以前(https://ameblo.jp/teitoy/entry-12592282383.html)、愛聴する者からすればノイズはカッコ良かったり心地良かったりするのだと書いた。それは厨二病的なひけらかしでは無く本心なのだとも。今作に関しては、非ノイズリスナーからすれば又厨二病的ひけらかしにしか思えないだろうが、「美しい」という言葉を使いたい。Organumが垂れ流す「ジー」という持続音の上にTNBの高音、擦過音、打撃音などが絶妙なバランスと共に併置されている。偶然に作られたのかはたまた美への研鑽があったのか偶然が必然となったのかは余人は与り知らぬところだけれどいきなりTNBを買って困惑する位ならまずはこの作品でノイズの「豊饒さ」、音の美しさを感じる事から始めてみてはと思う次第。
その持続音だけを抜き出したのがORGANUM ELECTRONICS。一昔前ならフールズメートで「オナニー」だの「垂れ流し」だのここぞとばかりに音楽評論屋から叩かれまくったであろう一品。ただ「ジー」だの「グワー」だのの音が鳴っているだけだが実に素晴らしい。初期作に似たコンセプトでの録音がありそのタイトルがICONだそうだが、これ程に無機質なものにICONと名付けるD.Jackmanのセンスもまた素晴らしい。
PS.それにしても何ゆえに昔のノイズは「オナニー」の一言で片付けられ、蔑まれることが多かったのか。AVにも「オナニー」というジャンルがある様に音楽にも「オナニー」のジャンルがあることを何故認められなかったのか。思えばその偏狭な態度が偏狭なリスナーを生み、「小さかった頃の」フールズメートを滅ぼしたのではないか。まあそのお陰で人々がメディアに振り回されない様になった為、ノイズが小さいながらも市民権を得ることが出来たのかも知れないが。
Einstürzende Neubauten - Kollaps
Maria Zerfall到着記念。ノイズの範疇から外れるが個人的に「冷戦」というキーワードで思い出すのがMaria ZerfallとノイバウテンのこのLPである。実際の冷戦時代に住んでいたウィーンやその頃に訪れたプラハなどをまざまざと思い出させるような音には未だ巡り合えないが(雰囲気を感じさせるものならある)、この両者の音は冷戦終了から暫く経った頃に私が訪れたベルリンを思い出させる。東西の壁の無くなった街中には「1945年6月か?」と私に思わせてしまう程に荒れ果てた区画があり、そこには砲弾や銃弾の痕があり、広告一つない真っ暗な地下鉄駅の階段を登り切るとそこには何もない空間と遠くにある窓の割れた古びたビルが望見されるといった具合だった。街中には黒の革ジャンに己の経済状態とは不釣り合いなジャーマンシェパードを連れたパンクス達が溢れ、彼らはこの旅行中の黄色人種にさえ「1マルクくれない?」と悲しそうな顔を作って話しかけてきた。一方、目の下をどす黒くしたジャンキーは眼光鋭く私を睨み、また壁際に居ながらも何故か身体をこちらに向けていた放尿中の老婆は年甲斐もなく私の視線に顔を羞恥に歪めた(その小便は彼女がいる高みから一筋の流れとなって私の方に流れて来た)。とまあインターネットもない世代の(ある種の)人間が聞いたら大喜びしそうなものがその頃のベルリンにはまだ残っていたのだ。あの異様な緊張感、言語化不能なものがもたらす不安、埃っぽい一角、茫漠たる無の空間、破壊の痕跡、何かが死にいき何かが生まれる直前の不透明感がこのLPの中に封じ込められている。ただ時は残酷で当時ラディカルであったものがいつの間にか僅かながらもノスタルジーを纏ってしまった。矢張り本来であればその生まれた時の中で各作品は聴かれるべきなのであろう。
今回のインタビュー(https://ameblo.jp/teitoy/entry-12565428403.html)に際し、以下の三作品を参考としてお送り頂きました。お礼を兼ねて私が初めてAgencementを知った作品と合わせて、当ブログで紹介させていただきます。
また最近の活動状況が下記のURLより確認できます。興味のある方はどうぞ。
https://sites.google.com/site/hsppico
Boxe Consonantique
