ガン病棟の3人部屋に入院した。
私のベッドは真ん中。
入り口のドア側のベッドには隣国出身の
年配の女性がいた。半身不随だった。
彼女は身動きができないので、
要求がある時は看護師さんを
呼ばなければならない。
しかし、呼び出しブザーを押すのが
なかなか難しく、結局大声で
四六時中叫ぶことになる。
叫ぶというか、泣き叫ぶ。
ドイツ語ができないので、
ウォーター!
ヘルプ ミー!
ノー!
この3つの言葉の繰り返しである。
叫んでも毎回看護師さんに
聞こえるわけではないので
隣のベッドにいる私が結局、
ブザーで看護師さんに伝える。
ほぼ30分おきに看護師さんを呼ぶ。
夜中でも看護師さんを呼ぶ。
看護師さんがドアを開けると、
廊下の煌々とした明かりが部屋に入り、
私はとても眠れる状態ではない。
一晩目でもう私はすっかり
メンタルをやられてしまった。
私の方が泣き叫びたい気分だった。
巡回のドクターに話したが、
部屋は変えてもらえない。
1週間耐えなくてはならない。
耳栓をして、ケリー ターナーの本と
保坂先生の本を読み直した。
心が穏やかになれた。
隣の彼女だって叫びたくて
叫んでるわけではない。
私も彼女も闘ってるんだと思うと
寛容になれた。
もう彼女に対するとげとげしい気持ちは
なくなった。
むしろ、彼女の苦しみが少しでも和らぐようにと
祈るような気持ちが生まれた。
正直、そんな風に思えるようになるとは
自分でも驚いた。
彼女には二人の娘さんがいた。
一人は、毎日ポタージュスープを作ってきて
彼女が起きるまで待ち、食べさせて帰った。
もう一人は、1日おきにケーキを買って
お見舞いに来た。彼女が寝ていると、
ケーキの箱を枕元に置いて帰ってしまう。
彼女は私が退院する2日前に転院していった。
「寛容」になることを間接的に教えてくれた
彼女のことは今でも忘れられない。
元気で生活していてくれたらと思う。


