昔のインダストリアルミュージックとかが好きだね。

 

ー貴方のレーベルから出される条件とはどのような物でしょうか

 

十分なコンセプトがある良い音楽であるということだな。市場の要求がどうこうというのは全く関係ないね。

 

ーヨーロッパではTESCOの様なレーベルが多くなってきたように思えます。これはヨーロッパ独自の現象なんでしょうか。それとも貴方やCMIの後追いに過ぎないのでしょうか。

 

多くのグループは他のレーベルからリリースされる事に満足しないんだろうな。だから仲間内のバンドを集めて小さなレーベルを作り始めるんじゃないかと思う。普通はそんなもんだろうし、俺達も最初はそうだった。

 

ードイツにTESCOの直営店みたいなものはあるのでしょうか。そこを訪れることは可能ですか。

 

いや、俺達のは単なるホームビジネス、メールオーダーシステムに過ぎないんだ。良い友人だけがウェルカムさ。

 

ーTESCO-DISCOというイヴェントはまだあるのでしょうか。どの位の観客が来るのでしょう。

 

ストレスはたまるし、金にはならないし、止めたよ。昔はドイツでもほかのプロモーターが毎週末に何かやってたんだけどな。HEAVY ELECTRONICSのイヴェントでは大体150から200人位の人が見に来てたね。

 

ー貴方はFUNCTIONALというレーベルも運営していますがTESCOとの違いは何ですか。

 

FUNCTIONALはTESCOの沢山の店からTESCOの大きなパッケージの作品がレコード棚に入らないと文句を言われたから始めたんだ。実際、FUNCTIONALから出ている作品のパッケージはFUNCTIONALで簡単な物だろ。最初、このレーベルは昔のテープ作品をCDにするというのがコンセプトだったんだけど、今では俺達の中でTESCOとのバランスを取るためのツールになってるね。

 

ー何か最後にあればお願いします。

 

未来は自分の手を汚すことを厭わない俺達少数の人間の手の中にある。

Atrax Morgueの晩年近く x 3

 

いつぞやの5月頃に自裁してしまったATRAX MORGUE。その訃報は電子雑音周辺で知り合ったFさんからメールで頂いたと記憶している。私は京都を旅行中で多分市バスの中で知ったと思う。自裁された後はこちらにももやもやした感情が残ったし、「何で死んだんかねえ」という話も幾らかしたように思う。ただよくよく思えば自裁だろうが何だろうが「死」は「死」でしかなくその原因やましてや自裁方法などはどうでも良いことであった&あると今改めて思う。死んだから死んだ、死ねる方法で自裁した以上の何を知る必要がある?以下の3作は、正確な所はともかくとして、彼が自裁する前後に私が聞いたと記憶している諸作品である。

 

Negative Frequencies

一曲35分前後の暗鬱なシンセ音が延々と続くもの。初期作にあるような陰鬱な音でありながらも流れとしては勢いのある音の奔流はここでは全く見られず枯れ果てた川が細く流れているようなもの。ただその流れをじっと見ると引き込まれてしまうような鬼気迫る瞬間が多々あり不気味。思えば初期AMを暗いと思った事こそあれ、不気味と思った事は余りなく音色の違いが明らかにあるように思える。熾火が放つ黒い光の様な一作。

 

Claustrophobic Introduction

マルコが第2期AMだと言ってきた作品がこれ。自身のSlaughter Productionsではなく中国(香港?)のMind Terrorism Productionsから。Negative Frequenciesの音を細分化してダメな感じにするとこうなる感じ?初めて聴いた時に「迷走してるなあ」と思ったのを覚えている。音の繋がりが無い為にシンセからどれだけ陰鬱な音が出るかを試しているだけかの様に聞こえ、つまらないと言えばつまらないがそれを楽しもうと思えば楽しめなくもないが...。SBOTHI辺りに鉄と電子が混ざり合ったような音を断続的に出してる個人的には退屈な作品があるがそれを陰鬱なシンセ音でやってると書けば何となくイメージできるだろうか。最終曲も閉所恐怖症を表現してるね~とも思えるが、個人的には、完成度がかなり低いと思うヴォイス入りトラック。

 

M.PLUS T.