瞬時に消え去るヴァイオリンの単音が連なり音の流れを紡いでいく中にアクセントとしてエレクトロニクスや別のヴァイオリンの音が絡みついていく。例えていえば初期のP16.D4やSBOTHIをアナログで行っているような音群と書けばイメージしやすいだろうか。ただ彼等よりも、機材の違いもあるだろうが、リラックスして聴ける様な気がするのは同国人であるからなのか何なのか。AGENCEMENTと聞けば多くの人が思い浮かべるスタイルの作品です。
SIX JUXTAPOSED WORKS
2013年から2017年にかけての作品群。BERLINのTOCHINIT ALEPHからのリリース。絵画の展覧会を思わせるタイトルが素敵な一枚。上記作と比べ長めのヴァイオリン音が単音で無く印象的かつ緊張感のある旋律を形作っていたり、インダストリアル風のエレクトロニクス音も前面に出ている場面もあり音はヴァリエーション豊か。ドイツのレーベルから出ているという先入観かカリガリ博士やノスフェラトゥを思い出してしまったりもした。普段、ノイズ方面の音楽を聴かない人でも十分楽しめるはず。勿論、聴いている人には言うに及ばず。
Kanazawa Duos
現時点での最新作。金沢21世紀美術館で行われたEvan Parker(Soprano Sax.)とRoger Turner(Drums/Per.)とそれぞれ行ったライブ録音盤。島田英明名義でヴァイオリンとエレクトロニクスでの演奏。前者は両者が先行したり、後を執拗に追いかけたり、同調したり、お互いを伺いあったりしながら進む20分ほどの演奏。後者は楽器の特性故かダイナミズムと空白の緩急がじっくり味わえる。現地で見てみたかった。
COS MAGAZINE 3
Dislocationの岡崎豊廣さんが主宰していた即興音楽、ノイズ系音楽のマガジン。私がAgencementを初めて聞いたのがこの雑誌に付属していたカセットであった。本体を今見つけられないので付属カセットのみご紹介(誌面には記憶ではMerzbowとAgencementとのコラボライブが名古屋で会った旨の紹介があった。凄い時代だ)。
Norbert Möslang - Andy GuhlはCrack everyday's electronicsなノリの豊饒なるノイズ。広瀬淳二&大友良英は楽しいサウンドコラージュ。P16.D4&SBOTHIはNNNN!のアウトテイク(?)。個人的にNNNN!が凄く好きなので無茶苦茶カッコ良く聴こえる。BORBETOMAGUSは確かNYでのライブ録音。素晴らし過ぎ。AGENCEMENTは、これと似た曲を聴いたことが無いのだが、粘着質で地鳴り様なエレクトロニクスと煌めく高音、不穏な変調ヴァイオリン音のドローン。TNB&ORGANUMの大傑作SALUTEを思い出す名演奏。Merzbowとのコラボライブもこんな感じだったのだろうか。その場に居れたらどんなに良かったか…
MERZBOW-Rainbow Electronics
世の中にいる人間を大きくノイズを聴く人間と聴かない人間に分けたとする。そこで後者が前者に対して持つ大いなる誤解の一つが「何故に彼:彼女はこの様な”うるさい”ものを聴くのか」というものだと思う。そこでネットの辞典で調べると「うるさい」の項目の一番最初に「物音が大きすぎて耳障りである」とある。ここからは推量になるが多くのノイズ愛聴者は「耳障りである」と思いながらノイズは聴いていないだろう。むしろ、当然中二病的物言いではなく心から、「心地よい」とか「カッコいい」と思いながら聴いているのではないか(「耳障り」というならば私には世間一般では「物音が大きすぎて耳障り」と思われていない某ジャンルの方が余程「耳障り」であり電子雑音の某氏ともそれは同意見であった)。では、ノイズの「心地よさ」、「カッコいい」様を非ノイズリスナーに分かってもらうために何を聴かせるか。そこで私の頭にすぐ浮かぶのがこの作品である。特に冒頭からの約5分間。サイレンの様な、何かの回転機械の様な低音に高音が軋み、歪みながら絡み付いていく。これを心地よく感じ無い、カッコいいと感じないのであれば以降、どの様なノイズを聴いたところで琴線に触れることはないのではないかと個人的には思われるほど、私にとっては心地よくカッコ良い音色である。以降も正にブックレット内の秋田昌美の絵画の如く混沌とした渦巻の様なノイズ群が21時間にも渡る音源から厳選された結果として14パート、約70分に渡って繰り広げられる。Alchemy Recordsの純粋ノイズシリーズGood Alchemyの第一段。ノイズを聴き始めた当初非常にお世話になった名シリーズであった。
