XE-BLACK HOLE

 

その昔、PSFレコードには日本三大キ●ガイと称される方々がいらっしゃったがそれに倣えばこのXEもフィンランド三大キ●ガイの一人と言えるだろうか。これ程に酷いコンセプトで15年以上活動しているのは流石としか言いようがない。その彼の2016年作。今回のアートワーク上に那智のお歴々は登場しないがジャケを開くと「ウゲッ」となる仕様。グロい。

恐らくは有色人種のおばさんたちなんだろうなあと思わせる女達が騒ぐ騒ぐ。XEも一言一言を区切るようなヴォイスで対抗。ただいかんせん数が違うので押され気味。美しくない鳥のさえずりにも似たおばさんたちの声が最高潮になった時の煩いことったらない。この劣勢を覆すのはやはりマスターの力。おばさん達のギャーギャー声を強制的に断ち切りWP!と叫んでの反則勝ち。2曲目は那智のシンボルを曲名としてのフィードバックノイズと虚空に消えていく彼独特のねばついた叫び声。ある意味典型的ではあるけれども先人の持っていた緊張感をきちんと自分のものとしている、流石。3曲目は1941年に行われたフィンランドの首相のラジオスピーチを絡めた珍しくシリアスな物。重苦しい濁音の上でフィードバックが時々きらめく。当時のソ連による圧迫に対して戦おうという呼びかけがその内容とのことでその文脈から「相当」を褒め称える部分なども含むらしい。XEの主題からして使われるべきスピーチではあるがこの音の暗さ重さはXEにしては稀有だと思う。4曲目と5曲目はNCとNCpt.2。何の略かはXEと付き合いのある人なら直ぐ分かるだろう。低音ドローンと高音フィードバックにhatefulなヴォーカル。時に流れを変え、また停滞し、思い出したように再度流れ出す憎しみのノイズ連鎖が素晴らしい。3曲目の雰囲気を引きずってか暗さ重さを感じさせるのもまた良し。最終曲は

Sex&Violenceってかなりストレート。ブラックメタル&ノイズと言っても良い程のスピード感。シンバルも鳴っているし。XEの作品に対してこんなことを書くとはと思いつつも「文句なしにカッコいい」と断言しても良いかもしれない。
長めの曲がだらだらと続く事の多い彼らとしては10分越えの曲がないという珍しい一枚。

 

 

 

Imminent Death - Radiant Ignition (digital)

 

2025年1月18日落合soupで行われたライブイヴェントで初めて見たImminent Death。その後半の黒いノイズの奔流に「デスノイズ」と厨ニ病的、若しくは安手の評論屋風情が作るようなタームが頭に浮かんだ。しかしこれはその様な雑念を除けばその音を形容するに相応しい物だったと思うし、そのノイズの中に暗闇で何とか視認できる程度の明度で発せられる花開くようなヴォイス(女性性を前面に出した通俗的なものではない)も魅力的であった。

その音源を聴くタイミングが良かった事でその作品が強く印象付けられることがあると思う。正にImminent Deathと私の出会いがそれであった。私はこのライブの少し前に三島由紀夫の豊饒の海第三巻「暁の寺」を読み終えていたのだ。そして上記のライブを体験し、Imminent Deathの作品をネット上で探して見付けたのがこの作品である。暁の寺の所在地であるタイ生まれの人を両親とするアメリカ人のプロジェクト、Radiant Ignitionという暁を思わせるタイトル、豊饒の海の大テーマである輪廻転生を想像させる2曲目のLife Cyclesというタイトル、各巻の主人公達の夭折を思わせるバンド名。彼女が三島由紀夫の読者であるか否かは不明だが妄想にふける材料は十分にそろっていた。

暁闇から夜明けへとうつり変わる空の色の様なドローン音。それを卒然と忌まわしい物に変える刃の様なノイズ。何やら神々しい事が起ころうとするのだが何かがそれを起こさせまいと下界で暗躍している。その為、美しかった音が不吉な何かに変貌してくる。そして瞬く間に夜が訪れ世界は死で満ち溢れ、様々な悪が跳梁跋扈する。そしてその悪自体が発光しはじめたor神々しい物が改めて出現してきたところで一曲目終了。

