ここ最近、ようやく実力社会へ舵を切った日本ですが
実際はまだまだ学歴社会優勢となっているのが現状です。

あまり批判的記事は書かないつもりでいますが、
決して学歴を否定している記事ではありませんので^^
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男女雇用均等法も導入され、職業安定所では募集要項から
年齢や性別などの記載は消えています。
行政の意向で差別なき雇用を推進する為なのですが・・

実際は、性別や年齢を見てから希望の人材を採用するので
履歴書だけで理由もわからず不採用になり面接までいけない
という状況が過去よりも多く起こっています。

本当に差別なくというのは「平等」ではなく「公平」な視点で
なくては(会社・人材に対する公平さ)この溝は埋まらないと
感じています。
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さて、タイトルの話ですが、私が今いる会社でも数年前から
「ダイバーシティ」(多様性=男女、年齢、学歴などの区別なき人材)
「”本当の”実力での評価」(年功序列から実力での昇進)
へ向けて取組んでいるようですが、実際は現場に近いほど浸透には
まだまだ10年程度かかると思われます。

ここ数年は、ようやくうちの会社でも「何大学出身?」と仕事中に
聞く人はいなくなってきました。(まだ残っている部門もあります)
飲み会では、必ずその話題をする人もまだまだいます。


偏見のように聞こえるかもしれませんが、
その口火を切る人は自分が自信のある大学出身で、それを相手に
聞くことにより自分の立ち位置を確認しているようにも見えます。

特に、私のいる会社はどこかの野球チームのように、名のある大学
出身者を多数採用しており、良い学歴の人は良い仕事をすると言う
風潮の時期に大量雇用され、あぐらをかいたまま年功序列で上がった
世代が今丁度管理職あたりにいます。(まもなくご卒業ですが・・)
同様に、仕事とは関係ない男尊女卑まで楯にしてポジション確保中。

そうすると、見る尺度が”実力”ではなく、残念ながらそのような
「色眼鏡」を通して見てしまい、本当に実力のある人が埋もれて
しまっている状態です。

ここ近年は人材重視での視点に変わり、学歴に加え、資格や
面接重視、職務履歴での中途採用も行われていますし、
その様な過去を振り返る会話をする人もほぼいませんので、
若い世代は随分フラットになってきました^^


採用人事とも飲み交わす機会もありますが、採用する際に何を
基準にするか、見ず知らずの人材から優秀な人を取ろうと思うと
書類選考は今は学歴を参考にするしか方法がないと嘆いていました。

採用は現場を知らない部署の為、各部門に対してどんな人材が
マッチングするかをそこで振り落としてしまっています。
ただ、人事も言っていることは「学歴はあくまで目安のため」
という事なのです。


伸びる人は今に甘んじず常に前に進む人だと経験上感じています。
勿論、学歴優秀で期待通り仕事もこなす人も沢山います。
違いは過去の栄光にしがみつき、そこで留まり今の時代から
取り残されているか、そうでなく常に今を重視しているかどうか。

もちろん、名だたる大学を卒業するには相当の努力を積まなければ
難しく、並大抵のものではないことも知っています。
だからこそ、会社に入って安心しては折角の成長が止まってしまう。
「会社に入ること」が目的であればそうなっても仕方ありません。
その様な方も多くいて、非常に残念に思います。

生かすも殺すも自分次第。
印籠代わりに温めてももったいないと思います。


これから就職活動に入られる方や、その様な上司にうんざりしてる
方の参考になればよいと思いますが、
私の会社も年功序列制度は段階的に撤廃される事が決まっています。

学歴の高い人は当然基本給が高いですが、撤廃後は実力制になります。
今や過去の栄光に甘んじている人は、毎年の評価、その年の実力で
昇格が確定します。現時点で役職や給料も高い人たちも、全てが同じ
土俵に上げられます。既に試験導入された部署で職責逆転も起きています。