そしてICK。Der Blutharschのレーベルからの作品もあるのだがわざわざこのカセットを何故紹介するかと言えばスリーブに載っているメンバー写真が如何にもゴロツキっぽいからである。黒いケピ帽を被った眼鏡のインテリ右翼みたいな男とその後ろで機材をいじくっている熊系の大男。及びステージ上で酒を飲んでいる奴&その他。これは怖い。旅行中であれば絶対に近付かない方が良いタイプの白人男性である。1曲目は「キリストミューティレーション」、2曲目は「恐怖軍団」(!)という曲名でどこかチープながらも厳かに始まるが3曲目で酒が回ってきてもう抑えが聞かない。リズミックノイズ・インダストリアルに腐食ボーカルで騒ぎ始める。本来、私はリズミックノイズ・インダストリアルなるものが大嫌いなのだが彼等なら許せる。何故なら彼等はゴロツキであるからである。どうしようもない奴等だからである。小難しいことを言いながらも結局は安易なリズムを使ってしまう様な似非インテリ様とは違うのである。そこを分かって付き合っているのである。以降も「死刑」とか「生命を消し去る時」とか「俺達のやり方」(!)なんぞという素敵なタイトルともうどうしようもないガラの悪い曲が続いていく。彼等には緊張感の維持が難しい様でリズムのあるもが多く、その結果は享楽的になるか過度に暴力的になるかである。最終トラックはDernière Volontéが全裸になった感じ。正に「俺達のやり方」。インダストリアルに過剰な意味付け「だけ」をしている輩に聞かせてやりたい。
PPF-La Belle France,1900
かつてドイツにDJK,PHOSGENというゴロツキの様なバンドがいたが(https://ameblo.jp/teitoy/entry-12472788271.html?frm=theme)、それのフランス版と私が勝手に思っているのがPPFとICKの両者。腐りかけた音の感触、インテリジェンスよりも個人的怨恨や反抗心が前面に出たふてぶてしい態度が両者に共通するカラーだと勝手に思っている。まずはPPFのご紹介。フランス生まれの超アナキストGeorges Darienのテキストから取られたタイトルを冠する今は亡き(?)イタリアEibon、Blade社からのCD。腐れインダストリアルリズム、呟き、虚空へ消えていくヴォーカルは良くある話だが所々に速度と照度を極端に落としたラップの様なものが紛れ込んでくる(これはICKにもみられるが)辺りが彼の胡散臭さとガラの悪さを際立たせている。実質的な最終トラックUTOPIAでは暗く重苦しい世界を10分間以上垂れ流す。矢張りゴロツキであろうが、とことんシリアスな輩であろうがインダストリアル勢の描く世界の予想図は暗く重苦しい。
Der Blutharsch - The pleasures received in pain
オーストリアのマーシャル&ダークアンビエントプロジェクトの1999年作。オーストリアと言えばかつてはハンガリーとの二重帝国、冷戦時代は西側陣営と東側陣営のスパイが入り乱れるという裏の顔もあったとか。首都ウィーンの所謂リンクを回れば分かるがかつての巨大建築物達はその様式がバラバラでこの街の得体の知れなさ、素性の不確かさを露呈している。AHが初めてユダヤ人らしいユダヤ人を見たのも恐らくはこの街であったであろうし、戦後は元ナチとナチハンターが入り乱れ、Ostaraだの何だののオカルティスト御用達の話にも事欠かない(唯一の?日本語文献として横山茂雄著「聖別された肉体―オカルト人種論とナチズム」を推薦します)。そんな混沌とした時代があった事を素知らぬ顔で無かったことにしようとしても矢張りこの街に取り憑いた異形の残り香がDer Blutharschの様な奇形を生み出す。優雅、典雅でありながらヨーロッパから離れた場所からの風が吹いてくる感じ、現代風でありながらどこからともなく黴臭い空気が漂って来る感じ。痛みと喜びが綯交ぜになり、不安の余りその正体を探ろうとインターネットを駆使してもそこにはuntitledが整然と並んでいるのみ。あの街に数多くあるであろう中流向けアパートの一室で一人聴くことが出来ればどっぷりとその世界に浸ることが出来るだろうなと夢想してみる。
Q1.