MBとのコラボ作。自裁後のリリース。自裁前に聴いたと勘違いしていたのはその後に電子雑音内で「MBとコラボしたしたり、日本に来たりでもうやること無くなったんだろうねえ」みたいな話を聞いたからと思う。曲は大きくMORDとTODに分かれMORDが1~17、TODが1~13まである。MORDは後期MB色が強くMBの明るい暗音の流れをAMが所々遮断したり変換したり乗っ取ったりして黒く染め上げるようなもの。本人達はドスを効かせてるつもりかもしれないがそれほど暗黒でもない部分があったりしてMBは兎も角、マルコの迷走状態はこの作でも解消され切っていない気がする。AMは音の強弱や波長の高低で雑音そのものに表情を与えていたがここにはそれが余り見られない。AIが作ったと言われてもあまり驚かない扁平さ。TODはAMが主導?MORDよりは雑音に生命が宿っているように思うがやはりAM単体と比べると大人しく味気が無い。大して美しくもないメロディーがループするところも退屈でしょうがない。後半15分くらいに漸く&かろうじてMB+AMという感じになるのが救い。

マルコはMBよろしく現代音楽家もどきにでもなりたかったのか?もう全てをやり尽くし燃え尽き消耗しきっていたのか?やはり無理に第2期とか考えない方が彼の為にもよかったのではないかと今更ながら思う。

 

「文句言うくらいならレビューなんぞ書くな」というのは仰る通りであるし、私もすることは避けているけれども晩年のマルコを偲ぶ意味でもご容赦を。

 

「何でAMはあんなに再発されるのかねえ」→「死んだからだろ」なんて遣り取りもしたことがあるが私は彼を生前から知っている為にその「死」がどれだけ彼の作品に商業的付加価値を付けているのかは分からないし、知りたくもない。ただ自裁志願者を思い留めさせるような絶望のはけ口を若いリスナーが見付けてくれればとは思う。再発するレーベル側にもそういう思いがあると信じたい。

information overload unit  1st / 2nd

 

Information Overload Unitと言えばSPKなのは私でも知っているがこちらは日本のノイズバンド。パンク方面から参戦している模様。音質の悪い腐り切ったノイズに暗黒舞踏の様なヴォーカルが絡むその内容はとても2020年代に録音されたものと思えない代物。Nux OrganizationのコンピやBanned ProductionのNEシリーズに収録されていても驚かない。

 

1st作 7ep

ジーという無機質な雑音と泥酔状態の男がほき出す意味の分からない悪罵、叫び、恫喝が始まる。そしてノイズはうねり、リズムを刻み、暴走する。それに伴いヴォーカルは虚空に向かって咆哮する、誰とも知れぬものに説教する、憑かれた様に喚き散らすなどし色々な変化を見せる(何を言ってるかは一言も聞き取れないというか言語ではない)。通底しているのは日本的な陰惨さと湿った空気。どんなに乾ききった音を出してもどこか奥底に気味の悪さや何か得体のしれぬモノがいるという感覚が消え去らない。ノイズでもインダストリアルでもなく「自動書記」とか「御筆先」とか言いたくなるオカルトチックな音群。井内賢吾さんがノイズ方面に位置付けられる事があるのと同じ様なものと書けば分かる方には分かっていただけようか。因みに井内さんはこけしの歌を歌ったが彼らはインナーにこけしの写真を載せている。

 