靄の中を不安を抱きながらも手探りで進んでいくようなオープニング。傍らから何かを語りかけてくるものが居るが内容を理解することは出来ない。やがて伽藍が前方に見えて来る。心構えをせずに歩を進めるのは不可能と悟らせるような強い風。その風が自然の物ではなく何かの意志によって生じているものだと分からされる。信号音が行く先を報せてくれる。信号音の途絶と共に他の音も減衰していき全てが終わる(始まる?)ところで作品終了。

フィジカル品は50部限定。流石に少なすぎる。これからコンスタントに活動を続け入手可能な部数での新作がリリースされるのを待ちたい。複雑になったAnenzephaliaと言ったら褒め過ぎだろうか?

Kylmäkovamaa - FUCKDOLL

FUCKDOLLというタイトル。そのジャケットに写された人形たちの相貌を見ていくと恐らく一つとして完全に整ったものはなく眼窩の落ち窪んだもの、顔面に醜い傷を刻み込んだものがあることが分かる。未聴だが過去作やutoyaと名付けられたコンピレーション参加曲からも判断するにおそらく健全な人間ではないだろう、フィンランドのKylmäkovamaa。

遊んでいるであろう子どもたちの歓声は変調され白昼夢の中で聞くそれのようになり、その背後に流れる金属が軋むような音がさらに非現実感を増すオープニング。怪鳥の叫びにも似る人の叫びは何らかの意思を込めたであろう節を持ちながらも裏返り、聞き手の理解を拒む。更に言うなら聴き手の理性が叫び手の意思を理解することを拒む様な不穏な物。その叫び声の後ろには如何にもアナログなノイズが申しわけの様に音を立てている。決して耳を聾するそれではないがさりとて無視することも出来ない悪意や怨念の籠ったような雑音。叫び声はますますこちらに迫り、何やら言語らしき形態を整えつつある。しかしその声音はここでその言語を聞き取ってしまうと決定的な一線を越えてしまうのではないかと思わせるほど不気味なもの。原始人でもあちらの世界の住人でも何でもいいが兎に角、世間一般とは立ち位置が明確に異なる何かが立てている叫び。叫び声が終わると金属音がこねくり回されるが解放感や爽快感よりも不安感が増すような爛れた音。本来存在を許されない音が漸く現世に滲み出てきて音として成立しているような音。かと言ってそこに可憐さや儚さがあるのではなく、ただそれらはその忌まわしい存在を何とか誇示して見せようともがいている。後半にオルゴールが流れるがそれは明らかに罠。証拠にそれが途切れると汚水が下水道に落ち込んでいくかのような濁音がその姿を現す。

 

LINEKRAFT - STUPID TRUE HORSE BONE IDEALIST

 