80年代から続くあなたの活動に関する情報をネットなどで見付けるのはとても難しいです。
島田英明名義で出したテープが1982年作としてありますがそこではDerek Baileyを70年代後半に聞いて即興演奏の世界に入った
と書かれています。あなたの初期の個人名義での活動と1985年からのAgencement名義での活動の異なる点は何でしょうか。
A1.
1978年、Derek Baileyの初来日時、私は実際に京都まで出かけて行って彼の演奏を見に行っています。
日本のフリージャズの共演者の咆哮の中で、彼のギターの音量は小さく、正直期待外れと言えるような、ある種の不明瞭さを持っていました。私はそれがなになのか、まだ解らなかったのです。
その翌年頃から、Merzbauという名の喫茶店で、私はヴァイオリンの即興演奏を始めました。
1986年のファーストLPに聴ける私のヴァイオリンソロは、その頃までの演奏スタイルであり、無窮動な音の連なりは、むしろエヴァン・パーカーの音楽に近かったと言えるのかも知れません。
Agencementでは、その演奏を録音し、アナログテープによる回転ムラや、その頃入手したばかりのデジタル・リバーブ機器によって変調を
施し、更なる複雑なミックスによって、今まで聴いた事が無かったような音楽が作り出せる事に、私は集中していました。
私の即興演奏には、共演者は一人もいませんでした。私が活動当初の挫折から免れ、継続していく上で選択したのが、電子的に変調された自己の増殖と言えるものだったのです。
Q2.
Agencementという名義の意味を教えていただけますか?
A2.
それは、フランスのポスト構造主義post-structuralismの哲学者、ジル・ドゥルーズGilles Deleuzeとフェリックス・ガタリFélix Guattari が、著書の中で用いていた言葉です。
フランス語の直訳で 「アレンジメント」や「 組み合わせ」 という意味ではあります。Cafe Merzbauには当時、私を含め、音楽や芸術、哲学について様々な意見を持つ若者が集っていました。
その中には、ジャック・デリダJacques Derridaやジャン・リュック・ナンシーJean-Luc Nancyらの著作の邦訳を担当していた者もおり、ポスト構造主義post-structuralismについて討論が交わされていました。そんな中で、ある時私は Agencement という言葉を耳にしました。決してそれがリゾーム Rhizome では無かった事は、私には幸いだったと思います。Deleuze Guattari が、まだ日本語に訳されていなかった頃の事です。
Q3.
私がAgencementを最初に聞いたのは1993年リリースのcome again 2というコンピレーションが最初でした。
その頃にあなたが参加した数々のレーベルから出されたコンピレーションは全て当時の日本のノイズシーンに関係するものだったと思います。Agencementをきわめてノイジーであるとは言えませんが、あなた自身では初期の活動を単なる即興ではなく、実験的なノイズ
に近いものと考えておられましたでしょうか。例えばcome again 2での曲ですが、後にあなたの諸作品を聞いたり、情報を得たりするまでは
それが電子的なものでは無くヴァイオリンで作られたものとはわかりませんでした。
A3.
1984年、私はAgencementという言葉が入った最初のカセットを、少部数制作しました。その内容は、ヴァイオリンの演奏をきわめて歪ませているノイズ音楽でした。私がノイズに取り組んでいたのは、それで最後でした。それ以降の自分の作品は、所謂ノイズではないと、
自分では考えています。
Q4.
ノイズバンドと繋がりがあったのだと思いますが、現在でもノイズ周辺の音楽を注視されておりますか。
またインダストリアルミュージックに関心はお持ちでしょうか。
A4.