2nd作 CDR

鉄を叩く音と雑音の向こうに男の声が聞こえる。恐らく言語ではないが何らかの言語のように聞こえるその音の連なり。やけくそになった炭鉱夫のひと踊りの様な。雑音の速度が上がるとヴォーカルの狂乱の度合いはいや増し、捨て鉢な音頭となり時には一語一語を念を込めて吐き出す呪詛の塊となる。また雑音がリズミカルになるとやぶれかぶれの状態となる。その後、音は落ち着き何らかの空間を作り出す意図をもって繰り返し吐き出されるようになるがそれは結局のところ完成しない。全てを押し流すのだが「ライフサイクル」などというポジティブな発想をさせない雑音が流されその完成前の空間を流し去り、ビープ音と共に終了。

 

 

 

 

 

 

 

 

GENOCIDE ORGAN-OPERATIONS WITH CONTEMPT

 

三島由紀夫は小説「英霊の声」について「(あの作品を書くことで)腹を括った」とある青年に語ったそうだがこの作品はGenocide Organにとって同様の重みをもつものであるかもしれない。対峙すると改めて彼等の雑音に対する知覚:感覚の鋭さ、音楽的才能、テーマに対する非妥協性、そして誰に対しても決して阿らない(おもねらない)性格の強さを思い知らされる。「侮蔑の心を持ちつつ生きているのだ」と言わんばかりのタイトルはこちらも三島の「果しえていない約束」の「私は殆ど「生きた」とはいえない。鼻をつまみ乍ら通りすぎたのだ」に照応する。そう今まさに彼等の眼前に自らの生に対して意見表明をせざるを得ないような侮蔑的状況が広がっているということを彼らは傲然:断固たる態度でもって作品化しているのである。

 

それらしいタイトルを付け、それらしい格好をし、それらしい音を出せばそれらしい作品が出来上がるかも知れない。しかしその様に安直な態度で作られた物は直ぐに化けの皮が剥がれる。音に迷いや気遣いが現れてしまうからだ。「ここまで本心をぶちまけていいものか」と弱気になる場合もあるだろうし、元々「本心」が無い場合もある。一方、当作品には全く隙がない。全てが本心であり、全てが本気である。もう生半可な態度や見て見ない振りを出来るような状況ではないと作者自身が分かっているからだ。

 

現状を直視し、ありのままを口にする事は難しい。そこから行動することはより難しい。だが今や自尊心のある「人」であるならば決然と一歩前に踏み出すしかない。曲名にもあるように「我々の世界は完全に失われた」のだから。そういう観点からすると一つのバンドが「作った」本作は同時に欧州の動かしがたい現在:現実:時代精神が彼等をして「作らせた」やるせなく、恐ろしいほどに非情:非常:無慈悲な心理的苦痛を伴う作品であると言えるかも知れない。

 

もう兎に角本気なのだ、この人達は。敢えて自分達を含んで「我々」を主語とし「我々は不正義を正しい行先とした」と血を吐く思いで吐露し、「(試行錯誤を繰り返し)遂に俺の怒りとフラストレーションの原因そのものを攻撃するに至った」とあらん限りの怒りと憎悪を込めてその心中を書き記している。勿論、「原因そのもの」は掴まえ様のない巨大なものである。また「攻撃」する事によって生ずるであろう厄介事を計算に入れ、損得勘定をするなら一歩前へと踏み出しそれを敢えてすること自体が狂気の沙汰とも言える。しかし「人」として沈黙できない以上はかつて高橋和巳が三島の行動を評した様に「正気の狂気」でもって事に当たるしかないと決断したのであろう。もうこれは冗談事では済まされない表現行為の極北とも言うべき修羅場である。

 

ps

またこれはもうだいぶん前からの事だがこの作品が作られているのは「GERMANY」では無く「Mannheim」=人の住む所という名の都市なのである。GENOCIDE ORGANの根城、孤塁としてこれほど相応しい名前もあるまい。

 

ps2 以下は Tescoからのリリース案内。後日の為に保管を兼ねて

 LTD500 heavy vinyl, insert and numbered card.
vinyl sleeve and Digipak shows the typical GO debossed and spotvarnished layout.
One Year after exemplary :DEATH ZONES: had been identified, the struggle of positioning the table from
where we get our spoons full of Hatred served continues. Fed up, its time to let loose and free yourself, now.