TESCOの分派、De/TAINMENT TAPESからのLINEKRAFTのライブ盤。「愚かな真の馬の骨的理想主義者」と自らにラベルを貼ってのリリース。
ほんの数年前は「TESCOからリリースされるなんて凄いですね」と話していたのがいつの間にやら彼は世界的に認知されるようになった。それは何よりもそのライブで目にすることが出来る彼のストイックさと剥き出しの自己(「頭がおかしいんだよ、俺は!」と発作的に叫ぶなど)故だろうと思う。彼のライブ中に泣いていたスペイン女性(彼が何を言っているかは当然わからない)がいたと大阪では聞いたし、彼が鉄管をぶっ叩く動作に合わせて頭が揺れる人もいた(私も若い頃はそうだったし涙腺に来た時もあった)。余りに赤裸々で求道的な諸動作を見てそうなるのであろう。「何もそこまで」と思うのであろう。
恐らく彼の内には人をして「何もそこまで」と思わせるような所業をしなくてはならない:せざるを得ない何かがあり、それは通り一遍の表現活動で消化できるものではないのだろう。いきおい音とともに提示される様になった(活動初期は今使っている様な映像を流すことは無かった)映像、ライブ時に手渡される紙片は劇薬の様なものになり、音は欧州の禍々しいデスインダストリアル音をベースとして、その上でアジア的狂気が炸裂するものとなっていった。
その現在が封入されたこの作品。「音」の部分だけが取り出されているわけだがそれだけでも十分に彼独自の存在感を聴き手に知らせてくれる。俯瞰的に見れば彼も所謂、「ノイズパワーエレクトロニクス」、「デスインダストリアル」の範疇に入るのだろうがその荒々しさ、計算高くないところ、狂気の迸りはそのカテゴライズを超越し、他の優れた諸バンドがそうであるようにLINEKRAFTはLINEKRAFTであるとしか言えなくさせるような凄味と説得力を持っている。
また自らを「馬の骨」と言い切る様はかつてある作品(https://ameblo.jp/teitoy/entry-12472788466.html)を「(この)熱気と怒りは我々となんら変わらない一般庶民の怒りとエネルギーであり、決して人を煽り、自分は高みの見物をしゃれ込む御用芸術家などの戯言などではない。又、何も見えないふりをして享楽に身を捧げる自称芸術家のお遊びでもない。我々同様、世の中の奔流の中で生きて、物事を真剣に考え、苦悶し傷つきながらも自らの良心に従って生きる男達」と紹介した時と同様の感慨を齎してくれる。「自ら孤立せよ」、「行動せよ」と言われた所でそれが自分の実生活から離れた所から発せられたものであれば人は見向きもしないはず(それを分かってない人もまた多いが)。「馬の骨」が誰にも見られることがない:聞いてもらえる可能性がない(最終トラックである日本橋路上での語りのように)事を承知の上で絶叫するからこそ、それは価値ある言葉となるのだ。

AIN SOPH X 4

 

弩リチュアルからフォークめいたもの、ハードロック風までとCURRENT93の様な立ち位置にありながら我が国ではほとんど認知されていない模様。銀星倶楽部やFMに載らなかったからなのか何なのかは知らないがユンボの事然り、以降何らメジャーな場に出てくる情報がアップデートされていないのは余りに悲しい。本来であればオカルト思想と含めてまとめられるべき人たちと思うのだが。つい最近、某DUで日本の同名バンドと間違われていたので(酷いよなあ)義憤に駆られて作品を一部紹介。


1986年「Live at Piper 1986」 2021年解題CD再発
確か彼らの1st Liveの実況盤と喧伝されていたブツ。これは欧米あるあるだが客がうるさい(馬鹿笑いしてるやつや関係ない所で拍手&指笛してるやつもいるし、笑。良くこんなデリケートな音を出してる時に喋れるもんだと思う&良くこんな状況で演奏できたと思う)。メイン4人でシンセ、太鼓、シンバル、ヴォイス(一部で女性が加わる)をやっていた模様。宗教的に聞こえるヴォイスの垂れ流しのバックに特に起伏もなく同じ音の波が寄せては繰り返す。確かに見ていたら大層退屈だったろう(客も早く終われと後半は囃してる)と思うが聞くだけなら何も考えずに波に乗れれば気持ちよくなる。逆境にも関わらず語りたい何かがあったのだろうがそれを紐解くにはやはりオカルト知識が必要か。限定616枚で手書きナンバー入り。


1984年作「I」
私が持っているのは2000年のCD再発。ヘブライ文字(?)が書かれた表ジャケットとROMAと書かれているのが何ともそそる裏ジャケットがカッコいい。音内容は一言でいえばダークアンビエントだがドローンだけではなく何かしらを伝達する意思を持った音の繰り返しや呟き声も聞かれる。どこかの聖域というか異質な世界を感じさせる真っ暗な雰囲気が充満している佳作。VA-Lucifer Risingにも収録されている最終トラックの静寂とクジラの鳴き声を更に不気味にしたかのような音の対比がとても印象的。


2000年「Der Blutharsch」とのスプリット7インチ
1999年オランダでのライブ録音。バンド編成+電子オルガン(?)。酔っぱらったイタリア語ヴォーカル、荒々しいギター、どったんばったんなドラム、鳴りまくるオルガン。客も同様に酔っぱらっているのか大盛り上がりで楽しそう。名曲なり。

