慌しく過ごしているうちに更新に日数が空いてしまいました・・
毎日雨模様でなんとなく気持ちも降下気味のこのごろ・・

特にこんな日は、人と関わると普段よりも敏感になり
ショックを受けることも多くあります。

これから先、技術的特異点を迎えるにあたり私が大きな
テーマにしている「正直に生きる」こと。
今人に言えないことを抱えている人は徐々に露呈される
世の中になっていくことをお伝えしています。

色々な人を見てきていますが、その場限りで終わる人は
置いといて、家族・学校・会社と長く人と関わるなかで
一度嘘をついてしまうとそれを積み重ねる為に嘘を重ね
最後には嘘をついていることすら分からなくなってしまう
人も沢山見てきています。

嘘を隠し切れなくなって休職してしまった人もいますしね・・。
政治家が都合が悪くなると入院するようなものでしょうかww
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そもそも人はなぜ嘘をつくのでしょうか。

一般的な心理学などでよく言われる嘘をつく人の特徴ですが
・人からよく見られたい
・自己欲を実現したい
総称すると大きくこの二つになるといわれています。

生い立ちにも大きな影響があります。
愛情を十分に受けられなかった子供は人に認められたいという
気持ちが異常に大きくなります。
また執拗に怒られて育った子供は防衛手段として嘘を子供の
頃から使うことが日常的になるそうです。

勿論、その環境下でもそうならない人は沢山いますので100%の
話ではないことを理解してくださいね^^


私は根本的な理由が「知能が高いこと」と「命に限りがあること」
この2つではないかと思います。

嘘をつくことで難を逃れられる事を学習できる知能がありますが
なぜか、ついていることがばれないと思っているのも特徴的です。

また、いずれ死を迎える私達は時間は限りがあるということを
本能的に抱えているのです。恐らく永遠の命があるとすれば欲自体は
限りなくなくなっていくのだと思うのです。

そもそも「難」とは大抵その場しのぎのことです。責任を逃れたかったり
人の手柄を取ったりとその場は良くても、人間関係が長く続く場合
いずれ見破られるのです。

私のかつて知っていた虚言癖のある人は酷かったです。
頻繁に人間関係を変えながら「リセット」だの「次のステージ」だのといい偽りの自分を続ける生き方を選んでいます。
今もどこかで演じ続けているのだと思うと、哀れに思います。

限りある命の中で自分に正直に生きるのは、嘘だらけの世の中では
とても苦しいのですが、私はそのほうが良いと思うのです。

少なくとも、人を陥れる嘘はなくなってほしいものです。
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子供の頃から歴代のネコを飼っていますが、本当に正直者です。
機嫌が良いときは、表情も豊かで、行動や尻尾でも分かります。
驚いたときは慌てて毛づくろいをして自分をなだめています。

かまってやれないときは、プイと背中を向けて尻尾をせわしなく
パタパタしています。
媚びることはありませんから、かまって欲しい時とお腹がすいた
とき以外は知らん顔なのもまた良いのです。

ネコの知能は2歳児程度といわれていますが、自分の気持ちを
素直に表現されると愛おしく感じるものです。
正直にぶつかってくるネコと向き合うと心洗われる思いになります。
島国である日本は、歴史も長く独自の発展を遂げてきました。
他国の文化を取り入れながらも、日本に合ったものを
独創的な感覚で作り上げてきました。

この手の話をすると、元々は○○の国からだったから
とややこしい事を言うこともありますが、
それを言い始めたら人間はもとを正せば同じというところまで
遡らないといけないから、そこは置いておいて^^

最近は交流手段が手軽になったため、コピーをする事も常態化
しているようです。元々、日本人はまねをするのがうまく器用な為、
元を超えるほどの技術でアレンジをしてきました。
結果的にそれが日本の文化そのものになっていったのです。

ただ、文化や作品はそう簡単にコピーはできないものです。
中身の無い、なんちゃって商品も沢山ありますよね。

職人さんは親方の背中を見て技を盗むものです。
そして何十年経っても納得のいく作品はできないと皆さん口をそろえて
おっしゃいますが、実は既に師匠を超えてしまっているのかもしれません。

苦労して作り上げたものは、実は誰にも真似ができないのです。
始めはまねから始まったのかもしれないけれど、「守るべき」
ところはしっかり継承しているのが伝統で、その上で新しいものを
取り込み、今よりもよくしていくのが「革新」なのかもしれませんね。

スターバックスの墨田区の店舗では、江戸切子の職人さんが1つづつ
丁寧に仕上げたグラスを販売しています。(おひとつ35,000也)
住まいが離れているのですが、一度見てみたいものです^^

また、和菓子でも基本は守りながら新しい和菓子を提案する京都の
UCHU wagashi。手ぬぐいを現代向けに進化させた永楽屋など・・
良いものは何百年、何千年と残るものですが、それに新しい風を
吹き込んでいくことが永く続く秘訣なのだと思います。
辞書で引くとシンプルな答えです。
・にせ物や見かけばかりの物ではない、本当の物