私がノイズシーンに意識的に関わっていたのは、1990年代前半までだったと思います。
2000年代初頭に連絡を取ったMSBRの田野さんは、全く寡作だった私を憶えていてくれました。
現在のノイズシーンについてはよく知りません。しかし、私は他のシーンからも同じように離れています。
Q5.
過去のアルバムを聞くとAgencementは層の厚い構造を持っていることが多かったと思います。
ヴァイオリンを素早く細かい動作で弾き、それらを重ね合わせていき、混沌とした世界を作っています。
これはヴァイオリンを伝統的な形で「弾く」というよりも音構造を作り上げるという感じがします。
クラッシック音楽を引くなどしてヴァイオリンを練習したことはありますか。若しくは常に即興の面から使用されてきたのでしょうか。
A5.
私は自分の作りたい音楽を実現させるために、それが必要な時には、私が使いたい技術、素材などについて、
その都度私なりに調べたり試行したりしているのに過ぎません。クラシック音楽に見られるような演奏のパッセージについて調べたりする事はあるかも知れませんが、それはいつも局所的におこなわれているだけです。何事においても、そんな感じです。全体像は見えていません。
即興は私の音楽の基本ですが、現在は、常にそれだけで構成する事を考えているわけではありません。
Q6.
新作であるSix Juxtaposed Worksを聞くと80年代や90年代との大きな違いを感じます。
同じツールを使っていると思いますが、音の流れは遅くなり、伝統的なヴァイオリンの音の割合が多くなり、
静謐さとダイナミックな部分との差がドラマチックなスタイルを生み出していると思います。
この新しいスタイルはどのようにして生まれたのでしょうか。
A6.
1991年のCD、Viosphereをリリースした時点で、私はやるべき事を一旦やり終えたと感じてしまっていたと、今なら
言う事が出来ます。その次の作品、Boxe Consonantiqueは、10年が経過していましたが、それにはまだViosphereの名残が感じられます。
最新作が出るまでに更に16年を要しましたが、それは私が或る種の頑なさを持っていたからだと思います。それだけの時間が必要でした。
新しいスタイルが何処から来たか、それは私が今、従来の自己の音楽の強固なイメージから、以前より少しだけ自由になっているからだと思います。
具体的には、従来の多層的かつミニマルなものに限定されていた音作りから離れ、音の流れに緩急を入れる事に関心が移っている事が上げられます。その傾向は、更に推し進められるかも知れません。
Q7.
日本のアーティストは多作であることが多いと思います。特に実験音楽、ノイズ関係のビッグネーム達が良い例です。
Agencementが寡作であるのはなぜでしょうか。未発表の作品が多くあるのでしょうか。
A7.
多くのノイズアーティストが持っているスピードを、私は持っていません。その意味では、私と彼らは全く違っています。
構造ではなく、テクスチュアの音楽という点では私も彼らも同じですが、私は自らのテクスチュアの創作には、簡単には満足していなかったという点は、作品を少なくしている要因でもあるでしょう。
多くのスケッチのようなものは常にありますが、それらは散り散りになった素材 Materialsや断片Segments と言えるものです。
私がそれらを統合して一つの作品に作り上げる瞬間が何時来るのか、私にも判らない事が多いのです。
Agencementに関しては常にそうです。
Q8.
デジタル時代になりレコーディング方法も変わってきましたか?
若しくは過去と同じ機材を使用されていますか?
A8.
ファーストLPの頃は、Fostexの1/4インチオープンリールテープ8chマルチトラックレコーダーと複数台の2chレコーダー、その他、多くのカセットテープを使用していました。Viosphereの頃になると、Tascamの1インチテープ16chマルチトラックレコーダーを導入していました。
2005〜2007年頃、それらの多くが壊れてしまい、アナログレコーダーで現在残っているのは、Teacの2chレコーダー1台のみです。
現在、Agencementのスタジオ作品では、コンピューターを導入した創作をおこなっていますが、
そこには依然として、アナログテープの回転ムラが介入している事も、つけ加えておきます。
Q9.
Viosphereは当初アメリカのレーベルからリリース予定だったと読んだことがあります。
しかし実際にはあなた個人のレーベルからリリースされました。
その他の過去作のほとんどはPICOからのリリースだったと思いますが、自身のレーベルから
出すのは必要上そうであったのか、もしくは当初から自分のレーベルで出したいという考えからそうされたのでしょうか。
A9.