2002年「Октябрь」
次第に曲調がハードロックと言うかサイケと言うかに変わっていった彼らの一つの到達点。理由はよくわからないがソ連をテーマとした一作。国歌から始まり、メロディアスな旋律、リチュアルな雰囲気はありながらも単調な繰り返しに終わらない曲構成、哀愁漂う欧州の10月といった感じの曲などなどAIN SOPHを丹念に追ってきたリスナーはさぞ驚いたと思う。当初のリリースから間もない2008年にミニCD付きで再発されているのでそれなりに売れたのだろうことも納得の一枚。ソビエト連邦の雰囲気があちこちで出てくるので共産趣味者であれば持っていて損はない。

 

その他の作品も正に「リチュアル」を感じさせるものが多いのでカバラに詳しい方とかが聴けばより世界にのめり込めると思う。

 

Live At Piper 1986, プライマリ, 1/2I, プライマリ, 1/4Split, プライマリ, 1/6Октябрь, プライマリ, 1/6I, セカンダリ, 2/4


 

Anenzephalia-Farments Of Demise
The Grey WolvesのPunishmentがめでたく再発予定となった今、Tesco周辺で再発されてしかるべき古典といえばLes Joyaux De La Princesseの諸作品と今となっては考えられないことに1993年にRRRから出たこのAnenzephaliaの1stLPであろう。既に1991年の1stEP「Lyse」時点で機械の闇を完璧に作り上げていた彼はさらにそれを発展進化(深化)させる訳だがこの作品には2ndLP以降の彼の作品には見られなくなった数々の「音楽的」仕掛けがあり、そのセンスの良さがこの作品をより魅力的なものにしている。例えばそれは熱量の感じられないヴォーカルが堕ちていくシーン、何語ともつかない子どもの歌う声、仰々しいオーケストレーションの様なもの、打撃音、長閑な音楽が電子音とNS関係者の演説に侵食される情景、Esplendor Geometricoがさらに出来損ないになったようなリズム、以降の諸作品では影を潜めた乱暴な白痴的ヴォーカルなどである。これらのものが典型的Anenzephaliaの音に被さり、前後し、作品に色合いを添える。ただそこは矢張りAnenzephalia。これが俺の本質だと言わんばかりに作品の始まりは白痴的妖気が揺らめくような幕開け、そして暗く重い幕切れとなっている。コレクターアイテムとされるには惜しい名盤。

Anenzephalia-The world as it used to Exist

 

2016年にドイツを訪れた際にB.Molochは「俺は20年間活動してきたが(世の中は)何も変わらなかった。だから俺は活動することを止めた」と少しく激した調子で私に話した。その気迫に飲まれた私は碌な返事をしなかったように記憶している。

2017年のTesco30周年のイヴェントには参加しているが恐らくは彼の中では「これが最後」という思いがあったろう。ところが2023年9月のTOWER TRANSMISSIONS IXにまさかの出演。その際に女性ヴォーカリストがいた為、「あれは誰だ?」と一部で騒がれたが彼女はB.Molochの実の娘であり、その後も、私が知る限りでは、2回ライブを行っている。

此処に収められた6曲は全て新曲との事なので彼女も何らかの形で曲作りに関わっていると思われる。実際、今までのAnenzephaliaに無かった音色やリズム、また、当然ながら、女性の声も聞こえるようになった。上記のライブの感想としてFreak AnimalのMikko Aspaは「昔の楽曲を懐かしむ声もあったが新しい展開として期待したい」という様な趣旨の事を述べていた。私も同感である。確かにこの作品の中にはかつての作品にあったような聴き手を圧殺するような重苦しい雰囲気は減っている。ただその減った部分が減ったままに何もない状態で残っているのではなく、そこに新しい息吹が宿っているのだ。そこから何かが生まれ出るのを楽しみにしながら聴き続けるのもまた楽しいことであると思う。

ただ、重要な事であるが、彼(ら)の世界観は変わっていない。下に引用した社会を挑発している様なStatementを読んで見て欲しい。約10年の眠りを覚ますほどの闘争心が彼(ら)の中に今、あるのだ。Wir kommen wieder! 心から歓迎したい。

 

