冷静と情熱のあいだ(上) | 行く河の流れ

行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 深夜バイトを終え、駅に向かって車を走らせていた。若干焦り気味ではあったが、深夜12時を回っていたのでほとんど他の車はいなかった。だから焦っていても焦っていなくても大して到着時間も車のスピードも変わりはしない。12時19分到着予定なのに、僕は10分ほど遅れて12時30分くらいに迎えに行けそうだったのだ。だから焦っていた。
「もう到着しているかな?」
 僕はそう思いながらカーステレオでRebecka Tornqvistの「A Night Like This」に耳を傾けた。
 僕が駅に到着したのは予定通り12時30分。予定通り10分の遅刻である。車を止め、辺りを見渡したがそれらしい人影は見られなかった。大学生らしき集団がコンパの帰りだろうか。時折2、3人で通り過ぎていく。
 しばらく車の中で待ってみたのだが、だんだんと人の数が少なくなっていく。電車はもうとっくの前に終電が終わったはずである。車を降りて駅の改札を覗いてみても、もう誰もいない。
「おかしいな?東口と西口を間違っただろうか?」
 僕は車に戻り、チケットパーキングの方へと車を転回した。チケットを買おうとしたが、「休止」が表示されていた。
「もう終わっとるよ!いらん、いらん!」
タクシーの運転手の人が暇そうに話しかけてきた。もう駅から出てくるお客さんもおらず、飲み会帰りの人を拾うだけなのだろう。僕は車をそこに置いて携帯電話をまた鳴らした。無機質な機械の音声が「・・・お留守番サービスに接続します・・・」と告げる。さっきから何十回ならしても「どうしたのですか?」とは当然ながら聞いてくれない。だんだん不安になってきた。
「東口に行っているのかも。見てこよう」
僕は携帯電話を右手に握りしめたまま地下通路を走った。100メートルほどあるその通路にはもう誰もいない。薄暗い蛍光灯の光と僕の慌ただしい床を蹴る音がむやみやたら響いて不安をかき立てる。
「もしかして、誘拐されたのかも・・・。拉致されたのかも・・・。どうしよう?」
 東口は駅の正面と言うこともあって、まだまだ人がいた。しかし皆飲み会帰りの若者達でだった。目を凝らして見渡したが、いなかった。
 僕はまた急いで車のある方へと走った。もしかしたら、行き違いでいるかもしれないと思ったのだが、期待は外れた。僕はその場に留まることしかできなかった。もう終電が終わって、人が出てくるはずのない改札を眺めていた。
「あれっ?」
 改札から人が出てきた。終電も終わり、駅員さんでもない普通のお客さんがである。僕が待ち合わせている人も背筋を伸ばして出てきた。安心した気持ちよりも既に疑問の方が大きくなっていた。
「あれっ?あれっ?」
「人身事故」
 何事もなかったかのように、当然僕にもその情報は入っているだろうという風に、そしていつも通り答えた。ひとまず車へ乗り話を聞いていると。どうやら2,3駅手前で人身事故が発生してそこで電車が止まってしまっていたらしい。
「そのね、人身事故の放送が電車内に流れた時ね、電車内の空気がとっても寂しかったの。人身事故よ。人の命に関わっているかもしれない。でも電車の中にいる人にとってそれは迷惑なことでしかないの。私も前はそう思っていたかと思うと、怖くなっちゃった」
助手席で真剣に話し出した。
「お前らしいな・・・」
僕はそう思うと疑問が晴れ、やっと安堵感が広がった。僕が彼女に魅せられているのはそういった気持ちである。携帯電話のバッテリーも充電してこないでやって来るところも憎めなくなるくらい・・・。
 彼女は僕と出逢って2回目の誕生日を迎える。このようにして誕生日前夜は幕を開けた。

~~~~~~~~~~~~~~~~The other ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「あれっ?あれっ?」
「人身事故」
 何事もなかったかのように、当然僕にもその情報は入っているだろうという風に、そしていつも通り答えた。ひとまず車へ乗り話を聞いていると。どうやら2,3駅手前で人身事故が発生してそこで電車が止まってしまっていたらしい。
「そのね、人身事故の放送が電車内に流れた時ね、すごく怖かった」
 彼女は続けた。
「人身事故でしょ。人の命に関わっているかもしれない。例え、意図して起こした事故だったとしても、そうするしかなかった人の苦しみとか、命の重さとか、まったく考えられないみたい。電車の中にいる人にとってそれは迷惑なことでしかなくて考えているのは自分達のこの後の飲み会の予定。『ごめんなさいねえ~』って甘い声で電話して、その直後には、『人身とかてちょ~迷惑なんだけど~』・・・だって。狂気だなって思って、すごく怖かった。そして自分も東京で満員電車の中、そんなふうに一瞬でも思ってしまったと思うと・・・。怖くなっちゃった」
「携帯電話のバッテリーは?」
「なくなっちゃった。でもほら!充電器持ってきた」
 やっと安堵感が広がった。充電器を持ってきたことに対してではない。無事に出会えたからでもない。彼女が電車で携帯電話のメールに夢中になることよりも、もっと大切なことを感じて、それを考えていたことに対してである。
 このようにして彼女の誕生日前夜は岡山で幕を開けた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~さらにもう1案~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「そのね、人身事故の放送が電車内に流れた時ね、すごく怖かった」
 彼女は続けた。
「人身事故でしょ。人の命に関わっているかもしれない。例え、意図して起こした事故だったとしても、そうするしかなかった人の苦しみとか、命の重さとか、まったく考えられないみたい。電車の中にいる人にとってそれは迷惑なことでしかなくて考えているのは自分達のこの後の飲み会の予定。『ごめんなさいねえ~』って甘い声で電話して、その直後には、『人身とかてちょ~迷惑なんだけど~』・・・だって。狂気だなって思って、すごく怖かった。そして自分も東京で満員電車の中、そんなふうに一瞬でも思ってしまったと思うと・・・。怖くなっちゃった」
 彼女はまっすぐ前を見つめながら話していた。
「らしいな・・・」
 僕はそう思うと疑問が晴れ、やっと安堵感が広がった。僕が彼女に魅せられているのはそういった気持ちである。携帯電話のバッテリーも充電してこないでやって来るところも憎めなくなるくらい・・・。