この話をするために、いったい何が本物であるかという事を
考える必要があります。

偽ブランドはどれだけ本物に近くても法的には「偽物」です。
形の無いものも知的財産権などを取得していれば、概念ではなく
具体的に本物だと立証することができるでしょう。

カニカマも「カニ」を基準にすれば偽物ですが、カニカマという
商品そのものは社会的地位を認められています。
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ただ、今日の「本物」の話はモノではなく「人」のこと。
モノもこの世界も、作っているのは結果的に人ですから。

ということで方法というのは「人間の心の見分け方」です。
ざっくり言うと「無意識下の心のうち」と「実際に言葉にする事」
がどれだけ乖離しているかという事です。

要は「嘘つき」であるかどうか。人を欺くということでしょうか。
見せかけ(嘘)の人ではないか?ということです。

自分が気づいていない場合でも、心の奥底には真の思いがあり
それに基づいて全ての人は行動をしています。

ブランド品を身にまとい、それらしい肩書きを並べ、初対面から
もっともらしい事を言う人ほど私は信用しません。
また会うたびに意見が変わる人や、時間が経つと初対面とずいぶん
印象が変わってしまう人も怪しいです。
たとえ言葉は無くても。発言の順やタイミングもそうですね。
素朴な中でも発言や行動ににじみ出るものがあるのです。

人は分かりやすいためか、肩書きや見た目で判断しがちです。
特に、とても疲れていて判断能力が鈍っているときや、何かに追われ
こうしたいという強い思いを持っている時ほど、それに合致する
人に出会ってしまう事で見事に引っかかってしまいます。

魔が差したとでも言うのかもしれませんね・・
自分が体調が悪いときなどは、重要な判断は先送りしています。
クリアな目で見れない時期は正しい判断ができないからです。

実態のあるものが判断基準の全てでしょうか?相対価値(優劣)
で本物を判断してないでしょうか?
絶対価値という「自身の判断する心」が信じられないと基本的に
本物を見分けることはできません。
ただ、教育や社会自体の構造が相対価値主義ですから、意識を
し続けないと判断ができなくなっていきます。

もう1つは「見分けられなかった事を自覚した」経験をすること。
この積み重ねが無ければその目も養われません。
失敗を避けてきた人は基本的に見分ける力がつきません。

また、よく聞くのは「テレビが言っていたから」「社長が言って
いたから」「信頼できる人が言うから」間違いない、ということ。
メディアの世界は私も知っているので、必ず製作者の何らかの
意図があり流れているものですし、いくら信頼のおける人でも
100%発言が正しいかと言えば、私はそうではないと思っています。


信頼できる人、または信頼できる人からの紹介だとしても、
よく露出している有名な人であっても、まずはその「みかけ」を
一切取り払い、その人を裸にして心の底を見るのです。

見た目や見かけに惑わされないこと。
それを視界から消した上で、自分の心で相手の心を見ること。


一番の判断基準はまず「自分は何を本物だと思っているのか」を
自分の心に深く問いかけてみることだと思います^^
先日、防災の話を書いた際に「ベランダキャンプ」を楽しんで
防災に備えようということを少し書いたのですが、今日は
もう少し詳しく記事にしたいと思います。

別名「ベランダ・グランピング」とも言うそうです。

「キャンプ」となると高額で沢山の道具を揃えて準備も
片付けも大変な思いをして外でテントを張るイメージ・・
そのアウトドアを自宅で手軽にやってみよう!というもの。
汚れない、手軽なアウトドアという感じでしょうかね・・

この背景として、近年は外ご飯より「家ご飯」の傾向にあります。
自宅も100均グッズをアレンジしてインテリアをDIYしてみたり
家で少し凝った料理をしてパーティーをしてみるなど
出かけずに家で楽しむというアイディアが増えてきています。
DIYブームはIKEAの影響も大きいのでしょうね。

そんな中、ベランダも例外ではなく「楽しむ場所」として・・。
ワイドサイズのベランダがあるマンションが増えた事も要因のようです。

ベランダですることといえばガーデニングやプランター菜園
などですが、オシャレに飾って更にテーブルセットを置いて
ベランダで食事やお茶をする人も増えているようです。

これまではガーデン用品を使うのが通常でしたが、最近は防災を
兼ね、キャンプ用品を揃えてベランダで食事をしたりくつろいだり
するという傾向にあるようです。自然を取り入れた生活ですね^^


キャンプ用品も以前と異なり、チェアやテーブルはダイニングの
高さではなく「ロースタイル」が最近の主流です。
テーブルの高さは40センチほど。椅子も地面に手が届く高さです。

フェスブームでテントもティピー形(とんがり帽子のような形)
が人気で、サイズも小型化していますので、全体的にキャンプ
用品もミニマムになっているのです。その分収納時もコンパクトで
軽量化しています。

ベランダではフェステントかぼっちテント(1~2人サイズ)に
シートを敷いて本格的にキャンプをしている人もいるようです^^;

もっと手軽にしたいという人は、レジャーシートで。ただ長時間
座るのは辛いので、座椅子タイプのアウトドアチェアもあります。
テーブルも勿論ロースタイルで。ピクニック気分でくつろげます。

外だと準備も大変ですが、ベランダや庭なら食事をキッチンで
作って食べるのは外で・・と気軽に楽しめます。
(マンションのベランダは共用部なのでBBQ(火の気)はNG!)