 

 

Bizarre Uproar-Lily the flesh

「電話で話したことは数回あるけども会う事はありませんでした。今ではそれを後悔しています」と書けば「お、悲恋の物語か?」と思うがそこはBU。そんな筈もなく元ネタはプライベートで撮影されたS/Mビデオである。ただの肉体である(ただの肉体であっても)Lilyを愛するとタイトルを解釈すればそこにあるのは全くの肉欲か?若しくは何も添加されていないまっさらな愛情か?

 

黒々とした濁雑音の流れの上に覆い被さる中年女の「フフフフフフ、ヘヘヘ」という笑い声と裳裾を引きずるような「イーーーーーーーー」、「アーーーーーーーー」、「ヤァーーーーーーーー」、「ウンヲーーーーーーーー」、「ンーーーーーーーー」、「キィヤー」、「イイイイ」等の意味不明の発声、静謐なピアノの旋律、何かの物音、息遣い、「ありがとうございます。イエス様、ハレルヤ」という文句と共に振り下ろされる鞭とその乱打、それが一段落すると「ディヤァ~~~アーハハハハーーーーー」という哄笑とも嘆声とも言えぬ音が発せられ、数度の息遣いの後に先の音が嘆きの声であると分かる泣き声、呻き声のようなものが聞こえてくる。何が起こっているのか知りようもないが私はサスペリアのバレー学校の中年女教師の苦悶の顔を思い出してしまう。もうこの辺りはS/Mというよりホラーの世界である。

恐らくドミナとの会話から始まる裏面。窓から車の走行音が聞こえる中で何かが行われている。耳をすますと男の息遣いが聞こえるような、、、。バックには空調機の音を大きくしたような雑音が流れている。何かが滴り落ちる音、キリキリと渦を巻き上昇していく雑音、白・痴的な音色の繰り返しによって醸し出される恐怖と狂気、一方的なドミナからの声掛け、獣のような男の(?)咳き込みと唸り声、それを煽りたてるような痴・呆的な雑音リズム、そこで人はくんずほぐれつしているのか?死者が生き返って生者を嘲っているような短い笑い声と共に始まる互いの肉を喰らうかのような原始的睦みあい、そして限りなく死に近い恍惚。

 

ASRARからはLP再発され、WRATHからもFanatic Edition
が出たBizarre Uproarの傑作の一つ。是非CDでもExtended Versionとかを出してほしい所。

 

XE-BLACK HOLE

 

その昔、PSFレコードには日本三大キ●ガイと称される方々がいらっしゃったがそれに倣えばこのXEもフィンランド三大キ●ガイの一人と言えるだろうか。これ程に酷いコンセプトで15年以上活動しているのは流石としか言いようがない。その彼の2016年作。今回のアートワーク上に那智のお歴々は登場しないがジャケを開くと「ウゲッ」となる仕様。グロい。

恐らくは有色人種のおばさんたちなんだろうなあと思わせる女達が騒ぐ騒ぐ。XEも一言一言を区切るようなヴォイスで対抗。ただいかんせん数が違うので押され気味。美しくない鳥のさえずりにも似たおばさんたちの声が最高潮になった時の煩いことったらない。この劣勢を覆すのはやはりマスターの力。おばさん達のギャーギャー声を強制的に断ち切りWP!と叫んでの反則勝ち。2曲目は那智のシンボルを曲名としてのフィードバックノイズと虚空に消えていく彼独特のねばついた叫び声。ある意味典型的ではあるけれども先人の持っていた緊張感をきちんと自分のものとしている、流石。3曲目は1941年に行われたフィンランドの首相のラジオスピーチを絡めた珍しくシリアスな物。重苦しい濁音の上でフィードバックが時々きらめく。当時のソ連による圧迫に対して戦おうという呼びかけがその内容とのことでその文脈から「相当」を褒め称える部分なども含むらしい。XEの主題からして使われるべきスピーチではあるがこの音の暗さ重さはXEにしては稀有だと思う。4曲目と5曲目はNCとNCpt.2。何の略かはXEと付き合いのある人なら直ぐ分かるだろう。低音ドローンと高音フィードバックにhatefulなヴォーカル。時に流れを変え、また停滞し、思い出したように再度流れ出す憎しみのノイズ連鎖が素晴らしい。3曲目の雰囲気を引きずってか暗さ重さを感じさせるのもまた良し。最終曲は