Viosphereを当初、アメリカのレーベルGenerations Unlimitedからリリースする事を目指していたのだと思います。
もう随分昔の事なので、詳細は忘れてしまいましたが、私がマスターテープを完成した時点で、レーベルは活動を
止める事を決めていたようでした。レーベルのオーナー、David Prescottとは何度も手紙をやり取りしていた事を思い出します。
Davidは私の作品をリリースする事に熱意を持っていたと思います。
その後、私は他レーベルに対してアプローチをする事がほとんどありませんでした。
年月が経過し、何もかも状況が変わった今、それは改められるべきでしょう。
Q10.
Agencementのアートワークはミニマルな物かタイトルだけの物だったりします。
しかし再発や新作では過去のドローイングが使用されています。抽象的な絵画を
書くことに関心をお持ちであり、音楽もその態度を受け継いでいると思います。
Agencementの過去作にヴィジュアル的なものが無いのはなぜでしょうか。
ヴィジュアル的なアートワークはどのように位置付けられているでしょうか
A10.
CDというフォーマットが出てきた時、私は絶望しました。
アートワークをそこに収めるには、私には小さ過ぎたのです。
ファーストやセカンドアルバムのアートワークに見られた私の陰惨な絵画は、Viosphereでは、その音楽の持つミニマリズムに昇華され、消し飛んでしまいました。そして、そのような絵画に代わるイメージが何も無いのも、当時の私の心象を表していました。私は絵を描くのを一時的に止めていたのです。それは、美術家河原温が1950年代に描いていた鉛筆ドローイングにおける情念的な表現が、1960年代以降には消えて無くなってしまったように見えるのと、少し似ているかも知れません。私が河原と違ったのは、私はまだ描く事に依存している事です。
現在、再び絵を描いていますが、それらは、以前のように細密さを持っているにせよ、現在の私の音楽と同じく、抽象性の高いものになっていると思います。最近では、私は音楽とは関係なく、絵画を展示する活動もおこなっています。
Q11.
ライブで多くのコラボレーションをされています。ソロ活動との違いはなんでしょうか。
Evan Parkerなどの大物や、フィンランドのJone Takamakiとも共演されています。
どのような経緯で実現したのでしょうか
A11.
私は元々ヨーロッパの即興音楽のディスクを聴いていたリスナーでした。
活動当初の演奏スタイルは前述の通り、それらからの影響のものです。
2002年頃、初来日だった英国のサックス奏者ジョン・ブッチャー John Butcher と東京で共演した際に、
彼を招聘したプロモーターとの協力関係が始まりました。
2007年以降、私は3回ほど渡英して即興音楽 improvised musicの演奏者達とも演奏しています。
ギタリストジョン・ラッセル John Russell とも知り合いになりました。
そのような中で、エヴァン・パーカー Evan Parker が来日し、私の住む町に彼が訪れて一緒に演奏する機会を持ちました。
Jone Takamäkiとは知り合いではありませんでしたが、東京の友人の演奏家の紹介で一緒に演奏する機会を持ちました。
Q12.
スタジオでの録音としてはコラボレーションもされていますね。1983年にはメルツバウでの客演もなさっています。
その他にはレーベル運営やゲロゲリゲゲゲのLPにライナーノーツを書いていて、1988年に活動を停めその10年後に活動を再開した、
透過性分子とのコラボレーションがあります。今でも彼らとのつながりはお持ちでしょうか。
A12.
秋田昌美さんとは、たぶん1990年以降はお会いしていません。
彼が常にディスクをリリースし、変わらず活動を続けている様子には驚かされます。
透過性分子の岩田裕成さんとは2013年に再会しました。再会以降は彼とのコラボレーションは無く、一緒に出演した3回のギグで、それぞれがソロでの演奏を果たしています。
その内の一つ、昨年(2017年)11月のギグは、ドイツのレーベルTochnit AlephからのAgencementの新作CDリリースを記念して、
彼が主催してくれました。
1990年代以降、お二人とお会いしていなかったのは、当時の私自身のノイズミュージックへの関心の薄れもありました。
岩田さんに至っては、彼は完全に音楽活動を止めていたと聞いています。そもそも彼ら二人は東京、私は金沢と、地理的にも離れていて、1980年代に交流を重ねていた頃でも、私たちが実際に会う事は稀だったのです。
Q13.
