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行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 著者は門田隆将で講談社文庫から出版されている。

 岡山の友人が家に泊まりにきた時に、私の本棚をみて話題が本の話になった。その時、紹介してもらったのが、この本である。メモをして、後日書店で買うか、アマゾンで注文しようかと思っていたところ、中華街で夕飯を食べた後、本屋で見つけてプレゼントしてもらった。

 打撃コーチとして、高畠氏はプロ野球の世界で30年間、落合博満をはじめ、西村、サブロー、福浦らを育て、その他数多のバッティングに悩む選手を指導してきた。選手としては怪我になき、実績はないが、野村監督に見いだされ、20代から打撃コーチとして培った実績は偉大なものである。
 そんな彼が通信教育で高校の「教員免許」を取得する。彼の夢は甲子園制覇。しかし元プロ野球選手は高校生以上を指導することができない。(柳川事件によるらしい・・・)
 その規定があと1年できれ、野球部の監督になり、甲子園で勝つことを目指していたさなか、「余命6ヶ月」の癌の宣告をされてしまう。高畠氏は6ヶ月を待つことなく、この世を去ってしまった。

 高畠氏が残したものは、野球の技術でも、教師になって教えた知識でもない。まぎれもなく「人間力の種」だと言える。人が生きていく上で必要な力を、その人の心の中から発芽するように種を植えたのだ。
 彼が一年だけ勤めた筑紫台高校の生徒にとって、高畠は「たった一人の俺だけの先生」であったと筆者は生徒へのインタビューから印象をまとめている。この感覚を子どもにもたせるだけのものを高畠氏は残しているのだ。思いやりがなくてできようか。できるはずがない。「人間力」を高畠氏本人が一番求めて、研鑽に励んでいたのだろう。

 非常に心をうつ本だった。高畠氏が岡山県出身だということも、なぜか親近感も湧くし、さらになぜか刺激にもなる。近年NHKの土曜ドラマ『フルスイング』の主人公である高林のモデルとなったのが、この高畠氏である。
 夏休みである。連続して休暇を取れるので、普段できない研究をしてみようと、思いつくまま書き出してみた。

山田方谷:論語を中心として、東洋思想を学んでいる時に、岡山の偉人として聞いたことはあるのだが、全く詳しくは知らない。本やネットで情報を集めた後、閑谷学校に併設される資料館や、情報をもとにした彼の遺蹟を巡ってみようと思う。同時に彼を通じた岡山と新潟の関係にも興味がある。

森信三:『修身教授録』により、教師としての使命を確固たるものにしてくれた先生。働きだして一番始めにもらったボーナスで『森信三全集 続編1~8巻』『森信三著作集 1~10巻』を揃えた。この夏は特に「全一学とは、何か?」というテーマにしぼって全集から拾っていき、概略を把握することを目標としたい。

千字文:6世紀ごろ、論語と時を同じくして、日本に入ってきた古典である。四言絶句からなる1000文字の詩句250句には一文字の重複もない。文学的価値も高く評価され、我が国の教養的素養を養う上で果たした役割は計り知れない。この千字文の臨書をする。全臨をするのではなく、冒頭の50文字に絞り、結体を研究していくこととする。 

見聞:バイクで横浜に帰る機会を利用して、事前に研究テーマに沿って寄るべきものがある時には寄ってみて自身の見聞を広めたい。

 今のところ思いつくものは以上のようなもので、これらをやっていくうちにも、いろんな枝葉がついてくることを期待している。
U理論について述べられている。
U理論とは、「知」に関して、物事の全体の性質を理解し、部分と全体がどう関わっていくかということの理解からすべてが始まっている。
全体への意識が深まれば深まるほど、「現状の全体」だけでなく、「進化する全体」への意識が高まり、行動となって異なる未来を想像するという理論である。
その「深化」をUの字の左で表現し、「昇華」をUの字の右で表現しているのが「U理論」というわけである。

「深化」の部分を「センシング」と名付け、物事に対して一体を感じて「観る」としている。
「転換」の部分を「プレゼンシング」と名付け、内なる知が浮かび上がるようにするとしている。
「昇華」の部分を「リアライジング」と名付け、流れるように自然に素早く動くとしている。