Sex&Violenceってかなりストレート。ブラックメタル&ノイズと言っても良い程のスピード感。シンバルも鳴っているし。XEの作品に対してこんなことを書くとはと思いつつも「文句なしにカッコいい」と断言しても良いかもしれない。
長めの曲がだらだらと続く事の多い彼らとしては10分越えの曲がないという珍しい一枚。

 

 

 

Imminent Death - Radiant Ignition (digital)

 

2025年1月18日落合soupで行われたライブイヴェントで初めて見たImminent Death。その後半の黒いノイズの奔流に「デスノイズ」と厨ニ病的、若しくは安手の評論屋風情が作るようなタームが頭に浮かんだ。しかしこれはその様な雑念を除けばその音を形容するに相応しい物だったと思うし、そのノイズの中に暗闇で何とか視認できる程度の明度で発せられる花開くようなヴォイス(女性性を前面に出した通俗的なものではない)も魅力的であった。

その音源を聴くタイミングが良かった事でその作品が強く印象付けられることがあると思う。正にImminent Deathと私の出会いがそれであった。私はこのライブの少し前に三島由紀夫の豊饒の海第三巻「暁の寺」を読み終えていたのだ。そして上記のライブを体験し、Imminent Deathの作品をネット上で探して見付けたのがこの作品である。暁の寺の所在地であるタイ生まれの人を両親とするアメリカ人のプロジェクト、Radiant Ignitionという暁を思わせるタイトル、豊饒の海の大テーマである輪廻転生を想像させる2曲目のLife Cyclesというタイトル、各巻の主人公達の夭折を思わせるバンド名。彼女が三島由紀夫の読者であるか否かは不明だが妄想にふける材料は十分にそろっていた。

暁闇から夜明けへとうつり変わる空の色の様なドローン音。それを卒然と忌まわしい物に変える刃の様なノイズ。何やら神々しい事が起ころうとするのだが何かがそれを起こさせまいと下界で暗躍している。その為、美しかった音が不吉な何かに変貌してくる。そして瞬く間に夜が訪れ世界は死で満ち溢れ、様々な悪が跳梁跋扈する。そしてその悪自体が発光しはじめたor神々しい物が改めて出現してきたところで一曲目終了。

靄の中を不安を抱きながらも手探りで進んでいくようなオープニング。傍らから何かを語りかけてくるものが居るが内容を理解することは出来ない。やがて伽藍が前方に見えて来る。心構えをせずに歩を進めるのは不可能と悟らせるような強い風。その風が自然の物ではなく何かの意志によって生じているものだと分からされる。信号音が行く先を報せてくれる。信号音の途絶と共に他の音も減衰していき全てが終わる(始まる?)ところで作品終了。

フィジカル品は50部限定。流石に少なすぎる。これからコンスタントに活動を続け入手可能な部数での新作がリリースされるのを待ちたい。複雑になったAnenzephaliaと言ったら褒め過ぎだろうか?