国もこの取り組みを支援しています(時間はかかりますが)
徐々に国内の会社にも波及していくことになります。


そして「いい大学に行けばいい会社に入れる神話」も崩壊します。
いい会社って一体なんでしょう?
恐らく企業名や待遇だと感じていますが、いかがでしょうか。

私の思う「いい会社」とは、会社の規模の大小に関わらず、
仕事をした実力を正当に評価できる、人を見る目がある会社で
だから仕事が本当にやりがいが持てるものだと思います。

そして自分も成長することに対して努力を続けていくことで、
会社の質自体があがり、更に良い会社になります。
(理想郷だと思わず^^実際にその事例も見ていますので)



折角良いと思われる会社に就職をされたのであれば、これまで
学んだことをいかんなく発揮してください^^

自分をごまかさず、印籠を振りかざさず、一生懸命に取組む姿は
必ず見られています。(当然見えないところを)
もしも希望でない会社に入った方も気持ちをリセットしましょう^^
仕事のできる人は、どんな場所でもできるヤツなのです。

会社のせい、学歴のせい、ひいては親のせいと他責にしている
人は残念ですが、どこに行っても結果は同じです。


折角頑張って掴み取ったものは、つかんで終わりではなく、是非
これからもそれを最大限に生かしていって欲しいと思います。
やる気や頑張りを含めた全てが真の実力です^^


ちなみに・・
先日記事でも触れましたが、既にアメリカの一部では、弁護士の
評価を人工知能がする仕組みが導入されています。

日々の行動+仕事の成果に加え、業務の課題に対して的確な資料を
参考にしているかどうか・・以上の項目で客観的で「今」の実力を
人工知能による客観的評価を行っており、残念ながらごまかしなどは
評価項目には入っていません。

最終的には日本にも導入されていく事になります。
「正直者がバカを見る」時代はもう終わりに近づいています^^
クリスマスにほしいものはなに?ブログネタ:クリスマスにほしいものはなに? 参加中
たまにはブログネタに参加σ^_^;

欲しいものとクリスマスに、がつながりませんが・・
今、一番欲しいものならば

国内メーカーの50インチ4Kテレビ o(^▽^)o
です!物欲全開www

たまに録画したアニメや映画を見ていますから、せっかくなら綺麗な画面♪

今のテレビもインチは大きいのですが、液晶が出たばかりの頃のもので
最近寿命か?と思う症状が出ていますから(^^;;
現実的すぎる・・笑


あー。やっぱりクリスマスに繋がらないσ^_^;
50インチなんて煙突にも靴下にも入らないわ!!^ ^

はっ・・・(・_・;

という事は、サンタさんは制約を設けていたのね。
靴下に入る大きさのものだと・・笑


クリスマスと言えば、大抵平日ですから仕事している場合が多いですね。
口実にケーキを食べるくらいでしょうか。
キリスト教徒でもないですから・・
身も蓋もない(・_・; ドツボにハマりました・・σ^_^;

とはいえ、行事を愉しむのは良いことです。
そんな日があって、また頑張れるのです^ ^

私は今年も仕事をして、休日にケーキ鍋をすることになることでしょう^ ^
(鍋とケーキね^ ^)
一般的に、ネコの知能は人間の2~3歳児相当だと言われて
います。私もそう思います。一緒に居ても人間の子供と変わりません^ ^

私も、生まれたときからずっとネコと暮らしていますので
個体差はあれど、賢いなぁと思うことが多々あります。
また、ネコ語はわからないけれど、なんとなく言いたい事が
判るので、ねこのきもちは判ってあげているほうだと自負(^^;; しています。

さて、過去にブームになった「バウ(ニャウ)リンガル」
を覚えていらっしゃいますか?わたしは無用の長物でなので
買いませんでしたが、今もあるのかな。と思って検索すると
iOSで「人猫語翻訳機」というアプリが引っかかりました。