Welcome to the final semantic world war!
Here we go again: Back in times of great need with 6 brand new songs of heartwarming happyness.
Do you remember this planet a borderless, totalitarian hightech concentration camp with bondless inmates fighting each other for better living conditions in order to survive? You better do not, since for sake of diversity and tolerance it is forbidden to speak about what you have in plain sight. Anenzephalia is framing your world as a conspiracy of sociologists, pharmacists and philantrophists and nudging you to consciousness with its official resurrection after almost 10 years of laying down to die in the woods with death being not in time.
Wir kommen wieder!
noeahem untergrund bewegung mmxxiv

 

 

 

 

 

Sakevi + Jojo-Mammalia

日本インディーズ最後の徒花、MAP ( music as possibility )の元で出された恐らく唯一のレコード。ラジオ短波傘下のレーベルより。

「この病院では患者の方が死んだ時には」~「わたし、患者ですよ」という出オチから始まる一作だがとても笑っている場合ではない気持ちの悪さ。この後もインタビューは「死ぬことに関して」、「死、死についてあなたはどういう風に思っていますか」などと扁平な男の声で続けられ、答える女性は「わかんない、わたし」など少々の怒気を含め答える。病棟内のアナウンス、患者が死んだ際の手続きについて述べる男性の声。バックには紙をぐしゃぐしゃと丸めるときに出るような音と冷厳な遮断音とギターノイズ。この一曲目は中々強烈でネットを見ると怖くてその後聞いてないみたいな記述もあった。

fool's mateにもレビューがあり、現物がないので記憶で書くが、「ヴァイオレンスと言う言葉では語り切れない暴力」みたいなことが書いてあったように思う。(性格の悪い)子ども心に「ああ、褒めないといけない人が作ってるけどどう褒めていいかわからないんだな」と考えたが確かにこの音内容をどう言葉というか既存のジャンルに当て嵌めれば良いのかはあれから30年以上経過した今でも悩む。あの頃のFM誌の常套句「垂れ流しオナニーノイズ」と言う言葉は色んな意味で使えなかったろうし、そもそも音自体垂れ流しではなく、A面の四曲(乱暴に分けるとノイズ、リチュアル&オカルト風ノイズ、ハードコア風、ダークアンビエント&電子音響)はそれぞれ異なった曲調を持ち、B面の長大な一曲も膨大な広がりを持つ深海を行く異形&高い知能を持つ哺乳類(私はthe stalinのfish innを思い出すのだが)を想起させる起伏に富んだもので垂れ流しどころではない。

じゃあ一体何なんだと言われると感想を述べるしかないがA面は「邪気」に満ち溢れてるとでも言えばよいか。いつか紹介したいがフランスのオカルトノイズユニットOrganisation Tothの10インチを二曲目などは思い出させる。B面は上記の通り。Bad Sector,INADE辺りを挙げればよいのだろうが勿論、それだけで片付けられるものでもないので一聴することをお勧めするしかない。

INCAPACITANTSのREPOとこのLPが初めて聴いたノイズの一群と記憶しているが最初から良いもの聴けてたなと思うことしきり。このLPもアウトトラックなどあればそれも含めて再発して欲しい一枚。ただ再発されるために再発される様な作品でないことは間違いない。

 

DN.Aideath - Hymne Gorok

 

ここ数年でリリースされた諸作品を思い返せば矢張りヴェテラン勢がその名と実績に相応しい作品をものしたなという気がする。逆に全く無名の新人で目を引いたのがSporofilic Vesselが2022年に発表したAstral Deathとのsplit=Caustic Emanations Of The Abyss(下段)と今回紹介する DN.AIDEATHである。

 

聴き終えた後、「インドネシアに行っておけば良かった」と思った。ここにある明らかに欧米のデスインダストリアル勢のそれとは異なるの雑音群が実際に彼の地にある(音だけでなくそれが持つ雰囲気として)ものなのか作者の創造:想像であるかを知りたいと思ったのだ。ノイズはおろかパワーエレクトロニクス、デスインダストリアルまでをも産出する「社会」を持った(「社会」行きついた)インドネシアという国の何処かに実際にその様な音があるのかを見ておきたかった。