Kylmäkovamaa - FUCKDOLL

FUCKDOLLというタイトル。そのジャケットに写された人形たちの相貌を見ていくと恐らく一つとして完全に整ったものはなく眼窩の落ち窪んだもの、顔面に醜い傷を刻み込んだものがあることが分かる。未聴だが過去作やutoyaと名付けられたコンピレーション参加曲からも判断するにおそらく健全な人間ではないだろう、フィンランドのKylmäkovamaa。

遊んでいるであろう子どもたちの歓声は変調され白昼夢の中で聞くそれのようになり、その背後に流れる金属が軋むような音がさらに非現実感を増すオープニング。怪鳥の叫びにも似る人の叫びは何らかの意思を込めたであろう節を持ちながらも裏返り、聞き手の理解を拒む。更に言うなら聴き手の理性が叫び手の意思を理解することを拒む様な不穏な物。その叫び声の後ろには如何にもアナログなノイズが申しわけの様に音を立てている。決して耳を聾するそれではないがさりとて無視することも出来ない悪意や怨念の籠ったような雑音。叫び声はますますこちらに迫り、何やら言語らしき形態を整えつつある。しかしその声音はここでその言語を聞き取ってしまうと決定的な一線を越えてしまうのではないかと思わせるほど不気味なもの。原始人でもあちらの世界の住人でも何でもいいが兎に角、世間一般とは立ち位置が明確に異なる何かが立てている叫び。叫び声が終わると金属音がこねくり回されるが解放感や爽快感よりも不安感が増すような爛れた音。本来存在を許されない音が漸く現世に滲み出てきて音として成立しているような音。かと言ってそこに可憐さや儚さがあるのではなく、ただそれらはその忌まわしい存在を何とか誇示して見せようともがいている。後半にオルゴールが流れるがそれは明らかに罠。証拠にそれが途切れると汚水が下水道に落ち込んでいくかのような濁音がその姿を現す。

 

LINEKRAFT - STUPID TRUE HORSE BONE IDEALIST

 

TESCOの分派、De/TAINMENT TAPESからのLINEKRAFTのライブ盤。「愚かな真の馬の骨的理想主義者」と自らにラベルを貼ってのリリース。
ほんの数年前は「TESCOからリリースされるなんて凄いですね」と話していたのがいつの間にやら彼は世界的に認知されるようになった。それは何よりもそのライブで目にすることが出来る彼のストイックさと剥き出しの自己(「頭がおかしいんだよ、俺は!」と発作的に叫ぶなど)故だろうと思う。彼のライブ中に泣いていたスペイン女性(彼が何を言っているかは当然わからない)がいたと大阪では聞いたし、彼が鉄管をぶっ叩く動作に合わせて頭が揺れる人もいた(私も若い頃はそうだったし涙腺に来た時もあった)。余りに赤裸々で求道的な諸動作を見てそうなるのであろう。「何もそこまで」と思うのであろう。
恐らく彼の内には人をして「何もそこまで」と思わせるような所業をしなくてはならない:せざるを得ない何かがあり、それは通り一遍の表現活動で消化できるものではないのだろう。いきおい音とともに提示される様になった(活動初期は今使っている様な映像を流すことは無かった)映像、ライブ時に手渡される紙片は劇薬の様なものになり、音は欧州の禍々しいデスインダストリアル音をベースとして、その上でアジア的狂気が炸裂するものとなっていった。
その現在が封入されたこの作品。「音」の部分だけが取り出されているわけだがそれだけでも十分に彼独自の存在感を聴き手に知らせてくれる。俯瞰的に見れば彼も所謂、「ノイズパワーエレクトロニクス」、「デスインダストリアル」の範疇に入るのだろうがその荒々しさ、計算高くないところ、狂気の迸りはそのカテゴライズを超越し、他の優れた諸バンドがそうであるようにLINEKRAFTはLINEKRAFTであるとしか言えなくさせるような凄味と説得力を持っている。
また自らを「馬の骨」と言い切る様はかつてある作品(https://ameblo.jp/teitoy/entry-12472788466.html)を「(この)熱気と怒りは我々となんら変わらない一般庶民の怒りとエネルギーであり、決して人を煽り、自分は高みの見物をしゃれ込む御用芸術家などの戯言などではない。又、何も見えないふりをして享楽に身を捧げる自称芸術家のお遊びでもない。我々同様、世の中の奔流の中で生きて、物事を真剣に考え、苦悶し傷つきながらも自らの良心に従って生きる男達」と紹介した時と同様の感慨を齎してくれる。「自ら孤立せよ」、「行動せよ」と言われた所でそれが自分の実生活から離れた所から発せられたものであれば人は見向きもしないはず(それを分かってない人もまた多いが)。「馬の骨」が誰にも見られることがない:聞いてもらえる可能性がない(最終トラックである日本橋路上での語りのように)事を承知の上で絶叫するからこそ、それは価値ある言葉となるのだ。