当時ニャウリンガルは、買われた方のお話では「違うなー」
「そんなん言ってないと思うけどなー」という感想が多く、
開発者は本物のネコ好きではないのかな?と感じました。

ただ言えることは、本来ネコは無駄に喋らないのです。
野生?のネコは親に愛情を求める時に(ミルクが欲しい時など)
鳴く、又はオス同士の縄張り争いなどの際に威嚇する程度です。

人間に飼われると(特に去勢すると)子供のままでいますので
人に対して鳴くことで甘えたり、欲求を伝えるようになります。
(つまり鳴く=信頼されているということですね)

ネコには表情筋が少なく、喜怒哀楽もわかりにくいと言われますが
とんでもない!過去飼ってきた猫たちはどの子も表情豊かですし
感情が素直に顔に出ます^^;

我が家のネコは人間の行動をよく見ていて、忙しそうな時は
遠巻きにいますが、ゆっくりしていると「今いいですか?」
と断りを入れるので、どうぞ~と言うと膝に乗ってきたりします。

尻尾でもご機嫌はわかりますし、風呂上りには自分の匂いが消えて
いるため、あわててスリスリ(匂い=縄張り)してきます。
体調が悪い時は、人目につかない場所でひたすら寝ています。
ネコの感情や行動は鳴き声だけでは計り知れないものがあります。

まだアプリを使っていないので感想は書けませんが、普段は
役に立たなくても日々の声を学習をして、一番心配な体調の
悪い時にどんな風かを訳してもらえるのなら助かります。

*どうやらこのアプリは、実際のネコのサンプルを元に、
 人間の言いたいことをネコ語に変換して音声を発信する
 らしいです(^^;う~ん。アイディアは良い!けれど
 もっと膨大なサンプルと、学習機能が必要かもですね・・


ネコと同じにしてはいけませんが、認知症の方も徐々に解明
されてきています。私の祖母も全身麻酔をしてから認知症になり
入院しては病院を抜け出したり、何かを繰り返し話していますが
必ずそれには何かの理由があると思うのです。

それを判ってあげたとき、祖母はとても笑顔になりますし、
私の記憶は子供の頃で止まっているようですが、たまにしか
行けなくても、ちゃんと顔も名前も覚えていてくれています。

昨日書いた自分の記憶と言語の関係の体験もしていますし
やはり認知症の方も、ネコも当時の私も、周りが話してる
事はちゃんと理解をしていると思うのです。
ただ言葉が出せないだけで、じっくり待ったり、行動を見れば
話したいことも少しづつ理解できると思います。

人工知能がこの分野で活躍してくれれば、お互いがより良い
関係で苦痛を感じないコミュニケーションを図るサポートが
できるようになると期待しています^^
西尾維新好きの私は、えー実写版?と半信半疑に見ていた
ドラマですが、やはり根幹がしっかりしている方ですから
原作と少し違う設定でも最後まで楽しく拝見させて頂きました^ ^

タイトルのように、主人公の今日子さんはある日を堺に、眠ると
記憶がリセットされるようになってしまい、起きた瞬間から
天井のメッセージを元に探偵という仕事を通じて沢山の人と
関わりながら「1日」を大切に生きているというお話でした。

実際にこんな人はいるのかもしれません。
私自身も他人事ではないので自分のことを重ねていました。
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今日のテーマは、初めからカテゴリとしておいていましたが
良いきっかけですのでこの話を少し書きたいと思います。

私の場合は丁度5年ほど前に極度のストレスが原因で、徐々に
記憶と言語に関する症状がひどくなり、半年ほど日常生活が
できない状況に一時期陥りました。

経過などはまた追って話すとして、一番酷い状態のときは
耳から入る情報は「5分」しか記憶が留められませんでした。
仕事をしながら次々記憶がなくなっていく自分に恐怖を感じ
今日子さんと同じように(私は付箋に)メモを残すのですが
断片的なメモではその事が何の事かも一切思い出せません。

そこで、パソコンで必要な事を一字一句テキストで残しながら
仕事をこなしていっていました。(シナリオを随時作りながら
それを頼りに仕事をするという繰り返し)元々メールで証拠を
残しながらの仕事が多いのが幸いしていました。

また、記憶がインプットできないので話すこともできず、しかし
視覚的な情報は覚えられるので日常でもメールでのやり取りで
なんとか生活していました(こんな時代で本当によかった!!)