勿論、これは局外者の感傷:独りよがりに過ぎず奇形的音楽を産出する前のインドネシアにはまた別種のあからさまな病理と狂気があった。その一例としてDN.Aideathが揚げたのが1965年の軍が一般市民、共産主義者に対して行った内乱である。雑音群を使用したDN.Aideathのpsychological war narrativeはこれがデビュー作と思えないほどに精巧なものであり、作者がこの作品に籠めた真摯な念がそのまま憑依したかのようだ。調べられる限りで曲名を訳していけばそこから生々しさ、血腥さ、物言わぬ物の持つ圧迫感とそれがもたらす恐怖が立ち現れる。これらの曲名が決してこけおどしに見えない形で作者により今も何処かに残っている邪気、悪意、恐怖、悲鳴、狂気、絶望、事が終わった後の静寂が丹念に拾い上げられ音として加工されこの一作品の中に充満している。

以降、どの様な作を作者がリリースしてくるかは不明であるが若し歴史にこだわる作品が提示され続けるなら日本人として過去を突き付けられる可能性も無いとは言えない。そしてそれは強烈なものになるであろうが、何の慰めにもならないが、何を題材にしても作者はこの作品で見せたように非妥協的(非常に個性的であることを含む)であるだろう。

兎に角、名作であるのでパワーエレクトロニクス、デスインダストリアルをただ自分だけの為「真摯」に聴いている方々にはぜひ聞いてみていただきたい。

 

COV OPS -New Agenda / The Way Forward

 

TNBの様なジャケが発売当初から気にはなっていたもののこちとらはアレ系のノイズの収集で精一杯。FAの事だから内容は良いのだろうが貧乏アルバイト風情が手を出す余裕のあるモノではあるまいと入手をためらっていたCOV OPS。中古品が安く出回っていなければ購入することもなかったろう。

送られてきたモノを開いてみる。まずは2023年の「新課題」。第一次大戦と思しき戦死者の写真の上に「死の超過を支持せよ、やり直すことでお前の魂を洗い清めよ、羊達は屠殺場へ、狼達は玉座へ」と書いてある。ギョッとして裏を見る。COV OPSはCOVERT OPERATIONSの略だとわかる。その下には冷酷な宣言がなされている。

 

消去対象:

 

1.文化

2.性差

3.意志

4.自由

5.歴史

6.宗教

 

まるで90年代のデスインダストリアル勃興期ではないか!

 

2024年の「進む道」には

 

消去対象:

 

1.抵抗

2.国境

3.あらゆる人間の力

4.中間層

5.伝統

6.人権

7.ナショナリズム

8.家族

9.平和

10.愛と調和

 

とあり、ジャケットを開くと一般市民の虐殺死体とともに「傾聴!権力者たちの意を体現した単純な語り口を使え。その語り口をメディアを通じて伝播せよ。そして会話、談話の力を弱め、権力と操作の影響力を強めるのだ」。

 

これを買い逃していたら全くアレ系収集者としての資格無しと言われても仕方がないほどのハードコアさ。この冷厳さとFAからのリリース(本人はどうやらフィンランド人ではないようだが)であれば内容はお墨付き。ハーシュノイズが前面で荒れながらも時にその奔流が止まると恐ろし気な支配機構が浮かび上がる構図。総統演説、何処とは言えない所から降りてくる命令、責任の所在もわからぬ官僚機構から垂れ流されてくる通信、感情の欠片もなくただ何度も何度も繰り返され画面上に表示される電文とその突然な途絶、権力による無慈悲な人々の蹂躙、何かが終わったのではなく何かが始まる前の静寂、故意に秘密めかした表現、すべてを覆いつくす無機質なもの。2024年の方の最後はそこそこ典型的なパワエレだがそれ以外はノイズともインダストリアルとも言い切れない独特の雰囲気がある。

 

改めて消去対象のリストを見る。良く考えればそれは目新しいものでも何でもない。我々が日々、自ら放擲しているものが殆どだからだ。実際、秘密裏に作戦が行われていたとしても煽られ彼らの都合の良いようにリストに揚げられている物を投げ捨てているのは我々自身の意志と手なのである。

 

 

 

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