ランタンもLEDになってから明るく、更に電池の持ちもよくなり
防災グッズとしても役にたちますね^^

本格的過ぎない最低限のキャンプ用品を揃える事で、普段から
外で過ごす予行演習にもなりお勧めです^^

【防災にも役立つお勧めキャンプ用品】
・折りたたみチェア (避難時、床だけの生活は辛いので)
・折りたたみテーブル (高さ2段階にできるものが主流)
・レジャーシート(ふかふかタイプはシュラフの下に敷くと楽)
・クーラーボックス(最近は折りたたみ式でコンパクトに)
・LEDランタン(さかさまにして吊るせるタイプが便利)
・シュラフ(寝袋)(春秋もので全開できるタイプが便利)
・食器は100均でも十分揃います

この位で2人分でも大体総額2~3万円で揃います。
家族ならテーブルはセットものや、シュラフも2~3人用もあります^ ^
シュラフとクーラーボックスは災害時の為にも是非^^


よそ様の画像をお借りするわけにいきません。丁度イメージに
合うサイトがありましたので、詳しくは下のURLからどうぞ^^

ベランダ・グランピング
https://hinata.me/article/686730861544572872
今日はほんの雑談です・・

最近、コミュニケーションが希薄になってきています。
手段は以前と比べ格段と増えていますし、これからも
更に手段は増えていきます。

便利になった分、相手の「心」が分からなくなっています。
対面での会話では、ただ言葉を交わすだけではなく相手の
顔色や声のトーン、会話の「間」を見ることができます。

一方LINEやメールでは、どちらかといえば相手の都合を
考えず一方的に言いたいことだけを送ることになります。
勿論、相手も都合のよいときに見て簡単な内容で返信。

この繰り返しになれてしまうと普段の話す言葉も同様に
一方的な押し付けになってしまったりします。


ブログの場合は「読む=聞く方」に近くなりますね^^
記事を書く側も誰か特定の相手に書くのではないので
不特定多数の方が読む(公の場に言葉をさらす)という
意識を持てば自然に読者の心を汲んで書くことになります。

その為、通常のツールでの会話よりも記事を書きコメントや
メッセージでやり取りをさせていただいてる時の方が
連絡ツールだけの身近な人よりも相手が思い浮かびます。
しかも見えない相手ですから、相手の見た目よりも内面に
目を向けているので、より交流が深いのかもしれません。


タイトルのことですが仕事でもほぼ1日PCに向かっています。
会議でも人と向かい合うこと半分、テレビ会議半分です。
社内用のチャットツールが公認である
のでこっそり会話も多く
リアルに人と向き合って仕事をすることがほとんどなくなりました。

結局相手は人なのに^^;

その分、最初に書いたような連絡手段にすっかり慣れてしまい
仕事でも同様に上司が部下へ一方的に命令をするだけで
背景や目的の説明をしない場面も多く見られます。
(逆もしかりですね^^)

日常もそうですが、やはり最近は「聞き上手」の人が
少なくなりました。「聞き出し上手」とも言うのでしょうか。

会話の中で知りたいことを掘り下げて聞く人がいなくなり
言いたいことを一方的に言うか、聞いても疑問を持たない
もしくは疑問があっても聞かずに終わってしまう場合が
とても多くなっているように思います。


私自身は相手の挙動や間で腹の内がわかってしまうので
基本的に人付き合いは苦手ですが、必要な場合はじっくり
相手と向き合ってみると言葉の裏にある本当の思いが分かって
お互いの思い違いだったと分かることもあります。

そこまでのやり取りが辛いんですが、相手の言いたいことを
繰り返し聞いていくと本音が出てくるものなのです。
口に出す言葉と本当の思いが乖離している人も多いのでしょうね。
(本音を本人に直接言えない)

ぶつかることは怖いですが、時にはぶつかってみるのも新しい
発見があるかもです。(一方的にぶつけず聞き上手の姿勢で)
セトモノ同士は壊れますから柔らかく^^


自分に少しゆとりのない時期が続いていたので更新も少し
さぼり気味でしたが、少し浮上してきました。
またマイペースで書いていきたいと思います^ ^