この他にも水谷聖や美川俊治が絡んだ作品もありますが、これらの作品は成功したものとお考えでしょうか。
これからもコラボレーションをされていくおつもりですか?
A13.
私は、本名名義での他のアーティストとのコラボレーションを、2000年代ぐらいから意識的に始めました。
水谷さんや美川さんのようなノイズ系アーティストから、エヴァン・パーカーのようなサックス奏者まで、
コラボレーションという意味では、同じ活動なのです。
他者とのコラボレーションは、その機会が多くなれば様々な結果が得られる事を、私は良しとしています。
即興音楽 - improvised music の演奏家達との共演は過去数年多くなっていました。それでも、私が住んでいる地域はそのような
共演者はいないため、実際には、ライブ演奏の機会は少なかったと言わざるを得ません。
私が聴衆の前で演奏するには、何時も遠方へ出向かなければいけませんでした。
私が今までに、一緒に演奏した人たちには、Adam Bohman、Jim O'rourke、Keiji Haino、Max Eastley、Eddie Prévost、Lol Coxhill、Taku Sugimotoが含まれます。
Q14.
Agencementのライブ作品をリリースする予定はありますでしょうか
A14.
それは今のところ有りません。Agencementは、基本的にはソロによる電子編集を伴ったスタジオワークなのです。
この名義でライブ演奏をする事はありましたが、今後しばらくはスタジオワークをリリースする事に専念したいと考えています。
Q15.
新作のCDが出るまでに時間がかかりましたが活動を止めてしまおうと考えてことはありますか。
それとも活動は常に続けたいとお考えでしたでしょうか。
A15.
活動を止める事を考えた事はありません。
Q16.
そろそろ活動歴が40年近くなりますがAgencementとしての活動を通じて達成したい事、発現させてみたい物があれば教えてください
A16.
他レーベルからの私のCD/LPリリースの機会を望みます。
現在はスタジオワークに専念していますが、可能なら何時か海外で電子ヴァイオリンのライブ演奏ができる事を望んでいます。
Agencementとしての活動は継続しますが、本名名義での活動も多くなるでしょう。おそらく、ヴァイオリンを演奏する
という事からも離れた音楽を作る事もあるかも知れません。
Q17.
その他、これからの活動予定など加えたいことがあればお願いします。
A17.
エヴァン・パーカーとの演奏も収録するCDをリリースする予定があります。
おそらく、この回答が公開される前には、リリースされると思います。
Belborn - all is one
今は亡きWorldserpentを主な活動場所とし1999年
」

Bizarre Uproar-Purification
Bizarre Uproarは最初期作を幾つか保有していたが私にはそれらがジャパノイズそのまま聴こえ、その音も私にとって好ましいノイズではなかったので以降の入手を控えていた。それから数年、どうして手に入れたのかすら覚えていない当作品を聴いてその素晴らしさに驚き、逐一彼らの諸作品及びFilth & Violenceからのリリースを無視してきたことを後悔した。放出されるノイズは統御されその集中度、音圧を増した。ヴォイスは錬磨され単なる絶叫であることから大きく変化した。ドミナそのものの女性の発するフィンランド語(?)もノイズの中にしっかりと根を下ろしこの作品の完成度に大きく寄与している。ブックレット内ではナチイメージと人犬と化す己が共存する。そこに書かれているtriumph of flesh over spiritという文句が彼の最大の主張であろうか。彼がXenophobic Ejaculationはpoliticalなのでは無くsexualなのだと言ったことが思い出される。ネオナチとどこぞでレッテルを貼られてしまったようだが排泄物にまみれながらヒトラーサリュートをする彼は、ブックレット内の主張通りの、魂の高貴さを信じないニヒリストなのか単なる性的倒錯者なのかそれともある人々が言う様に「ネオナチ」なのか。