中でも特に強調されていたのが、Uの字の底辺の部分(「転換」)で起こることである。価値の逆転が起こったり、自己の内面が劇的に変わったりする部分である。

ここの認識としては、存分に霊的なもの、宇宙的なもの、人智を超えた神秘的な要素を感じた。脳の95パーセントは使うことができていないとされている。宇宙の95パーセントは何か在るけれども、何なのかわかっていない「ダークマター/ダークエネルギー」とよばれている。
唯物的な認識では全体の認識へは到底到達することができないと感じているので、この本のうたっている理論は私の頭にもスッとはいってきた。


 房総半島の先端まで行ってきた。
 海に波が在り、山には緑が覆っていた。風が吹き、木々が心配になるくらい葉を揺らしていた。
 太陽が雲の隙間から陽を差し、大地に彩りをそえていた。
 久しぶりに太陽が沈んでいく景色を見た。雲に映った美しい色の夕焼けを見た。
 夏です。私はどうなりたいのか?
 
 「モチベーションはプラス方向でもマイナス方向でも強ければ強いほどいい」

 日本が史上初めてワールドカップ出場を決めた後、中田英寿がテレビ出演して言っていた言葉だと記憶している。細かいツッコミどころはたくさんあるが、今の僕はこんな心境だ。モチベーションは高い。マイナスの感情を原動力にしたモチベーション。
 「偉大な年」のもの凄いワインをたくさん飲む機会を与えられた。「おいしい」のは当たり前。その「おいしい」の基準が僕の中に形成された。ボトルに詰められたワインは生産者の寵愛を目一杯受け、背後にある物語が雄弁に訴えかけてくる。・・・もうこんなことは一生ないかもなぁ。
 エシェゾーも凄かったが、シュブレ・シャンベルタン(ルロア.2000)の秘められた可能性がドキドキさせてくれた。これはビオディナミ(有機農法)で育てられた葡萄から作られていて、その農法もシュタイナーの思想を元に育てているらしい。飲む前にそれを聞いていたから余計に気になる存在だ。
 いろんなワインの種類があって、勉強しないとよくわからないが、自分が楽しく美味しく飲んだワインくらいは覚えておくのがワインに対する礼儀だろうと思う。
 『プラトン全集12』に収められている「ティマイオス」を読みたくて古本屋からネットでの検索などあらゆる手段を尽くしても出てくる文字は「在庫切れ」や「絶版」の文字。渋々図書館の書庫から借りてきていたが、いかんせん返す日が指定されていると自分のペースで読むことができない。ほとんど読むことができないまま返却の日を迎えていた。

 ある日。音楽をしている友人の研究室へいって話をしながら天井まで積み上がった本棚を眺めていると・・・。「ん??ティマイオス???」そう。プラトン全集の中で唯一「在庫切れ」の文字があった『プラトン全集12』が、この研修室にはあるではないか!他の巻はない。ただ12だけがあるのだ。
 聞いてみると彼も「ティマイオス」を読みたくて探していたがなかったらしいが、ひょんなことから手に入れたらしい。
 「どれでも読みたい好きな本、持っていっていいよ」という言葉に甘え、大切にこの本を持ってかえった。ページをめくる度にドキドキする。
 自分が進もうとする道にある手応えが心強く僕を支えてくれている。それは先人が歩いた道であり、この道を歩んでもよいのだという安心感。文化・歴史の重みは何よりにもまして僕を支えてくれる。
 僕は先駆者ではない。先に生きた人の背中を追って、その先にあるモノを目指す求道者たらんとす。
 なんだか最近いろいろなモノがモノの方から僕の方へと流れてきてくれる。そのモノを僕が求めているからか?たしかに求めている。そして求めている方向のモノが僕の元へと流れてきてくれる。齢三十を前にして立つ準備が整いつつあるということか?ありがたいことに進むべき方向が見えつつある。「三十になって生まれ変わる」とは友人の言葉。僕にもそんな予感めいたものがあり、心躍る。
 先日、東京へ行ってきた。久しぶりの都会は不思議な感覚だった。宙に浮いたような身寄りのない浮遊感。しかし、たったの1年間だけではあるがここで仕事をして、生活していたという事実。今まで味わったことのない気持ちだった。
 行きたかった場所がある。「靖国神社」だ。自身初の参拝となった。九段下の駅から鳥居をくぐる。向かう途中、杖をついたおじいさんが門のところで一礼。足を引きづりながら歩を進めていた。きっと何回も何回も参拝しているのだろう。「友人」に逢いに。
 ピッと背筋が伸びる感覚が否応なく漂っている。
 参拝後、遊就館へ行った。想像していたよりも多くのことを学ぶことができた。感じることができた。行かなければならない場所へ行くことができ、よかった。