この症状の前兆は半年ほど続きました。最初は記憶を30分程度
過去は覚えていられましたが、徐々に時間が短くなってきました。
そして、ついには5分しか覚えれず、しかも2つの行為を同時に
できなくなったのです(電話をしながらメモができないなど)

それでも、責任ある仕事を抱えていたので万が一の時の為に
引継ぎ資料を残しながらなんとかやり過ごしていました。


また、今日子さんと同じように過去の記憶や習慣化している
ものなどは残っていますから、短時間の記憶対策さえすれば、
最初の頃は日常生活も何とか送る事ができました。

その時の記憶は忘れても、こうしてその当時のことは覚えています。
不思議なことですが、時間軸で脳の記憶の場所は異なる事にも
気づきました。(短時間の記憶うち、必要なものが別場所に移動)
情報が記憶できないけれど、記憶できなかったことは覚えている。
また、耳と目から入ってきた情報の記憶箇所も違うんですよ。

しかし、ある日仕事が終わっていつもどおり会社を出たとたん
家への帰りかたが判らなくなりました。方向も、道もわからず
夜も遅かったのでここにいるわけにもいかず、そのうち思い出す
かもしれないと、色々な道を辿りながらなんとか家へ帰りつく事が
できました(1時間で帰れるはずが4時間もかかりました)

ここで漸く病院へいきドクターストップとなりました。
会社の責任を全て背負ってやっていましたので体が限界を超え
拒絶し情報をインプットしてくれなくなったのかもと今だから
そんな風に思います。

自宅でも日常生活ができなくなり、付箋のメモを頼りに生活を
しました。もちろん買出しも火を使う料理もできず・・

その頃は、目覚めると前夜の記憶が無い事がよくありました。
出した覚えのないメールを発信している。覚えのない商品を
ネット注文していたり、ものの位置が変わっていたり・・(^^;

メールの本文や、注文内容を見ると間違いなく私と判るのですが
その記憶は今も覚えていません。(幸い、おかしなことは
送ってはいませんでした)


結局約1年程、目覚めると前夜の記憶がない事があり、その上につい
5分前の記憶がなくなり、本を立読みしている間に鞄の存在を忘れる
ので外出もできない。こんな恐ろしい日々はありませんでした。

ただ、このままではいけないと少しづつリハビリをしながら、また
今のように通常通りの生活に自信が持てるまでは復帰後から実に
3年ほどかかりました。(まだ時折で出ますが、前兆はわかるので)

当時、周りや家族にも当然ですがその状況も話すこともできないので
理解されない事が多くあり、結果思いの行き違いもあり、色々な方へ
随分迷惑をかけたと思います。

そして迷惑をかけるなら症状が落ち着くまで一人でいるほうが良い
と意を決して1からやり直しをしています。少しづつこうして
当時のことを話ができなかった身近な人へも話せるようにもなり、
前向きに進められるようになりました。

しかし、この事があってから人間の体の神秘を知らされることにも
なりましたし、どこか一つが停止することで人間としての機能は
簡単に使えなくなるんだということを身をもって知りました。


また今日子さんのように毎日を大切に生きる事やまだ早いうちに
自分の体の限界を知る事ができたのは、今では凄くありがたいと
思っています。

だからこうしてまだ沢山の記憶があるうちに、体感したことや、
感じたことを書き残していきたいと思っているのです。
私はいつかなくなっても、データは残りますからね^^