AIN SOPH X 4

 

弩リチュアルからフォークめいたもの、ハードロック風までとCURRENT93の様な立ち位置にありながら我が国ではほとんど認知されていない模様。銀星倶楽部やFMに載らなかったからなのか何なのかは知らないがユンボの事然り、以降何らメジャーな場に出てくる情報がアップデートされていないのは余りに悲しい。本来であればオカルト思想と含めてまとめられるべき人たちと思うのだが。つい最近、某DUで日本の同名バンドと間違われていたので(酷いよなあ)義憤に駆られて作品を一部紹介。


1986年「Live at Piper 1986」 2021年解題CD再発
確か彼らの1st Liveの実況盤と喧伝されていたブツ。これは欧米あるあるだが客がうるさい(馬鹿笑いしてるやつや関係ない所で拍手&指笛してるやつもいるし、笑。良くこんなデリケートな音を出してる時に喋れるもんだと思う&良くこんな状況で演奏できたと思う)。メイン4人でシンセ、太鼓、シンバル、ヴォイス(一部で女性が加わる)をやっていた模様。宗教的に聞こえるヴォイスの垂れ流しのバックに特に起伏もなく同じ音の波が寄せては繰り返す。確かに見ていたら大層退屈だったろう(客も早く終われと後半は囃してる)と思うが聞くだけなら何も考えずに波に乗れれば気持ちよくなる。逆境にも関わらず語りたい何かがあったのだろうがそれを紐解くにはやはりオカルト知識が必要か。限定616枚で手書きナンバー入り。


1984年作「I」
私が持っているのは2000年のCD再発。ヘブライ文字(?)が書かれた表ジャケットとROMAと書かれているのが何ともそそる裏ジャケットがカッコいい。音内容は一言でいえばダークアンビエントだがドローンだけではなく何かしらを伝達する意思を持った音の繰り返しや呟き声も聞かれる。どこかの聖域というか異質な世界を感じさせる真っ暗な雰囲気が充満している佳作。VA-Lucifer Risingにも収録されている最終トラックの静寂とクジラの鳴き声を更に不気味にしたかのような音の対比がとても印象的。


2000年「Der Blutharsch」とのスプリット7インチ
1999年オランダでのライブ録音。バンド編成+電子オルガン(?)。酔っぱらったイタリア語ヴォーカル、荒々しいギター、どったんばったんなドラム、鳴りまくるオルガン。客も同様に酔っぱらっているのか大盛り上がりで楽しそう。名曲なり。

2002年「Октябрь」
次第に曲調がハードロックと言うかサイケと言うかに変わっていった彼らの一つの到達点。理由はよくわからないがソ連をテーマとした一作。国歌から始まり、メロディアスな旋律、リチュアルな雰囲気はありながらも単調な繰り返しに終わらない曲構成、哀愁漂う欧州の10月といった感じの曲などなどAIN SOPHを丹念に追ってきたリスナーはさぞ驚いたと思う。当初のリリースから間もない2008年にミニCD付きで再発されているのでそれなりに売れたのだろうことも納得の一枚。ソビエト連邦の雰囲気があちこちで出てくるので共産趣味者であれば持っていて損はない。

 

その他の作品も正に「リチュアル」を感じさせるものが多いのでカバラに詳しい方とかが聴けばより世界にのめり込めると思う。

 

Live At Piper 1986, プライマリ, 1/2I, プライマリ, 1/4Split, プライマリ, 1/6Октябрь, プライマリ, 1/6I, セカンダリ, 2/4