元々その思いはありましたが、「明日も生きれるとは限らない」
と今日を生ききる気持ちはいつも持っています^^
先日「しあわせの基準」で的川教授のお話に少し触れましたが
沢山のお話の中からタイトルのテーマでのお話をしたいと思います。

的川教授は、かつて「糸川教授」の弟子としてロケット開発に
携わっておられ、今は最後の生弟子となっています。糸川教授を
「親分」と呼んでおられ、その破天荒?なエピソードを交え
ながら、ひととなりのお話はとても感動的でした。

糸川教授のプロフィールと、的川教授が体験したエピソードを
少しご紹介します^^
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▼糸川 英夫(1912~1999没)
専門は航空工学、宇宙工学。ペンシルロケットの開発者であり
「日本の宇宙開発・ロケット開発の父」と呼ばれる。
元々、飛行機のエンジニアであり、技術者視点での革新的な
ロケット開発を行った人でもあります。
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糸川教授のエピソード
◆趣味趣向(多趣味、するならとことん)
・60歳になってからバレエを始めて1年後には舞台に立った。
 整理券を弟子たちに配り、券に通しナンバーがついているから
 来ないとわかるよ!と脅されたが的川さんは行かなかった。
 (白タイツ姿は見たくないからだそう(笑)

・音楽も好きで楽器も愛用。チェロを持っていたが首に挟むのが嫌で
 海外にももって行きやすいように自ら四角いチェロを考え作った。

◆行動傾向(日本でロケットを打ち上げるために情熱をかけた)
・この頃世界のロケット発射場は砂漠などの平地で行われていた。
 日本ではその様な広大な土地がなく場所の選定に時間がかかっていた。

 戦後GHQの協定で太平洋側に打ち上げるのは禁止とされていて、
 北から段々と南下しなから規制にかからない場所を探して転々とし、
 最後に種子島の山の中にたどり着いた。
(山の上の発射台は世界初、その他世界初を沢山実行された方でもある)

・種子島でのロケット打ち上げ場所を探している際も、タクシー運転手が
 悪路が嫌で行きたくないと断ると、普通は諦めるものだが「お前が
 行かないなら俺が運転するから道案内をしろ」とハンドルを奪う。

・ロケットを観測するレーダーの製作が1年位かかるから間に合わない
 という話でも、「上に上げれないんだったらそれまで横に飛ばしたら
 その間観測はできるだろう」と発射テストを実行した。
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とにかくしたいと思ったら絶対に実行をする人だったそうです。
ともすれば、強引と思うかもしれないですが、的川さんのお話を聞くと
そうは思いませんでした。

懐かしい思い出を振り返るように笑顔で話す様子を見ると、
誰もやっていないことを実行する難しさを、まるで楽しむかのように
やってのける糸川教授は弟子は振り回され大変だった様子ながら
その分だけ沢山のことを学ばれたんだなと思います^^

★的川さんは糸川教授について最後にこんな風におっしゃられていました。
 ”やりたいと思ったら、決して諦めることをしない。絶対にできないと
 言われる事も「どうすればできるのか」を必ず考える人だった。”

私も仕事でとある方(今は亡くなっておられますが)と出会い、
その方に沢山のことを教えられました。

・失敗か成功かの分かれ目は、自分が諦めるかどうかにある
・給料は期待値、今の3倍働いてやっと実力になる。甘んじてはいけない。

この言葉だけではわかりにくいこともありますが、数々の教えを
たたきこまれ、私も基本的には前向きに日々を生きています。

気持ちの上下は日々あれど、諦めなければ大丈夫という思いを忘れず
進んでゆけば必ず良い結果になります。それをつかもうとするか
どうかは、受身ではなくやはり自分次第なのだと、的川さんのお話から
改めて考えさせられました。

そうは言っても自分には無理。と思う方もいらっしゃるでしょうが、
未知の扉を自分で開くことは本当に大切です。
諦めればそこで終わりです。何年、何十年かかっても諦めない
それが一番の大切なことなのだと^^